3-2 拒否します。
猛特訓が始まった。
絶対に負けられない試合まであと中五日しかない以上、それは仕方なかった。
かてて加えてグラウンドの使用日が定められている手前、練習自体は実質三日しかないのだ。
今までみたいな基礎練習などやってる場合ではない。
桑田は強い。
おそらく奴が引き連れてくる一年生たちも、相当な実力者だけで固めてくるだろう。
うちの部でそんな連中と張り合えるのは、由比とミカヤくらいだ。
まともにやっても勝ち目などほとんどない。
しかし、一つだけ勝機を見出せるなら。
それはやっぱり、松坂由比という存在だろう。
桑田が相当な実力者だということはすでに、練習風景や試合ビデオなどで把握していた。
しかし、そんな桑田よりも俺たちの由比の方が実力は上だと思う。
どちらも投打、走攻守、すべて揃っている天才型だが、そのどれにおいても由比の方が一枚上手だという俺の見立ては、おそらく正しい。
彼女こそが、この試合を占うことになる。そんな予感がした。
いずれにせよ勝つためには戦力の底上げが必要だ。
「キャプテン。みんなを集めてくれ」
「任せて!」
監督の指示で由比がみんなを集合させる。
一同に会して俺は説明した。
今のままでは苦戦は免れないこと。
勝つためには作戦を練り上げ、それに必要な武器を各々が手に入れないといけないこと。
そして、あと五日の間に作戦と動きを覚え、身に付けないといけないこと。
いざ試合を前に、問題は山積していた。
それらを踏まえて各人の役割を決め、野球というゲームを作り上げねばならなかった。
部員たちは真剣に耳を傾けている。その眼差しが事の重大さを物語っていた。
何とか、この娘たちに勝たせてやりたい。この娘たちの居場所を守ってやりたい。
そう思った。
そして俺は采配を振った。
由比とミカヤは特段焦る必要はない。
むしろこの二人は、普段の力さえ出せればいい。
結論、由比が相手打線をいかに抑えられるかこそが、勝負の全てだった。
だから二人とは基本的なサインの確認と、相手が使ってくるだろうと予想される作戦を伝えた。
他は特にいつもの練習と変わったことをさせなかった。
守備の良いまほろには、ひたすらバッティングの強化を行った。
俺なりに研究した桑田のピッチングをフォーム含めて真似して、俺が投げる仮想桑田を打ち込ませた。
これは効果的だった。
最初、速球は刺し込まれ、変化球には引っ掛ける(それでも空振りが少ないのは彼女のセンスだが)ばかりだった、まほろは少しずつだが、鋭い打球を飛ばし始めた。続ければ桑田相手でも、ある程度、通用するようになるはずだ。
莉乃に対してもバッティングにしぼった始動をした。
そもそも今の彼女は身体能力が優れているだけで、野球選手としては穴だらけだった。
それらを今すぐどうこうするよりは、分かり易い役割を与えたほうが成果を上げられるという俺の判断だ。
そこで俺は一風変わった練習をさせた。
桑田が一番良く投げるインハイのストレートを俺が投げ、延々とただそれだけを打たせる。
同じ球種の同じコースを確実に仕留める。そのためだけの特訓だ。
次の試合、対桑田にのみ通用する姑息な作戦でしかなかったが、上手く行けば、以外な一撃をお見舞いしてやれるかもしれない。
そして最後は向日葵ちゃんだ。
実は彼女にも攻撃における大切な役割を与えていた。
送りバントだ。一番打者に起用予定のミカヤが出塁した時、確実に得点圏にランナーを進めることが出来たら、相手に対するプレッシャーになる。
そのために向日葵ちゃんを二番打者に置き、バント要員として大切な任務をこなしてもらう予定だ。
俺は向日葵ちゃんとて、戦力外にして捨て駒にする気なんて毛頭ない。
メンバーそれぞれが今、出来ることを出しきることこそが、桑田攻略に必要不可欠な要素だった。
怖がりな向日葵ちゃんは勇気を振り絞って、バント練習に取り組んだ。
少しへっぴり腰だが一所懸命なその姿は、チームの役に立ちたい、みんなの力になりたいという彼女の強い想いの現れだった。
いいぞ。くじけるな。君なら出来る。
もう冬に入る夕日はすぐに消え、特訓の一日目はこうして終わった。
とりあえず試合までの方針は決まった。
しかし、これだけで十分だろうか。
メンバーはみんな必死で頑張っている。
俺だってまだ何か出来ることがあるはずだ。
だが、練習はあと、水金と二回しかない。
今週の土曜日は男子野球部に割り当てられているのが、つくづく惜しまれる。
とにかく、もうこれ以上詰められる時間がなかった。
いや、待て。……時間?
「……なければ作ればいい。か」