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鍵屋の憂鬱  作者: 坂門
召喚の間

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26/95

お茶と接触

 こっちのお茶は苦いな。マインは陽光が射し込む窓の外を見下ろしながら、砂糖をひとつ足した。街が動き始める。人の流れを見ながらお茶を口へと運んだ。店が開き始め、街が起き始める。活気ある人々の声が聞こえて来ると一日の始まりを感じた。しばらく眺めていたが、マインの視線の先にある店の扉は開く気配がない。

 昨日の今日だもの、休みか。

 昨夜の潜入の記憶をたぐり寄せる。クランスブルグでは何が起こっている? 王が死んだラムザ帝国の話もこちらに流れて来てはいない。

 勇者が死んだ国と王が死んだ国。しかし両国とも沈黙している。

 気持ちの悪い静けさだ。

 鍵屋も休みのようだし、さてどうする? 

 お茶をまた口に運び逡巡していく。昨日店に来ていた、女の勇者はまた来るのか? 少し様子を見てみるか。

 柔らかな陽光が射す窓際の椅子に腰掛け、鍵屋を横目で見つめ続けた。


◇◇◇◇


 ジョンの隠れ家であるログハウス。その居間に漂う空気が、また重くなっていた。丸太が囲む部屋に置かれた20人は座れそうな長いテーブルに、カルダと勇者達は向かい合い、沈黙が刻々と時を刻む時間。アーウィンが捕まったという事実が重く()し掛かる。


「お前らの力でなんとかなんねえのか!?」


 カルガはイラ立ちを隠さない。冷静なミヒャも珍しく激しい落ち込みを見せていた。誰もがどうやって救うかを考える。


「力ずくで行くか? その覚悟くらいあるぞ」

「ジョン、それは最終手段。すぐにそれをしたらカルガとミヒャが戻って来た意味がなくなりますわ」


 キリエはジョンに溜め息をついて見せた。アーウィンがふたりを逃がした意味は分かり切っている。

 この計画を頓挫させるな。アーウィンのメッセージがそこには込められている。

 コウタも無駄口を叩かず静かな佇まいを見せていた。真剣な眼差しで逡巡している。


「ねえ、ユウとリアーナは大丈夫かな? ユウは暴走しないと思うけど、リアーナは⋯⋯」


 勇者の面々が顔を見合わせる。


「マズイな。すぐに向かおう」

「そうね」


 コウタは他の勇者の動向に頷き、ひとり落ち着いていた。自らの役割を冷静に判断するべく静かに一点を見つめている。


「きっと僕がそっちに行っても役に立つ事は出来ないよね。カルダとふたりでそっちとは別ルートで出来る事を考えるよ。カルダもそれでいい」

「好きにしろ」

「異論なしだ。コウタの案で行こう。キリエ、ミヒャ、急いで戻ろう。今さらながらイヤな感じがする」

「ミヒャ、ふたりはどこにいますの?」


 ミヒャはスキル【生命感知(ヴィーテセンソ)】を発動させる。眉間に皺を寄せ険しい表情を見せた。


「⋯⋯ふたり揃って王城の一室にいる。どこの部屋だ⋯⋯」


 ミヒャはずっと焦りを見せていた。いつもの冷静な様が消え、落ち着かない様子を見せる。キリエがそっとミヒャの両肩に手を置いた。


「ミヒャ、珍しいわね。あなたがこんなにも焦るなんて。急ぎましょう。でも、あなたは落ち着いて。あなたに冷静な判断を下して貰いたいの」


 肩に添えられたキリエの手に、そっと自らの手を重ね、頷いた。鉄格子越しに感じたアーウィンの手の温もりを思い出す。気持ちを入れ替え、キリエに頷き立ち上がる。


「⋯⋯行こう」


 三人はログハウスをあとにして、まずは居住区を目指す。ユウとリアーナ、ふたりが揃っている事にイヤな予感しかなかった。

 カルガとコウタはテーブルについたままジョン達を見送り、気持ちをひとつ入れ替える。


「さて、僕らはどうしよう?」

「それをこれから考えるんだ。パーティーのやつらもこっち集まってくれ。手の空いているやつ、知恵が欲しい」


 猫人(キャットピープル)には珍しいごつい体をしているカタが何人かを手招きすると、細身のしなやかな狼人(ウエアウルフ)のアッカと、エルフの治療師(ヒーラー)リックルが席についた。席につくなりアッカがカルダに問いかける。口調は穏やかだが、その表情には鋭さが見えた。


「それで【召喚の間】で、アーウィンは捕まったのか?」

「厳密に言うと【召喚の間】の扉の前だ。扉を細工するのに鍵をいじったら魔力で検知され、気が付いたらアーウィンは鉄格子の向こう側だった」

「魔力か⋯⋯。捕まった場所が良くない、魔力を使ってまで隠したかった場所を見られた。相当絞られる」


 アッカは険しい表情で、状況を精査した。


「捕まったやつはどこに繋がれる?」

「北の地下にある牢獄が一般的だ。尋問が終われば、罪人を集めた牢獄に移動する」


 カタがカルガに即答する。衛兵からパーティーへ異動した口か。カルガはカタの即答ぶりを見て感じた。


「護送の時を狙う? 城の中より警備は薄くなるよね」

「護送はない。あいつは口を割らない。しばらくは今言っていた北の牢獄ってのに繋がれているはずだ」

「城の中か⋯⋯」


 カルガの答えにコウタは再び思考を深めた。包んでいた重い空気はなくなったが、打つ手の浮かばないもどかしさが口を重くする。


「北の牢獄に繋がっていると決めつけるのも危険かも知れない。勇者がふたり同じ所にいたという事は、ふたりが尋問している可能性がある。それは勇者殺しとの繋がりも含めてアーウィンは重要参考人となった。ともすれば、我々の知らない場所に投獄されている可能性も考えていいのではないか?」


 リックルのエルフらしい冷静な口調。カルガは一瞬、逡巡し、直ぐに首を横に振った。


「どこに繋がれているかはさして問題ではない。勇者が尋問出来るなら、今向かったやつらもアーウィンと接触出来るって事だ。そこで救い出しちまうのが手っ取り早いんだが、勇者が加担しているのがバレる可能性がグンと上がる。もどかしいな」

「そうだね。加担しているのがバレないようにって、考えると動きの幅はグっと狭まるね。そういえば生まれ変わったアサトの方は大丈夫なの?」

「ミヒャの野郎が、近づけば分かるからほっとけとさ。今はアーウィンと【召喚の間】潰しが先決だ」

「了解」


 コウタはカルガの言葉に素直に頷いた。もう少し情報が欲しい、かと言ってのんびりと構えてもいられない。


「とりあえずさ、カルガはアーウィンから預かった物を店に返してくれば? そのつもりで彼もカルガに託したんでしょう?」

「ああ? そうか?」

「鍵まで渡したんだ、きっとそうだよ」


 コウタの言葉を受けて道具を託した意味を考えてみた。単純にあの場で鍵開けの道具を持っていたくなかっただけじゃねえのか? それ以外になんかあるか? 

 まあ、ここにずっといても仕方ねえか。


「分かったよ。夜になったら行って来る⋯⋯。あ! それとな、ひとつ案が浮んだ。いけるかどうか教えてくれ⋯⋯」


 カルガは渋い顔を見せながらコウタに答え、その場にいる者がカルダの言葉に真剣な表情で耳を傾けた。


◇◇◇◇


 夜も深くなり、通りに静けさが訪れる。街中を照らすランプの灯りも静かに揺らめく。

 寝静まった街をカルガは静かに進んだ。辺りを少しだけ気にして、鍵屋を目指す。尾行と張り込みに注意を払い、素早い動きで裏口へと飛び込む。

 道具なんてどこに置きゃあいいんだ? 


「適当に置いておくか」


 誰に言うでもなく呟く。手探りで店のカウンターの下へとそっと置いた。


「何をやっているのだ?」


 突然後ろから女の声が聞こえた。腰の剣を握り振り返る。


「おいおい、危ないなぁ。カルガ・ティフォージ」

「誰だ! てめえ! っと⋯⋯マイン・リカラーズか?! こんな所で何してやがる」

「それはこっちのセリフだ。お前こそ何している?」

「てめえには関係ねえ。サッサと消えろ」


 カルガは向けた切っ先を下ろした。マインはカルガを睨むわけでもなく、ジッと見つめる。


「向かいの宿にいる。ちょっと付き合え、話がある」

「オレはねえ」

「邪険にするな。お前こっちの勇者殺しに加担しているのだろう? 全く関係のない話じゃないぞ。ラムザも今、グラついて危うい」

「どういう事だ?」

「だから、ゆっくり話そうと言っているのではないか。意固地になるな」


 カルガは鋭い目つきでマインを睨む。マインは睨まれても涼しい顔をしていた。カルガは諦めたように溜め息をこぼし、マインに顎で扉を指した。辺りを注視しながら街路を横切る二つの影。カルガは宿屋の店主に見つからぬように中へと滑り込んだ。


 ベッドしかない小さな部屋、窓を覗けば眼下に鍵屋が見える。


「ここでずっと張ってやがったのか」

「そうだ。結構骨折れたぞ」


 カルガは、返事もせず眼下を睨んでいる。


「そう、邪険に扱うな。お前は何も言わず急にいなくなったものだから、皆戸惑った。あのアンでさえ、戸惑ったのだぞ。急にいなくなった理由くらい教えてくれてもいいではないか、お前を慕っていたメンバーも数多い」


 マインはそう言って、お茶を差し出した。カルガはひったくるように取ると黙ってお茶を口に含む。


「で、ラムザがグラついているってのは、どういう事だ?」


 外を覗きながらの問い掛けに、自分の質問には答えようともしないカルガに、マインは溜め息まじりに答える。


「王が殺された。召喚されてすぐの勇者に。犯人はクランスブルグで殺された勇者だと言う少年アラタ・シドウ。お前が手に掛けた者か? ⋯⋯おい、カルガ??」


 愕然とした表情で絶句するカルダの姿をマインは訝しげに見つめた。


「王が死んだ? そんなバカな⋯⋯、アラタ⋯⋯アサト⋯⋯⋯⋯カイル⋯⋯」

「おい! しっかりしろ! どうした急に? 王が死んだのがそんなにショックなのか?」


 茫然とするカルガを余所に呟くように零れた言葉をマインは拾う。アサト⋯⋯アサト・スズモトの事か。カイルって誰だ? まるで一気に魂が抜かれってしまったかのように窓辺に佇むカルガの姿を、マインはしばらく黙って見つめた。


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