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第1回

前作が完結して約3カ月経ちます。前作には,何度か中断したこともあり,4年以上費やしてしまいました。今回は,もう少し更新のペースを上げていきたいと思います。

よろしくお願いします。


※今作は,前作「ツインテールをほどくまで」のネタバレを含みます。

「若いなあ。ほんともうやんなっちゃいますよ。歳を感じちゃって。」

 窓口で女子生徒の対応をしていた根本が戻ってくる。俺の隣に座ると,大きく息を吐いてパソコンのロックを解除した。

「在学証明書?」

 俺は,のぞき込んで,書類に目を走らせる。それは,いかにも女子高生らしい丸い文字で書き込まれていた。

「はい。どっと疲れました。ここにきて一カ月くらいですけど,つくづく思いますよ。教師にならなくてよかった,って。だって,耐えきれないですよ。自分はどんどん歳を取ってくのに,相手は毎年4月にリニューアルされるんですよ。いつも自分の老いを自覚しながら生きるとか,ありえないです。」

「まあ,俺も学校は初めてだけど,そのうち慣れるんじゃない?」

 県庁職員だった俺は,この4月にここに異動してきた。県立高校の事務次長というのが,今のポジションだ。根本は,俺と同時に赴任した職員で,20代半ばだと聞いてる。

「ですよね。まあ,慣れなくても,我慢はほんの2,3年ですし。異動が教員より早いのが県職員のいいところかもしれないですね。」

ほんの2,3年。そう言えるのは,まだ若い証拠かもしれない。それでも,女性にとって,年齢の問題はやっぱり大きいのだろう。特に,日本のように若さがもてはやされる国だと。

「でも,そうかもな。教員になって,担任とかすると,生徒と歳が離れる一方で,ますます話が通じなくなってくんだろうな。教員にならなくてよかった,ってのはわかるよ。」

 そう言うと,根本の表情がぱっと明るくなった。彼女は,悪戯っぽく笑って,周囲を見回す。今,事務室には俺たちだけ。他は,それぞれ何か用事があるらしく,出て行って戻って来ない。

「さすが角脇さん。ここに来て思ったんですけど,話が通じるのって,角脇さんだけですよ。だって,事務長はただのお爺さんだし,他の女性の事務員はいかにもお堅い公務員って感じで。ほんと生徒どころか,角脇さんが来なかったら,誰とも話ができないところでしたよ。」

「こういう田舎だからね。仕事の選択肢も少ないし,それなりの仕事に就くには,パターンが決まってくるってことかもね。中学,高校と地味に過ごして,地元の国公立大に行って,公務員になる。まあ,そんな理由だろ。」

「そういうふうに冷静に分析できるのって,すごいです。だって・・・」

「あ。ごめん。ちょっと待って。」

 俺は,根本の言葉をを遮る。気づくと,PCに新着メールが届いていた。同級生の柿沼からだ。早速開いてみる。

『久しぶりだな。どうせ相変わらずだろ?とりあえずお前に決まったよ。例のプロジェクト。』



「わるい。待たせたな。」

「いや。俺も仕事が終わったばかりだよ。たまたま先に着いただけ。お前と違って,近いからな。」

 県の施設の1階にあるカフェ。県庁からは,目と鼻の先にある。だから,何度も前を通っていたが,中に入るのは初めてだった。「地産地消」をテーマにしているらしいが,ちょっと小洒落た感じだ。柿沼は,窓際の席でコーヒーを飲んでいた。

「まだ一カ月くらいなのに,ずいぶん時間が経ったような気がするよ。」

 俺は,アイスコーヒーの乗ったトレーをテーブルに置いて,向かいに座った。柿沼が,小さな笑い声を立てる。

「その様子じゃ,学校でずいぶん苦労してるみたいだな。」

「まあ,慣れないうちは,気苦労も仕方ないよ。」

 俺は,思い出したようにネクタイを外す。まだ5月だというのに,首の周りがじっとりと汗ばんでる。温暖化の影響を実感する瞬間だ。

「でも,ある意味,よかったんじゃないのか。県庁にいたときは,いつも嘆いてただろ。華がない,って。それが,今じゃ『JK天国』だ。」

 にやけた顔で柿沼が言った。俺は,わざと不機嫌そうに,コーヒーをすすって応える。

「極端なんだよ。いきなりおばちゃんから女子高生ってのは。もうちょっとこう・・・なんていうか20代でいい感じの・・・」

「相変わらず,っていうか,このままだといつものバカ話になりそうだ。その前に・・・」

 柿沼は,ブリーフケースを開いて,封筒を取り出す。中身のせいだろうか。見慣れた市役所の封筒だが,どこか違った感じがする。

「資料だ。読んでおいてくれ。あ。人選は任せる,ってさ。お前のセンスでいい。もちろん市内在住って条件はあるが。」

「言われなくてもわかってるよ,そんなの。それにしても・・・」

 早速取り出した書類を見て,俺はうんざりした気分になる。取って付けたような目的,複雑な旅費の計算方法,提出する報告書の形式…早くも後悔が襲ってくる。俺は,投げやりに言う。

「南米出身の留学生で,常に覆面着用のプロレスマニアでもいいのか?」

「別にいいんじゃないの。選んだ理由を説明すんのは,お前なんだし。まあ,グローバル化に対応,とか言っとけば,たいていなんとかなる。」

「グローバル化?クソだな。」

 そう吐き捨てて,俺はコーヒーを飲み干す。気づくと,柿沼が何か言いたげにのぞき込んでいる。

「何だよ?言いたいことがあるなら・・・」

「いや。らしくないと思ってな。お前が,ご当地アイドルのマネージャーなんて。特にアイドルに興味なかったみたいだし。それ以前に,市が地域振興のためにアイドルを活用,なんて聞いただけで,言ってたと思うよ。今みたいに,クソだな,って。それがまさか手をあげるなんて・・・」

 話を聞いたのは,ちょうど異動が決まった頃だ。応募締め切り間際だったと思う。酒の席で柿沼が言った。誰か適任者はいないか,って。俺に期待してたわけじゃない。市の観光課課長という立場からの愚痴だった。

「そんなことないって。別にない話じゃないだろ。前に雑誌で読んだことあるんだよ,似たような話を。」

 本当だった。どこかの市の職員がロコドルのマネージャーをしてた,って話だ。確か,予算じゃ足りなくて,ポスターとかのクオリティーを上げるために,自分の貯金を切り崩してたとか。柿沼は,鼻から息を吐いて,口を開く。

「お前も『非日常』か?」

 つぶやくような声だった。俺は視線を落として,柿沼の左手の指先を見る。

「非日常?お前もだろ?ずいぶんギター弾いてるみたいだな。」

「やっぱり気づいたか。まあな。前は隠れて弾いてたんだが,最近はもう大っぴらにやってる。妻も上の娘も呆れてるよ。まあ,それは置いておくとして・・・」

 言葉を切った柿沼は,少し遠い目になってた。たっぷりと間をとってから続ける。

「最近,下の娘が,ファンに向かって言うんだよ。『ライブでは非日常を楽しんでほしい』って。まあ,ちょっとネットとかで話題になったくらい本人もファンも暴れるようなライブやってるくらいだから・・・・」

「そう。それだよ。」

「え?何だよ,それって・・・」

 話を遮られた柿沼がじっと見つめてくる。俺は,少しためてから言葉を押し出す。

「お前の娘のせいだ。」



 去年の夏の終わりだった。

 その日,俺は毎年観に行くフェスの会場にいた。大きなステージに特に観たいアーティストがいない時間帯だった。俺は,屋根付きのいちばん小さなステージ前で汗をぬぐっていた。待っていたのは,B級アイドルが1曲ずつ歌う企画もののライブだった。

 そのトップバッターだったのが,柿沼の娘だ。「美宙祈」と名乗る彼女には,「宗教アイドル」というコンセプトがあった。だが,それがうやむやになってからは,客を暴れさせる「起爆装置」として機能し始める。異色のアイドルが集まるイベントでは,2階からダイブして優勝した。フェス出演は,その特典ということらしい。

 会場はちょっと異様な雰囲気だった。原因は,少し前に当時のマネージャーとスキャンダルがあったことだ。ヤジを飛ばすこともないが,無反応な観客たち。フリーズ状態になった彼女。その重い空気を変えたのは,ライバルの乱入だった。

 結局,ハプニング連発だが,なんとかライブは成立した。歌ったのは,自分で作詞したというバラードだった。特別に歌が上手いわけじゃない。それほどルックスがいいわけでもない。でも,なぜか引き込まれた。彼女の決意のようなものが伝わったせいかもしれない。

 昔プロを目指したことがあるから言うわけじゃない。何度もライブを観てたら,誰でもわかる。それが,いいライブだったかどうかなんて。自分の目と耳と,それから肌で。そういう意味では,俺にとって,それは去年のベストだった。

「ありがとうございます。では次の曲,聴いてください。」

 まだ十代前半だろうか。少女が,ぺこりと頭を下げると,曲が始まる。ステージ前には,そこそこ人がいる。でも,熱心なファンは少なそうだ。MIXが起こるが,叫んでるのは数人程度。折からの風にあおられ,少し離れた俺には,途切れ途切れに届くだけだ。

「まあ,こんなもんか…」

 無意識につぶやいていた。

 俺は,地元の駅近くの広場にいる。目の前には,食べ物を売る屋台と仮設のステージ。定期的に行われるイベントの日だった。歌ってるのは,地元で活動しているアイドル。そう。俺は,「スカウト活動」の真っ最中だった。

これで何組目だろうか。ネットからプリントアウトしたタイムテーブルに,また1つ✖をつける。まったく熱を感じないわけじゃない。少数だけど,ファンは声を嗄らしてコールを続けてる。少女も,汗をかきながら,歌って踊っている。ただ,なんというか,体育会系の部活を見てるみたいだ。職場の窓から見える日常になりつつある光景。微笑ましいとは思うが,深く関わりたいとは思えない。

「あれぇ!?もしかしてワッキー!?」

 大声がして,反射的に振り返る。いたのは,中年の女性。疲れた肌といい,崩れた体型といい・・・絵に描いたようなおばさんだった。違うのは,ジーンズの腰で揺れてる太いチェーンだけだ。でも,どこかで会ったような・・・

「ええーっ!?」

 思わず声が出た。自分でも驚くほどの大声だった。

「・・・もしかして,浅岡か?」

 俺の記憶は過去に飛んでいた。高校時代。市内の貸しスタジオ。俺が歌ってる。隣には女の子。ギターを弾いてる。

「やっと気づいたね。ほんと冷たいなあ。かつての相方の顔を忘れるなんて。」

 浅岡は呆れたように言った。身体だけじゃなく,口にも締まりがない。言葉が,だらしなく漏れ出してるみたいだ。

「無理もないだろ。こんなに変わってたんじゃ・・・」

 俺たちは,市内じゃそこそこ知られた高校生バンドだった。多くはないけど,ライブでは固定客もいた。その人気の中心が,ギターの浅岡だった。

 長身で華奢。美少女ではないが,決して不細工じゃない。髪を振り乱して演奏する姿は,くやしいくらい様になってた。

「まあ,座ろうか。立ち話もなんだから。時間は大丈夫だろ?」

「まあね。忙しそうには見えないよね。」

 俺たちは,空いたベンチに腰掛ける。肉を焼くにおいが漂ってて,空腹を意識し始めた。浅岡の視線も,俺と屋台のあいだを往復してる。

「それにしても,ビッグになったな,主に横に。」

「それセクハラでしょ。まずいんじゃないの,公務員は特に。」

 そう。ここは変わらない。見た目からは予想外な親しみやすさも,彼女の魅力だった。時間が作り出した距離。それが,一気に縮まった気がする。

「っていうか,こっちに戻ってたんだな。連絡くらいしろよ。」

「まあね。いろいろあったからさ。」

 それは,言われなくてもわかる。だって,別人のような姿だから。よほどのストレスがあったのかもしれない。俺は,話題をそらそうと,わざと軽く返す。

「そうだな。長く生きてると,お互いいろいろあるよな。俺なんて今じゃ,地方公務員兼ロコドルのマネージャーだからさ。」

「それ!言おうとしてたの。で,決まったの?誰が町の公式マスコットになるのか。」

「ゆるキャラじゃないっての。でも,知ってたのか。あ,柿沼か・・・ほんと口が軽いな,あいつ。」

 舌打ちした俺に,浅岡がうなずく。俺が手にしたメモをのぞき込むと,表情が曇った。

「その分じゃ,まだだね。今日も空振りってとこでしょ。ごめんね。」

「なんで浅岡が謝るんだよ?お前のせいじゃ・・・」

「あの子・・・」

 浅岡が,ステージを指さした。出番が終わったみたいだ。少女が,手を振りながらステージから降りようとしてる。

「あたしが曲提供してるんだよね。」

「いや。だから,曲のせいじゃなくて・・・悪くないんだよ。でも,なんて言ったらいいか・・・」

「ハマれないんでしょ?」

 まただ。変わってないところが,他にもあった。先回りされてるみたいな,この感じ・・・

「やっぱりお前,変わってないよ。隠し事をしてもムダってことだな。」

「っていうかさ,わかるんだよ。あたし自身ハマれないんだからさ。いい子なんだけどね。」

 浅岡は,少しさみしそうにため息をつく。仕事にハマれない辛さはよくわかる。俺は,ふと思いついて口を開く。

「浅岡。お前,アイドルのインタビュー集とか読むほうか?」

 今回のプロジェクトに応募してから,俺の「研究」が始まった。素人によるアイドル運営関連の本。それと,アイドルのロングインタビューで構成された雑誌。とりあえず,読み漁ったのは,そのあたりだ。わかったのは,ダークな内容をためらわずに語るアイドルが多いこと。俺がガキの頃は,アイドルは「学校の人気者」がなるものだと思ってた。

「あ。うん。ワッキーも?」

 予想通りの答えだ。俺は,うれしくなるのを隠せない。それで,わざと突き放すように言う。

「その呼び方,やめてくれよ。もう学生じゃないんだし。って,でも,俺たち,変わらないな。バンドでもそうだろ?楽しく学生時代を過ごして,みんなを元気にしたいから,なんて理由でミュージシャンになった人にハマれないからさ。」

「だね。ほんと同じだ。あっ!そうか。あんたもカッキーの娘にやられたクチか。さすが『こじらせキラー』・・・」

 うなずくしかなかった。美宙祈の熱烈なファン。文字通り「信者」だが,その多くは,こじらせた中年だった。その言動には,どこか大人になり切れない人間を惹きつけるものがあった。もちろん,運営側の戦略もあるだろうが。

「でもな,なかなかいないもんだな。ルックス,歌,キャラが揃ってる,って。まあ,ダンスのスキルには,こだわらないけど。」

「しかも,自分の言う通りに動いてくれる,って?」

「ああ。まだ始まってもいないのに,もう嫌になりかけてるよ。面倒な書類とか見ると,正直後悔に襲われる。」

 俺は,隠すこともなく愚痴をこぼした。完全にかつての距離に戻ってる。それは,浅岡にも伝わったようだ。

「ねえ。知ってる?カッキーがね,ザッキーと仲直りしたんだよ。」

「ああ。聞いてる。」

 木崎は,柿沼の学生時代のバンドメンバーだ。佇まいが既にロックというか,やさぐれた雰囲気のイケメンだった。ギターも歌もうまくて,当時市内の高校生で知らない者はなかった。バンドは,うらやましいほど順調。俺たちはみんな,いつか奴らはプロデビューすると思ってた。

 大学に進学し,上京してからも快進撃は続いた。ところが,メジャー契約直前に柿沼が脱退。将来に不安を感じて,地元に戻って市役所勤めを始めた。結果,バンドは,空中分解。

しばらく東京で粘った木崎だが,空回りの連続だった。数年前,地元に戻って,今じゃライブハウスの経営者だ。

 柿沼の娘は,高校時代軽音部だった。木崎の店でライブするうちに,いろいろ相談するようになったと聞いてる。それで,娘に勧められた柿沼は,去年の秋ライブハウスに…

「ね。すごいと思わない?カッキーとザッキー。それに,ワッキーとあたし。ほっておいたらもう一生会わないようなおっさんとおばさんが,また一緒にいるんだよ。それだけでも,アイドルってすごいと思わない?」

 浅岡の目は,すっかりあの頃に戻ってる。俺も,そんな顔をしてるのだろうか。だから,照れくさくて,ぶっきらぼうに言う。

「無理して韻を踏まなくていいから。」

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