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鍵屋の憂鬱  作者: 坂門
聖女の穢れ

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10/95

始まりは雨上がり

 雨が馬車の屋根に打ち付ける。鳴り止まない雨音が、何とも煮え切らないジョンの心を覆う。水を跳ね上げる車輪の音が客室内に響き渡った。

 あの鍵屋。確実に怪しいが、近しいやつらが言うような人を殺す事が出来る人間には感じなかった。直接話して、余計に見えなくなった感がある。


「ミヒャ、どう思う」

「⋯⋯どうとは?」

「鍵屋だよ。犯人かな? 関係ないかな?」


 ミヒャは視線だけ外に向け、人通りの少ない街並みを眺めていく。少し逡巡する素振りを見せ、口を開いた。


「⋯⋯きっと善良な住民だ。ただ、怪しい。それは状況がそう言っている」

「そういや、鍵屋の名前はなんて言うんだ?」

「アーウィン・ブルックス」

「ブルックス⋯⋯どっかで聞いた気が⋯⋯。まぁ、いい。次に行こう、一通り当たってからまた考えよう。次は誰だっけ?」

「⋯⋯食材屋だ」

「そらぁ、仕入れに出ただけだ。⋯⋯全く」

「⋯⋯やる気がないな」

「ああ、ないね。あそこまであの野郎がやらかしているとは思っていなかった。ミヒャこそどうなんだ」

「⋯⋯分からない」

「ずるいな。ごまかすなよ」

「いや、全容を知っていたら先に殺していたかもしれない」


 言葉を失うジョンにミヒャの鋭い眼差しが向いた。





 店の灯りを消した。一日中降り続ける雨は今晩も止みそうにない。街路にできた水溜まりがランプの灯りを反射する。今日は街も閑散としており、足早に家路に就く者達の姿を散見するだけだった。

 コンコン。

 裏の扉を軽くノックする音が聞こえた。夜と言ってもまだ深くはない時間、とはいえもう店も閉めたというのに。僕は少しばかり困惑しつつ、扉をそっと開く。

 バンッと乱暴に扉が開き、飛び込んで来たのは見覚えのあるうす汚い男だった。


「カルガ!」


 僕は扉の外を覗き誰かに見られていないか、確認した。何とも間の悪い登場に顔をしかめてみせた。


「おいおい、久々だってのに、その顔はねえだろう」

「マズイよ。今はダメだ」

「いいから手伝え。西行くぞ。明日は太陽の日で休みだろう? 店は開けなくていいんだ、行くぞ」

「行くぞって、何しに」

「魔女狩りだ」


 カルガはそう言うと首を斬るポーズをしてみせた。何だってまたそんな物騒な事に巻き込むかなぁ。僕は頭を抱えてカルガを睨む。

 大体、魔女狩りって何? 誰? どこ? どうして僕?


「風邪ひくから何か体を拭く物貸してくれよ」


 洗い立ての手ぬぐいを投げると、直ぐに濡れた体を拭きあげていく。


「魔女って何? 誰?」


 カルガは拭いている手をピタっと止めると口元に笑みを浮かべる。


「マリアンヌ・バッラン」

「はぁーっ?! な、何言っているの?? 嘘でしょう? 治療師ヒーラーって⋯⋯意味が分かんないよ」


 僕は大声を上げそうになるのを必死に堪えた。ただでさえ勇者殺しの嫌疑が懸かっているというのにそんな最中にまた? ありえない。


「おいおい。お前はなんか勘違いしている。オレ達は別に殺しちゃいない。だろ? もし、もしだ、死んだとしたらそいつはモンスターがやったんだ。今回もそう、オレ達は殺さない」


 カルガは微笑み僕に言う。それはただの屁理屈だ、そんな道理が通用するわけがない。僕は大きな溜め息を吐きながら首を横に振る。


「ダメだし、無理だ。大体理由がない」


 今度はカルガが首を振りながら溜め息を吐く。


「やれやれだな。アサトの時には理由があったよな。今回だってあるに決まっているだろ。マリアンヌ・バッランは魔女だ。少年を喰らう。急がないとまた犠牲者が出るぞ」

「はぁ? 何言っているの? 子供を食べる? またデタラメ言って」

「おいおいおい。オレがいつデタラメを言った。あいつが村を転々としている理由はな、ガキ共を喰らう為だ。その噂を耳にしてアサトの件と同時に調べ始めた。アイツは二か月程で移動している。年に5、6回だ。それを30年以上続けている。アイツ一体、何歳いくつなんだ? まぁ、そこは置いておくとして。アイツの移動と少年の行方不明者が出たタイミングが合致したのが11件。もちろん帰ってきた子供はいない。しかもオレが追えた人数ってだけだ。実際はもっと多いかもしれない」

「それはちょっと理由としては弱くない? こじつけに近い感じがするよ」

「そう。これだけならな。ただ、実際に小さい頃に治療と称して、いたずらをされていたヤツの証言は取れている。と言っても体を念入りに洗う程度だけどな。子供ながらに気味悪かったってよ。子供が気味悪がる程、洗うババアってどうだ? 何かおかしくねえか? 今の村でも男の子に必要以上にスキンシップを取っているのは、実際に住んでいる子供から証言が取れている」

「そうだとしてもだよ。魔女狩りだなんて物騒な標的にするには理由として弱くない?」

「んじゃ、行方不明のガキ共はどこに消えた? なぜ一件も見つからない? オレはこの目で確認したんだ。アサトがお前を見たのと同じように、あの女がガキを見ているのを。ぼやぼやしていたら、あのガキ喰われるぞ。オレが飛び込まなかったらお前はどうなっていた? 知らねえガキなら別にいいのか? お前の力が必要なんだ、ガキを救ってやってくれ」


 カルガはまくし立てる。アサトと同じ目と言われて背筋に冷たい物を感じ、ふつっと心の中に湧き立つ何かを感じた。冷たい雨音が僕の頭を冷やしてくる。

 少年性愛ペドフィリア? 子供が消える?

 アサトの粘着質な視線を思い出す。あれを子供に向けていた⋯⋯。


「僕に一体何をさせる気?」

「鍵をちょいと閉めてくれればいい。頼みたいのはそれだけ。簡単だ」


 僕は深い溜め息をついて、すごすごと準備を始めていく。目をつけられているってのに、何でこうなるのか。

 部屋のランプを消し、静かに扉を閉めた。



 馬車は街道を、水しぶきを上げて進む。雨は止んだがぬかるんだ道は柔らかく、馬の進みを遅らせる。今さらながら少しばかりの後悔も一緒に馬車に乗っけていた。腹をくくらなきゃいけないけど中々どうして難しい。


「はぁー」

「何だよ、溜め息なんかついて辛気臭えなぁ」

「本当にやるの?」

「何だ、まだ疑っているのか。こんな嘘をお前についてどうする。ガキの命が掛かっているんだ、しっかり頼むぞ」

「そこが信じられないんだよね」

「まあ、本当だったらお前にも現場を確認して貰いたいところだがそんな時間はない。ヤバイんだよ、本気で。それに⋯⋯」


 カルガの声のトーンが、真剣味を帯びた。


「それに?」

「あの女が毎晩、入る部屋がある。その部屋に限って鍵は自分で管理しているようだ。チラッとしか見えなかったが、その部屋の棚に瓶に入った目玉が見えたんだよ」

「はぁ? 何それ?」

「知らねえよ。でも、誰の目玉だと思う?」

「行方不明の少年? いやいや、それは早計だよね」

「そうだ。誰のか分からねえ。でも、誰かのだよな」


 少なくとも趣味のいい部屋ではない。柔和な微笑みを繰り返すマリアンヌの素顔。いや、でもこの目で見たわけじゃない。ただ、カルガの言葉に嘘をついている感じはない。

 人の闇。人の業。

 見たくもない現実が待ち受けている予感しかしない。

 朝焼けと共に村が見えてくると、カルガは手綱を引き馬車を止めた。


「寝るぞ。動くのは夕刻過ぎだ。たっぷり寝ておけ、長い夜が待っている」


 カルガの言葉に、僕は憂鬱になる。どう転がっても見たくもない現実を目の当たりにする事になるのだ。僕は毛布を頭から被り、無理矢理に目を閉じる。眠れそうにもないが、今出来るのはこれだけだから。


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