謁見の間
主のいなくなった秘密の間。
ひっそりと佇んでいる。
マリアンヌも運び出され、小瓶の子供達も箱に詰められた。一体何年分の罪がそこにあったのだろう。空っぽになった部屋とはいえ、キリエの心は重たい。小さな体を伸ばして、棚の子供達を箱へと詰めた。
「キリエ、無理しなくていいぞ」
ジョンがキリエの上からヒョイと小瓶を掴んだ。ジョンの表情も冴えない。ユウは淡々とすべき事をしている。悲しみや憎しみなどの感情をあえて殺しているようにも映った。自ら流されないように作業に集中しているようにも映る。リアーナは相変わらず、何も変わらない。リアーナの思考は理解に苦しむ。
「ありがとう。ジョン、後で話があるの、いい? ユウとリアーナには内緒で」
キリエがすれ違いざまに耳元で囁いた。ジョンは一瞬動きを止め、軽く頷くと、すぐに作業に戻って行った。勇者がバラバラになっていくのが分かる。それが良くない事も分かる。
複雑な思い。
「ふぅー」
「大方片付いたね。助かったよ」
「ユウは少し休んだら、動きっ通しでしょう。体に良くないわよ」
「キリエはやさしいね」
ふいに声を掛けられ、びっくりしてしまった。うまくごまかせたかしら。
ユウに笑顔を向けながらそんな事を考えた。
◇◇◇◇
謁見の間に現れた三人の勇者は、攻撃の構えを見せる。アラタは少し驚いて見せると慌てて玉座から飛び降りた。
「待った、待った。あんた達とやり合う気はない。そう熱くなりなさんな」
アラタは両手を軽く上げ、微笑んで見せた。大剣を構える2M近い大男が、睨み、剣をきつく握り締める。厚い胸板、赤毛に青く光る鎧で身を包んでいる。他のふたりより一歩前に出るとアラタに最大限の警戒を見せていた。
細身の剣を構える女剣士、黒く光る艶やかな長い髪をたなびかせ大男と同じく、青く光る軽装の鎧に身を包む。髪と同じ大きな黒い瞳から鋭い視線を覗かせた。少しつり上がった目尻は、険しさを後押しする。剣呑な表情を浮かべ、切っ先をアラタに向けていた。
後ろに下がった所に控えるのは純白の法衣に身を包む、小柄な女性。緑色のおさげ髪、クリっと大きな緑の瞳は冷静にアラタを見据えていた。感情の見えないその表情が、現状を冷静に判断していく。
「オレは、アラタ・シドウだ。見ての通り召喚ほやほやだ。あんたらに楯突く気はこれっぽっちもない」
アラタは柔和な表情を心掛け、穏やかな口調で語りかけた。三人の目は明らかな疑いの眼差しを見せ、隙を見せまいと緊張を保っていた。玉座の前に倒れる首のない王だったもの。その隣に立つ少年。柔らかな絨毯の上に転がる、苦悶の表情を浮かべた王の首。この状況で友好な態度を崩さない? 睨む瞳に困惑の色が浮かぶ。
「グスタ! いいから、やってしまいましょう。子供とはいえ、こいつは危険過ぎる」
女剣士が一歩前に出た。大男もそれにならい、剣を握る手に力を込め直した。
なるほど。この大男グスタ? は、自分で判断出来ねえタイプか。アラタの口元が歪んだ笑顔を見せる。
「グスタさん? あんたがここに座りなよ、今日からあんたがこの国の王様だ。死に損ないの臆病者より、強くて国民の信頼も厚いあんたがこの国の長になるのが望ましいと思わないか?」
「まやかしだ。乗るなよ、グスタ! こいつは危険だ」
あの女、邪魔だな。かと言って、ここで手を出す訳にもいかないしな。邪魔くせえ。微笑みを浮かべながら逡巡する。
「お姉ちゃん、そう警戒しなさんな。オレは敵じゃない。土産は玉座だけじゃない、もうひとつある。聞いたらビビるぞ」
「でまかせを言うな」
その言葉にアラタはニヤリと笑ってみせた。
「でまかせかどうか、その目で調べてみるといい。クランスブルグの勇者が、間違いなくひとり死んでいるぞ」
勇者だけではなく、謁見の間に集う者達が一斉にざわついた。かつて経験した事のない事象。大方が出鱈目だと高を括る。そんな中、後ろで控えていた緑毛のおさげが興味深そうにアラタを見つめ直した。
「あなた⋯⋯まさか二度目?」
アラタはその聡い女へ目を見開いて、大仰に驚いた姿を見せると口元はさらに歪む。
「鋭いな。あんた名前は?」
「ミン・フィアマ」
「ミンさん、あんたの言う通りだ。嵌められて、二度目を経験する羽目になった。あんた頭回るな。ここ座るか」
「興味ない。あなたの職業って何?」
「拳闘士だ」
ミンから剣呑な表情が消えた、渋い表情は見せてはいるが勇者に敵対する意志はない事が分かった。緊張が解けていく姿に興味がだいぶ薄れたのが分かる。
「ミン、ダメよ。気を許しちゃ」
混乱している大男と興味を失った女、あとはこいつだけか。
「なぁ、剣士さん。オレの言葉が信じられないなら、自分で調べてみたらどうだ。クランスブルグで勇者が消えたかどうか。そうすればオレが真実を語っているのか、嘘をついているのかはっきりする。自分の目で確かめに行ったらどうだ?」
「何を企んでいる」
「何も企んじゃいねえよ。ただ、王族にいいように使われるのに辟易しただけだ。隣国に睨みを利かせる為だけの存在なんてつまらないと思わないか?」
「思わないね」
「じゃあ、剣士さん。あんたは何の為にここにいる?」
「怪物達から国民を守る為だ!」
「クククク、あんたそれ本気で言っているのか? ゴブリンやオークを倒せない程ここのヤツらは脆弱じゃねえぞ。勇者を嵌め殺す事だって出来るんだ。守ってやる必要なんて本当はないんだ。分かっているだろう、そんな事」
女剣士はキツく睨み、口をギュっと固く結ぶと悔しさを露わにした。薄く笑い続ける少年に言い返す言葉が見つからない。少年はさらに笑みを深めていく。
「剣士さん。オレの言葉が信用ならないなら調べてみるといい、クランスブルグの勇者が消えていれば、オレの言葉が嘘じゃないと分かるだろう」
女剣士はひと睨み利かせると踵を返し、出て行った。その姿に大男はオロオロと挙動不審になったが、緑毛の女は表情も変えず淡々としていた。
「さあ、グスタさん。こちらへどうぞ。あんたの席が待っているぞ。ほら、早くこっちに来なって。ほらほら」
アラタは手招きを続けた。フラフラと足を前に運び始めるグスタにアラタは口角を上げる。
「ハッハァー、いい子だ」
ポツリと呟き、グスタの両肩に手を掛け玉座へと座らせた。茫然となすがままに玉座へと腰を下ろすとアラタはグスタの肩に軽く手を置く。大男の勇者と、血塗れの少年の姿に謁見の間はざわついた。何が起きているのか、何が始まるのか、不安だけが溢れ出す空間に大きな少年の声が響く。
「ほらほら、王だ、グスタ! 新しい王の誕生だ。お前達、忠誠を尽くせ!」
神官達は互いに見合わせオロオロと跪き始めた。頭を垂れ、一同が腕を胸に当てた。グスタはその光景に驚き、緑毛の女はその光景を見渡していた。
「ほら、王様。何か言ってやれよ」
「何を言えばいいのだ」
グスタの慌てぶりに、アラタは嘆息する。これだから脳筋は使えねえ。
「んなもん、適当に言えばいいんだよ。『面を上げて、我に従い、尽くせ』みたいな事をデカイ声で言やあいいんだ」
アラタの進言に、グスタはいきなり立ち上がり片手を前にかざした。
「お、面を上げよ! わ、我に従い! つ、尽くせ!」
『ははあ、陛下』
顔を上げた一同がまたひれ伏していく。こんなものか。アラタはそれを確認すると、玉座から下りて行く。
「おっさん! あんただよ! そう、あんただよ。こっち」
神官長を呼び寄せ、屈ませると肩に手を回した。神官長の耳元でアラタは囁く。
「おっさん、政治には詳しいんだろう。あの脳筋を裏でサポートしてくれよ。思った通りやればいい。そうなれば、事実上はあんたの国だ」
神官長は目を剥き、驚いて見せた。興奮で顔が紅潮していくのが分かる。欲まみれの坊主が。心の中で悪態をつきながらも、目一杯の微笑みを見せた。
「神官長。あんたがやらないとこの国は、ぐちゃぐちゃになるぞ」
「そ、それは仕方ありませんね。微力ながら尽力いたしましょう」
「そうこなくっちゃな。とりあえず王様は病死した。どうせあの様子なら遅かれ早かれだ。いいな。あとはこの国をあんたが後ろで仕切るんだ。あんたがこの国の本当の王様だ」
ぎらつく瞳から欲望がほとばしる。アラタは神官長の腕を引き、グスタの前に跪かせた。
「グスタ、いきなり王になっても何していいのか分からないだろ? 神官長がいろいろ雑用を肩代わりしてくれるらしいから任せちまえ。グスタ、あんたは王様らしく威厳を示せ、ただでさえデカくて迫力あるんだ、国民はみんなお前の前に自然とひれ伏す。堂々としていろよ。神官長、後の処理は任す。頼んだぞ」
「承知いたしました。アラタ様はどちらへ?」
「ちょっと挨拶に出て来る」
少年は不敵に笑い、謁見の間を後にした。




