プロローグ 「将来の夢は、ヒーローになることです。
「将来の夢は、ヒーローになることです。
ヒーローになって、たくさんの人を助けたいです」
小学三年生のとき、将来の夢について作文を書いて発表したときのことを、今でもよく覚えている。
ぼくは、本気でヒーローになりたかった。本当になれると信じていた。
だからクラスのみんなに笑われた理由もわかってなかったし、先生の暖かい微笑みの意味も理解していなかった。
ぼくは、すべての子どもがそうであるように、世界全体がぼくの味方をしてくれると思っていた。
あれから、ぼくは少しだけ大人になった。
高校生になった今は、もう馬鹿な夢を抱いてない。
もしぼくが全身タイツを着て、人助けをしても、変人あつかいされるだけだ。誰も、そんなことは望んでいないんだ。ぼくに助けられた人だって、きっと喜ばないと思う。そもそも、ぼくに助けられる人なんて、いないかもしれない。少し悲しいけど、これが現実だ。
欲を言えば、ぼくも変身スーツを着たかった。大きな声で必殺技の名前を叫び、巨大化する敵と戦って活躍したかった。ぼくを信頼してくれる仲間とともに、世界を救ってみたかった。
でも、それはフィクションの話だ。
現実世界には、ヒーローは存在しない。それは明らかだった。
悪い人は実在しているけど、ヒーローになろうとする人はいない。この現実は、誰も幸せにはしないけど、しかたがないことなんだ。ぼくだけじゃなくて、誰もヒーローになれない。だからこそぼくは困っている人を助けられるような人になりたい。例えば、道に迷ってる人を案内してあげたり、探しものを一緒になって探してあげたり、暴れている飼い犬のリードを一緒に持ってあげたり、その程度でいいんだ。
別に、ヒーローともてはやされたいとか、世界に名を馳せたいとか、美女をはべらせたいとか、そういうことが目的でヒーローに憧れてるんじゃない。
ヒーローになる自分が目的なんじゃない。
ただ困っている人が救われてほしい。
その手助けが自分にできるなら、こんなに嬉しいことはないって思う。
本当は、困っている人を助けるのは、人間として当たり前のことなんだと思う。
自分のことよりも、ほんの少しだけ他人を優先してあげられれば、世界はずっと良くなるはずだ。
でも、そんな生き方は、馬鹿がする生き方だって言われちゃう。
人助けなんて時間の無駄。騙すより騙されるほうが悪い。他人に時間をかけるなら、相手を蹴落とさなきゃいけない。そういう考えに触れるたびに、嫌な気持ちになる。
そう考えていても、結局ぼくが通学途中に困ってる人を見かけて、そのまま首をつっこんで遅刻したり、消防士さんを差し置いて、水をかぶって火災現場に飛び込んでいったりしない。
他人を救いたいと思うけど、それは自分自身よりも優先できることじゃない。
でも本当は、自分よりも優先すべきかもしれない。
ぼくは、そんな中途半端な気持ちのまま、高校生になってしまった。