遭遇戦
一日投稿遅れました。楽しみにしていただいた方申し訳ありません。
2人が歩くには広すぎる道を横に並んで歩いていく。
また同じ距離を歩くとなると精神的にかなり厳しい。
持ってきた水もわずかだが、節約しながら飲めば何とかなりそうだ。
「こんな風に誰かと歩いたことはあったのかなぁ。」
遠い目をして隣に歩く少女は呟いた。
記憶喪失でこの街にくる以前の記憶が無いことを彼女は語ってくれた。
彼女は今まで誰かとこうして歩いていたかもしれない。
でもその記憶がないのは、きっとさみしいことなんだと思う。
記憶がフラッシュバックする。
昔、一緒に歩いていた子。
ゆうりとの懐かしい記憶。
それを思い出して、自然と涙が零れそうになった。
涙が出そうになるのを誤魔化すように目をこすった。
ゆづきの横で感傷に浸っているわけにはいかない。
「ねぇ、どうしたの?」
隣から顔を覗き込むようにしてこちらを見た。
「いや、目にゴミが入っただけだ。」
「・・・そう。」
そして、再び静かに歩き続ける。
結局、8年前の喪失を未だに引きずっている。
俺が答えを濁すと彼女は少し悲しそうな表情をする。
だが、俺を気遣ってくれているのだろう。深入りはしないでくれる。
そして、2人の間に一定の距離を感じている。
出会ったばかりというのもあるかもしれないが、ゆづきも言えないことがあるようだ。
俺も根掘り葉掘り聞かないようにしているが、お互いに何かを隠し続けて協力していくには無理がある気がしてきた。
「話しておきたいことがあるんだ。」
彼女に言っておかなければいけないことだ。
覚悟が揺らぎそうになる。それでも、言うべきだと思った。
しかし、その言葉を伝える前に勢いよく吹き飛ばされた。
宙に浮いている。何が起こったのか、思考を巡らせる。
ゆづきに思いっきり突き飛ばされた。なんで。
「がはっ!?」
壁に背中からぶつかり、肺がつぶされたように胸が苦しくなった。
そして、目の前を白いものが突風のように通り過ぎていく。
その瞬間、俺を押した彼女の腕が引き裂かれた。その血が彼女にかかる。
通り過ぎた白いものは少し先でぴたりと止まった。そして、ゆっくりと振り返った。
そこに居たのは白くて巨大なカマキリ。鎌にはゆづきの血が付いていた。
ゆづきが助けてくれていなければ、あの鎌で、俺が引き裂かれていた。
気が緩んでいた。まさか白いカマキリに帰り道で出くわすとは思わなかった。
ショッピングモールらしき建物からの帰り道、周囲の警戒を疎かにしてしまった。
本能が逃げろと言っている。今はばれていないが、早く逃げなければ。
しかし、ゆづきを置いてはいけない。しかも俺を助けたせいで右腕を大怪我している。
彼女は腕を押さえて、苦痛に顔を歪めている。
負傷しながらでは、いくら強かろうとやられてしまうのが目に見える。
迷いがあった。
彼女をおいて逃げれば俺は助かるだろう。
だが、二度も助けてくれた恩人を置いていくわけにはいかない。
「何してんの!?早く逃げて!」
カマキリにこちらの位置を悟らせないためか、正面を向いたままゆづきは叫ぶ。
だが、俺はすでに覚悟を決めていた。
おいて逃げるくらいなら、戦って死んだほうがマシだ。
8年前逃げてしまった後悔は未だに残っている。
もう逃げないと決めた。
だが、ゆづきは俺が逃げないと気が散ってしまうだろう。
俺は逃げるふりをした。
「そう。それでいいんだ。」
なにか安心したような口調だった。
一旦距離を取り、ゆづきとカマキリからは見えにくい位置で様子見し始める。
ただの一般人があんな化け物に立ち向かっても勝算は無い。
何か隙を見つけなければ。
ゆづきとカマキリが睨みあっている。
すると、ゆづきの全身から銀色の毛がだんだんと生え始めてきた。
だんだんと毛に覆われていく。目の前の光景に目を疑った。
そして、怪我していた腕はみるみるうちに治っていく。
録画されたビデオを早回ししているみたいに傷口が塞がっていった。
気が付くとゆづきの立っていた場所に居たのは、白狼だった。
4足歩行で大きめの白狼。一体どうなっているのか分からなかった。
人間が狼になる。そして、さっきまでの怪我がほぼ完治している。訳が分からない。
しかし、この街に慣れ始めていたため、状況をすぐに呑み込めていた。
マーケットの生き残り…氷室から聞いた白狼の事を思い出した。
「ゆづきが白狼・・・。」
両者の戦いが始まった。
俊敏な動きでぶつかり合う。
白いカマキリは素早く動いた後、大きな隙ができるようだ。鎌で直線状に平行移動しながら切り込んだ後、動作がゆっくりになる。しかし、白狼はそこに気が付かないようだ。白狼は素早く力強いもののワンパターンな噛みつきで襲い掛かっているだけだ。野生の狼そのものに見える。いや、野生の狼の狩りの方が賢いだろう。もしかして、自我なく戦っているのか?そんな疑問を感じた。カマキリの方が駆け引きが上手い。カマキリは上手く回避と攻撃を使い分け、少しずつだが白狼に怪我をさせている。鎌で切られた銀色の毛が舞い散る。
さっきのように、白狼は傷の回復ができないようだ。
白狼が跳びかかると、カマキリは後退しカウンターを浴びせるつもりだ。
しかし、鎌を振り切る前に次の白狼の追撃が入り、反撃を中止した。
今のところ、一進一退のようだが、目に見えて白狼の方が疲弊し始めている。
力も素早さも上回っているが、噛みつきか引っ掻きしかしてこない白狼と、フェイント、カウンターを上手く使い翻弄しているカマキリ。どちらが勝つか、目に見え始めてきた。
だんだんと攻防してながら両者が少しずつこちらに寄ってくる。
近くにあった家のパイプを無理やり外した。
それを使い、カマキリを奇襲する予定だが、白狼…もといゆづきに自我が無い場合、カマキリを倒しても襲われる可能性がある。しかし、やるしかない。
次の平行移動の攻撃に合わせて奇襲する。カマキリが攻撃の構えをとると、その攻撃の端を予測して跳びかかる。上手くタイミングが合ったようでパイプをカマキリの頭部に当てた。
ガツン!そんな音がした。カマキリは一瞬動きを止めたが、再び動き始めた。
かなり強打したつもりだったが、少しひるんだ程度でこちらに鎌を振りかざそうとした。
走馬灯が流れ始める。幼い時から一緒にあそんだゆうり、ゆうりが消えた日、それからの空虚な時間、この街に来てからの記憶、ミステリアスなゆづき。死んだと確信した。時間がゆっくりと流れているようだった。
そんなとき、俺に注意を取られているカマキリの首元に白狼が跳びあがって噛みついた。
そのまま覆い被さるように、白いカマキリを噛みちぎっていく。白い血液と肉片が飛び散った。
その光景を呆然として見ていた。死んだ気がしていたのに、まだ生きていた。
へたり込んでしまっていた。死の恐怖からの解放、体中の力が抜けていく。
目の前の白狼はカマキリを仕留め終わっていた。
「ゆづき・・・。」
そう言うが、やはりゆづきの意識は無いようだ。
白狼はよろよろとこっちに近づいてきて、威嚇し始めた。
動かない身体に鞭打って、立ち上がる。パイプを握りしめる。
ここでやらなきゃ、やられる。
飛びつきをしてくるが、パイプで受け止める。かなり疲弊しているはずなのに、すごい力だ。
鍛え上げている男くらいの力で押しつぶしてくる。
勢いが強すぎて押し倒された。顔面に噛みつく勢いで迫ってくる。
もう腕が限界だ。喰われる。
そんなとき、急に白狼が力を失って覆い被さってきた。
突然すぎて、反応できなかった。
白狼を押しのけて、立ち上がる。よく見ると、意識を失っているようだ。
白いカマキリの戦いで相当疲弊していたようだ。
だんだんと、白狼から毛が抜け落ちていく。
鋭い爪もポロリと取れていった。
大量に抜け落ちた白狼の毛の中にもとのゆづきが居た。
意識のない人間状態のゆづき。
この少女は一体何なのか。もし、再び狼になってしまったらどうすればいいのか。
おいていった方がいいのかもしれない。しかし、もう逃げないと決めた。
日は暮れ始めていた。そろそろ、家に戻らなくては。肉塊達がくる。
ゆづきを背負い、荷物を持って帰り道を歩く。
ランタンをつけてズボンに引っ掛ける。
念のために、ライターをいつでも出せるようにしておこう。
疲れ切っていたが、足を止めることもなく歩く。
時々、ゆづきを下ろして休憩も挟んだりする。
「日が沈む前になんとか家にたどり着かないとな。」
担いでいるゆづきの呼吸を気にしながら、家に向かった。
今回は、白いカマキリと白狼となったゆづきの戦いでした。次回は遅れないようにしておこうと思います。
あらすじに更新予定を書いておきますのでもしよろしければ確認してください。




