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帝國紐帯党  作者: 関甘露人
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再認識

―皆様。おはようございます。本日は八月二十五日木曜日です。現時刻は七時四十五分。早急な起床と活動開始をお勧めします。以上、帝國紐帯党広報部でした。―


相変わらず紐帯党の広報は無機質だ。

「お元気に」とか「健康を大切に」とか気の利いた言葉に一つでもかけて欲しいものだ。

俺は町中に設置されたスピーカーから流れるアナウンスにそんなことを思う。

この国中にスピーカーをわざわざ設置してまですることがそれだけとは発想が貧困だなと正直思う。

まぁ、俺だったらどうするかって言うことが具体的にあるわけじゃないんだが。

嬉しいことに今日は非番なんだ。

紐帯党のおせっかいにお世話になることも無い。


吉沢はそんなことを思いながらテレビを点ける。



―天川首相が本日中に下院を解散することを発表しました。野党・人生党党首で野党連合総代表の松田下院議員は「この勝負受けて立つ!十五年ぶりの政権交代を約束する!」とコメントしております。この発表をうけ、与党・安心党の幹部議員は「天川さんは下手を打った。辞任すればいいものをここで解散したら負けは見えてる。過半数割れは免れないだろう。もしそうなれば政権交代だ。」とコメントしております。―


意外だ。

官房副長官の賄賂疑惑や保険大臣の女性スキャンダルとなかなか多くの爆弾を抱え込んだ政権ではあった。

“精錬潔白の天川”と呼ばれた天川首相も周りのスキャンダルに足を引っ張られたようだ。

就任当時は“¥国”歴代最年少の首相としてもてはやされていたんだがな。

前任の首相が肝臓がんで退任してピンチヒッターとして登場した天川首相の就任当時のことは今でも鮮明に覚えている。歴代最年少でイケメン。内閣支持率は60%越え。

当時は松田議員も「野党には辛い時代がやってきたと言わざるを得ない。」とか言ってたはずなんだが蓋を開けてみれば就任半年でこのざまだ。

内閣支持率は7%。安心党の支持率だって歴代最低クラスの16%。

正直、いつ造反が起きるかもわからない状態ではあった。

しかし、そこで解散に出るとは。

負けることは確実だろうに。

これだから政治家の考えることはわからない。


吉沢は別に安心党の支持者でも天川の支持者でもない。

一国民としての率直な感想だった。

吉沢は手元の“TK(タク)”に目を落とす。

“TK”とは紐帯携帯通信機の略で国民の多くが持っている。

“TK”は帝国紐帯党が製作したスマホでその他のスマホと比べ圧倒的低価格で入手することが可能である。そのため国民の多くはこのTKを使用しており、このTK以外のスマホのことを一般にはスマホという。

吉沢のTKの画面には―天川首相、解散を決定。―とでかでかと書いてあった。


他に出来事は無いのかと思うほど全てのメディアがこの事件でいっぱいだ。

テレビのチャンネルを変えても、どれもこれもこの話題で持ちきりだ。


吉沢はそんなことを思いながらコーヒーを口に流し込む。


俺の口内にインスタントの安っぽいコーヒー臭が充満する。

というか、今時インスタント以外のコーヒーに出会うこと自体がほぼ無理なのだが。


家のポストを見る。

いつもどおり大量のチラシがポストに乱雑に叩き込まれている。

中には家族割引や家族連れサービスなんて内容のものもある。

吉沢は大きな一軒家に住んでいる。そのため、一家族が住んでいると勘違いされるのだ。

しかし、予想に反して一人暮らしの吉沢にとってはまったく持って無用な情報だ。


「靴に服、家電、メガネ、スマホ、車、家。割引チラシばっかだな。」


つい声が漏れる。

基本通信が電子媒体で行われる今時、チラシ以外が入っていることのほうが珍しいのだが。


「なんだこれ。」


そんな中一枚、真っ黒な封筒が艶やかなチラシとチラシの間に挟まっていた。


何だこれは。

見覚えはない。

今時、電子メールじゃなく手紙を出すなんて珍しい。

しかも、切手がどこにも張ってない。

まさか、差出人が直接入れていったのか。そう考えると少し不気味だ。

差出人名もなし。いよいよ怖い。

呪詛の手紙である可能性もぬぐいきれない。


吉沢はいつ使うのか謎だった雑誌の付録のペーパーナイフで封筒を開ける。

中には真っ黒な紙が一枚、三つ折で入っていた。

開いてみると。


「え。」


紙には。

―あなたは入党条件 第三項の乙を満たしました。

 ですので、本日を持って入党が可能です。

 また、本日十二時より行われる党大会にご招待いたします。

 帝国紐帯党 人事局                  ―

と書いていた。


理解が一瞬できなかった。

俺が帝國紐帯党に入党。

この文章は不親切すぎる。

説明不足だ。

まず、本日とはいつだ。

党大会の行われる場所は。

何一つ書かれていない。一体どうしたら良いんだ。


吉沢がそんなことを考えているとTKがバイブレーションする。

TKを開くと通知が一件入っていた。

通知を見るを押すと。

―入党しますか。―

という文言が突然画面に現れ下にははい・いいえのボタンがある。


どうする。

俺の知識欲は押すことを強く希求している。

確かに、紐帯党の存在は昔から疑問ではあった。

俺の生まれる前、父母が生まれる前、祖父母が生まれる前からあるらしい紐帯党。

小さい頃、祖父に紐帯党とは何かを尋ねたことがあった。

祖父は「わからない」とただそれだけ答えた。

物知りでどんな疑問でも答えてくれた祖父が唯一答えてくれなかったことだった。

あれ以来、俺は帝國紐帯党の存在が疑問でならなかった。

この国で生きていく中で何かと紐帯党の存在が見え隠れする。

TKを始め、多くのものには購入時、紐帯党から博愛金という名前で補助金が出る。

当然のように行われる毎朝の放送もそうだ。

殆どの国民はこの紐帯党をまるで自然現象のように捉えている。

かく言う俺もそうだ。

学生時代は紐帯党の謎に迫ろうと色々調べたりしたものだが、成人し職に就いた今、私生活の忙しく、紐帯党への好奇心の目を失おうとしていた。

これはいい機会かもしれない。

学生時代、調べてもわからなかった紐帯党の謎に迫れるかもしれない。

不思議なことに俺の周りの人間で紐帯党に疑問を持ってる人間はいなかった。

それどころか紐帯党と聞いてピンとこないやつも多くいた。

学生時代の授業で帝國紐帯党の名前が出たことは一度も無い。

それどころか帝國紐帯党に関する本も無し。ネットで検索しても0ヒット。

党員という人間も見たことが無い。


「やってみるか。」


そう呟くと吉沢は“はい”を押した。

すると画面には

―正式入党手続きのために党大会又はお近くの党支部まで。―

という文字が浮き上がった。


党支部なんてものがあるのか。

そう思いながら画面をスクロールする。

すると

―党大会会場までの地図―

というものが出てきた。


俺は外出用の服装に着替えその地図に示された場所に向かうことにした。


帝國紐帯党の謎を解き明かすことが自分の使命のように感じた。




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