本音
もう膝の関節が痛い。これ以上背負って歩けない。
彼女は重いとは言えないが、さすがに背負い続けて歩くのは限界だ。
肉塊達が動き始めているのが見える。
ゆづきの家まで辿り着けそうにないため、目についた家に入る。
「相変わらず埃だらけだな。この街の家は。」
ランタンを置いておけばあの肉塊もやってくることはないだろう。
ベットにゆづきを寝かせる。
「そういえば、俺とゆづきが出会った夜もこんな感じだったな。」
家に入り、外を見て肉塊達に驚いて逃げて、絶体絶命の時にゆづきが助けてくれた。
・・・。そういえば、その時の手は・・・。
そうか。あの時も白狼になりかけていたのか。
時間が無いとはそういうことか。白狼になってしまうところだったのかもしれない。
それなら闇夜でも目がきくのは狼の特性なのか。
いろいろとつながっていく。彼女が隠していたのは、白狼についてだったようだ。
ちらりとゆづきをみると、傷がほとんど塞がっている。この回復力はなんなのだろう。
白いカマキリ、白狼、なにか関係があるのかもしれない。
だが、今のところは白いことと耐久性、俊敏性の3つしか当てはまっていない。
それなら、あの肉塊はなんなのだろうか。
あれは火を避けたがるし、鈍足、赤黒い、大量に存在している。
・・・全く関係がなさそうだ。
白いカマキリはこれまで2体遭遇してきた。
もしかすると、ゆづき以外にも白狼がいるのかもしれない。
もっと危険視する必要が出てきた。
思考しながら部屋を歩き回る。
「ん・・・?」
ベットから声が聞こえた。ゆづきが目覚めたようだ。上体を起こしている。
そして、こちらをみて目を見開いた。
「まもる!?よかった・・・。」
驚いた後、ほっとした表情でそう言った。
ここで無事を喜び合いたい気持ちはあったが、どうしても聞いておきたいことがあった。
「ゆづき、いや、星宮ゆづき。君の正体はなんだ?」
そう言うとさっきまでの様子とうってかわって、ハッとした表情になった。
「俺は君が白狼になる様子をこの目で見た。」
白狼という単語に大きく反応したのが見て取れた。
「そうか。やはり自覚はあるんだな。」
「・・・。逃げたんじゃなかったの?」
顔を俯かせて、そう呟いた。
「ああ、二度も助けてくれた君を置いていけなかった。」
「見てほしくなかった・・・。ようやく信頼できる人に出会えたと思ったのに・・・。」
俯いた顔からポロポロと涙が布団に落ちた。
やはり彼女自身、白狼になることを恐れているのだろう。
今までの俺ならきっと気味悪がって逃げるかもしれない。だが、俺はもう逃げないと決めた。
「どうせあなたも私から離れていくんでしょ。」
ゆづきは顔を俯かせたまま言葉を続ける。
「私の正体を知ると、『化け物!』とみんなそう言って逃げていく。
そんなのあんまりだよ!
私だってこんなの望んでない!」
「・・・。」
彼女が他の人達と群れず、離れた場所に身を置いている理由が分かった。
ゆづきも心にぽっかり大きな穴が空いているのかもしれない。
そこにいるのは、ひとりぼっちで泣いているただの少女だった。
ゆっくりと彼女に近づき、一回り小さいその体をぎゅっと抱きしめる。
「!?」
彼女は少し戸惑って身体が固くなったが、すぐに力が抜けていくのが分かった。
「ゆづき、俺は君から逃げたりしない。他の人達がどう思っていても、俺にとっては大事な恩人だ。」
そう言うと、彼女も両腕で抱きしめてきた。
彼女が泣き止むまでしばらくそのままにしていた。
「誰かに優しくしてもらったことなかったから。情けないところ見せちゃったね。」
いつも通りのゆづきに戻ったようで良かった。
ランタンの明かりが部屋を照らしている。
椅子に座り、休息を取ろうとすると、彼女がベットに寝転んだままこっちを向いて尋ねてくる。
「ねえ、まもるも話したいことあるって言ってたよね。」
「そうだったな。カマキリのせいで中断されてしまったんだった。」
ふぅ、と深呼吸して話を始める。
「実は8年前の出来事になるんだが、俺には春風ゆうりという幼馴染がいたんだ。
この街に来るときに聞いた音が、その時にも聞こえたんだ。
そして、眩しい光とともにゆうりは消えてしまった。
それで、もしこの街にゆうりがいた痕跡があるのならば捜したい。ゆうりがどうなったのかその真実を知りたい。それが、あの時に逃げてしまった償いだと思っている。」
ゆづきの目を見て、はっきりと言う。
「何度も助けてもらったうえに、借りばかりで申し訳ないが、一緒に捜すのを手伝ってほしい。」
頭を下げる。
この街で頼れる人はまだゆづきにしか出会えていない。
衣住食を用意してもらったうえに二度も助けてくれた。
借りばかりで承知してくれるかは分からないが頼み込む。
「借りはさっきので全部チャラでいい。もちろん、協力するよ。」
「ありがとう。」
感謝の言葉を述べる。
「なんだか辛気臭くなっちゃったね。さっ、そろそろ寝ようよ。」
そう言って、彼女は身体をごろんとあちらに向けた。
外はまだ暗いままだ。
眠くなってきた。今日はずっと歩きっぱなしだったからすぐに入眠できそうだ。
とろりとろりと微睡んでいく。
「ありがとう、まもる。」
そんな声が聞こえた気がした。




