花のない春が来る 結
彼は、間違いなく天才だった。
その後すんなり生徒会長になった彼は、言っていたことを違えること無く、生徒に向き合う、生徒と共に歩む。
そんな生徒会長になった。
なんなら、生徒と共に授業をずる休みするような生徒会長だ。
私が何度怒ったことか。
誰かを叱る事なんて、今まで無かったから、止めも新鮮で、本当に兄弟のように思っていた。
親しみを感じていた。
しかし、それは私からの一方的な思いだったのかも知れない。
彼がいなくなったのは、春が来た頃。
私達が出会ってまだ、半年、六ヶ月ほどだった。
時を同じくして、一年生の女生徒が消えたという。
警察からの事情徴収は、生徒代表として、また、彼の最も近くで仕事をしていた者として受けた。
自分でも信じられない。
皆の中からあがる噂や、警察の身勝手な憶測が私は嫌になった。
「どうせ、痴情のもつれとかだろ。」
「親しくしてたみたいだし。」
「でも、生徒会長好きだったのに。」
何が痴情のもつれだ。
彼が心中でもしたというのか。
もしくは女生徒を孕ませてしまい身を隠したとでも?
よく知らないくせに喚くな。
何度そう言いたくなったか。
その頃くらいから、私の体調は自覚できるほど悪くなった。
何日も眠れなくて、食事も喉を通らないことがあった。
何時もぼおっとして、気が付いたら生徒会室で救急箱を抱きかかえていた。
母に連れられて病院にも行った。
でも、症状は改善されないまま、私は学校を卒業した。
残りの六ヶ月は会長不在ですべての行事を行った。
私が会長になり、副会長を立てるという方法もあったが、何となくしなかった。
今年の会長は宮島都希。多度1人だ。
その思いが強かったからだろう。
私は、大学に進み、看護学を学んだ。
でも、その恐ろしい症状は治まること無く、私の体を蝕み続けた。
救ってくれたのは、元生徒会長。今は、同じ大学の医学部医者学科に通う聡也先輩だった。
そして、今の旦那だ。
「ねえ、沙也華ちゃん。」
「なんですか、あなた。」
「沙也華ちゃんは、都希君のこと好きだったのかい?」
「………ええ、好きでしたよ。弟のように目を離したら危ない存在で、いつでも見てなきゃって思ってました。」
ソファでくつろいでいたら、思いがけずそんな話になった。
私は多分、彼の話はこの人意外とはしない。
彼のことを私以上に理解していると思うこの人としか。
「君さ、多分、僕のことより彼のことが好きだと思うよ。」
「………意地悪な言葉ですね。」
「否定は、しないのかい。」
「ええ、致しません。」
私の髪を撫でてくる。
夫婦ならあなたが一番好きだとでも言ったほうがよかったか。
でも、嘘は言えない。
いや、嘘にはならないか。
彼のことを私が好きかどうかはさておき、彼のことは、彼との記憶は私の中に確かに大きな何かを残していた。
傷跡も暖かさも。
彼と分かち合い、彼と過ごした日々が私に残した残響。
その存在が私の中で深く根付き、決して私を離さない。
「あの時私が感じていた想いが恋だったかどうかは、もう分かりません。でも、彼は私にとって確かに特別でした。」
「……焼けるね。」
「お互い様です。私のことより、彼のことの方が好きだったくせに。」
「誤解を招きそうな言い方は止めてくれ。」
降参というように両手をひらひらと振る。
「僕は、彼の方が興味があっただけだ、好きとか嫌いとかじゃ無いよ。」
「飽くまで興味本位で近付いたと。」
「伝説になる男を見つけたと思ってね。まあ、結果的に伝説にはなったけどね。」
「……………、はぁ。」
深くため息をついた。
生徒会室に取り残された自分が、鏡に映った姿を思い出した。
あの鏡、割っちゃったんだっけ。高校生活唯一の不良行動だ。
「また思い出してる。ごめんね、思い出すようなこと言って。」
「いえ。」
「よそよそしいね。さて、明日朝から手術なんだ。もう寝るよ。君は?」
立ち上がり、此方にてを差し出す。
手を握り返しながら、自分の明日の予定を言う。
「助手が1件。」
「じゃあ、大変だ。」
「それほどでも。」
「良いから寝よう。」
ふぁぁ、と欠伸を漏らすと、先行ってると寝室へ向かう。
私は居間の電気を消すと、ふいと暗くなった部屋から視線を外した。
暗い部屋は怖い。
あの時のようで。
置いてくれたときのようで。
「………私の思いは、確かに恋だったのかな………今更だけど……」
一人胸に秘めておくべき言葉を過去の自分に話すように暗い部屋に呟いた。