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第4回


「一体何考えてるんですか?」

 狭い店内に五十嵐の声が響く。

日曜日,午前11時過ぎ。夕方には決まって満席のカフェも,この時間は静かだ。窓の外に目をやる。駅ビルの壁は,雨ですっかり鈍色に染まっている。だから,余計に客も少ない。

「ほんと成り行きなんだって。まさか,あんなところに関係者が…」

 窓際のソファー。向かいに五十嵐がいて,俺の隣にメイリンが座っている。気づくと,店員や客の視線が集まり始めていた。

 若い再婚相手を娘に紹介する父親。傍から見たら,そんな感じかもしれない。こういう場合,怒るのは娘のほうと相場が決まってる。でも,感情的なのは「嫁」のほうだ。注目を浴びるのも無理はない。きっと不可解に見えることだろう。

「よりによって,アイドルですか?そんな人目につく場所に…」

「いや。考えようによっては,悪い話じゃない。まさか『組織』の連中も,探し物が,見られてなんぼの立場にあるなんて思わないだろ。」

 五十嵐は黙り込んだ。伏せた目を上げて,時折メイリンを見ている。俺は,沈黙を嫌って,畳みかけた。

「それとも,アイドルなんてやったら,この子が人間じゃないとバレるとでも?」

「いいえ。このタイプは完璧です。以前あなたが見た戦闘用ヒューマノイドと違って,人間らしさを追求した機種ですから。」

 五十嵐は,ずれた眼鏡を直しながら答えた。本気で言ってるようだ。よほどの自信作ということだろう。

「それなら,問題ないと思うけど。万が一バレそうになっても,帰国したことにすればいいからさ。外国人という設定も,一石二鳥だと思うよ。」

「あなたは…」

 視線がぶつかる。しばらく見つめ合って,五十嵐のほうから目をそらした。口から静かに息がもれる。

「角脇さんは,もっとネガティブな人かと思ってました。それが,こんな…うらやましいほど脳…いいえ,ポジティブ・シンキングだったなんて。」

「ネガティブだよ。でも,こんな非日常的な状況に放り込まれたら,元々の性格なんて,関係なくなってもおかしくない。」

 五十嵐が,また息を吐いた。今度は,わかりやすいため息だ。覚悟を決めたということか。

「どこからつっこんだらいいのかわかりませんが,まずは国籍問題からにしましょう。角脇さんの言い分もわからなくはないですが,この子が市の公認アイドルになるには,市の担当者に身分証明書を提出することが必要になるということです。」

 それはそうだ。まあ,日本人にしたって,身分証は必須だろうが。俺は,素直に話すことにする。

「そう。それを相談したいと思って,来てもらったんだけど。」

「この子を公の場に出すことは,偽造パスポートを用意することとイコールです。」

 偽造パスポート。頭をよぎらなかったわけじゃない。でも,言葉になると…いよいよヤバいことになってきた。それなのに,五十嵐の口調は事務的だった。想定内ということなのか?俺は,思い切って切り出してみる。

「できない話じゃないんじゃないか。『悪の組織』と戦うには,それなりの政治力が必要なはずだ。あの男がどうなったか訊くつもりはない。でも,あの場所で事件があったなんて,ニュースにはなってない。ケガで済んだにしろ,死んだにしろ,もみ消したことになる。」

「中国人。」

「え?中国人…?」

 五十嵐の返事は意外なものだった。俺の問いを無視して,スマホを操作し始める。メイリンはといえば,無言で俺たちを交互に見ている。お行儀のいい愛らしい少女にしか見えない。

「これ見ましたか?」

 差し出されたスマホの画面を見る。俺が「命名」に使ったのと似たようなサイトだ。ちょっと違うのは…

「ここには,台湾でメジャーな名前と,その人数が書かれてます。」

「うん。俺が見たのとは,ちょっと違…あっ!!」

 俺は,自分の軽率さに気づく。書かれている名前を持つ人口は,だいたい1000人単位。つまり…

「そうです。台湾の人口は多くありません。」  

 なるほど。アイドルとしてなら,構わない。芸名を使って,プロフィールは非公開でいける。でも,関係者となると話は別だ。出身地からそんな人間が存在しないことがバレかねない。

「中国人にしておいたほうが,人口も多いし,なにかと都合がいい,ってことか。」

「そうです。幸運にも,この街は,中国の都市と姉妹都市になっていないようですし。」

 五十嵐は,涼しい顔で言った。ここまで考えていたとは。最初にあきれて見せたのも,パフォーマンスかもしれない。

「まあ,とにかくこれからは慎重にやるよ。本名はもちろん,他も一切『不詳』で…」

「メンバー。」

「…?」

 体言止め2連発。科学者ってのは,ここまで効率主義なのか。話し方がひどく「省エネ」だ。

「歌声はごまかせます。オートチューンとかエフェクトで。でも,MCはどうします?」

 それは俺も考えていた。でも,ユニットやグループ…規模が大きくなるのは面倒だ。

「そうだな。ひどく無口ってことにするのはどうかな。日本語が下手なのがコンプレックス,とか。」

 俺は,様子をうかがいながら言った。五十嵐は,無表情なままで答えを弾き出す。

「地下アイドルならいいでしょう。多少変わった設定でも。でも,ご当地アイドルはどうでしょう。特産品などのアピールも必要になるかと。」



「そうですか。それは,おめでとうございます。」

 放課後の事務室に,明るい声が響いた。根本が,俺の差し出したスマホをのぞき込む。

「わあ。かわいいじゃないですか。ほんとよかったですね。」

 画面からメイリンがこっちを見つめている。

 根本に訊かれた俺は,知人から娘の友達を紹介されたと答えた。台湾に住んでいたことがある中国人という設定だ。

「中国の人なんですね。日本語話せるんですか?」

 いきなり来た。それはそうだ。言葉の問題は大きい。

「それなんだけど,日本語はカタコトでね。どうもコンプレックスになってるらしい。だから無口なんだ。MCは厳しそうだよ。歌うのは問題ないんだけど。」

 周囲を見回してみる。他にいるのは事務長だけだ。疲れ気味で,睡魔に負けそうに見える。俺は相談モードに入った。しっかりと設定を守りながら。

「どうしたらいいか,って今考えてるところでね。」

「そうですね。普通に考えれば,日本人のメンバーと組ませるのがいいと思いますが。でも,角脇さんがソロにこだわってるなら…」

「こだわってる,ってほどじゃないけど…」

 関わる人が増えるとバレる確率が上がる,とは言えない。沈黙が気まずい。聞こえるのは,窓の外からの音だけだ。いつもの野太い声と金属音…

「実は,小さい頃から集団行動が苦手でさ,こっちで就職しようと思ったとき,教員も考えたんだけど。」

「あ。クラス運営とか部活動とか。」

 嘘じゃない。県庁から学校事務への異動。慣れてくると気楽に思い始めていた。職員室に行くこともあるが,仕事をする部屋は小さくなった。

「うん。自分が苦手なのに,みんな仲良くだとか,チームワークだとか,そんなこと言っても,なんの説得力もないからね。」

「わたしもそうですよ。女の子って,高校の頃考えるじゃないですか。保育士とか幼稚園の先生とか。でも,すぐ無理だって思いました。だって,最近考えるんですよ。宝くじで何億とか当たったら,引きこもり生活する,って。」

 根本は,ちょっと照れくさそうに笑う。やっぱり間違いじゃない,と思う。根本をアイドルに,と思ったことを。歌や踊りがNGなら,MCのみというのは,どうだろう。そういう役割分担もありだと思う。

「根本さん,あの…」

「そうだ。角脇さん!」

 ほぼ同時だった。でも,根本の声量と勢いが勝った。

「わたしの後輩にアイドルに詳しい子がいるんですよ。最近久しぶりに会ったんですけど,連絡先交換しました。相談なら,わたしよりずっと役に立つと思いますよ。それに,市役所勤務だし,ちょうど良くないですか?」



 慌ただしい数日を過ごした俺は,すっかり疲れ切っていた。なかでも,市役所にメイリンを連れて行ったのが大きい。

 五十嵐はああ言ったが,ずっと警戒していた。もしもの場合,俺も気づいてなかったふりをするつもりだった。驚愕の表情を浮かべる俺の前から,メイリンが逃亡する。で,一同呆然と見送るだけ。そんな筋書きを用意していた。

 実際,バレることはなかった。メイリンは,内気な留学生を完璧に演じ切った。だから,お偉いさんのあいだでも,概ね好評といった様子だった。

 留学生。そう。五十嵐は,パスポートだけでなく,専門学校の学生証も用意してくれた。学生が1人でも多く欲しい田舎の学校は,ガードも緩いということか。

 俺は,駅前のカフェで窓の外に目をやる。日が長くなったとはいえ,辺りはもう暗い。専門学校の看板にも明かりが灯っていた。メイリンが「幽霊学生」をしてる学校だ。

 時計を見る。待ち合わせの時間までには,ちょっと間がある。

『あの子,角脇さんのプロジェクトのこと知ってるんですって。興味ある,って言ってました。ラッキーですね。』

 根本がいつもの笑顔で言った。確かにラッキーかもしれない。根本の後輩ってことは,20代前半だろう。アイドル好きで「現場」にもよく行くと聞いた。そういえば,最近見たアイドルのライブDVDで,最前に若い女性が映っていた。驚いたことに,ステージの上と下で「顔面偏差値」が変わらないと思えた。これも時代ということか。

 「MC専任アイドル」を根本が嫌がれば,友達のほうに頼もう。とにかく事態はいい方向に転がって…

「あ…あの…」

 声をかけられて,反射的に視線を上げた。目の前に女性が立っている。

「わたし…根本さんの後輩の…的場諒と言います。」

 途切れがちにそう聞こえた。若い女。と言っても,根本の紹介がなかったら,年齢不詳の部類だろう。

 着ているのはダークグレーのスーツで,社会人1年目の定番だ。印象を決めているのは,前髪だった。目がまったく見えない。ブラインド。というよりシャッターという喩えが近い。

「角脇です。仕事帰りに来てもらって,すみません。どうぞ。」

 俺は,立って席を勧めた。的場は,頭を下げて,無言で正面に座る。どうみても,アイドルという雰囲気じゃない。元引きこもりが芸能人になれる時代,とはいえ…

「あ。もう暑いですよね。俺も,アイスにすればよかったな。」

 彼女が手にしたカップを見て言った。落胆したことが伝わるのはまずい。俺は,精一杯の笑顔を作った。だが,まったく反応はない。しばらく様子を見るしかなさそうだ。

『あの子,中学生の頃すごくモテたんです。』

 根本の声がよみがえる。信じた俺がバカなのか。モテた?目の前にいるのは,間違いなくスクールカースト最下層の…

『今度友達を連れて行くね。すっごくかわいいんだよ。』

 学生時代,そう言われて何度裏切られたことか。女性の同性を見る視線はあてにならない。経験上わかっていたはずだ。でも,どうやらこの2カ月ほどのやりとりで,俺は根本を信用し始めていたようだ。

「無理して来てくれたみたいですね。すいません。根本さんに,アイドルに詳しい友達がいる,って聞いて,行き詰ってるプロジェクトについて何かアドバイスでももらえたら,とか思ったんですが。」

 長居は無用だ。俺は,早めにこの場を離れようと決めた。本人は,どう見ても使えない。それに,明らかに「コミュ障」だ。友達を紹介してもらうのも期待できない。

「あ…あの…」

 的場は,何か言いかけた。だが,すぐまた黙り込んでしまう。 

 周囲を見回す。平日の夕方だからだろう。店内はほぼ満席だ。数日前は,3人,というか2人と1機で視線を浴びた。今は,そうでもない。部下の相談にのっているサラリーマン。そんなありがちな関係に見えるからだろう。

「疲れているようですし,また日を改めて…」

 俺は,立ち上がろうと腰を浮かせる。一瞬下げた視線を戻すと,的場も立っていた。堅く結ばれていた口がゆっくりと開く。

「…メンバーにしてください…」

 そう聞こえた。俺は,自分の耳を疑う。メンバー?プロジェクトのメンバーということか。それなら…

「わたしを…メンバーにしてください。」

「メンバー,ということは,的場さんがアイドルになるということですか?」

 的場は二度言った。聞き間違えではないと思ったが,いちおう訊いてみる。的場は,静かにうなずいた。

 面倒なことになった。俺は,もう一度店内に視線を走らせる。客の何人かと目が合った。それはそうだ。俺たちは,立ったまま見つめ合っている。不倫カップルの別れ話と思われても無理はない。

「とりあえず座って話しましょう。」

 的場を座らせた。一大決心の申し出だったのだろう。肩が小刻みに震えている。とにかく説得して断るしか…

 「的場さん。協力してくれるという気持ちは,本当にありがたいです。でも,もうソロで行くって決めてるんです。観光課の課長や上の人たちにも了解を取ってありますし。多分もう動き始めてる仕事もあると思います。だから,気持ちだけありがたくいただいて,当初の予定通りスタッフとして協力していただけないでしょうか。」

 俺は,一気に言った。こういうことは短期決戦に限る。長引いたら,それだけボロが出る確率が上がる。

「どうして…ソロにこだわるんですか?」

 的場は引かない。それどころか,口調がはっきりしてきた。俺は,上層部用に使った説明を再利用することにする。

「俺たちは,プロじゃないんです。それぞれ仕事があって,その合間に活動をすることになります。基本は休日の活動ですが,本業での休日出勤もないわけじゃない。人が増えれば,それだけスケジュールの管理が難しくなる。少なくとも,軌道に乗るまでは,極力コンパクトにして,機動力を確保したいんです。」

「それなら問題ありません。わたし,出世とか考えてないので,気兼ねなく休日出勤を断れます。それに,目いっぱい年休を取ってもいいと思ってます。」

 的場も一息に言った。言葉が滑らかになったような気がする。間違いなく,少しでも早く切り上げるのが得策だ。

「とにかくソロでいくって決めたんです。」

 声が大きくなる。少しくらい強気に出たほうがいい。そうでもしないと,終わりそうにない。ふと根本とのやり取りを思い出した。

「的場さん。言うまでもなく,この街は寂れてます。それほど仕事があるわけじゃない。あなたも公務員だから考えたことがあるかもしれません。ひとつの選択肢として教員になることも。」

 的場は,首を横に振る。それでも,固定されたように,前髪は揺れない。

「見ての通りです。人と関わるのが得意ではありません。だから,教育関係は,少しも考えませんでした。」

「どう見えるかわかりませんが,自分もそうです。」

 俺は,まとめに入る。この手のタイプを納得させられるとすれば…

「グループになると,人間関係でのトラブルは避けられません。ほら,女の子の人間関係って難しいですよね。実を言えば,複数の女の子の面倒を見れるほど器用なら,教員になってたかもしれません。今のお話を聞いて,思いました。あなたならわかっていただけますよね。」

 根本に話した通りだった。それなりに説得力はあるはずだ。あとは,的場の反応を待つだけ。と思う間もない。重力に負けたように,肩がゆっくり落ちていく。ギブアップということだろう。

 俺は,今度こそ立ち去ろうと,カバンを手に立ち上がる。

「じゃあ,これで。」

 軽く頭を下げて,背を向ける。あとは,出口に向かって真っすぐ…

「角脇さん…」

 大きい声じゃない。でも,決意に満ちたような重い響きがあった。嫌な予感しかしない。でも,スルーもできない。俺も覚悟を決めるしかなかった。出来る限りさりげない感じで振り向く。

「はい。何か…」

 言葉が途切れた。気圧されたとでもいうのか。前髪の奥の目と視線が合ったような気がした。的場の唇がスローモーションで動く。

「わたしがメンバーになっても…『1人』ですよね?」

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