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3-5 告白。真夜中のマウンド。

 次の日はあいにく快晴とは相成らなかった。まるで俺の複雑な胸中を代弁するかのようで少し恨めしい。それでも天気予報によると、甲子園観戦中は保つらしい。とりあえずは一安心だった。待ち合わせ場所は二人の最寄り駅である。

 約束の時間よりずいぶん早く着いた俺の格好はというと、タイガースファン必須アイテムと言っても過言ではないタイガース復刻版ユニフォーム姿で、手には各種応援グッズが入った紙袋。これらは朝起きた時、リビングのソファーの上に置かれていたものだ。用意したのはもちろん姉さんだ。今日甲子園に行くということは伝え忘れていたのだが。あの人の行いにはもはや深く考えないほうが良いかもしれない。

 そんなことをつらつらと考えているうちにパートナーが到着した。

「お、お待たせ」

「由比……その格好……」

 やって来た由比のファッションに思わず俺は目を奪われてしまった。虎耳ヘアバンドに首から下げたメガホン。手にはカンフーバット。そして復刻版ユニフォーム。パーフェクトなトラコスタイルだった。とても似合ってるし、はっきり言ってめちゃくちゃ可愛かった。球団のオフィシャルページに載っていても十分通用するだろう。

「やっぱタイガースと言ったらこのファッションでしょ。……へ、変かな?」

「いや、滅茶苦茶似合ってるって」

「ほ、本当? 何か通行人にチラチラ見られてる気がするんだけど」

「そりゃ見るだろう。俺だって見るぞ。可愛いんだから」

「ふぇっ!?」

 由比の顔が少し赤くなった。普段強気のイメージが強いが彼女だが、案外照れやすい性質なのだと最近気付いた。意外とそっちの方が本当の姿なのかもしれない。

「そ、そっちも」

「ん?」

「に、似合ってる……」

「お、そうか。というかペアルックだな。なんかカップルみたいだ」

「ふぇっ!? べ、別に深い意味はないわよ! ていうか、そもそも虎党なら自然このファッションに行き着くわけで、この状況も当然の帰結であって、そこに恣意的な感情や意味は全く無くて、いわゆる一つの大数の法則的な偶然と統計学における」

「わかった、わかった。誤解を招く発言失礼しました」

「い、いや別に誤解とか……そ、そんなことより、その紙袋何なの?」

「これか?」

 指摘された紙袋を俺は由比に手渡した。

「ん。色々あるわね……。グラブに、パネルボードにプラカード。え……何よコレ」

「どうした」

「枕入ってる」

 姉さああああああああああああん!

「なんか可愛らしい枕カバーね。あれ? カバーに便せんがはさまってるわ」

 見ちゃ駄目ええええええ! そんな俺の心の叫びをよそに、由比は朗読し始めた。

「えっと……。お姉ちゃんは今日は当直で朝からいません。必要な物は全て用意しておきました。あと貴方が寂しがると思ったからお姉さんの枕も入れておきました。お姉ちゃん成分が足りなくなったら、くんかくんかしてね。大好きなお姉ちゃんより」

 お姉ちゃん成分ってなんだ! 

 っていうか姉さんの枕に対するこのこだわりは何なんだ? いや、そんなことより。

「これ本気?」

 由比の目が怖い。

「ほ、本気なわけないだろ」

「…………」

「ほ、ほんとだって」

「…………」

「そ、そんなことより行くぞ。電車が来る」

 白い目で何かを訴える由比を促して、俺は歩き出した。結局俺は目的地に着くまで、姉さんとの関係を、由比にいじられ続ける羽目となった。

 満員御礼の甲子園での日本シリーズはとてつもなく盛り上がった。球場全体が異様な熱気と興奮に包まれる中、外野の特等席に俺と由比は並んで座り、ひいきのチームの応援をした。由比は攻撃の間中、打席に立つ選手の応援歌を完璧な振付けで熱唱しまくり、守りは守りで全力でマウンドに声を送り続け、ランナーを許すたびに痛烈な発破をピッチャーに掛けていた。終始ハイテンションなのが印象的だった。そんな彼女の勢いに引き摺られ、俺も普段の数倍は燃え上がった。楽しかった。

 二人は同じ場面で野次を飛ばし、同じリズムで歌い、全く同じタイミングで手を叩いた。タイガースがヒットを打つたびにメガホンがへこんで、得点するたびに手を取り合って喜び、メガホンがへこんだ。同じように相手にHのランプが点灯すると、ため息を吐いてやっぱりメガホンがへこんだ。カンフーバットは中盤戦を前に折れた。ラッキーセブンのジェット風船を飛ばしすぎて、係の人に苦笑いされた。そして、決勝点となるホームランボールを由比がキャッチするという奇跡も起こった。

 夢のように楽しい時間は、覚めたくない二人を置き去りにしてあっという間に過ぎていった。渾身の応援の甲斐あって、試合がタイガースが僅差で制した。大合唱の六甲おろしの興奮も冷めやらぬうちに、俺たちは球場を後にした。

 電車に乗って地元に着いた時はすでに夜の十一時だった。

 学校に寄って行こうと言い出したのは由比だった。何となくまっすぐ帰るには惜しい気がしたので、俺もそうしようと言った。

 虎耳ヘアバンドを指先でくるくると弄びながら隣を歩く由比が試合展開の妙について力説している。何回裏の攻撃がどうだったとか、あそこの采配が決まっていたとか、試合運びから始まり、選手一人一人のパフォーマンスの話になって、しまいには自分がプレイヤーとしてあのマウンドにいたらとまで言い出した。

 とにかく由比は上機嫌だった。見たことない顔で笑う由比がいた。

 見慣れた景色が夜の魔力を浴びて輝き出す。急にいつもと違う世界となった町並みを俺たちは並んで歩いた。火照った身体に夜風が気持ち良い。

 気が付くと校門はすぐそこだった。当然だが門は固く閉ざされている。

「こっちよ」

 由比が手招きしたのは正面から少し離れた花壇だった。どうするのかと見ていると、段差を利用してあっさりと塀を乗り越えてしまった。軽々とこなすその様子は、彼女の身体能力の高さというより、その常習性を伺わせた。苦笑いしつつ俺も後に続いた。

 由比は警備を気にする様子もなく歩き、俺も彼女に倣った。バレても怒られたら済む話だ。なんとなく、そんな雰囲気だった。今ここには俺たちしかいない。そんな気すらした。常夜灯の彩る中庭を通り、部活棟の脇をすり抜け、グラウンドに着いた。

 急に由比の足が止まった。

「あそこ、誰かいる」

 そう言って彼女は俺の袖を掴んだ。見ると野球部のスペースの辺り、ホームベースの付近に人影があった。座っていたその人影が立ち上がる。体型は小柄だ。人影はこちらに気付いてるようで歩いてくる。その様子を、由比は俺の影に隠れ、顔だけだして見ていた。俺の腕を握る彼女の手は力が込められているのに、どこか頼りなかった。

「こ、こっち来るわよ」

「誰かな。警備の人じゃなさそうだな。もしかして阪南七不思議の一つ、夜歩く生徒かも。いや、グラウンドにいるってことは、呪われた野球部員の方か」

 俺はこの学校にまつわる奇談怪談から、シチュエーションに合ったものを選んだ。

「や、やめなさいよ」

 由比の抗議は弱々しいものだった。意外にもこういうのが苦手らしい。

 俺たちのやり取りにも構わず、人影は近づいてくる。

 やがて暗闇が途切れて、その姿が明らかになった。

「こんばんは」

 呪われた野球部員の正体は、俺たちにはお馴染みの、我らが正捕手だった。


 現れた古田ミカヤは、レガースにプロテクター、果てはマスクと完全なキャッチャー姿だった。それを見た由比の力が抜けた。

「何してんのよミカヤ」

「平素」

「平素って、普段から夜のグラウンドに忍びこんでるわけ?」

 忍びこんでるのは俺たちもだろ。

「それはあなたたちだけ」

 どうやらミカヤは違う方法で、この場所に来たようだ。

「じゃあどうやって入ったのよ」

「連絡して入れてもらった」

「誰に」

「羽衣先生」

「ああ……」

 合点がいった。確か姉さんは当直だと言っていた。すなわち、今、すぐそこの建物のどこかにあの人は潜んでいるのだ。とにかくミカヤはその姉に話して中に入れてもらったらしい。なんと正しい手段だろう。それなのに不法侵入した二人が、正規の入場者に対して不思議だの何だの好き勝手言ってたわけだ。申し訳ない。

「それはそれとして、ここで何してたんだ?」

 別に明日の試合を前に、と避難しているわけじゃない。そもそもミカヤはここにいることを平素と表現した。つまり彼女にとってはここにいることは普段通りのことなのだろう。それならばそれは彼女のコンディション維持方法である。俺は彼女が純粋に何をしてるのかが興味あったのだ。

 ミカヤは小首を傾げて答えた。

「瞑想?」

 前言撤回。やはりこの娘は不思議だ。


 聞くところによると、ミカヤは姉さんが当直の時に、ちょくちょく夜の学校にお邪魔してるらしかった。中学生の女の子がこんな時間に物騒だと思わないでもないが、そこはそれ。由比だってそうだし、未成年というくくりなら俺だって大差ないし、そもそも俺と由比の二人にいたっては不法侵入である。とりあえず、そうした是非は金庫にしまって、しっかりとロックして棚の最上段の奥の方にでもしまっておこう。

 なんにせよ、ミカヤは夜のグラウンドで自主練習しているのだった。内容は主に、瞑想とイメージトレーニングらしい。本人談では、キャッチャーの定位置に座り、投手の配球と球筋、果ては打者の動きまでイメージを駆使して、試合を展開するそうだ。

 もちろん脳内で。そうすると落ち着くのだとミカヤは語った。

 今女の子二人は一塁側ベンチに並んで腰掛けている。

「やっぱりあんたでも、落ち着かないのね」

 由比が言った。マスクを外したミカヤは少しだけ俺を見た後、「少しだけ」と答えた。どことなく超然とした印象のミカヤだって、やっぱり人間なんだと感じさせる一言だった。一見無感情な彼女だって、大切な試合を前に思うところがあるのだろう。

 大切な試合を前にした不思議な高揚感。俺にはよく分かる。

 あの夏の日、甲子園決勝の前夜感じていたあの興奮。緊張や不安といったものと全く異質なあの感覚を、今、彼女たちもその体に、心に宿しているのだろう。この二人だけじゃない。この場にいない、まほろも莉乃も向日葵ちゃんも。おそらく。

「ねえ」

 由比が立ち上がった。

「あんたも、こんなソワソワする感覚になったことある?」

「あるぞ」

 俺は答えた。

「緊張とも不安ともなんとも言いがたい、妙な落ち着きの無さだろう? 大切な試合の前は、いつもそうだった気がする」

「あたしも。一番初めは杉の子のレギュラーになって最初の試合だったかな。前の日、うずうずして寝れなかった。おかげで試合は散々だったけわ」

「そうなのか? 意外だな。負けたのか?」

「まさか。完封で勝ったわ」

「それは散々なのか?」

「……初めての試合は完全試合がしたかったから」

 由比が口を尖らせ、うつむきがちに言った。つま先で土をトントンと叩いている。

 初めての試合で完全試合か……。俺も初試合は……たしか…………。

「……その…………。あたしが野球始めるキッカケになった選手がいてさ……? その人が、初めての試合で完全試合だったから」

「そう……だったのか」

 いつだったかミカヤに聞いた由比の憧れている野球選手の話。今はもういない選手。

「そう言えば、あたしが野球始めたキッカケって知らないわよね?」

「それは……」

 そこにいる人に聞いた。と答えて良いのだろうか。

 幸い迷う必要は無くなった。当の本人が助け舟を出してくれた。

「わたしが話した」

「えっ! そうだったのっ!?」

「プライバシーにあたる部分は話していない。安心して」

「……そっか。ま、良いわ」

 由比が微笑んだ。微笑んで俺を見た。

「まあ、多分ミカヤが話した通りよ。このあたしの野球の始まりはね。小三の時、初めて見たその人の試合で動き始めたの。並み居る打者を三振に切って取る速球と、どんな球も外野の果てに飛ばすホームランを見せられて、本当にドキドキした。お父さんに初めて甲子園に連れて行ってもらった時よりも。感動ってああいうのだって本能で理解した。それからはあの人に夢中だった。ずっとその人の背中ばっかり見てた」

 そう話す由比の表情は恋する乙女のそれだった。健気で気高く。この世の何よりも美しい瞬間を俺は見た。世界で一番美しい女の子は、一番美しい顔のまま続ける。

「あたしね。今でも本気なの。その人と同じプロのマウンドに立つって。絶対に同じ場所まで行って、その人にあたしの存在を認めてもらうの。それから……うん」

 由比が頬を染めながら、つま先でラクガキを始めたので俺は自分から質問した。

「なあ。由比の憧れてる選手って、もう亡くなってるんじゃないのか?」

 確かミカヤはそんなことを言ってた気がする。

「はあっ!? 何それ」

由比が素っ頓狂な声を上げた。どうやら俺の認識は間違っていたみたいだ。

「いや、ミカヤに聞いた時にそんな風に聞いたような記憶が」

「そうなの?」

 由比の言葉は話中の人に向けられている。

「わたしはそんなこと言ってない」

「いや、ちょっと待て。確か……ミカヤは、その選手はもうこの世界にいない。と言ったんだっけ」

「ああ……そう言うこと…………」

 由比は納得いったようだった。

「まあ、それで合ってるんじゃないかな。今は」

「どういう事なんだ? それだと、今はもうこの世の人じゃないみたいなんだが」

 二人に対する質問は、結局どちらからも答えが返ってくることはなかった。

 しばらく沈黙が常夜灯の薄闇に流れた。

 やがてそれを破ったのは由比だった。切実なその面持ちに、俺は覚悟を決めた。

「ねえ。一つ聞いていい?」

「ん。何だ?」

 来る。と思った。

「何で野球やめちゃったの?」

 由比の目はどこまでも澄んでいて、その声は真っ直ぐだった。だからこそ、その質問は予想通りのものだった。もうここまで来たら隠すことは出来ない。

 いや、別に隠しているつもりも本当はなかった。いずれ折を見て、俺が野球をやめて、彼女たちの部の指導役をするに至ったその経緯は話すつもりだった。でなくば彼女たちの信頼に対する背任行為だと思ったからだ。それがうやむやのうちに、今まで延びてしまっていただけだ。いやいや、それも所詮は自己弁護にすぎない。結局、ここまで話さずにきたこと自体、俺の心の弱さがもたらした結果であって、それらは俺の迷いや葛藤のせいに他ならない。監督称する一高校生に、青春の時間を預ける彼女たちには一切の責任はない。いずれ話すつもりだった。なんて言うのは彼女たちに抱き始めた罪悪感に対する免罪符を得ようとするエクスキューズに過ぎず、大いなる欺瞞じゃないか。もういい加減、中途半端は身の振り方は辞める時かもしれない。

 俺は覚悟を決める。俺は語った。

 みなみとの関係から入り、彼女と交わした約束のこと。本来いさめるべきだった俺がそんな話に乗ったせいで、彼女がいつ目覚めるかも知れない状態に陥ったこと。そしてその責任を取って野球を封印したこと。誇張も虚飾も韜晦もない。ありのままに語ったつもりだった。由比もミカヤも黙って聞いていた。ミカヤは股に手を突っ込んだ姿勢で俺を見ていたので、その表情は分かったが、由比の顔はうつむいていたので見えなかった。軽く握りしめた由比の手が震えている。

「……何よそれ」

 由比が顔を上げた。その顔は俺に掛ける言葉を失わせるのに十分だった。

「ふざけんな!」

 苦しそうにゆがめた表情で由比が叫んだ。静謐のグラウンドを彼女の怒声が走り抜ける。そして、その内容は俺の胸に深く、鋭く刺さった。

「彼女との約束? そのせいで植物状態になって責任とって野球やめた? バッカじゃないのっ!?」

「由比……」

 ミカヤがたしなめるように彼女の袖をつまんだ。それでも彼女は止まらない。

「止めないで! あたしの気持ち分かるでしょ!? あいつ、自分が野球やめる交換条件にあたしたちの部を利用したのよ!? ……彼女との約束かなんだか知らないけど、個人的な理由にあたしたちを巻き込まないで! 何? あたしたちはあんたが野球やめるのに手を貸してたわけ? それじゃあたしたちバカじゃん! あたし……あたしがバカみたいじゃない……」

 言葉の最後は涙ににじんでかすれていた。

 由比が。あの強気なはずの由比が泣いていた。

「……ゆ、由比。俺は」

「聞きたくない! どうせつまんない自己弁護か言い訳でしょ! そのみなみって人にしてるのと同じような!」

「由比っ。いくらなんでもそれは」

「言い過ぎ? だったらあんたはやり過ぎよ! 野球やめたのも、あたしたちをダシにしたのも全部!」

 首から下げたメガホンを地面に叩きつけ、由比が絶叫した。さんざんへこんだメガホンはとうとう割れてしまった。

「…………」

 押し黙るしかない俺の脇を大股で通り過ぎ、由比はマウンドへ向かった。その手にはグラブと、楽しかった思い出のあのホームランボールが握られていた。

「ミカヤ! 座って!」

「分かった」

 指示されたミカヤがキャッチャーの姿でポジションに就いた。

「清原! 投打一打席勝負よ! バット持って打席入れ!」

「勝負って何のためだ」

「あんたに引導を渡すためよ! 今のあんたなんて、必要ない! ワケわかんない理屈付けて逃げてるあんたなんて所詮、腰抜けの卑怯者だって思い知らせてやる!」

 その言葉にはさすがに俺もカチンときた。

「由比! 俺は逃げまわってるわけじゃないぞ! みなみは俺の増長したおごりのせいであんな風になったんだ! その責任を取って、俺は野球をやめたんだ! みなみのかけがえのない人生を奪った俺は、俺の大事な時間を封印しようと思ったんだ!」

「うっさい! それをどっちが正しいか勝負しようってんじゃない! それとも逃げる気!? そのみなみって人にしてるみたいに、あたしからも逃げるつもり!?」

「上等だ!」

 何が上等なんだ?

 俺は、転がっていたミカヤの持ち込んだバットを拾ってバッターボックスに向かう。

 おいおい。由比を傷つけたのはお前だぞ。それを何、一人前に怒ってるんだ。

 遠くの空で雲がうなっている。遠雷だ。もうすぐ雨が振るだろう。

 何を勝負する気だ? すべきは対決じゃなくて謝罪だろ。

 打席に立ったその瞬間、まるで見計らったかのようにグラウンドの照明が点灯した、時刻が午前0時を回った証拠だった。真夜中になると近隣の迷惑にならない程度に、灯台宜しく照明が点くようになっているのだ。

 由比の言ってることが正論だろ? なのに逆ギレか。

「さっさと構えなさい!」

 さっさと謝れ。今ならまだ間に合うぞ。

「黙れ! さっさと終わらせろ!」

「っ! 分かったわよ! さっさと終わらせるわよ! 終わらせたいんでしょ! 野球部も! 彼女との約束も! あたしたちとの関係も!」

 こうして俺たちはお互いに溝を広げながら対峙することになった。


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