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3-1 廃部です。

 次の練習日。二日後の月曜日のことだった。

 少し早めに中等部入りした俺は、部室前で激しい言い争いの場面に遭遇した。

「だから、その件はもう話しが付いてるって言ってんでしょ!

「そーだそーだー!」

 口角泡を飛ばすは、怒り心頭の我らがキャプテン松坂由比だった。他の面々も背後に控えている。援護射撃は莉乃である。

「清原先生とどういった合意があったかまでは与りません。私はただ、生徒会として校則に則った決済に来ただけです」

 そんな由比の気炎にもひるまず冷静に応じるのは、まとめた黒髪を二つに流した少女だった。後ろ姿で顔は見えない。それにしても何で揉めてる。生徒会の決済?

「決済って今更何言ってんのよ! 上級生だからってバカにしてんの?」

「そーだそーだー!」

「どう受け取ってもらっても構いません。既に決まったことです。後一週間以内に部員を九人揃えられなければ、女子野球部は廃部です」

 たまり兼ねて俺は口を挟んだ。

「ちょっと待ってくれ。廃部だって?」

「清原!」「監督!」「センパイ!」「おにいちゃん」

 部員たちの声が重なった。それらを受けて、廃部を宣言したばかりの少女が俺の方に振り返る。眼鏡を掛けた清楚な雰囲気の、それでいて気の強そうな女の子だった。

「清原秀喜先輩ですね? この部の監督の」

「そうだ。だから教えてほしい。廃部とはどういうことなんだ?」

「では説明させていただきます。まず私は阪南学院中等部二年にして生徒会副会長の西森淳子と申します。以後お見知りおきを」

「俺は阪南学院高等部一年十二組出席番号六番にして新生野球部監督の清原秀喜だ」

 変なところで対抗せんでいいから。と由比のツッコミが入る。そんな俺たちのやり取りも華麗にスルーして西森は説明を始めた。

「そちらの野球部ですが、改めて確認したところ申請に不備がありました。部の新設の要件が満たされていません」

「部の新設の要件……だって?」

 脳内ですばやく校則にアクセスする。高等部の場合は確か、部長、副部長を含めた部員五名と顧問を揃えて書類を提出。しかるべき後、生徒会が設立を判断するという流れだったはずだ。中等部だと違うのだろうか。いや、そうは思えない。だとしたら何が問題だ。顧問は清原羽衣、我が姉だ。こちらは心配いらない。ならば部員数の方か? 由比、まほろ、ミカヤ、莉乃、向日葵。

 なんだ。ちゃんと五人揃っているじゃないか。いや、待て。ちゃんと……?

「不備って何よ! 顧問は羽衣先生がやってくれてるし、部員だってちゃんと五人いるでしょ! あんた目、節穴じゃないの? ケチ付けてるだけじゃない! バカ! ペチャパイ! ジャイアンツファン!」

「いや待て、由比」

 ガトリング砲の如く罵る由比を制止した。副部長の目がすっと細まった。

「さすがに噂に名高き文武両道のようですね清原先輩。気付かれましたか」

「ああ。五人では部員が足りない。そういうことだろう?」

「ええ。ご賢察ですわ先輩」

「どういうことよ。校則にも設立部員は五名って書いてあるじゃない! なんで足りないことになるのよっ」

「新規クラブ活動設立に関する要件」

 由比の抗議に俺は高等部の校則を暗唱してみせた。

「新規クラブ活動の設立にあたっては、当学院の教職員から顧問の選定をし、この許可と同意を得なければならない。同時に設立者となる部員は五名以上とし、この中から代表者を一名、部長として決めなければならない。その際副部長も同時に定めるものとする。――高等部ではこうなっている」

「中等部でも同じよ。五名以上でしょ? 五人はギリギリセーフじゃない」

「いや、実はまだあるんだ」

 それこそが落とし穴だった。実はこの続きがあった。

「こんな規定が続いてるはずだ。――新規クラブ活動の設立においては上記の条件と共に、文化的な活動を維持し、その活動内容と趣旨から鑑みて、必要な環境の達成と保全に努めなければならない」

「そ、それが何よ」

 言葉とは裏腹に、由比も薄々察知している様子だった。反駁に力がない。

「だから、野球部の活動内容と趣旨から鑑みて、必要な環境が達成出来ていないんだよ。今のままじゃ」

「…………」

「野球は五人じゃ出来ないんだから」

 俺は結論を言った。由比が唇を震わせながら、かわいらしい唸り声を上げた。他の部員たちも言葉を失う中、場違いな音が廊下に響き渡った。西森の鳴らす拍手だった。

「その通りです。実にわかりやすく、まとめて下さいました。さすがはあの清原先生の弟さんですわ。ええ。野球部である以上は活動に必要な人数は九名です。今のままでは部の存在自体が認められないのですよ、先輩」

 勝ち誇ったように彼女は吐き捨てた。

「それにしてもずい分と今更なんだな」

「は?」

 西森の手が止まった。

「新しい部の申請について、最終的に判断するのは生徒会、つまり君たちだろう? 一度認可を出しておいて、今頃になって不備を突くなんて、自分たちのミスを糊塗した挙句、こちら側に転嫁するような行動じゃないか?」

「そ、そうよ! 横暴よ! 生徒会による恐怖政治よ! 生徒の自主性の干渉よ!」

「そーだそーだー!」

 再び勢いを取り戻した部員たち約二名。西森は一瞬で副会長の顔を取り戻した。

「で、ですから、本来的であれば、部の設立自体遡及的に無効として廃部になるはずでしたが、当方共の不手際も原因の一端ということを考慮して、そちら側に譲歩をさせていただくと説明させていただいていたところです」

「後一週間で、四人も集められるわけないじゃない!」

「そーだそーだー!」

 成る程。譲歩案とは後一週間で足りないメンバーを揃えろと。……無理に決まってるだろ。こんなの事実上の廃部宣言じゃないか。あまりに強引で一方的すぎる。

 このままじゃ、本当に野球部はなくなるだろう。

「あ、あの。何とかなりませんか?」

 食い下がったのは先刻から、間を取り持とうと様子をうかがっていたまほろだった。

「ですから後一週間の猶予を与えました。その間に何とかしてください」

「で、でも! こんな時期にたった一週間で新入部員なんて集まりません」

「そーだそーだー!」

「莉乃うるさい! に、西森先輩。今私たちの部はようやく始動したんです。どうかお願いします」

「ひまもおにいちゃんが来てくれてから練習に参加できるようになりました。へたっぴだけど野球させてください」

「決定事項です。これ以上の抗弁は生徒会執行妨害と判断しペナルティを課します」

 追いすがるまほろと向日葵ちゃんにも副会長さんは取り付く島もない。

 みんなが打開策を探していた。その時だった。

「よー。女子野球部じゃん。何揉めてんのー?」

 現れたのは恋するエース、桑田圭祐だった。普通の今風の少年にしか見えない制服姿である。西森が「桑田くん……」と吐息のように呟いた。

「あんた関係ないでしょ桑田! 練習日じゃないのになんで部室棟にいんのよ!」

「たまたま通りかかったんだって。ていうオレにそんな口聞いちゃっていいの? 助けてやんないよ?」

 由比の辛辣な態度に、桑田は軽薄な笑みを浮かべた。

「助け? あんたなんか誰もお呼びじゃないわよ! 安芸二軍キャンプ帰れ!」

「まあ聞けよ。このままだったら廃部なんだろ? オレが取りなそうってんだけど」

 あれコイツ。さっき何揉めてんの、とか聞いてなかったか? どうして、こんな詳しい。それはともかく。

「取りなす?」

 聞き返した俺に桑田はビーンボールを投げそうな殺意を持った目で俺を睨んだ。

「あれー? ロリコンセンパイじゃないすか。影が薄すぎて気付きませんでしたよ。引退した選手ほど存在感ないもんはないすね」

 もう嫌悪感を隠そうともしてないな、この人。やれやれ。まあいい、話が進まん。

「君の言うとおりだな。それはともかく、君が取りなす? どういうことだ?」

「ふん。言われなくても黙ってりゃ分かるって。……淳子センパイ」

 うそぶいて桑田は西森に向き直った。ん? 西森の様子が少し妙だ。何か落ち着きが無い。心なしか頬を染めている……。ああ、推して知るべし、か。

「な、何かしら。桑田君」

「要するにさ。活動ができないから、松坂たちの部は廃部ってことなんでしょ?」

「え。そ、そうなる……わね」

「でもさ。結局、活動してるように見せて、何の実績もないクラブも多いじゃん」

「そうね」

「でしょ? 運動部なんて実力第一じゃん。校則にも書いてあるっしょ。えーと、部活動においては、心身を練磨し、えー」

「常に高みを目指して精進を心がけること」

 詰まった桑田を西森が引き継いだ。

「そう、それ! だからさ。松坂とか古田とか実力はあんのに、野球的に人数が足りないってだけで廃部だったら、その校則の精神に反すると思うワケ」

「桑田くん。あなた何が言いたいの?」

「松坂たちにチャンスをやりたいワケ」

 桑田が言った。うーん。何だろうこの会話。この違和感。なんとなく嘘くさい。台本を読み上げているようだ。出来レースの匂いがプンプンする。

「チャンスって何よ!?」

 喰いついたのは持ち前の軒昂さと桑田に対する敵愾心を持つ由比だった。

「チャンスはチャンスさ。お前らの部が廃部になんないためのチャンス」

「だからそれが何かって聞いてんの! 話通じてる? コミュ障じゃないの」

 酷い言われようだ。少年が少し気の毒ではあった。悪罵中傷のバルカン砲を浴びた桑田は何とか持ちこたえ、そのまま不敵な笑みを浮かべて言った。

「オレらの部と勝負しようぜ」

 とどのつまりそれが言いたかったらしい。そして気付いた。西森副会長とエース桑田がグルだということに。

 この二人は由比たちの部を潰したいのだ。


 結局のところ、桑田率いる一年生男子野球部と部の存続を賭けて対決するより手はなかった。というか由比が桑田の挑発に対して間髪入れずに、

「上等よっ!」

 と、見境なく受けてしまったのだ。一瞬の出来事だった。

「決まりですね」と、副会長に言質を取られた以上もはや是非もない。

 桑田は試合のルールを説明している。試合は次の日曜日。延長戦はなし。ハンデもなしだが、こちらのチーム事情を踏まえて九対九で行う。こちらの残りの人数は、由比がソフト部から助っ人を連れてくることで話はついた。勝てば存続。負ければ廃部。

 桑田としては負ける気などサラサラないだろうし、負けることなんて夢にも思ってないはずだ。彼がこの野球部を故意に廃部へと追い込もうとしているのは明白だった。

 一体なぜ。由比に対する好意が嗜虐に変わったのだろうか?

 その疑問については、ミカヤが答えてくれた。

 桑田との対決の話がひとしきりまとまり、西森と桑田が去って、戦いに燃える部員たちがいきおいグラウンドに飛び出して行く中、一人だけ傍観の構えを見せていたミカヤがそっと俺に耳打ちしてきたのだった。

「話がある」

 そう言って彼女は俺を部室内に導いた。

 この部屋にはいるのは久しぶりだった。改めて観察すると綺麗に整理されており、泥臭さや汗臭さとは無縁だった。それどころか、いい匂いがする。

 あの時は、みんな揃っていたが、今はミカヤと二人だった。

「……実は」

 ミカヤが一瞬ためらうように間を空けた。

「あなたのことがずっと好きでした。私の彼氏になってください」

「えええっ!」

 いきなりかよ! ボーク取られるぞ。

「冗談」

 しかも冗談かよ! なんというか醸し出す雰囲気とか表情とか声色とか、かなり真実味を帯びていたので、隠し球でアウトを取られた得点圏ランナーの如く驚いた。

「ミカヤ?」

「ごめんなさい。場を和ませようとした」

 そう言って彼女は小さな舌を見せた。そうしてから再び切り出した。

「真面目な話がある」

「うん」

 ミカヤが語ったのは以下の様な話だった。

 今回のうちの廃部騒動。裏で糸を引いていたのは、やはり桑田圭祐らしかった。彼は生徒会副会長の西森淳子を焚き付けて強引とも言える実力行使をさせた。そして西森はやはり桑田に対して好意を寄せていたらしい。ミカヤが語ったところによると、桑田ファンクラブシングルナンバーだそうだ。彼女としては懸想している相手の期待に応えたかったのだろう。桑田はそんな想いを利用したのだ。

 これで先程の西森の態度。タイムリーな桑田の登場。妙に作り物臭い会話の流れが合点いった。要は始めから仕組まれていたのだ。そしてその動機が、また問題だった。

「桑田圭祐はあなたと由比が仲良くなっていくことを防ぎたかった」

「はあ?」

 そんな理由でこんなしち面倒くさい迂遠な方法を採るか普通? どうやら、俺と由比の仲をこれ以上進展させないために、唯一の接点といえる野球部自体を取り除こうと考えたようだ。

「……桑田圭祐はあなたに対してコンプレックスを持っている」

「それは気付いてるよ」

 誰だって、他人と比較され、二世だなどと評されて嬉しいわけがない。プライドと実力が拮抗している桑田のような少年なら尚さらだろう。その想い察するに余りある。

「そんなあなたが、この部の監督になって彼は面白くなかった。由比の傍にいることが許せなかった。――そんな時」

「そんな時?」

「桑田圭祐を今回の廃部劇の主犯に駆り立てる事件が起こってしまった」

「事件……だって?」

「そう」

 一体何だ。何が桑田をそこまで追い込んだ。

「彼はあなたと由比が抱き合ってるのを目撃してしまった」

「はいぃっ!?」

 思わず素っ頓狂な声が出てしまうのを止められない。抱き合うってなんだ? 俺と……由比が? いつ? どこで? あり得ん。断じてあり得ん。全く身に覚えがない。

「思い当たる節がないんだが……」

「おととい。土曜日」

「……あ」

「昼休み。中庭」

「ああ…………っ!」

「腕を組んでラブラブ」

「あああああああっ!」

 パズルのピースがパチリと嵌まり、脳にあの時の光景が電流のように流れた。

 もし、あの時の二人を桑田が見ていたとしたら。

 客観的にはミカヤの言うラブラブな二人に見えただろう、あの状況。

 それを見て、由比命の桑田少年がどう感じたか。

 想像に難くない。

 結果、桑田は嫉妬の限界の閾値を超え、それが今回の廃部工作へと導いた。

 なんとまあ面倒くさい。

 俺の考えの甘さが招いたこととはいえ、正直情けない。

 全く……中学生ってのは複雑だ。

 それはともかく桑田め。「取りなしてやる」とか言ってたくせにその実、由比の手前上手ごかしていただけじゃないか。

 あいつ、俺と由比を遠ざけながら、自分はしれっと由比のポイントを狙いやがった。

 ちょっと待て。

 だとしたら、ここから先、奴はどう出る? 由比のポイントを稼ぐなら、試合でわざと花を持たせて恩を売るんじゃないか。

 ならば部は安泰なのでは。

 いや、それはない。

 そもそもの発端が、俺と由比を引き離すことのはずだ。

 まずは全力で二人の接点を潰しにかかるだろう。

 野球部を潰して、後顧の憂いを完全に断った後、桑田は今回の仲裁した実績を足がかりに由比に取り入ろうとする気だろう。

 何よりも野球人としていっぱしのプライドを持つ桑田圭祐という男が、試合で手を抜くなど考えられなかった。わざと負けるなんてあり得なかった。

「これは次の試合、絶対に負けられなくなったな……」

「そう」

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