社会的死の回避
最初のほうは書き手が元の世界にいた時の内容で、とりとめのないことが書き綴られていた。
そんな部分を読んでいると眠気がより一層強くなった。
ペラペラとページをめくり、重要な個所がないか調べる。
しかし、この世界に来てからの内容が書かれているページのほとんどが破られていて読むことができなかった。
肉塊達の情報やこの街について書かれた部分がないため、おそらく誰かに破られたのだろう。
一つだけ重要なことが分かった。情報が発覚すると困る何者かがいるということだ。
これから遭遇する人には注意を払わなければいけない。
そう思いながらも襲い来る眠気に抗えず、眠りに入ったのだった。
太陽の光が窓から差し込む。
机に突っ伏して寝ていた体を起こし、大きく伸びをする。
はらりと自分の身体に被さっていたものが落ちた。小さめのタオルケットだった。
思いのほか長時間寝ていたように感じて、外を見てみると太陽が真上に来ていた。
「やべ、会社に遅刻した。」
寝坊したかと焦って出社の準備をしようとするが、自分の家ではないことに困惑した。
少し硬直した後、状況を理解して、
「あぁ、夢じゃなかったのか」
今いるこの街が現実であることが分かり、気を落とした。
部屋の扉がコンコンコンと3回ノックされた。
いつでも動けるように少し身構えたが、静かな足取りで入ってきたのは銀髪褐色で身長160cmくらいの小柄な美少年(?)だった。
その服装は、ショート丈トップスにショートパンツで露出度が高い。
そして、短く切って整えられた髪型。
「そんなに警戒しなくていいよ。僕は君に危害を及ぼすことはしないから。」
その声はまさに昨日、窮地から救ってくれた声の主だった。
一度に大量の情報が入ってきて、起きたばかりの脳みそでは処理しきれない。
見かけは美少年だが、昨日の引き出しの中身を思い出して困惑する。
もし、この少年(?)があの部屋の持ち主なら、少女なのか…?どちらかというと少女っぽいが…。何か男の子のように振る舞う理由があるのだろうか。
何も言わず固まっている俺に、心配そうな様子で、
「あー大丈夫?」
「…ぁあ。大丈夫だ…です。」
「よかった。あまりにも反応がないから、君が気を失っちゃったかと思ったよ。」
無邪気な様子で冗談めかすように言ってくる。
「あ、そういや名前を言ってなかったね。
僕は、星宮ゆづき。あと、かしこまらなくてもいいよ。ゆづきって軽い感じで呼んで。よろしくね。」
フレンドリーな感じで、自己紹介してきた。
彼女に助けてもらった恩があるため、感謝の意も込めて、こちらも自己紹介することにした。
「俺は日和…まもるだ。昨日、助けてくれてありがとう。
この街には昨日来たばかりで困っていたところだった。」
「ふふっ、まもる君ね。」
にこやかに笑いかけてくる。
そこまで話したところで、
ぐぅ
と腹の音が鳴る。少し、恥ずかしかった。
そういえば、昨日から何も食べてない。
「食事は用意してあるから、ついてきてよ。」
腹が鳴ったことに言及せず、くるりと回り、ついてくるように促してきた。
俺は促されるままついていった。
キッチンにつくと、調理してあるパスタがあった。ガスがないのにどうやって…。ちらりと調理台をみると、アルコールランプのようなものと、それ専用の三脚があった。昨日のランタンにも火が灯っていたから、何かしら火をつける道具はあるのだろうと推測できる。彼女はパスタとフォークをキッチンのすぐそばのテーブルに置き、椅子に座るように手招きした。俺がその椅子に座ると星宮ゆづきは対面の椅子に座った。
「料理の腕に自信はないけど、食べれないことはないはずだよ。」
「それじゃ、いただきます。」
俺は合掌をして、パスタをフォークに巻きつかせて食べ始める。自分の作ったパスタより格段においしい。缶詰めと密封保存の食べ物から作ったとは思えない上質な味だった。
「美味い。」
「そう、なら良かった!」
あどけない笑顔で、嬉しそうに頷いた。
彼女は両肘をテーブルについてこちらをにこやかに見つめている。
視線に耐えられなくなって話し始める。
「そんなに見られると食べにくいんだけど…。」
「ああ、ごめんごめん。誰かに手料理振舞えるのが嬉しくって…。ついつい…。」
そんなのんきな会話をしている間に食べ終わる。
あちらが観察しているように、こっちも相手の動向に注意して見る。
やはりゆづきは男っぽく見せているだけで、立ち振る舞いは女の子とそう大差ないと思った。
「まもる君は、昨日この街に来たって言ってたよね?この街に食べ物はどこにでもあるけど、水は簡単にみつからないよね。どうしてたの?」
不思議そうな顔でゆづきは尋ねてくる。
「ああ、それなんだが、この家に来るまで一口もありつけなかった。」
「倉庫には、鍵をかけてるしキッチンの水もほとんどなかったでしょ?我慢できたの?」
「風呂場にバケツがあっただろ?
浴槽に溜める用だと気づかなくて半分くらい飲んでしまった…ってどうした?」
その話を聞いてだんだんとゆづきは顔を紅潮させ俯いた。一体どうしたのか、全然分からなかった。
どうしていいか分からず、あたふたとする俺に彼女はもじもじしながらボソッと呟いた。
「君の飲んだ水なんだけどね…。
僕が身体をタオルで拭いたあとの残り湯バケツなんだ…。」
衝撃が走る。傍から見たら俺、ただの変態だ。
知らなかったとはいえこれは不味い。不味いどころじゃない。
せっかく助けてもらったのに恩を仇で返すようなことをしてしまった。
故意では無いことを上手く説明するにはどうすればいい。
そうだ、俺がゆづきの事を男と勘違いしているように振る舞うしかない。
「ゆづき、本当にごめん!でも、男同士話せば分かる!」
「え…。男同士…?」
しまった。これはだめだったか。なんとかごまかそうと必死に取り繕う。
しかし、彼女は表情を手で隠しながら、答えた。
「そ、そうだね。気にすることないよ。きっと。」
危なかった。少しホッとした。変態のレッテルは張られずに済む。
やはり、勘違いしているふりで良かったのかもしれない。
しかし、まだゆづきは怪訝な顔をしている。
「ねぇ、もうちょっと聞きたいんだけど…。僕が不在の時に部屋に入ったりしてないよね?」
これは非常に不味い。完全に怪しまれている。確かに部屋に入ったが下心があったわけではない。
下手すれば、ゆづきの手で命を落とすかもしれない…。
慎重に言葉を選ばないと…。
「ごめんなさい!!」
まずは誠心誠意謝ることにした。90度の角度になるように頭を下げた。後頭部に刺さる視線が卑しいものを見る目に変わったように感じる。
「人の引き出しまで物色するのは・・・よくないよねぇ。」
あっ!?本格的に不味いことになった。引き出しを開けたのがばれていたのか!?
ゆづきを男と勘違い発言したのがここで仇になった。昨日の状態とまた違う状態でピンチだ。
しかし、俺は引き出しの中のものにはさわっていない。
つまりこれは、鎌をかけられている可能性がある。どうする俺。
考え抜いた結果、シラを切ることにした。
「え?引き出し?」
曲げていた体をすっと起こし、引き出しなんてあったのか。という素振りでゆづきの顔を見た。
俺を直視するゆづきの顔が怖い。
「まもる君、引き出しを開けた?」
「いや、水がないか部屋を軽く見渡した程度だけど。暗くて引き出しがあることに気づけなかったな。」
真っ赤な嘘だが、ポーカーフェイスは得意な方だ。
引き出しは開けたが、そもそも中のものには一切触れてない。
ドキドキが止まらない。
「そうなんだ。」
彼女はそう言って、顎に手をあて少し考え込むようにしている。
少し経った後、再びこちらを向いて、
「疑ってごめんね。
説明もなしに家に案内したのは僕が悪かったけど、でも人の部屋に無断で入るのはどうかと思うね。」
最初はすまなさそうに話していたが、次は少し不服な顔をしていた。
「次、無断で入ったら承知しないから。」
そして、怒ったように忠告してきた。ころころ表情が変わる百面相のようだ。
「はい。肝に銘じておきます…。」
26歳の大人が、おそらく10代の子供に怒られるのは何とも情けなく見えるだろう。
力なくうなだれていると、目の前で思いっきり猫だましをされた。
突然のことに、目を白黒させていると
「はい!これで終わり!仲直りね!」
ふと、ゆづきの顔を見るとやはりあどけない笑顔だった。
俺はホッとし、自然に笑みがこぼれる。
「ああ。仲直りしよう。」
互いに笑いあった。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。今回は、このシリーズ初めてのほのぼのパートでした。日和まもると星宮ゆづきこの二人はどうなっていくのか、続きを乞うご期待!