第一章ー失われた王女の帰還・3ー姉妹の対面
17年前、二人の王女が誕生した日。それはもう、国を挙げてのお祭り騒ぎだったという。民から尊敬を集めていたアルベルティーヌ女王は一組の双子の姫君を出産した。
姉姫は黄金色の髪、妹姫は白金色の髪をしている、それは美しく愛らしい姫君だった。二人はそれぞれ「金の薔薇姫」「銀の薔薇姫」と民から親しまれた。
いずれ女王の跡を継ぐ姫君たちは国の宝とされ誰もがその誕生を祝福し、国中に喜びが溢れていた。――けれどそれも、あの日まで。あの悲劇の日までだ。
女王は凶手に倒れ、薔薇姫の片割れ、銀の薔薇と呼ばれたマレーナは何者かに攫われた。
女王を奪われた悲しみから義憤に燃えた国民はそれこそ国を挙げて喪われた王女の捜索に取り掛かった。誰もが女王の突然の死を理不尽だと悲しみ、憤っていた。――その忘れ形見の姫まで亡くすことなど考えたくもなかったのだ。
怒りや悲しみ、憎しみをぶつけるように行われた捜索はしかし芳しくなかった。結果が出ない日々に人々の心は苛立ち、やがて折れていった。
あれから15年――それだけの時間を分かれて過ごしたというのに一目見た瞬間に判った。
(マレーナだわ。わたしの、妹)
わたしの半身。わたしの片割れ。この世でたった一人の――妹。
急速に満たされていく気がした。水が湧き出て、器を満たす。その名は歓喜――だった。
(わたしと――同じ)
同じ父母から生まれた、同じ女性の胎で育って同じ日に生まれた妹。
「ほんとう、わたしと同じ目の色なのね」
ルスティカは顔を綻ばせて言った。
王族に多いと言われる青い色の目。しかしそれは今ルスティカ一人しかいなかった。母のアルベルティーヌも青い目の持ち主だった。――そもそも、黄国の王位は聖眼を持つ者しか継げない。
神秘の力を授かった、聖眼と尊ばれる目の持ち主を王にと民が望むのは当然と言えた。他の国よりも過酷な環境にあるこの国では聖眼という神性を持つ王が必要だったのだ。初代から今まで聖眼を持たない王が立ったことはない。
ルスティカの父である現国王は正確に言えば摂政のため聖眼を有していない。だからルスティカは自分と同じ目の色の人間を見たことがなかったのでそれだけで親近感が湧いたのだ。
「はい、お姉さま。――お姉さまは相変わらずお綺麗なのですね」
眩しそうに目を細めてマレーナは言った。違和感に首を傾げる。
「相変わらず?」
物心つく前に別れたというのにその言い回しはおかしいのではないかと思ったのだ。
「わたしの住んでいるところでも、姉さまのお話を聞くことができましたから。広報で見るお姉さまのお姿はとてもお綺麗だったので」
「そうなの。――あなた、どんなところで暮らしていたの?」
湧き上がる好奇心は抑えられなかった。未知のことへの探求に顔を輝かせるルスティカにマレーナは目を丸くする。その反応にルスティカは驚く。
「どうしたの?」
「……いえ。お姉さまが市井の暮らしにご興味がおありだとは思わなかったので」
「あらそれは違うわ。あなたのことだから興味があるのよ、マレーナ」
ルスティカのほうこそどうして妹はそんなことを訊くのかと不思議な気持ちになった。
「わたしのことだから……ですか?」
目を瞬かせる。ルスティカと同じ、青い目を。
「そうよ。だってマレーナはわたしの妹で――わたしと同じでしょう?」
実のところルスティカは唯一の家族と言っていい父王にすらこれほど興味を持ったこともなかった。親近感や連帯感というものを持ったことすらなかった。
「そう――……ですね。わたしも、市井でわたしと同じ目の色の人を見たことはありません」
「あら。それは当たり前よ。だってこれは王の証。神から授かった奇跡の象徴、聖眼なんだもの。市井の中で見かけるはずないわ」
侮蔑するような冷たい響きでルスティカはマレーナを突き放す。
「そうじゃなくて――王族にもいなかったの。お父さまもアヒメレク伯父さまもお兄さまも王家の血を引いているけど、青い目を持っていないの」
どうしてそんなことが解らないのかと思いながらルスティカが言えばマレーナは違うことが気になったようだ。
「お兄さま……ですか?」
「そうよ。伯父さまの息子で――従兄のアシュガルお兄さま」
「……確か、お姉さまはその方と婚約していらっしゃるのでしたね」
「ええ。わたしの戴冠に合わせて結婚する予定だから、そろそろ夫になるのね」
実感が湧かないルスティカは素っ気ない。従兄妹という関係に夫婦という肩書が加わるという程度の認識しか彼女の中にはなかった。
「お姉さまの晴れの日が見られて良かった。それまでに帰って来られて嬉しいです」
純粋に結婚を祝福する妹の笑顔にルスティカは胸がざわついた。その理由を考えて無言になったルスティカをマレーナは訝しんだ。
「……お姉さま?」
「そう、めでたい……ことよね。王族の結婚だもの」
ぎこちなくルスティカは笑った。――笑うのが当然だと思ったから。
「お姉さま、わたしは王族の結婚だから――橙国の王女の結婚だからお慶び申し上げたのではありません。お姉さまの結婚だからお祝いしたいのです」
凛とした佇まいに玲瓏な声でマレーナは告げる。それにルスティカは目を瞬かせた。
「……姉の結婚……」
ポツリと言う。
「そう、ね。わたしもあなたに祝福してもらえたら嬉しいわ。だってマレーナはたった一人の妹ですもの」
頬を薄紅色に染め、はにかんだ笑みを浮かべるルスティカはそれは愛らしかった。
姉妹の十五年ぶりの対面は和やかな空気の中で終わった。