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花のない春が来る 転

何時もと違いきちんと着こなされた制服は新鮮に見えた。

落ち着かないようにそわそわしながら、会長に話し掛けている。

「な、なあ。本当にこれ出るのか?」

「当たり前じゃ無いか。立ち会い演説会だよ?今回は生徒会長立候補者は君だけだから、安心してね。」

「そういうことじゃねえんだよ。」

その気持ちは痛いほど分かる。

私も人前は慣れていると思ったが、ここに来て心臓が口から零れそうだった。

喉の奥がせり上げってくるようで、熱い。

選挙管理委員の司会のもと、会はどんどんと進んでいく。

そして、私達の出番も刻々と迫ってきている。

都希の名前が呼ばれる。

嫌だというように壁にへばりついて、抵抗するが、結局会長に運ばれるように連れて行かれる。

その光景に全校生徒からは笑いが零れた。

よし。

空気が柔らかくなっている。


『あっ、あー、ちわ。皆さん。今回なぜか生徒会長に立候補した宮島都希です。あー、特に言うこととか考えてないですが、俺が生徒会長になった暁には、全校生徒一丸となって行事に参加でき、勉強とスポーツを両立できるよう、助け合える学校を………』

おっ、と思った。

どうやら真面目なことを言っているみたいだ。

生徒達もシーンとしている。

落ち着いた彼の声だけがマイクを通って体育館に響く。

……見直した。ちゃらんぽらんな男だと思っていたけど、決めるところでは決めてくれるのか。


『っと、長々と下らない話をしろとこいつから言われたんでしました。』


…………。

前言撤回。こいつまじないわ。

生徒会長を親指で指すな。

会長、何まんざらでも無い顔してるんですか。いや~じゃ無いですよ。

あ、ああ、ほら、生徒後ポカーンとしてるでしょ。


「ふ、ふふっ」

どこかから笑い声が聞こえた。

誰かが思わず溢したのだろう。

そしてそれを封切りに笑いはどんどん広がっていく。

最終的には、あろうことか立ち会い演説会で大爆笑が起こるというとんでもない事になっている。

ん?誰だ口笛吹いてるの?

「……あれが?新生徒会長か?全く…下らん。」

「え?」

振り返ると、私と同じく副生徒会長に立候補した方。

まあ、言うのも分からなくは無いが。


『でも!!』


都希の声が歓声を掻き消す。


『でも、俺はこいつの考えたこの考えを確かにあっていると思った。だから、こいつがやって欲しいと思うことをやってやる。俺は、馬鹿でけんかっ早くて、何時も怪我ばかりだけどこいつやおまえらのような同じ校舎にいる奴らの願いが正しいと思ったら、それが正義だと思ったら全力でそれを貫き通す手伝いをする。俺も弱いけど、守ってやる。なんなら、側にいてやる。会いに行ける生徒会長を目指す。こいつみたいな固っ苦しいのは無理だが、俺は、俺のやり方でこの学校を変える。それに文句があるなら言え、それに賛成してくれる奴は………』


ああ、だめだ。

これは駄目だわ。

だってこんなにも、


わくわくしちゃう。

巫山戯た演説、言葉遣いも荒くて、内容も目的も定まってないのに。

伝えたいことが恐ろしい熱量で伝わってくる演説。

怖いもの知らずの彼だからできる演説。

これは、駄目だ。

魅入られてしまう。

絶対にあり得ないのに、これが最良だと思ってしまう。


『賛成してくれるなら……腹くくれ。』


歓声だった。

割れんばかりの。

万雷の喝采。

頭湧いてると思うようなこれが青春を生きる激しくて、自由な彼等には、そして私には恐ろしく刺さる。

これは、

伝説にもなり得るだろう。


『はぁい。皆、都希君の演説聞いてくれたね。言いたいことは特にないから言っておくよ。僕は、彼こそが正義の人だと思う。彼は喧嘩をしているけど、消して自分を誇張するためじゃなく。誰かのために喧嘩している。僕はそれを知っていたから彼を選んだ。確かに生徒会という仕事には正義感なんていらない。目的もやる気も必要ない、仕事さえこなして、事前に用意されたシナリオ通りに動くことが出来れば、誰でもなれるのが生徒会長だ。でも、この肩書きはそれ以上のものを与えてくれる。ここにいる全員から選ばれ、信頼されるという証だ。僕は、前生徒会長として、来年の君たちに、そして、来年度入ってくる新一年生達に正義を信じさせたい。きれい事かも知れないけど、自由で綺麗なものだけを君たちに残していきたい。そう思ったんだ。そして僕は確信してる。彼は、僕以上に歴史に残る生徒会長になるだろう。以上。演説終了。』


会長の言葉にもまた、惜しみない拍手が送られる。

ここは、奇跡の場所だ。

歴代一、二位をあらそう演説の上手い、いや、生徒会長になるべき者が集まったのだから、

これは、私は、

なんと幸運なんだろう。

そして、思った。

思ってしまった。

私も、あの人達の隣にいたい。

不夜城のように影を作らない光そのもののあの人達に寄り添いたい。

影のように、ひっそりと、だが、光を目立たせる仕事が肢体。


歓声の粗方治まった体育館のステージの上で、私は用意してきたスピーチと全く違うものを口走っていた。


『今演説した会長候補の男は、全く使い物にならない男です。書類の整理、収納、計画書の作成、事前準備。何をやらせても人並みにもできません。私は、ここにいる人間の中で、彼をどうにか人間レベルに仕立てられる唯一の存在だと自負しております。私の仕事は、仕事の出来ない彼の変わりに仕事をすること、貴方たち生徒を彼のような不良にしないこと。そして、誰かのために傷付いた私達の生徒会長の手当をすることにあると確信いたしました。この三つの仕事は、私に与えられた義務。義務はすべからず遂行し、皆さんの前に最良の形で示します。それを、ここで、お約束いたします。』


今で積み上げてきた清楚で近寄りがたいという印象を無惨に崩すような演説だった。

でも、それでも良い気がした。

チラと見えた彼の、弟のように大切な都希の顔が、笑っていたから。

やるな、姉ちゃんって言われてるみたいだったから。

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