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2-1 恋する少女と恋される少女

 放課後、クラスメイトたちの誘いを丁重に断った俺は、着替えて中等部に向かった。

 すると校門のところに由比がいた。

 すでにユニフォームの由比は、俺の姿に気付くと、小走りに近寄ってきた。

「由比、どうかしたのか」

「あ、あのね」

 顔が少し赤い。熱があるから練習を休みたいとかいう話だろうか。

「あ、あたしね。その」

 ずいぶんと言い難そうにしている。こういう時は助け舟を出すに限る。

「練習を休むなら構わないぞ」

「……へ?」

「体調が悪いんだったら無理することはない。本来、身体を作るための練習で壊すことになったら本末転倒だからな」

「た、体調が悪いって何のことよ」

「顔が赤い」

「――――っ!」

 声にならない鳴き声を上げて由比が絶句した。顔の紅潮度が上がっている。

「赤くなんてなってないわよっ! バカっ! 変態っ! 見るなバカっ! バカっ!」

 何故か怒りだした由比が俺の胸に顔を埋めて、猛烈なボディブローを連打してくる。いわゆる腹パンというやつだ。地味に……いや、ガチでキツイ。ドスドスドスドス。

「ゆ、由比。分かったから。体調が悪いなんて、とんだ勘違いだった。じゃ、じゃあ話はなんだ」

「ふぇっ?」

 可憐なボクサーがピタリと動きを止めた。上目遣いで見上げてくる。しばらく由比と見つめ合う形となった。やがて意を決したように由比がなにか言いかけた。

「あ、あのねっ! あたし、昨日は」

 だが、その言葉の続きは別の声に消されてしまった。

「よお、松坂じゃん」

 反射的に由比が振り向く。その視線を追って声の主を確認する。

 声をかけてきたのは、これまたユニフォームに身を包んだ少年だった。

 スラリとした体躯に、不敵な笑み。その笑みは、実力を憑拠とした自信からくるものだろう。野球選手としては髪が長く、その甘いマスクと相まって、今風のアイドルグループにいそうな雰囲気である。謎のアイドルは俺と由比を見比べながら言った。

「そんなところで何やってんだよ」

「っ。桑田」

「そっちの野球部って今日、練習日だよな? もうサボってんの?」

「あんたには関係ないでしょ!」

「関係なくないだろ」

 桑田と呼ばれた少年がわざとらしく肩をすくめた。

「そっちがいきなり割り込んできたせいで、オレらの練習時間が削られてんだぜ。おかげで、今日は自主練なんだぜ。つーか練習しないんならグラウンド返せよ」

「グラウンドはあんたの物じゃないでしょ。使う曜日は折半ってことで話はついたはずよ!」

「折半ねえ」

「何か文句あるわけ?」

「伝統ある本家野球部と、ぽっと出の女子野球部で、それって何か納得できねえんだよね、オレ」

「女子野球部……?」

 あ、地雷踏んだコイツ。

「桑田。あんたケンカ売ってんの? あたしたちが野球してちゃ問題あるワケ?」

「いや、ケンカ売ってるワケじゃねーって。女子ならソフトボールすりゃ良いじゃん。何で野球なワケ? プロになれるワケじゃねーのに」

「ワケワケワケワケうっさい! 分類センターかあんたは! プロになれるワケじゃない? そんなのやってみなきゃわかんないでしょ! 勝手なことなっか言うな!」

 下校中の生徒たちのひと目もはばからず由比が火を吐いた。

「そりゃ、松坂が結構スゲーのは知ってるケドさ。それでもプロは無理だって。だってお前女じゃん」

「っ…………」

 由比の気勢が目に見えてしぼんだ。桑田とやらは続ける。

「それにさ。そんなプロ野球選手が好きなら、オレの応援してくれよ。そんでグラウンドゆずってくんね?」

「……何その言い方。まるで自分がプロになれるみたいじゃん」

「あのね? オレ桑田よ? 桑田圭祐よ? なるに決まってるっしょ」

「……二世のくせに」

「は?」

 押し殺した由比の一言に、桑田の表情が変わった。

「ちょっと待てよ。二世って何よ。ちょっと聞き捨てなんねーんだけど」

「あんたなんか、ここにいる清原秀喜の二世だって言ったのよ!」

「――――っ!」

 桑田の顔が赤くなった。それは、なんというか羞恥、悔しさ、憤慨、怒りなど密接に関連のある感情を綯い交ぜにしたような複雑な表情だった。桑田と呼ばれたことで大体予想はついていたが、これで目の前の少年の正体が判明した。

 桑田圭祐。この春中等部野球部に入った超大型ルーキーである。すでにレギュラーを獲得しているはずだ。しかもエースにして四番という実力者だそうだ。彼の髪が長いのは特別扱いか。とにかく、中学生離れしたそのセンスと甘いマスクで有名で、野球部関係者の間では「清原二世」つまり、俺の再来などと呼ばれているらしいことを聞き及んでいたが、それがこの少年か。

 俺の後継者はひとしきり顔をこわばらせた後、視線を由比からこちらに向けた。

「どうも。どっかで見たことあると思ったら、やっぱ清原センパイだったんすね」

 センパイという響きにどことなく人を侮ったような気配があった。

 どうも俺に対して友好的ではないようだ。その理由は推して知るべし、だろうな。

「はじめまして。オレ、桑田圭祐って言います。中等部一年で野球部のエースやってまーっす。以後お見知り置きを」

「ああ。よろしく。高等部一年清原秀喜だ。由比の野球の部監督をやらせてもらってる」

「は? 監督?」

 桑田少年がけげんな顔になる。

「監督ってどういうことっすか? センパイ、自分の部活はどうしたんすか。秋の大会に出ないって話じゃないですか。いろいろ噂になってますよ。肩壊したとか肘壊したとか、人間壊したとか、イップスんなって投げられなくなったとか」

「いろいろあってな。人に言うようなことじゃない」

 はっきりした理由についての言及を拒否する意思表示をする。

 みなみのことは他人に話すようなことじゃない。

 幸い、それについて桑田は特に興味を示さなかった。

「ふーん。ま、別にどうでもイイんですけど。それで松坂とこんなところで二人イチャ付いてたワケっすか」

「イ、イチャ付くって何ょっ!」

 由比が噛み付いた。

「いや、男と二人きりだったし、松坂のことだから、また告白でもされてんのかなって思ってさ」

「こ、告……あ、あんたには関係ないでしょ!」

「いや、まあ、そうだけど……」

 何やら歯切れが悪い。……ああ、分かった。

 この桑田君は由比のことが好きなのだ。考えてみれば一目瞭然じゃないか。男と二人話しているところを、告白だと思いつつ邪魔してきたのだ。ずいぶんと直裁的でわかりやすい行動である。由比の方はこのことに気付いているのだろうか。

「ふん! あたしが誰と何してようとほっときなさいよ! うっとうしいのよあんた。長い髪の毛も含めて!」

 ……ひどい。一つハッキリ言えることがある。

 桑田君。君の想いの投球は、盛大なワイルドピッチみたいだ。残念だが。

 想い人の邪険な態度に暴投少年は言葉を失ってしまった。

「こんな奴、相手にするだけ無駄よ。行きましょ。みんな待ってるわ」

 俺の腕をつかみ、由比は強引に歩き出した。桑田の方を一顧だにしない。

 肩越しに彼の様子をうかがってみると……。

「…………っ!」

 唇を噛みしめ、ぶるぶると震えているあわれな少年がいた。なんというか気の毒だった。その目は殺意を秘めて、由比に引っ張られる俺を凝視している。まるでムカツク審判に向かって硬球を投げつける外国人ぷっつんピッチャーのような目つきだった。たぶん、彼が俺を敵視する理由がたった今、一つ追加されたことだろう。

 まったく思春期というのは難しい。

 嫉妬に身を焦がす少年の憎悪を背中に受けながら、俺は由比に連行されていった。

  ……そういえば、最初の由比の用件は何だったんだろう。

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