聖女の罪
棚に並ぶ、保存液に浮かぶ目玉と小児の一部。
そして血溜まりに沈む、両腕を失ったマリアンヌ。常軌を逸した光景に誰もが顔をしかめた。
「ちょ、ちょっとごめんなさい⋯⋯」
「ぼ、僕も⋯⋯」
キリエとコウタが現場を離れて行く。その姿にほとんどのパーティーメンバーが追従し、この場を離れた。
「何これ!? 気持ち悪いー、吹き飛ばしちゃおうか」
「バカ、止めろ。何も分かってねえんだ、いじるな」
「ええー、だって気持ち悪いじゃん」
「そういう問題じゃねえ!」
剣を構えて見せるリアーナをジョンが窘める。
混乱と困惑、理解不能、何が起こった? こいつは何だ? ジョンはおぞましい光景に目を背けたくなる。
「マ、マリアンヌ様⋯⋯!? こ、これは、どういう事ですか⋯⋯」
ユアンが部屋を覗き、膝から崩れ落ちる。悲しみと混乱に思考が停止していた。一番近くで見ていたユアンですら分からないのであれば、この状況を説明出来るのは血溜まりに沈んでいるマリアンヌだけだ。第三者が絡んでいるのは間違いない、ただ棚に並ぶいくつもの小瓶の意味が分からず、思考が前に進むのを押し留める。
「ああ、クソ!」
ジョンが言葉を吐き出し、頭を掻きむしる。何をどうすればいいのか、葛藤に近い思いが思考を迷わす。
「⋯⋯これを見ろ」
ミヒャが備え付けのテーブルの上に投げ出されている、ふたつの鍵を差した。何の鍵だ? ジョンは手に取って見つめる。簡単な装飾が施してある鍵と簡素な作りの鍵。ジョンは装飾が施された鍵を手のひらで弄んだ。
「ユアン、この鍵に見覚えは?」
「こっちは裏口の鍵です。こっちの鍵は⋯⋯分かりません⋯⋯あ! この部屋の鍵に似ています。何度か見ただけなので確信は持てませんが」
簡素な作りは裏口の鍵。装飾を施しているのはこの部屋の鍵? この部屋の鍵は犯人が持って行ったのではないのか? 合鍵があって入手した? 何にせよ用意周到だ。
「⋯⋯今回は降りる。気が向かない」
ミヒャが唐突に口を開いた。ルビー色の瞳が部屋を鋭く睨んでいる。
「どうした?」
ユウもミヒャの唐突な申し出に困惑を隠さない。ミヒャはひとつ溜め息をつき、部屋を見渡した。ユウ達も一緒に見渡す。ミヒャは棚を顎で指した。
「⋯⋯これは何だ?」
「目と子供のアレだろう」
「⋯⋯何でここにある?」
ミヒャの問いかけにジョンは戸惑いを隠さない。その何かが分からず、思考は袋小路にはまっているのだ。
「そいつが分からん。ミヒャは分かるのか?」
「⋯⋯分からない」
「それじゃあ、オレ達と⋯⋯」
「ただ、これは見られたくなかった物だという事は分かる」
ミヒャの強い一言に、一同は一瞬固まった。ユウは眉間に皺を寄せ、ミヒャに詰め寄る。
「そう考えるのは早計なのじゃないか? 本物という確証さえない。全てがこれからだ」
ユウの言葉に即座に首を横に振った。ミヒャの瞳には悲しみにも似た何かを映す。
「⋯⋯ユウ、これは早計ではない。もしこれが作り物であるなら命を落とす必要はない。腕を斬られて即死するか? 【魔法鳩】を飛ばす時間くらいあったはずだ。仮に目の前に敵がいようと助けを求める事は出来たはず。しかも、マリアンヌを見る限り、腕以外の外傷は見当たらない。つまり、これを仕掛けた人間は殺すより、これを表沙汰にするのが目的のように感じる。もし、この瓶全てマリアンヌが手を下しているなら⋯⋯自分は無理だ。降りる」
「ちょっと、ちょっと、仮定で決めつけは良くないよ。【魔法鳩】を飛ばせなかった何かがあるのかも知れないよ」
リアーナが血相を変え、異を唱える。リアーナには珍しく厳しい表情でミヒャに食い下がった。リアーナはアサトの時と同様に何が何でも犯人を捕まえる気構えだ。その姿にジョンも冷静になって行く。部屋の隅々に目を凝らし痕跡を探し、嫌でも目に入る棚の小瓶にも視線を向けた。古びた棚に整然と並ぶ、目玉とアレ。作り物だとしても趣味は良くないが、作り物ならそれで済む。ひとつを手に取りフタを開け、においを嗅いだ。
「くっ」
鼻に突き刺さる刺激臭、間違いなく防腐剤だ。瓶の中身は腐る物、すなわち本物という事だ。ジョンは顔をしかめたまま小瓶を戻す。フェイクかも知れない淡い期待が消えた。
「マリアンヌが直接手を下したなら、オレも降りる。ただ、それが判明するまでは犯人を追う」
ジョンの言葉にユウは仕方ないと嘆息する。リアーナは降りるという言葉に頬を膨らませた。
まぁ、限りなくクロだよな。ジョンは心の中で呟く。状況だけ鑑みれば、犯人はマリアンヌと言っている。気が付くと襲撃した犯人より、子供を小瓶に詰めたのかどうか、そればかりを考えてしまっていた。
□■
「いやぁ、しかしエグかったね。モンスターの屍とかで慣れていると思ったけど、あれはきつかったー」
「悪い夢でも見ているようだったわ。あれ⋯⋯マリアンヌがやったのかしら?」
「さあね⋯⋯」
現場を抜け出た、キリエとコウタが大きな木の根元に座り込み休憩を取っていた。パーティーのメンバー達も腰に手を当てたりしながら思い思いに休んでいる。コウタはその姿を見渡し、パーティーほぼ全員が現場を後にしている様に気が付いた。こう立て続けに醜悪な物を見せられて、勇者の求心力は暴落だよね。
「みんな出て来ちゃっているよ」
「そうね。私達もね」
キリエも辺りを見渡した、森を切り出した村らしく辺りは木々が覆っている。ふと何かが動く気配を感じ、目を凝らす。木の影に何か動く物。
「⋯⋯コウタ。三時の方向に動く影、野次馬かしら? 人払いしているはずなのに」
コウタは頷くより早く、視界から消える。三時の方向にキリエが目を向けると、20m程先にある木の影で、何かと対峙していた。キリエも急いで後を追う。
「コウタ!⋯⋯え? 子供? 何しているの、ダメじゃない」
キリエは優しく諭す。左目に眼帯をつけた少年はふたりの事を汚い物でも見るかのように睨みつけていた。向けられる憎悪に対し、キリエとコウタは戸惑いを見せる。
「ダメよ、今は。お家に帰りなさい」
睨みつける瞳に、微笑みを向けると少年の憎悪は増していく。キリエとコウタは顔を見合わせ互いに嘆息した。
「なぁ、坊主。そう睨むなよ、僕達は何もしていないだろう?」
少年は奥歯が鳴りそうなほど、口を堅く結ぶ。一度俯き、再び激しい憎悪を向けた。さすがにキリエからも笑みは消え、コウタも困惑の色を深めていく。話しかけようとすると少年は踵を返し、走り去ってしまった。
「コウタ」
「分かっている」
キリエとコウタは少し距離を取って、少年を追って行く。木々の隙間を抜け、街の中心部を通り抜けると何の変哲もない一軒家へと飛び込んだ。ふたりは少し離れた所で逡巡すると頷き合う。
「行ってみましょう」
キリエは扉を軽くノックすると奥から女性の返事が聞こえた。扉が開くとふくよかな女性が顔を出した。少年の母親かな。
「こんにちは。突然ごめんなさいね」
キリエは笑顔で頭を下げた。
□■□■
僕は大きく伸びをした。
「ふわぁ~」
何度めかの欠伸。眠い目をこすりながら扉のプレートを開店へとひっくり返した。
カルガに言われた通り、朝から通常運転だ。長い夜が終わっても、頭が興奮してほとんど眠れなかった。
それでも前回とは違い、今回は達成感があった。ジョゼフが満身創痍とはいえ救う事が出来た。マリアンヌの生死は分からない。もし、生きていれば、カルガはすぐに指名手配となるかもしれない。そうなれば芋づる式で僕もかな。でも、あそこで行動を採っていなければジョゼフは殺されていただろう。だから後悔はない。
「なるようになるさ」
店の前で大きく伸びをしながら言葉を零し、憂鬱になりそうな気分を上から塗り潰した。考えても仕方のない事をうじうじ考えても仕方ない。
「アーウィン! おはよう!」
ニアンさんの元気な声が届く。
「ニアンさん! おはよう! いい天気だね」
僕もすっきりとした笑顔を返した。




