過去はいつまでもついてくる
「私がみてくるから、まもるは待ってて!」
と言って十字路を曲がっていった。
それから・・・写真を撮るフラッシュのような明るい光が見えた。
「ゆうり・・・?ねぇ・・・いるんでしょ?」
戻ってこない。気味が悪い音はまだ続く。
だんだんと心細くなり、目の前の音がだんだんと恐ろしくなっていった。
「うわぁぁぁ!!」
大声を出して逃げていた。怖くて後ろを見ることができなかった。
気味が悪い音は遠ざかっていく。
それでも走り続ける。
近くにいたおばちゃんに涙をこらえながら助けを求める。
警察の人に事情を聞いてもらったけど、全然信じてくれなかった。
「ホントに明るい光が見えて消えちゃったんです!」
「まもるくん、他に人を見かけたりしてないかい?」
首を振る。
警察の人は、難しい顔をしていた。
「とりあえず、親御さんに連絡しておくから。君はここで待ってなさい。」
朝になったことを告げる光で目が覚める。
「また、あの夢か・・・。」
8年前、周囲が一変することになった出来事。
その記憶を夢として何度も見る。
当時16歳だった俺と同学年だったゆうりに起きた悲劇だったが、俺の言うことは全然信じてもらえずゆうりが誘拐されたショックによる記憶障害として処理された。
結局ゆうりは帰ってこなかった。
ゆうりとは昔から近所付き合いがあり、幼少の頃から仲良くしてきた。
だから、居なくなったときは打ちひしがれてしまい、しばらくショックで寝込んでしまったほどだ。
それからもう8年も過ぎているが、未だにその夢を見る。
しかし、あの時の出来事は本当だったことを身をもって実感している。
そんなことを考えていると、しだいに思考がはっきりしてくる。
身体が痛い。
椅子に座って長時間睡眠を取ると凄い身体が痛い。
伸びをして、椅子から立ち上がる。
「明日は、ベットで寝よう。」
そう言ってポケットに手を突っ込む。
ポケットに何か入っているな・・・。昨日持っていったサバイバルナイフ。
ちゃんと返さないと。
「そうだ。ゆづき・・・。」
そこで元の持ち主の状況を思い出しながら、書斎から出る。
ゆづきの部屋をノックする。
「おい、ゆづき起きてるか?」
反応がない。
「入るぞ。」
扉を開けてベットの様子を確認した。
まだ、眠っているようだ。
近づいて傷口を塞いだ包帯を見てみる。血で染まってはいるが新たに出血した様子はなさそうだ。
寝息はすぅすぅと安らかなものだ。
顔にも赤みが戻ってきている。命に別状はないようで良かった。
あんな深い傷だったのにここまで持ち直したのは奇跡としか言いようがない。
踵を返して部屋から出る。
「さて、安否確認もできたところで、自分の用意もしないとな。」
食事やストレッチ、その他もろもろを済ませる。
道路が舗装されていなくて良かった。土をかけて隠す。
少し離れた場所にわざわざ来ないといけないのは、本当に不便だと思いながらゆづきの家に戻る。
道中、他の家によりベットがないか探してみる。
埃まみれの家を探すのは本当に大変だ。
1つの家に1個のベッドはあるが、とても運び込める重さではない。
諦めて帰ることにした。
家に帰っても特にすることが無く、書斎の本を読むことにした。
小説が多く並んでいるが、これもゆづきが集めたものだろうか。
哲学書や小難しい本もある。
彼女が読んでいるところを想像できないが、こんな街では暇をつぶすものも難しいなと思う。
その中の1つの本を手に取り、ゆづきの寝ている部屋に行く。
再びノックして、部屋に入る。
ゆづきはまだ眠っているようだが・・・。
いつでも対応できるように近くの椅子に座り本を読み始める。
「うぅ・・・うーん。」
目を覚ましたようだ。読んでいた本を閉じて声をかける。
「ゆづき!」
「ぅん?私・・・?」
まだ状況が理解できていないようだ。
少し待っていた方が良いかもしれない。
ゆづきはゆっくりと上半身を起こす。自分の身体を確認するようにとろんとした目を動かしている。
そして自分の手が包帯でぐるぐる巻きにされていることに困惑した表情を浮かべた。
目が合った。少しの間、彼女は固まっていた。
そしてようやく状況が理解できたのか、ハッとした表情をした。
「ゆづき。目覚めてよかった。」
「・・・。少し1人にして・・・。」
少し不快な顔をして、そう言われた。
何か良くない事したかな。そう考えて、部屋を出ることを決めた。
「じゃあ、俺はキッチンにいるから。」
そう言って、本をもって部屋を出ていく。
キッチンの椅子に座って本を読むが、全く内容が入ってこない。
そうして、しばらく待っていると、ゆっくりとキッチンの扉が開く。
出会った時から元気なゆづきとは別人のようだった。
静寂が続く。
そうして、俺と対面の椅子に座った。
どう声掛けをしたものか悩んでいると、彼女の方から声がかかる。
「怪我の処置してくれてありがとう・・・。」
「ああ、身体は大丈夫なのか?」
「うん・・・。」
何だこの空気は・・・。重すぎて今すぐ逃げ出したい。
一体、キッチンに来る間に何があったんだ。
「ねぇ・・・。僕の身体見た?」
突然の質問がきて、答えられない。
どう答えようか悩む。
「・・・。見たんだね。」
ぎくりとする。うんともすんとも言えない俺に突き刺さる言葉。
返す言葉が見つからず、正直に答えるしかなかった。
「ああ。悪気はないんだ。すまない。」
「・・・。」
考え込むような様子で少し難しい顔をしていた。
「僕・・・。いや、私が女っていう事を知ってたでしょ?」
「なんでそれを・・・。」
衝撃が走る。声に出ていた。いつから?隠してきたつもりだったがばれていたのか。
「君が実は引き出しを開けたのを知っていたから。」
「うぐっ・・・。」
ばれていたのか!?
ゆづきが起きてきて安心したと思ったら、問い詰められている。この状況、どうすればいいのか。
「君にね。倉庫の食料や水を見せた理由は分かる?」
彼女は試すような口調で聞いてきた。
すぐには思いつかない。
「いや・・・分からない。」
「君以外にもね。私は何人か助けてきたんだよ。
今まで出会ってきた男達。
か弱そうな少女が大量の資源を持っていると分かった時、どうしてきたと思う?」
簡単に想像がつく。答えを言おうとするが彼女が先に話す。
「私を襲って、資源を奪う。簡単なことだね。君たち男なら誰でも考え付く。」
すぐに思いついた事を恥じたい気分だ。
彼女は何度も裏切られたような冷たい眼をしていた。少し震える声でその言葉を言い放つ。
「そう、何度も何度も。もう裏切られた。
そして髪を切って、言葉遣いも変えた。
こんなふうに男の子のように振る舞う理由わかるでしょ?」
お手上げポーズをするように片手をひらひらと舞わせる。
そういう過去があったのか。男の子のように振る舞っていた事に納得がいく。
でもその男たちはどこに行ったのか。
そんな考えは見抜かれているように彼女は冷ややかな声で言う。
「死んだよ。」
「・・・っ!」
背筋が凍る。
「私は見た目ほど弱くない。この街で4年も1人で生き抜いてきたんだ。
そんな奴らに無抵抗で襲われるほど貧弱じゃない。」
もうそこにいるのはただのか弱い少女ではないと悟った。
「今回もまた愚かな男が迷い込んできたと思ったね。
私が女であることに気づきながら、勘違いしたふりをして少年として接する。
そんなのバレバレだったから可笑しかった。演技が解けそうになるほどに。
いつ、日和まもるは裏切るのだろうかとね。」
「・・・。」
「でも、君に倉庫を見せても邪な行動はしなかった。
しかも今回は、私の意識がない。襲うも弄ぶも自由自在。
それなのに君は、私の事を手当てして、欲望にも耐えた。
今までの男と違う。そう思ったよ。
きっと君が私の事を少年と勘違いしたふりをして接してくれたのは、君なりの気遣いだったんだね。」
さっきのような冷たい表情から、笑みに変わった。
「こんな話を聞かされて、今の君はどう思ったかな?」
「・・・ゆづきは助けてくれた恩人だ。
しかも、食べものと住むところを貸してくれた事に感謝している。
ありがとう。まだ、恩を返せてないから手伝えることがあれば何でも言ってほしい。」
正直にそう言うと、彼女は驚いた顔をしていた。
予想していた答えと全然違ったようだ。
そして、口に手を当てて笑い出す。
「ふふっ。
君って、本当に優しいんだね。
この街で生きるにはもったいないくらいに。」
そう言って、俺に向けた顔は
偽りのないとびっきりの笑顔だった。




