始動
緩やかな白基調の一般的なワンピースに身を包む女性。その女性は少し俯き加減で、王都クランスのメインストリートにあたる広い街路を歩いていた。昨日の雨のせいか少しぬかるむ道をたくさんの人や馬車が往来していた。
「へぇー。意外と活気あるじゃない」
誰に言うともなく言葉を漏らした。顔を上げれば、陽光が照らす白と薄い緑色を基調にした美しい街並みが目に入る。
さて、どうしたものか。
アラタが言っていたクランスブルグの勇者が死んだという話。この活気を見る限り、やはりにわかに信じられない。つり上がった目をさらに細め逡巡する。
まずはと。
「【隠蔽】」
俯きながら呟くマイン・リカラーズの固有スキル。勇者のアンテナから自らの気配を消す。
「これあんまり好きじゃないんだけど、仕方ないか⋯⋯【蝙蝠耳】⋯⋯うへぇ」
街中の音がマインの脳内に直接流れ込む。耳障りなノイズで脳内が溢れ返った。立ち止まり、眉間に皺を寄せてノイズを削除していく。街で勇者にまつわる噂話はないか、直接的な手掛かりがないか、ノイズの中から漏れ聞こえる街の声を拾い上げる。無線機から流れてくるような耳障りな声の中に気になる会話が引っ掛かった。
(鍵屋いないじゃないー。居留守? 壊す? 鍵屋だから壊しても鍵いっぱいあるからいいでしょう)
(ダメですよ。一般の方ですよ)
(え? でも、怪しいんでしょ? いいじゃん。きっとこいつが勇者殺しだよ)
(違っていたらどうするのですか! あと声が大きいですよ)
耳障りな女の声とそれを諌める男の声。
ビンゴか。間違いなく勇者殺しって言っていた。グッドタイミング。
しかし、あいつが言っていた事は本当だったわね。一体どうやってあいつは死んだのだろう? なぜ死んだ? もう少し調べてみるか。鍵屋って言っていたわね、とりあえず声の方を頼りに行ってみますか。
「ああ、もう、うるさい」
マインはスキルを切ると眉間を指で揉んだ。
「姉ちゃん、大丈夫か?」
その様子を見たおじさんが、すれ違いざまに声を掛けて来た。マインは、無理矢理笑みを作って軽く手を上げてすぐにその場を立ち去る。なるべく目立たないようにしないと。
声の聞こえていた方を手掛かりに鍵屋を探す。活気ある街並みにポツリとクローズの掛札を下げた扉を見つけた。
ここかな?
「お嬢さん、どうしたんだい? 今日はそこ休みだよ」
となりの店先からふくよかな女性が声を掛けてきた、マインは愛想笑いを浮かべ声の方へと顔を向けた。
「そうなんですか? 出先で鍵が壊れちゃって⋯⋯ここ鍵屋ですよね?」
「そうだよ」
「店主さん、怖い人ですか?」
「ええー。アハハハハハハハ! 正反対だよ、どちらかと言うと気が弱そうに見える若いのが店長だよ。頼りなく見えるけど、腕はいいよ」
「そうなんだ。おばさん、ありがとう。急ぎでもないので、また日を改めて伺うわ」
「そうかい。続けて休む事はほぼないから、明日辺りはやっているんじゃないかい」
マインは手を振って、店先を後にした。若い優男って所かしら。あの女性の口ぶりだと穏やかに生活を送っている感じ? 裏の顔がある? 見えてこないわね。それと店先で窘められていた女。扉を簡単に壊そうとしていた。その気になれば簡単に壊せるって事は勇者のひとりって事か。リアーナ・フォスかキリエ・ルジンスカ、マリアンヌ・バッランの誰かって事? 後先考えずに行動するタイプは厄介なのよね。見つからないようにしないと。この辺を観察出来る宿を探そう。この国、だいぶきな臭いわ。ウチの方もアイツが現れてどう転ぶか分からないし、なんだか怪しい雲行きね。心に憂鬱が顔を出してきて自然と厳しい表情になっていた。
◇◇◇◇
何とか前を向く事になったのかな。
縛られていたカルガも早々に拘束を解かれた。表情は相変わらずだけど、襲いかかる事はしないだろう。
重かった居間の空気は、少しだけ緩んだ。やるべき目標が決まり、それに向けてどう動くかを考えればいい。先ほどまでの重い真実を乗り越え前へと進む。
「具体的にどう動く? 時間はあまりないと見るべきか。ましてや、勇者をふたり失ったんだ、召喚の頻度を上げる可能性もあるんじゃないか」
ジョンの言葉に、カルガは不機嫌なまま口を開いた。
「神官の魔力が追っつかない。ペースを上げる事はまずない。ただ、いなくなった勇者の後釜は喉から手が出るほど欲しい、召喚を止める事はないって事だ」
取り急ぎ召喚を止めたい。目の前の子供を救わないとならない。どうするべきか。
そもそも【召喚の間】ってどこにあるのだろう?
「【召喚の間】は、どこにあるのですか?」
勇者達は僕の言葉に苦い顔を向けた。ジョンは困った顔のまま答えてくれる。
「よく分からん。王城の地下のどこかで間違いないが、オレ達の居住区と宮殿は離れているからな。王との謁見の時しか宮殿には行かないから、正直なんとも言えない」
「使えねえな」
「カルガ!」
ジョンに悪態をつくカルガを睨んだ。言われたジョンは嘆息するだけで、気にはしていないようだ。王城の地下と言ってもきっと広いんだろうなって事しか想像がつかない。潜り込めれば⋯⋯。
「あ! 僕が皆さんに捕まるというのはどうですか? 否が応でも王城に行く事になりませんか?」
「⋯⋯危険だ。正直、他のふたりの勇者がどう出るか全く読めない」
「そうだね。特にリアーナは危うい」
悪くないと思ったのだが、ミヒャとコウタに即却下された。カルガは一点を見つめたまま動かない。何か考えているのか。ただ、潜り込むという方向性は間違っていない。時間勝負なのは間違いないし、ダラダラしてはいられないのは確かだ。
「潜り込んだとしてどうする? 策はあるのか?」
カルガが一同を上目で睨む。剣呑な雰囲気は相変わらずだが、良案を模索しているのは間違いなかった。黙っていたキリエが口を開く。
「やはり、魔法陣を無効化するのが確実ではありますよね」
「一部分を消すとか?」
コウタは簡単に言うが、そう簡単に消せるものなのかどうか誰も分からない。魔法陣について詳細を調べる時間がないのも厳しい。僕が扱えるのは鍵だけ、もっと使える技術を身につけていればと天を仰いだ。鍵だもんな⋯⋯あ!
「【召喚の間】の鍵をすり替えるのはどうでしょう? 鍵が開かなければ中には入れない、儀式を止める事になりませんか?」
「んー。どうかな? 扉ごとぶっ壊しちゃえば、儀式はとりあえず行えるからな⋯⋯」
ジョンの言葉にコウタは少し苦い表情を浮かべながら自信なく返す。
「でも、一瞬は止まるよね。鍵を探すとか、調べるとか、少しは混乱するんじゃない?」
「⋯⋯それに、そんな大事な場所の扉をそう簡単に壊すものか? 扉より鍵を探すんじゃないか?」
「私もミヒャの意見と同じ。そう簡単に扉を手っ取り早く壊す選択はしないと思うわ。でも、アーウィン、出来て? 鍵のすり替えなんて」
「一度、見ないとですね。しかも早急に見たいです」
勇者達はアーウィンの案について、思考を巡らせる。可能なのか、有効なのか。
カルガはアーウィンを横目で見つめた。
「アーウィンに乗るぞ。地味な所がいい。ぱっと見分からなければ、何で開かないのか混乱するはずだ。混乱している間、儀式は行われない。それに【召喚の間】に関する事で勇者が動く事もない。やつらは勇者に【憑代】の件は知られたくないはずだ」
カルガの言葉に勇者達も頷いた。前に進む道が作られていく。やるべき事が見えてくれば自ずと士気は上がっていった。
「オレとアーウィンで、【召喚の間】の確認に潜る。簡単でもいい、分かる範囲の地図が欲しい」
「分かった。すぐに手配する」
「⋯⋯ジョン。私も潜る」
「ああ? いらねえよ。ふたりで十分だ」
「また、そんな言い方して」
「⋯⋯そう言うな、カルガ。見つかったとしても、私がいれば言い訳はいくらでもできるぞ。役に立てるさ」
「素顔を見せねえヤツなんて信用出来るか。どこで裏切るか、わかりゃしねえ」
「カルガ!」
カルガの言葉にミヒャは、するするとマスクとバンダナを外していった。
そこに現れたのは薄く大きめの口に黒髪の短髪。目の前に突如現れた美しい女性にアーウィンは思わず見惚れてしまった。浅黒い肌が赤い瞳をひときわ際立たせ、吸い込まれそうだ。
「ミヒャ、そっちの方がいいじゃん」
初めて見た素顔にコウタは笑顔を見せる。ミヒャがコウタをひとつ睨む。
僕はじっとミヒャの瞳を見つめていた。この辺では見た事のない初めて見る美しさに、ただただ視線が外せなかった。
「ァ⋯⋯⋯⋯ィン。おい、アーウィン! 何ボーっとしてやがる。シャッキリしろ」
「ご、ごめん」
カルガの声に我に帰った。パンと両頬を叩いて気合を入れ直す。
その様子をクスクスとキリエが眺めていた。
「どうかしましたか? 何か変でした?」
「いえ。別に」
キリエはいたずらっぽい笑みを返し、続ける。
「アーウィン。ありがとう。あなたに私達は救われた。改めてお礼を言うわ」
「え? 何がです??」
「フフ、そう。分からなくてもいいわ。ミヒャもあなたが救ったのよ」
「え? え? 何?」
含み笑いを浮かべるキリエに困惑しかない。救う? 僕が?
困惑を深める僕を見て、キリエはさらに笑みを深めた。
「ほら、遊んでねえで、サッサと始めるぞ」
僕とミヒャはカルガに頷き、居間を後にした。
召喚を止める。今はそこだけに集中する。




