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タダイマと言ってやった

作者: 神奈宏信

進路が決まらない主人公の進路が決まったとき、幼馴染と交わした一つの約束。そんなお話です。

『タダイマと言ってやった』


バスから降り立って、三年ぶりに故郷の土を踏みしめる。

早いもので、もう春の息吹がそこかしこから感じられる。

懐のポケットを弄って、煙草の箱を取り出すと、その中の一本に火をつける。

懐かしい風景に目を細めながら、あたしは歩き出す。

煙を吐き、ぽつりと一人呟いた。

「帰ってきた。」

郷里を離れたのは、高校を卒業するのとほぼ同時だった。

あたしは目を閉じて、当時のことに思いを馳せた。


「進路希望ね・・・。」

机の上に広げられた一枚の紙。

脚を組み、肘を突きながらペン先で進路希望用紙を突く。

私の夢、やりたいこと・・・。

そんなものも見当たらず、とりあえず進学と逃げ道を書いておく。

どこへ?

その問いに、明確な答えなんて用意していなかった。

どこへいく?

何を学ぶ?

何をする?

幾つもの疑問。

あたしは、そのどれ一つにも明確な答えを用意できなかった。

あたしは、平坦な人生の道を流されるように生きるのだろうか。

それらしく取り繕って書き上げた進路希望用紙を提出して、椅子に腰掛けて一息つく。

「琴葉さ。進路どうしたの?」

ショートカットの快活そうな少女が、あたしの机に両手を置いて顔を覗き込んでくる。

背もたれに大きくもたれ掛かるあたしは、後頭部で両手を組んでそちらを見ていた。

彼女は、牧田芳音。

中学校からの付き合いで、親友と呼べる存在だった。

「んー。とりあえず進学とは書いた。」

「どことか決めてんの?」

「まさか。」

「相変わらず適当だね。まさに笑われるぞ。」

まさ・・・。

村尾真治の“真”の字をまさと呼んでいる、年下の幼馴染だ。

五つほど離れていて、今はまだ中学生。

「あいつがなんていっても関係ないし。」

「冷たいなぁ。それよりさ、数学の課題写させてくんない?」

「やったらね。」

頬杖を突いたまま、ぶっきら棒にそういう。

芳音は、腕組みして私をじっと見据えていた。

「ふむふむ。なにやら、悩み事のにおいがするじゃないか、ワトソン君。」

「あんたね・・・。」

推理小説の読みすぎだと、ため息を吐く。

とはいえ、あながちはずれというわけでもない。

いや、どちらかと言えば当たっている。

「あるなら、言っちゃえば?少しは楽になるかもしれないし。」

「んー。まあ、そんな大した悩みじゃないし。」

「甘いな、ワトソン君。昨今じゃ、そういうところから沸いてくる病気もあるのだよ。」

「誰がワトソンよ。ホームズ気取りもほどほどにしときなさいよ。」

「ノリ悪いわね。」

両手を首くらいの高さまで上げて、肩をすくめる。

あたしは、そんな彼女の態度にうんざりしながらため息を吐いた。

「で?」

「ちょっとね。なんか、ただお金稼いで、その日暮らししてそんな毎日が淡々と続いていくのかと思うとね。」

「ふむふむ。つまり、やりたいことが見つからないってとこかな?」

「今の話だけでどうしてそんな発想が出てくんの?」

「だって、それは生活に張りがないってことじゃないかな。やりたいことに打ち込めれば、もっと変わってくると思うし。」

言われなくたってわかっている。

やりたいこと。

それを、あたしは探しているのだ。

「資格とかさ。そういうので探して見たら?面白いものもあるし。」

「資格ね・・・。」

何もしないよりはいいのかもしれない。

芳音にしては、いい助言だったと思いつつ、考えておくとあたしは立ち上がった。


ちりん——。

窓辺から涼しい風が流れ込んでくる。

吊るしてある風鈴が、高い音を立てる。

時折窓から入り込んでくる風で涼みながら、あたしは机に向かって数学のワークにシャープペンを走らせていた。

見開き一ページ分の問題は、あまりに面倒だった。

時折、ペンを顎に当てて頭の中に数字を羅列させていく。

だが、まるでもやでもかかったかのように、頭の中の数式は霞んでいく。

どこへいく?

何をする?

そのことが、頭の中を占拠しているようで、全く遅々として進まない。

苛立ちと不安を募らせながら、ペン先でワークを突いていると窓の方から声が聞こえてくる。

「あっちぃ。なあ、琴姉。風。」

隣の家から声をかけてきたのが、幼馴染の真治だ。

家が隣だったから。

だから、あたし達は幼馴染なのだ。

「うっさいわね。今宿題やってんだから忙しいし。自分で仰ぎなさいよ。」

「たりぃじゃん。冷てえな。」

窓の方に目をやる。

身を乗り出して、まさはこちらを覗きこんでいる。

「あんたね。仮にも女子高生の部屋を覗き見とか趣味悪いわよ。」

「あはは。琴姉が女子高生とかないし。」

軽口を叩くまさが鬱陶しい。

椅子を引いて立ち上がり、窓辺に立つ。

まさと正対するような状態となる。

「うっさい。」

一言告げて、思いっきりカーテンを引っ張り見えないようにする。

「あ!琴姉!」

鬱陶しいまさを、カーテンの向こうに置いておいてあたしは、再び椅子に座ってワークと向かい合った。

カーテンの向こうで、まさは一人騒いでいる。

それを意識の外へ押しやって、課題に取り組む。

「ひっでえな。琴姉は。」

姿が見えなくなったからと言って、音まで遮断できるわけではない。

カーテン越しに聞こえてくる声を意識の外に締め出して、数字を前に数式を書き込んでいく。

それでも、思考は霞み、時折ペンを止めてまた別のことを考えてしまう。

「なあ、琴姉。」

「んー?」

「琴姉、もう高三だろ?」

「そうね。」

「どこいくか決まってんの?」

どこへいくか?

そんなもの、いまあたしが求めている答えだ。

どこへいくか?

あたしは、どこで一体何をするのだろうか。

「琴姉?」

「あんたも、他人の心配してる暇があるなら勉強したら?来年受験でしょ?」

「えー!やだよ。面倒くさい。」

カーテンの向こう側が鬱陶しい。

あんな奴は無視して、さっさと課題を終わらせよう。

ワークに意識を向けて、数字を書き込んでいく。

あちらはあちらで、ゲームでも始めたようだ。

これで、少しは集中できるだろう。

さっさと課題を片付けようと、あたしはシャープペンを走らせていた。


「進学か・・・。」

進路指導室に並べられた大学・短大の書籍。

どこへ行って、何をする。

一冊ずつ手に取って、広げては棚に戻す。

何も見えてこないことにため息をつく。

「築地葉?」

思考に耽っていたためか、背後にはまるで気を回していなかった。

だからこそ、声をかけられたのは不意打ち以外の何者でもなかった。

「どうしたの?ため息なんてついてさ。」

蓙村先生は、心配そうな瞳であたしを覗き込む。

「あ、いえ。別に。」

「築地葉は進学だったっけ。学校決まってるの?」

「それなんですけど。どこへ行って、何したいかって。自分でもわかんなくて。」

「そっか。」

あたしから視線を外し、本棚にあった一冊の本を手に取って彼女はそれをぱらぱらとめくっていく。

めくりながらも、口は休めることはない。

「そんなものだって。若いうちは、そうやって悩んで、色々経験して前に進んでいくもんだよ。」

「はあ。」

分厚い本から見つけた一ページ。

それを、蓙村先生はあたしに差し出した。

高明館大学。

タイトルにはそうあり、大きな校舎の写真がその下にある。

「学科とかもしっかりしてるし、資格なんかも充実してるから、やりたいこと探すにはぴったりかなって思うけど。」

「はあ。でも、これ市外ですよね。」

ぽん、と彼女の手があたしの肩に触れる。

先生はあたしに優しく微笑みかけた。

「可愛い子には旅をさせろって言うでしょ?挑戦してみるのもまた一つの道じゃない。」

あたしは、手元の分厚い本に視線を戻した。

決めた。

あたしは、ここへ進学してみよう。

新しい環境で新しい経験を積むのだ。

一人暮らししてバイトもして。

そうして、勉強していれば道も開けるかもしれない。

「ありがとうございます!挑戦してみますね。」

「その意気。頑張んなさいよ。」

ばんと豪快に背中が叩かれる。

それに、前へ進む勇気を貰った気がした。


漸く決まった道筋。

その先はまだ見えるわけではない。

それでも、方針が決まったということだけで今まで曇っていた心は晴れた気がした。

机に向かい、受験勉強に勤しむ。

「なあ、琴姉。」

相変わらずまさが鬱陶しいので無視してやった。

「おい!無視するなよ!」

「なぁに?今忙しいんだけど。」

手元の問題集からは決して目を離さず、声だけ投げかけてやる。

窓から身を乗り出して、あいつはあたしを見ている。

「何してんのさ。さっきから。」

「見ての通り受験勉強だけど。」

「受験!?」

突然まさが素っ頓狂な声を上げる。

「だって、進路とか決まってなかったんだろ?」

「決まったよ。外に出ることになるけどね。」

告げた言葉に、まさが固まった気がした。

急に静かになった奴が気になって、手を止めて窓を振り返る。

「出るって、それってさ・・・。」

「何?寂しいって?」

言わなくても、そんな顔をしていた。

思わず、面白いので笑ってしまう。

「なんだよ!何笑ってんだよ!!」

「別に会えなくなるわけでもないのにその顔とか。ないわ。」

「こっちは真剣なんだよ!」

いつになく、強い目でまさはあたしを見ている。

「なら、約束してやるよ。」

「は?」

「帰ってきたら・・・。」


煙草を地面に落として、足で踏んで揉み消す。

高校時代。

そんな昔を思い出していた。

あの時、まさと交わした約束。

それを忘れたわけではない。

足は、懐かしい道を勝手に歩いていく。

やはり、長いこと過ごしたこの街を、身体は勝手に覚えているようだ。

その道中で、電話ボックスを見つける。

四年。

まさも、今年受験だろうか。

扉を開くと、緑色の受話器を手に硬貨を投入する。

番号は、見なくてもわかっていた。

今のご時勢なら携帯電話もあるが、それよりも驚かせてやりたいという気持ちが強かった。

まさの携帯の番号をプッシュする。

少しの呼び出し音の後、電話が繋がった。

「もしもし?誰?」

何も変わっていない、彼の声。

「懐かしいわね。」

思っていたことが、思わず口を突いて出た。

「え?その声!もしもし!?」

相手は、随分と驚いているようだった。

笑いを押し殺そうとするが、くっくと喉がなる。

息を吸うと、あたしは静かに彼に告げた。

「ただいま。」



ある日、道を歩いているとふと見つけた公衆電話。それを見たときに何となく閃いた作品です。駄文ですが、見てくださってありがとうございます。

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