始動と追跡
「自己紹介は、この辺でいいだろう。【召喚の間】潰し、具体的に行こうか。【魔族】の術式って事は【魔族】に聞くのが一番だよな、誰か伝手はないのか?」
「カルガ」
ジョンの言葉にマインが、横目で合図を送った。カルガはマインをひと睨みすると、舌打ちと共に口を開く。
「西の集落に良くして貰った爺さんがいる。酒でも持って行けば、力になってくれるんじゃないか」
「カルガ、頼めるか?」
ジョンを一瞥だけする。隣に座るマインがすぐに手を上げた。
「私も行こう」
「僕も行くよ」
コウタも手を上げる。すっかりカルガと打ち解けたのか、当たり前のように笑顔で手を上げた。
「私は北西の集落にお世話になった方がいるので、そちらに行ってみますわ。アーウィン、一緒に来て下さる」
「え? あ、はい。僕でいいのですか?」
「あなたがいると心強いわ。宜しくね」
心強いなんて言われて、行かない分けにはいかない。それにここにいるのも危険な気がする。【魔族】の集落なら追手も来ないはず⋯⋯あ、だからキリエは一緒に行こうって言ってくれたのか。
「オレとミヒャはこっちに残ろう。ユウの動向も気になるし、【召喚の間】の監視もしたい。アーウィン、念の為気をつけろ。リアーナがあんたを追って飛び出して行った。何しでかすか分からないヤツだ。十二分に気をつけろ」
僕は何度となく頷いた。彼女に感じる奥深い闇。何が彼女をそうさせるのか理解出来ない。同じ立場の勇者ですら、持て余す存在。留置所で感じた恐怖を思い出し、身震いする。出来れば二度と会いたくない人物だ。
「⋯⋯アーウィン、そんなに気にするな。【魔族】の村までは追ってはこない」
どうやら、顔に出ていたらしい。ミヒャのハスキーだが柔らかな声色に微笑んで見せた。ミヒャの気遣いが嬉しく、自然と顔の強張りは消えて行く。気に病むのを止め、顔を前へと向けた。
「⋯⋯そういえば、マイン。あなたの気魂が感知出来ないのだが、なぜだ?」
「これでどう」
マインは笑顔でスキル【隠匿】を解除した。ミヒャは見た事の無いスキルに驚く。その姿を見てマインはさらに笑顔を深めた。
「⋯⋯そんなスキルがあるとは」
「あなたも使えるのではなくて?」
いたずらっぽく笑みを浮かべるマインに、ミヒャは意識を集中させていく。
「⋯⋯【隠匿】」
目を閉じ、集中を上げる。
「⋯⋯なるほど。使えるが、難しいな」
「慣れよ、慣れ」
そう言ってマインはまた微笑んだ。
「それじゃあ、早速行こうか。のんびり構えている時間も無い」
ジョンの号令で、全員が立ち上がった。僕もキリエと共に部屋をあとにする。各々が目的地を目指し、ログハウスをあとにした。
◇◇◇◇
「ねえねえ、おばちゃん。隣の鍵屋、どこ行ったか知らない?」
リアーナが、ふくよかなおばちゃんに声を掛けた。突然の勇者の訪問に、品出しの手を止め、目を丸くして驚いて見せる。
「あら、やだ。勇者様かい! 何だってこんな所に!? 握手して握手」
「いいよ! それでおばちゃん、知らない? 鍵屋がどこ行ったか」
「ここ二、三日閉めているのよ。こんな事今までなかったのに。何かあったのかしら? 姿も見ないし、ちょっと心配なのよね」
「そう。ありがとう!」
リアーナは元気な笑顔を見せて、その場を立ち去った。振り返った途端にあからさまに不機嫌な顔を見せる。思う様に進まない様に、苛立ちを隠せないでいた。
「リアーナ、街中、街中」
猫人の女が、リアーナを諌める。リアーナは猫人をひと睨みすると深呼吸して笑顔を作り直した。
「ユラン、これでいい?」
スラリと長身の猫人が、笑顔を返した。少し猫背ぎみでリアーナの横に立ち、美しい顔をゆっくりと左右に振ると、大きな猫目は街の様子をつぶさに観察していく。
「ここには居ないんじゃなぁい? 私なら寄りつかなぁい」
背の低いがっちりとした体格に愛嬌のある顔立ちを見せる女。どんぐりみたいなつぶらな瞳は、今にも寝そうなほど眠たげな瞼を見せ、赤髪のおさげを揺らしている。せっかちで有名な、ドワーフっぽくないのんびりとした口調。退屈そうにふたりの後ろを歩いていた。
「トルマジは、歩くのが面倒なだけでしょう」
「あんたと違って一歩が短いのだからぁ、仕方ないでしょう」
トルマジは、ユランを軽く睨んで見せた。
「確かにトルマジが言う事も一理あるわ。ここに戻る可能性は低いね。とすると、どこに行きやがったって話よ」
ユランとトルマジが顔を見合わせる。
「森のどこか?」
「そうだよねぇ」
「どこよ?!」
『さぁ』
ふたりは揃って肩をすくめる。リアーナは、目を閉じて天を仰ぎ逡巡の素振りを見せた。目を開けるとふたりを見回す。ユランもトルマジも首を傾げてその様子を見つめた。
「あっち!」
リアーナの指さす方角へ、ふたりは視線を向ける。
「何で?」
「勘」
ユランにリアーナは即答した。ユランもトルマジもリアーナの答えに、盛大に肩を落とす。こうなったリアーナが止まらない事も知っている、諦め顔のふたりがリアーナの後ろを着いて行った。
「なぁ、せめて馬に乗ろうよ。疲れるよぉ」
「その辺で借りるわよ。行くよ」
リアーナ達が、西方へと歩みを進めて行く。足早に進むその先を睨み、歩を進めた。
◇◇◇◇
ゆったりとした常足で進む。森の草葉を蹄が踏むと草の潰れる微かな音が聞こえた。木漏れ日がチラチラと行く先を照らし、鞍上の三人は静かに馬の歩みに合わせて揺れていた。
「キリエ、北西の集落は遠いの?」
「ちょっと、ありますわ」
僕とキリエ、そして猫人のカタの三人で、北西の集落を目指していた。
人気の無い森を進む。
好天も相まって久しぶりに穏やかな気持ちになった。顔上げると木々の隙間から差し込む陽光が心地良い。
ずっとこのままでいいのだけど⋯⋯。
そう思わずにはいられないほど、森の中は穏やかだった。ただ、残念な事にその平穏は簡単に崩れていく。
カタの耳がピクリと何かの音を拾った。カタが口元に人差し指をあてると、僕とキリエは押し黙る。カタが神経を集中しているのが分かり、僕達は邪魔にならぬようにと息を殺して行った。
モンスターの襲来?
カタが音の鳴っている方角なのか後方を睨む。表情は固く、目つきは真剣そのものだった。
「どうしたのかな?」
「黙っていましょう」
僕は不安になって、思わずキリエに声を掛けてしまう。カタが顎で木の影を指した。馬を手頃な木に留め、僕達は離れた木の影へと身を潜める。
「カタ、どうしたの?」
「馬の蹄の音が聞こえた、誰だか分からんが相当急いでいる感じだ。念の為やり過ごそう。キリエの姿を見られるのは芳しくない。なに、馬を留めて狩りをしていると思うさ」
遠くで鳴る蹄の音が僕にも聞こえてくる。いくつもの蹄の音。カタは真剣な眼差しを音の方へ向ける。獣人の目が、その姿を捉えると盛大に顔しかめた。
「嘘だろ!? リアーナといつものふたりだ」
カタは叫び出したい衝動を抑え、小声で叫んだ。その言葉に僕の表情は一気に固まる。今一番会いたくない人間がなぜ?
「こういう時の彼女の勘は厄介なのよね」
キリエも隣で苦い表情を見せた。その表情だけで、状況が芳しくない事が理解出来た。
勘って言ったってこの広い森⋯⋯しかも、この短時間で?! デタラメ過ぎる。
「あそこまで行くと、もはや何かのスキルだよな。味方の時は便利だが、敵に回すと厄介だな」
敵⋯⋯。
何気なく言ったカタの言葉だが、彼女はもう敵認定なのか。僕やカルガが言うのとは意味が違う。勇者が完全に割れたという証明だ。
馬に気づいたリアーナ達が、周辺の捜索を始める。僕の目では表情まで見えない。それがまた不安を煽る。
馬を隅々まで調べ、異常が無いか見ていた。辺りを見渡し、人影を探す素振りが見える。ここでジッとしていたら見つかってしまうのでは無いのか、僕はどうすればいい?
残念な事に狩人認定はされなかったようだ。あきらかに係留している馬を怪しんでいる。これもリアーナの感じる勘ってやつなのかな。冷静に考えろ、キリエが見つかるのは絶対ダメだ。震える体を無理やり抑え込む。力を持たない自分を悔いる、結局この間と同じ事しか出来ない。僕は大きく息を吐きだし、覚悟を決めた。
「カタ、キリエを頼むね。キリエ、集落で会おう。何としても行くから」
「ちょっと、どういう⋯⋯」
キリエの言葉を待たず、僕はリアーナ達の背後に向けて走り出した。走る前から心臓が飛び出しそうなほど脈打っている。僕はキリエ達から遠ざかるように、大きく回り込みながら森を駆け抜けて行った。後ろがざわついているのが分かる。高い女の笑い声が耳に届き、背筋に冷たい物が走った。
(はぁはぁはぁはぁ)
自分の吐きだす呼吸音と、草葉の擦れる音しか聞こえない。どっちに向いているのか、どこに向かっているのか全く分からない。
キリエ達から遠ざからないと。
それだけを考え、足を動かす。後ろから迫るいくつもの足音。
「鍵屋、みーっけ!」
無邪気なリアーナの声に、戦慄が走る。近づく足音、この足掻きは無駄にはならないと自身に言い聞かせ、森の中を駆け抜けた。時間は刻々と冷たく削れて行く。それはまるで、自分の命が削られているかのような錯覚すら覚えた。




