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2-5 油断と嫉妬と見られてしまった二人

「おっす秀喜ぃ! 帰りゲーセン行こうぜー」

「あーダメ! 清原くん。アタシらとカラオケいこうよ」

「どっちもすまない! 今日は無理なんだ」

 放課後。級友たちの有り難い誘いを断りつつ、俺は荷物をまとめた。

「最近なんか、用でもあんのかよ。付き合いワリーぜー」

「あー。清原くん。さてはカノジョー?」

「違う違う。部活なんだ。じゃ、そういうことで。あ、明日の英語、不定詞の小テストだぞ。たぶん否定の使い方が出る。また明日!」

「お、おい部活って」「休部じゃなかったっけ?」

 言い募る友人たちを、申し訳ないが置き去りにして、足早に校舎を出る。向かうは中等部。あの娘たちの待つグラウンドだ。


「由比っ。外角を打つ際、腰に溜めを作れ!」

「わかった!」

「ミカヤっ! リードがセオリー通り過ぎる! 人は機械じゃないんだ!」

「把握」

「向日葵ちゃん! 捕球する時はなるべくボールの正面に入るんだ!」

「うんっ」

「まほろ! スイングが安定してないぞ! バテたか!」

「まだまだ!」

「莉乃! もっとボールをよく見て! 三球三振ところか、十球十振じゃないか!」

「うりゃー!」

 それからしばらくの間、練習はトラブルもなく、順調に進んだ。それに比例して、少しずつだが、俺と彼女たちの間も打ち解けていった。

「ねーセンパーイ。今度駅前に出来たジャンボパフェいきましょーよー」

「お、良いな。みんなで行くか。じゃあ今度――」

 莉乃はいつの元気で屈託がない。

「監督。私のバッティングフォーム見てもらえませんか?」

「もちろん。俺の意見だが、まほろは中距離打者の素質があると思うから――」

 まほろは今日も真面目で礼儀正しい。

「清原秀喜。人が死んだらその魂はどこに行くのか教えてほしい」

「安芸二軍キャンプ」

 ミカヤは相変わらず謎だ。そしてフルネームだ。だがそれがいい。

「ねーおにいちゃん。またひまにボールの投げ方教えて?」

「良いよ。まず向日葵ちゃんの場合、右投げだから左足を――」

 向日葵ちゃんは今日も可愛い。少しずつではあるが様になってきている。

 チームメイトたちから、プライベートなお誘いを受けたり、アドバイスを積極的に求められたり、教えを乞われたりと確実にみんなの慣れが実感できる今日この頃。

 そして、交流という点においてはキャプテンの由比を忘れてはいけない。

 もちろん彼女との人間関係もおろそかにしてるつもりはなかった。

 というか。関係性という限り、一番変化があったのは実は彼女だったのだ。最初の俺に対する挑戦的な雰囲気は最近ではすっきり成りをひそめ、幾分角が取れてきたように思える瞬間が多々増えてきたのだ。

 俺の努力の成果か、単純に彼女が心を開いてくれたのか、理由は分からない。それでも初っ端の蹴りだしから考えれば、二人の関係の大きな変化だ。

 

 そんな由比との関係を象徴する出来事が起こった。

 それは、土曜日の休日練習のことだった。もう二学期の中間試験を終え、今度は期末試験を意識するような時期である。休みの日は一日がかりの練習日なのだが、昼食後はたっぷりとした休憩を取るようにしている。もちろん、食後にすぐ動くと身体に良くないからというのが理由である。しかし、それ以上に俺にとっては部員たちとコミュニケーションを取るための時間でもあった。

 そうしたところ、顔を洗いに行くと由比が席を外した。俺は何も言わず行かせ、少ししてから彼女を探しに立った。中庭の水場に由比はいた。柱に寄りかかっている。

「やっぱり、痛めてたんだな」

「清原せん……ぱ――っ」

 何だが最後らへんもごもご言ってたが、俺に見つかって驚いているのだろう。

「左足首だろ。見せてみろ」

「…………うん」

 素直に由比は裸足の左足首を伸ばしてきた。それをためつすがめつ診断する。

「さっき向日葵ちゃんをカバーしようと無理した時にひねったんだな」

「気付いてたの」

「当然だ。それを監督するという」

「よく分かったわね。黙って水で冷やそうと思ってたのに」

「冷やすのが良くない場合もある。今度からは言ってくれ。良いな?」

「うん。……あの!」

「ん」

「この体勢ちょっとキツイ」

 片足で立って、もう片方を伸ばしているからだろう。

「ああ、スマン。座ってくれ」

 何も言わず由比はそうした。彼女が動いた時、女の子らしい甘い香りと、制汗剤のさわやかな香りがした。俺は彼女のもとに跪く感じで、そのまま足首のマッサージを続けた。それにしてもきめ細かい肌だった。しばらく症状と由比の反応を確かめた。

「よし。問題ない。一時的なものだ。明日には治るだろう。シップもいらない」

 場合によっちゃ保健室に行ったりなんなりと大げさなことになったが、それも必要ないようで一安心だ。だが大事を取ったほうが良いかもしれない。

「午後の練習は全員軽めにしよう」

「えっ! 何でよ!?」

「君だけ軽くしたら痛めてるのがバレるだろう。そうしたら原因もバレるぞ」

「うん……でも他のメンバーに迷惑かかるのは困る……」

 なるほど、やはりこの娘は責任感が強い。そんな彼女に気を使わせてはいけない。

「いや、そもそも最近みんなの熱気に当てられて、少しハードになり気味だったからな。もともと軽めにするつもりだったんだ」

「ホント?」

「ああ。だから由比が気にすることはない。さあ戻ろう。立てるか?」

 自分も立ち上がりながら促す。

「うん。……あ」

 立ち上がりかけた由比がバランスを崩した。そのまま彼女は俺の胸の中におさまる。やわらかかった。 

「…………」

「…………」

 二人の間に沈黙が流れる。不思議と気まずさは無かった。

「ねえ」

 ややあって、先にそれを破ったのは、俺の胸に顔を埋めている由比だった。

「どうして野球やめたの?」

「ん。それは……」

 話そうか。どうしよう。

「……そのうち話す機会が来るかもな」

 結局俺は楽な道を選んだ。俺の袖をつかんでいた由比の手がピクリと動いた。

 由比が顔を上げる。何かを窺うような、それでいて知ることを恐れているような、そんな目があった。しばらく俺の表情を読んでいた由比は不意に目を伏せた。

「由比?」

「良いの。考えたら、それであたしたち世話なってるわけだし。いつか教えて」

 聞こえてきた声は、予想と違って明るさがあったので安心した。

「ああ。いつか教えるよ」

「うん……ねえ」

「何だ?」

「みんなが見える前まで、肩……ううん、腕貸して欲しいんだけど、ダメ?」

 上目遣いの由比が、そうおねだりしてきた。

 なんというか、予想外の出来事に一瞬戸惑ってしまう。でも、これはひとえに彼女との関係が大きく進展した証拠にほかならない。だから、答えなんて決まってる。

「もちろんです。お姫様(イエス。ユアハイネス)」


 この時の俺は由比との関係が順調に育めていることに喜ぶあまり、その他に対する配慮にかけていた。彼女を不可抗力とはいえ胸に抱いたり、女の子と腕を組んで中庭を歩くということを深く考えなかった。油断していた。よりによってそんなシーンを、由比に想いを寄せるあの少年に見られていたなんて。一点差での勝ちゲームの最終回、油断から出したフォアボールの次の打者に逆転サヨナラホームランを浴びたような、この俺のミスが。

 ――すべての事件のプレイボールだった。

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