第三章ー不機嫌なお姫さま・1
短いです。
夜が明け、朝がやって来ると子供達はのそのそと起き出して――彼女を見つけた。
誰も使っていなかった空き部屋に横たえられているのは、はじめて見る美しい少女だった。
子供達は興味津々で少女を取り囲んだ。
瞼を下ろしている時はまるで精巧に造られた人形のようで子供たちは本当にこの少女は生きているのかとそわそわした。
瞳を開け、起き上がった少女を見た子供達はすぐに判った。
お姫さまだ――。ルスティカの容姿を見た子供たちはそう直感した。大人達から聞いてもいないのに彼女の素姓を察したのだ。
日に焼けていない、くすみやシミ一つない白磁の肌。
労働を知らない白い、綺麗な手。
けぶるような睫毛に縁取られた最上級のサファイアの瞳。
黄金色の豪奢な巻き毛はそれだけで彼女に王族としての威厳と風格を与えていた。
目映い美しさは神々しくさえあり。そこに立っているだけで誰もがうっとりと目を細め嘆息した。
美貌の姫には違いなかったが彼女が微笑むことはなかった。笑えばもっと美しいに違いない。が、彼女は美しい顔を歪めて敵意を剥き出しにしていた。
それはさながら毛を逆立てた猫のようで。それはとっても残念だなあとここにいる子どもたちの中で一番幼いファラフは思った。
最年長で子ども組のまとめ役となっている少女、マタルはルスティカが敵意剥き出しなので前途多難かもしれないなぁと心の中でのんびり言った。
マタルは客人が高貴な姫であることを見抜くとだいたいの事情を察した。つまりルスティカがこの国のお姫さまでココには来たのは彼女の意に染まないということを。
王女の誘拐でついに『計画』が実行されたのことをマタルは知った。それに対してマタルは何の感慨も抱かなかった。他の大人たちのように積年の恨みを晴らそうという思いも、未来への希望に胸が熱くなることもない。
マタルが産まれた時から既に現状だった。他と比べることもなかったマタルは大人たちの『計画』をただやるのかと粛々と受け止め、淡々と生活するだけだった。――ルスティカという、一族とは違う外の人間が現れるまでは。
「なに?あなたたち。ひとの寝顔をジッと見ているなんて失礼よ」
剣呑な声でルスティカは言った。ルスティカの声には力があった。他者を従えさせるのに馴れている者特有の声の強さ。
幾人かの子供はルスティカの非難の言葉にビクッとした。後ろめたいことがあった子供達はそれぞれ顔を見合わせる。
黙り込む子ども達を見渡してルスティカは一つため息をつき、腰に手を当てた。それだけでマタル達は威圧を感じた。
「まったく、そんなことも知らないなんてどうなっているの。バシラから教えられていないの?」
眉を顰めたルスティカは不満そうに言った。
声はしっかりしているが現状を把握していないようだ。ひょっとしたら寝惚けているのかもしれない。
困ったなぁとマタルは思った。自分が説明するのは荷が重い。誰か大人を呼んでこようかと思っていたら――
「は?バシラって誰?」
不機嫌な声でヴァファーが言った。他の子ども達がルスティカに気圧されて固まっている中、負けん気が強い生意気盛りの8歳の男の子のヴァファーが口を開いてしまった。
「なんですって?何なの、その口のきき方は!」
決して大音声ではないが声の響きが威圧的で美人なだけに迫力がある。マタルも他の子ども達も目を瞑って首を窄めた。嵐が頭の上を通り過ぎるのを待つように。
そんな中でヴァファーだけが真正面からルスティカを見返した。挑みかかる様子のヴァファーにマタルはため息をついた。
これ以上お姫さまを刺激しないで欲しいのに。その願いは叶いそうになかった。
「威圧しないでくれよ、チビ達が怯える。それとも子供を驚かすのが趣味なのか?」
軽蔑しきった表情でヴァファーは言った。
「驚かしているんじゃないわ。わたしが言っているのは礼儀の問題よ」
「最初にねーちゃんの寝顔を見てたことか?いいじゃないか、減るもんじゃないんだからケチケチしないで。見たことがない、綺麗なお姫さまが寝てたら誰だって気になって見るだろ?」
「なっ――図々しいわね。開き直ってるの?」
対立姿勢の二人にバレないで下の子たちを他所へやれないだろうかとマタルは真剣に検討した。もしくは大人が覗きに来てくれないだろうかと願った。
「事実じゃん。あと忘れてるみたいだけど――ここ、王宮じゃねーから。見てわかんねー?」
「――――え」
ここに来てルスティカはようやく部屋の全容を認識した。今まで目に入っていなかったのだ。
「こ――こは……なに?牢屋?」
内装の問題ではなかった。まるきり、何もかもが違った。
王宮の自室とは雲泥の差と言っていい。
いまルスティカがいるのは石室だった。天井はルスティカが立っても頭はぶつけないだろうが低くて圧迫感がある。
明かりは出入り口開けっ放しの扉――というか穴だ。他に窓すらない。
壁も床もむき出しの石だ。表面がデコボコしている。
「しっつれーだな!家だよ家、俺たちの!巻貝だよ!」
ヴァファーが憤慨して言い返す。
「家……?俺たちの、って……」
そこで慣れた目で改めて傍にいる子ども達を見た。
全員、褐色の肌に黒い髪。暖色系の瞳――琥珀か赤か橙色の目をしていた。
それはルスティカにとって見慣れない色だった。ただ礼儀を弁えていない新参者が無礼を働いたのだと思っていた。けど違うと現実を叩き付けられた。
思い出したのだ。眠る前にあったできごとを。
「ここ、は――」
(まさか。もしかして――)
考えたら恐ろしくて体が震えた。
呪われた地。不毛の大地。罪人の流刑地――。
黄国の中でもっとも忌まれる場所。
影が落ちて、室内が暗くなる。
出入口に誰か――長身で大柄の男が立っているからだ。
「ようこそお姫さま。黄砂へ。――我々の拠点、巻貝へ」
視線が合った蛮族の長アカシアが宣言した。
マタル……成人していない子ども達の中で一番年上の女の子。12歳。
ヴァファー……負けず嫌いで生意気な8歳の男の子。
ファラフ……みんなの妹的存在。4歳の女の子。




