忘れ去りたい記憶
「まーもーるー。早くーバス遅れちゃうよー。」
急かすようにこっちに声をかける。
「ちょっと待ってゆうり!ずっと走ってもうクタクタだよ。」
「だから、もう少し早く行こうって言ったのにー。」
「ごめんごめん。」
目の前の少女に謝りながら、必死に追いかける。
今日は待ちに待った映画を観に行く予定だ。
でも、集合時間がギリギリだったせいで、今はこんなに走っている。
「こうなったら、この道を通ってみよー。」
そう言いながら指さした道は、少し薄暗い路地だった。
「暗い道は危ないからやめようよ。」
「えーでもこっちからいくと近道だよー。」
こうなった彼女は頑固だ。
「わかったよ。」
僕はしぶしぶ返事をしてついていく。怖い道も目の前の少女のが手を引いてくれたおかげで、へっちゃらだった。
もうやがて、映画館まで最初の十字路にさしかかるとき、気味の悪い音を聞いた。
ズリッ…ズリッ…という音が斜め前から聞こえた。
その音が怖くて僕は前に進めなくなった。
「やっぱり戻ろうよ。」
震える声でゆうりに言ったけど、
「私がみてくるから、まもるは待ってて!」
と言って十字路を曲がっていった。それから・・・。
瞼が開いた。
「いつの間にか眠っていたのか。嫌な夢を見たな…。」
部屋はもう暗くなっていた。外の光がほとんど入ってこなくなったようだ。
ベットから起き上がり、窓から外を眺めると薄暮であった。しばらく呆けたように外を見ていた。
すると、少し遠い暗闇の中に蠢く影が見えた。おおまかな形は判別できるが、細かいところは分からなかった。そのまま、凝視していると人影のようにも見えた。
こんな暗い中、人影が何をしているのか気になった俺は窓を開けて声をかける前に、観察することにした。
そのうち、どこからともなく1つ2つと人影が現れたが、サイズに違和感を覚えた。見るからに2mは超えているだろうものと、その半分もないものがあった。
そして、2mの影が分裂した。確かに分裂したのだ。人影だと思っていたそれは、人ではなかった。
その人影のようなものに夢中になっていて、今いる家の近くに人影のようなものが現れたのに気付くのが遅れた。
だんだんと、逃げ道が無くなっていることに焦り、弦の切れたような勢いで家から飛び出す。家に隠れ続けても、包囲されてしまえばなすすべが無くなるのは分かり切ったことだった。
瞬時に外に出たのだが、思いのほか数が多い。
動きは遅いようだが、いたるところから現れてきりがなかった。
明らかにこちらへ向かってきている。逃げても逃げても、逃げた先にいた。そして走り続けて、もう息が上がった。それでも、大量の影は追い続けてくる。
足が絡まって転んでしまう。
前方はもう既に影の塊で覆われていた。周りを見渡しても、逃げ道は無い。
足を引きずるようにしながら、じりじりと寄ってくる。
そして、その影が出す音はまさに、この場所へ来る直前に聞いた音だった。
「ああ…。こいつらが…。あの子を…。」
もう囲いは半径3mもなかった。
最期の足掻きとして、どんな生き物なのか近くで見てやろう。
そう考えて、思いっきり近づく。
「え」
絶句した。近づく前には暗くてよく見えなかったが、赤黒い色をしたドロドロの塊だった。
溶けきってない骨のようなものが混ざっていたうえに、腐った肉のような臭いで気分が悪くなる。
そして…
その塊が覆い被さるようにして…
俺の体に…。