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Flat_MONTAGE(Flatシリーズ)

Darling birthday.

(時系列は逆転しています。下のほうが過去)








 少なくとも、祝ってくれる人には事欠かなかったのだ。




「そんな顰めっ面しないの」

 己の頭上で苦笑する男を私は睨む。くっそ、滅べ。

 だけど、ベッドの脇に腰掛ける、この憎たらしい男に今滅ばれると間違い無く困るのは私だった。なので心の中だけで「今、呪ったろ」……バレていた。

(けい)の考えることくらいわかるよ、まったく。こんな熱の在るときぐらい、ちゃんと寝なさい」

 呆れを隠しもしないで口うるさく、さながら父親のように小言を交えながら私の頬に触れる。冷たい手が、ひんやりと気持ち良かった。

 父親と言うには年近いけれど、こう言うことを言えるくらいに年が離れているのも事実だった。見た目こそ私と変わらないこの男は、私とは十程離れていた。それでも。

「ちゃんと熱下げないと、デートも出来ないでしょ?」

 恋人なのも、真実だった。やさしく笑って、頬を撫でる。まぁ、でなきゃ独り暮らしの家に上げたりしないし、勝手に部屋を触らせないけども。両親を亡くした私にとって、唯一私の世話を焼く男だ。今では。

「……ごめん」

 いつもなら「うっさい、触んな」と反抗して手を振り払うか逃げるかする私も、風邪を引いて弱っているのか素直に謝った。この男が生命線だからではない。そんなんじゃない。

「今日、本当にごめん。雅彦(まさひこ)

 私がいつに無くしおらしく謝罪すると男、雅彦は目を少しだけ丸くしてから笑んで「良いよ」と頭を撫でた。

 今日は私の誕生日だったのだ。

“誕生日は、生まれて来てくれて、ありがとうって祝う日なんだよ”と宣う雅彦は、私のためにいろいろ用意してくれていた。それは、一箇月くらい前から。なのに。

「本当に、ごめんなさい」

 この様だ。何でこうもタイミングが悪いんだろう。遷したの、絶対刑部(おさかべ)だ。私は、昨日職場でマスク越しにでも咳をしていた同僚兼後輩へ呪詛を吐く。だけど、今日その刑部に代わってもらっているので文句も言えない。もう。

 私が凹んでいるのと熱で怠いのと相俟って目を閉じていると、何かが額に触れた。瞼を上げると、私を挟む形で両腕を置いて、雅彦が覆い被さって額を合わせていた。

「……近い」

 力の入らない手で押し返すけど、笑って手を取られた。……何笑ってんだ。私は睨み上げる。また押し返そうとしても同じように捕まえられるだけだ。

「風邪、遷るよ」

 咳は収まったものの、未だ熱は高いまま。私は困り果て、不機嫌を顕に怒る。けれど雅彦は笑ったままだ。

「大丈夫。俺抗生物質飲んでるし」

 何の根拠だろうか。幾ら抗生物質を摂っていようとも、免疫力が下がっていれば風邪なんて普通に引くだろう。今度は私が呆れて嘆息する番だった。雅彦は、左目が無い。元から欠落しているのではなく、火傷を数年前に負ったせいだ。このために、現在でもたまに通院したり、薬を飲んでいる。馬鹿な女のせいで、自業自得で。

「……」

 多分、私のせいでも在る。ぼうっとする頭で間近に迫る美しい顔の、引き攣れた左にそっと手を伸ばす。常に眼鏡越しで見るその痕は、ざらっとしていた。

「……準備は無駄にならないし」

 雅彦が火傷に触る私の手に自身の手を重ねる。そのまま下へ持って行って唇を寄せて来た。

「どこに行かなくても、お互いの誕生日に二人でいられるなら、しあわせだよ」

 無抵抗にされつつ私も自然と笑いを洩らして「そうね」同意した。












「圭ちゃん、今日で十七か」

 支倉(しくら)さんが新聞を読みながら言う。そう言えばそうだったな、なんて呑気に感慨も無く珈琲を啜った。支倉さんの向かいのソファで。

 忙しい研究職の支倉さんが誕生日に休みだったのは、多分偶然で。私はもうよろこぶ子供でもないので特に気にしてもいなかった。忘れていたくらいだ。

「どっか行く?」

 新聞を畳んで支倉さんが問う。私は口角を上げて。

「それは……『恋人』として? それとも忙しい友人の代わりにその娘のお守りをするつもりで?」

 意地悪く訊いてあげた。案の定、支倉さんが困ったように笑った。私は舌を一瞬だけ出して「冗談。別に良いの。行きたいところ無いし」両手で包むように持っていたマグカップを置いた。

 支倉さんと私は恋人同士だが秘密の関係だった。私が未成年だから、と言うより。

「良いの?」

「良いの。お父さんやお母さんに邪魔されたくないもの」

 支倉さんがお父さんの親友でお母さんの遠戚で、家族ぐるみの付き合いが在るからだ。まぁ、未成年て言うのも当然在るんだけど。

 隠す必要なんて無いのかもしれない。けど、支倉さんは言いにくいだろうし、私は。

「……支倉さんと、こうしていられれば充分」

 私は、気が引けているから。無理に迫った関係だ、とどこかに在るからだろう。私は軽く頭を振った。支倉さんが「圭ちゃん?」不思議そうな表情をする。せっかくの支倉さんのオールオフだもの。楽しみたい。私は「支倉さん……」席を立ち支倉さんへ歩み寄る。そうして。

「……。甘えたい年ごろ?」

 向かい合わせで支倉さんの膝を跨ぐようにソファへ乗って、抱き着いた。支倉さんは茶化しつつ、自然に腰を支えるように手を添える。手馴れているのが何とも複雑な気分だ。

「圭ちゃん」

「……」

「眉間、皺出来てるよ」

 普段、感情の表に出ない私は、だけれど親しい人には駄々洩れであるみたいで、支倉さんは苦笑いを浮かべた。鼻がくっ付きそうな距離でよく見えますこと。

「けーいーちゃん」

「何?」

「誕生日、おめでとう」

 支倉さんは、まるで自分が祝われているかの如く頬を染め、心底うれしいと言うように私に告げて。

「……ありがとう」

 私も微かに笑んで返した。そして、私たちはどちらからとも無く、キスをした。







   【Fin.】

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