第一章ー失われた王女の帰還・2ー
短めです。
翌日。ルスティカは父王から呼び出されて謁見の間に向かった。用件は解り切っていた。やっと見つかったという妹姫のことだ。
(お父さまから話があるということは……本物なのかしら)
今まであった妹姫の偽物騒動の際は本物か確定するまで父王からは一切話題を切り出されなかった。
ルスティカが結果を聞かされるのはいつも後になってから――結果が出てからのことだった。
過程のことはいつも聞かされない。結果だけ告げられて――ルスティカが質問することを父王は許さなかった。
ただ笑って「はい」と頷くことだけを要求した。
『難しいことを考えることはないよ、ルスティカ。父さまが良いように取り計らうから。お前はただ笑っていればいいんだよ、私の愛しい薔薇の姫』
ルスティカの頭を撫でながら父王は何度もそう言った。――そういうものだと、ルスティカも思った。
回廊を歩く時間がこんなに長いと思ったのはいつ以来だろうか。ルスティカは考えたが、思い出せなかった。
心待ちにしていたことなど何もなかったのだ――。
謁見の間に着くとルスティカは一回深呼吸した。
衛士がルスティカの到着を告げ、両開きの扉が中からゆっくりと開かれた。
国中の匠を集めて作られた謁見の間は贅の限りを尽くしていた。
金で作られ、幾つもの宝石が埋め込まれた名の通りの玉座に腰掛けているのはルスティカの父であり現在の黄国の主、ダールだ。
「ルスティカ。よく来てくれたな」
「マレーナのお話なのよね?お父さま」
「あぁ、そうだ……」
ルスティカの勢いに気圧された父王は口ごもるように肯定した。
「わざわざお話下さるということは――本物のマレーナだったのですか、父さま」
「……あぁ、そうなんだ、実は」
蓄えた口髭をもごもごと動かした。
「そうなのですか。お兄さまから今回現れた娘は聖眼だと聞いていたので可能性は高そうだと思いましたが、まさか本当に本物だったなんて……」
「あぁ、疑う余地もない、本物だ。――マレーナを連れてきたのはシャクール大臣なんだ」
「シャクールが?」
それは数日前、ルスティカに謁見を求めた大臣の名だった。気乗りせず、結局すっぽかしたのだが。
(大臣の話はこのことだったのかしら)
そこで疑問を覚えた。
なぜ大臣は父より先に自分に知らせようとしたのだろうか?
血を別けた妹だからだろうか?
この世で唯一の半身だから?
考えても答えは出ない。ルスティカは目を閉じて――思考を停止した。
それがいつもルスティカがしていることだったから、今回もそうした。少しの疑問も持たずに。
「何か大臣に褒美を与えなければいけませんね。マレーナを見つけてくれたのですから」
「あぁ、そうだな……。それで早々にマレーナの部屋を調えて王宮に迎え入れようと思う」
「それは素敵!その際には当然、御披露目もなさるのですよね?マレーナが戻ったのですもの。こんなに喜ばしい事はないでしょう?」
派手好きで催し物が好きなルスティカはパーティを開く口実とばかりに食いついた。パーティという非日常でもなければ退屈なのだ。
その勢いに父王は殺がれる。
「あ、あぁ、そうだな。マレーナの帰還を記念するパーティはルスティカに任せていいかな?」
「勿論です!王族に相応しい立派なものにしてみせます」
キラキラと瞳を輝かせるルスティカはこの時ばかりは生き生きしており、年相応の女の子に見えた。
「あぁ、お願いするよ、ルスティカ」
「はい、お父さま。それでマレーナのパーティはいつ開いたらいいのでしょうか?早い方が良いですが準備もありますし」
「――」
ルスティカに応えることなく父は目を見開いた。浮き足立っていたルスティカも父のその様子に訝しんだ。
「……?お父さま?」
「……いや、済まない。少し驚いてね。――今の表情はアルベルティーヌによく似ていたから」
意外な言葉に目を瞬かせた。
「……お母さまに、ですか」
妙に胸にすとんと落ちて来て殊勝な気持ちになった。普段、父はあまり母のことを口に出さない。そんな父が珍しく母のことを語ったのが意外だった。
――今までルスティカを見て先代女王のことを思い起こしたものはいない。現在王宮に仕える誰もが、母のことを知らないのだ。
そのためルスティカが知っている母は巷間に流布する伝聞とたいして変わらない。善政を敷いた美しく聡明な、気高く慈悲深い女王。
肖像画で知る母の顔。記憶にない母は、容貌だけで言うならルスティカとあまり似ていない。まったくというほど系統が違うのだ。
母のアルベルティーヌは銀雨のような白金の髪、紺青色の瞳。線の細い、庇護欲を掻き立てる美女だ。
ルスティカが知っていることと言えば母の名前と顔と歴史に残された功績。そのくらいなのだ。母と直接会ったことがある人間からの「生きた」母の像は知らない。
あの忌まわしい出来事――当代の女王が死に、マレーナ王女が行方不明になったあの日。女王の悲劇を防ぐことができなかったことを悔いた使用人たちは深く恥じ入り職を辞した。
使用人はほぼ総入れ替えとなった。ルスティカが物心ついて母のことを知りたくなった時使用人全員に訪ね歩いたが誰一人としてルスティカが満足する答えをくれなかった。
あの時の虚しさは幼心によく覚えている。この空白を満たす者はないのだと失望したから。
一番母の身近にいたハズの父は長年口を閉ざしていた。何度かせがんだが口を開いてくれることはなく、見かねた伯父――アシュガルの父アヒメレクがルスティカに進言した。
『お父君はお母君の悲劇から立ち直っていらっしゃらないのです。どうかご容赦ください、王女殿下』
あの言葉以来、ルスティカは二度と父に母のことを尋ねなかった。そんな父が。
「本当に、よく似てる……」
述懐する響きが印象的だった。