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幕間――ガールズトークその2

 高等部部室棟に併設されたシャワールームは今日も少女たちの憩いの場だった。

 シャワシャワと水のささやきと、未発達な声帯が奏でるさえずりが重なって、天使のハーモニーを実現させていた。野球部員たちは、一日の汗と疲れを流しながら、今日の練習を反芻している。銘名に鼻歌を歌ったり、雑談に興じたり、おもいおもいの方法で。そんな中、一人だけ普段の元気が無いものがいた。向日葵ちゃんである。

「……うみゅぅ……」

 本格的な――と言っても、まだジャブ程度の肩慣らしの上、本人は休み休みの参加だったが――練習が始まってグロッキーな様子である。

 運動慣れしていない小さな身体には、相当タフな練習だった。

「向日葵ー! 息してるー?」

 親友の莉乃が心配して、ブース内に顔をのぞかせた。

「息してるよぉ。でもドキドキしてる。腕があがらない。足ぷるぷる」

「あははは。向日葵、最後のバッティング練習でもぷるぷるしてたねえ」

「むー。それはちがうー」

「よし! じゃあそんな小動物な向日葵のために、僕が身体を洗ってあげよう」

「わー」

 そのまま入り込んできた莉乃の手によって、無抵抗な少女は瞬く間に泡まみれにされた。色々な場所がバブルの下着で隠され、それ以外は都合よく湯けむりが覆い隠す。二人の姿は見えそうで見えない分、妙なエロティシズムにあふれていた。

「シャンプー目に入ったぁ」

「ごめんごめん。それじゃ二人で一緒に洗い流すよー」

 勢いよく放出されたシャワーが泡を落とし、湯気を打ち払う。

 少女の裸体が顕になる前に、他のブースに視点を移そう。

 ミカヤとまほろの二人は、隣同士で練習内容について話し合っていた。

 洗い終えた彼女の身体にはすでにバスタオルが掛けられており、大切なところは見えそうで見えない。残念。

「ミカヤ。とりあえず最後の打撃練習のことだけど」

「観客の怨嗟を感じる」

「は?」

「こっちの話」

「そ、そうか」

 謎の発言にまほろは戸惑ったが、時折不思議な発言をするのがミカヤという人間の妙だと知っていたまほろは、とりあえず深く考えなかった。

 二人は身体を拭きながら、会話を続け、それぞれブースから出た。莉乃と向日葵が出てくるのも同じタイミングだった。

「お、まほろん。もう出ちゃったかー」

「ふん。前みたく突入されてはたまらないからな」

「ガードが硬いなあ。さすが神社の娘」

「それは関係ないだろう! というより莉乃! お前はガードが甘すぎるんだ」

「へえ? そうかなー」

「そうだ! た、たとえば今日だって――」

「今日だって?」

 まほろは記憶の引き出しを開ける。色々と隙の多い友人に注意したくなるシーンが山程出てきた。授業中、足を開いて見えそうになってたり、ちょっと見えてたり、昼休み中庭でしゃがんだ時も、もう少し気を付けないといけなかったり、とにかく無頓着すぎるのだ。だが、それを指摘するには、まほろには憚られたし、口にするには鳥谷まほろという少女は純潔すぎた。

「と、とにかく、もう少し莉乃はスカート穿いてる時は気をつけろ」

「ちゃんとパンツ穿いてるし大丈夫だって」

「いや、その理屈はおかしい」

「りののぱんつ、男子がよくのぞいてます」

「本当か向日葵。まったく男子め……」

「いいじゃん別に。減るもんじゃないし」

 忖度する様子のない莉乃にまほろが、

「良くない! 男子の視線をもう少し気にしろ!」

「だってさー、僕のパンツなんて見てもしょうがないでしょ。由比みたいなカワイイのだったらともかく」

 そこまで行って三人は、由比が未だに出てこないのに気付いた。

「あれ? 由比は」

「中」

 聞いたまほろに、ミカヤが端的に答えた。

「……由比?」


 由比はというと、ご機嫌で鼻歌を歌っていた。そう。彼女はとても上機嫌だった。普段よりもシャワーが長いのがその現れである。由比の気分が上々な理由はただ一つ。

 清原秀喜だ。

 あの人との距離が縮まった。そんな実感があったからだ。

 今日一日の練習だけでも由比にとっては色々あった。ものすごく頼りになることを見せ付けられたり、優しいだけじゃないって教えられたり、お姫様だっこされたり 。 あの時、初めてちゃんと目が合った気がする。

 極めつけは投球練習のマンツーマンレッスンだ。自分でも気付いていなかった癖を克服するために、予想外の苦戦を強いられていたあの時、彼のくれた言葉が勇気になった。プロを目指すなら。あの人はそう言ってくれた。嬉しかった。

 出来ると思った。やってやろうと思った。あの人とどこまでも行けると思った。

 清原はウィットに富んだジョークにヒントを交えながら由比の力み癖が、どうにか修正できるまで粘り強くアドバイスしてくれた。それだけじゃない。最後の十球は、距離を密にしての個人指導だった。それも文字通り手取り足取りの。

 彼は傍は、スポーツマンらしい爽やかな汗の香りがした。憧れのぬくもりを感じながら、由比は自分の気持が天に登らないように抑えることで精一杯だった。顔が赤いかバレないか、それだけが心配だった。気が付けば、投球から無駄な力みが消えていた。直球も変化球もリラックスして投げられるようになった。すべて彼がいてくれたからできた。由比は、それが彼と二人で目標を成し遂げた初めての記念だと思い至った。身体が熱を帯びる。これから先も、こんな風に二人でステップアップしていくのだろうか。そしてその未来には。

 ……なんか熱い。


「おい! 由比のやつのぼせてるぞ!」

「た、たいへんだー!」

「でもなんか幸せそうだよ?」

 仲間たちが、ゆでタコと化したキャプテンを発見し、介抱された由比は羽化登仙から辛うじて回帰した。目覚めてなお、彼女の甘い余韻は消えそうになかったが……。

「こうして二人の運命がその歯車を回し始めた。果たして彼女の想いは実現するのか、ただの妄想で終わるのか。続く」

「ねえみかや。何もないところ見て誰に話してるの?」

「観客?」

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