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そして彼と彼女は――⑨

サキュバスの隠れ里はゴブリンの巣から比較的近い場所にあった。


魔族領に散らばっている七国の兵士達に見つからないように、隠れながら移動してもわずか三日で到着した。


その間にアレクトとイリーナは仲良く――とはいかないが、それでも二人の移動は順調だった。


「ここがサキュバスの隠れ里か……。ゴブリンの巣と同じように襲われてなければいいんだけどな」


「この隠れ里は私のもう一つの家みたいなものだからね。出来れば皆無事でいて欲しいんだけど……」


イリーナは里の方を不安そうに見ていた。そんな彼女を見て何か言わなければと思ったアレクトは慰めの言葉をかける。


「煙も上がっていないみたいだし、多分大丈夫だって。無事を確かめる意味でも行ってみようぜ」


アレクトはイリーナを励ますように明るい調子で話しかける。


彼女はそんな彼を見て、湧き上がる不安の気持ちを抑え、里は無事だと無理矢理自分を納得させた。




サキュバスの隠れ里はゴブリンの巣と違って、人間の町に近い場所だった。


その周囲は外敵に発見されないように魔法の結界で隠されているようだが、サキュバス達は人間と同じように家を建ててそこに住んでいるようだった。


隠れ里が襲撃された様子はなく、見た目だけは若く美しい女性であるサキュバス達が寄り添って雑談にふけっている様は思わずほっこりとしてしまう。


ただし魔王軍が人間に負けたという情報は伝わっているようで、隠れ里にはどこか暗い雰囲気が蔓延していた。


「襲われた様子はないみたいだし、君の故郷が無事で良かったな」


「ええ、本当に良かった……」


大きく息を吐いて心底安心した様子のイリーナ。


その様子を見ればどれほど彼女がこの場所を大事にしているのかわかったような気がした。


「さて、ここが無事だったのは良かった。それで?俺は誰と話せばいいんだ?確か君はサキュバス達は全員自分に従うとか言っていたよな?」


「ええ。それは確実よ。とりあえずはサキュバス達の長の家に行きましょう。彼女に言えば全員私達に協力してくれるはずよ」


まとめ役の家に歩き出したイリーナの後にアレクトは黙ってついていく。


みちすがらすれ違うサキュバス達はイリーナの姿を確認すると、目を大きく見開き驚きの表情を浮かべた後歓喜の涙を流した。中には慌てて奥の方に走り出すものもいた。


イリーナの訪問を喜び、彼女の無事な姿に全員が安堵しているのがアレクトにはよくわかった。


あっという間にイリーナはサキュバス達に囲まれてしまったが、彼女が長の家にいくというと全員が道をあける。


サキュバス達はイリーナの歩みを邪魔しないように彼女のことを囲みこそしなかったが、遠巻きに頭を下げたり手を大きく振ったりと歓迎と敬意の気持ちを彼女に示していた。


イリーナもそんなサキュバス達に慣れているようで、時には会釈をしたり小さく手を振ったりしながらその歩みを進めている。


反対にアレクトの姿を確認すると、サキュバス達は何故人間がここにいるのかと訝しみ武器を構えたり警戒心を露わにするものもいる。


ただしそんな者達はイリーナに黙ってついていくアレクトの姿を見て、アレクトのことをイリーナの奴隷だと勘違いして『人間を奴隷として連れて歩くなんてさすがは姫様だ』だとイリーナに称賛の目を向ける。


サキュバス達の注目が自分に集まっているのがアレクトにはわかっていたが、若干の居心地の悪さを感じつつも彼はその視線を無視した。


歩みを進めると他の家と比べて一際大きな家の前についた。


隠れ里の一番奥に位置するその家はサキュバス達の集会所も兼ねているようで、その大きくて広い玄関には武装した門番らしき若く美しい男――おそらくインキュバスが両脇に立っていた。


「ここが長の家よ。あなたにも話してもらうことはあるけど、まずは私から長に交渉するわ」


アレクトは首をすくめて返事をする。


「どうぞご自由に。最終的にこいつらを手下に出来れば俺はどうでもいい」


イリーナはアレクトを引き連れて家に入ろうと歩みを進める。


門番のインキュバスは一瞬だけ身構えたが、来たのがイリーナだとわかるとすっと跪いて道を開けた。


おそらくイリーナが来訪したことは既に里全体に広がっているのだろう。


家に入ると、中には表にいた者達より年をとった印象をうける――それでも見た目は妙齢の美女だが――サキュバスの長が頭を下げて歓迎の意を示していた。


「ようこそいらっしゃいました、姫様。姫様の姿を再び見ることが出来るとは……。よくぞご無事でいらっしゃいました。これほどの喜びはありませんわ」


心の底からイリーナの無事を喜んでいる長の姿に、イリーナも照れくさそうに微笑みをその顔に浮かべた。


「私も長にまた会えて嬉しいわ。ここはまだ人間達に見つかっていないようだし、あなた達が無事で本当に良かった」


「いえいえ。それは此方のセリフですわ。魔王軍の敗北はワタクシも聞いております。姫様こそよくぞあの襲撃の中で生き延びられましたね」


「皆が私を逃がしてくれたから……。ジイも私のために犠牲になったわ」


「……そうですか。あの方は本当に姫様のことを大切に思っていました。彼も姫様を守ることが出来て本望だったと思います」


場にしんみりとした空気が流れる。イリーナも長も故人を偲びながら遠い過去に思いをはせて口を開かない。


やがて長はしんみりとした空気を変えるためか、明るい調子で未だに故人に思いをはせているイリーナに話かけた。


「ところで姫様。本日はどのような御用でこちらにいらっしゃたのでしょう?人間共が魔王領に侵略してきたのはワタクシも聞いております。姫様のご身分では身を隠す必要があるでしょう。姫様がこちらに身を隠されるのでしたらすぐにでも住居を用意させていただきますが」


「家を用意する必要はないわ。実は……今日ここに来たのはあなた達サキュバスに力を貸してもらうためなの。私は人間達に報復するつもり。そのためにあなた達の力を是非とも貸して欲しいの」


イリーナの言葉を聞いた長は頬を紅潮させて興奮した様子で立ち上がる。


「おお!それは魔王軍を再建させるということですね!?ええ、ええ!ワタクシはわかっておりましたわ!!姫様がやられっぱなしの訳がないと!!是非とも我らを姫様の配下に加えさせて下さい!サキュバスは戦闘能力こそ低いですが、きっと姫様のお役に立って見せます!!」


「ありがとう。でも魔王軍の復活ではないわ。私はあくまでも副官みたいなもの。私達の集団のリーダーは後ろにいる彼だから」


イリーナの視線をたどって、そこでようやく長はアレクトの存在を認識する。


暫く長はジロジロとアレクトのことを眺めていたが、やがて不思議そうに視線をイリーナに戻した。


「それはどういう意味でしょうか?あの人間は姫様の奴隷ですよね?奴隷がリーダーだとは一体……」


長の勘違いにイリーナは苦笑しながら誤解を解くことにする。


「違うわ。彼は私の奴隷じゃない。おまけにただの人間でもないわ。ほら、自己紹介しなさいよ」


今までずっと黙っていたアレクトは、イリーナに促されて漸くその口を開いた。


「俺の名前はアレクト。俺はイリーナの言う通り彼女の奴隷なんかじゃない。俺と彼女の関係を言い表すとしたら……そうだな、共犯者ってところかな。まあ、つまりは俺と彼女は対等な関係ってことだ。お前達サキュバスが俺達に協力してくれることに感謝する」


軽く頭を下げて礼をしたアレクトに長も慌てて礼を返す。


「ど、奴隷じゃないとは……ワタクシったらすっかり勘違いしちゃって。姫様の協力者とは知らずに、奴隷呼ばわりしてすみませんでしたね。アレクトさんの種族名は何なのですか?ワタクシ、それなりに他の種族について詳しいつもりでしたがあなたほど人間そっくりの種族を存じ上げていませんわ。本当に人間にそっくりね!でも不思議。ワタクシ、あなたのことをどこかで見たことがあるような……」


長はじっとアレクトの顔を訝しげに眺めていたが、やがてハッと大きく目を見開き驚愕の表情をその顔に浮かべる。


「き、貴様は、ま、まさか勇者!?何故貴様がここにいる!!まさか姫様の命を狙って!?姫様、お逃げ下さい!!ワタクシが時間を稼ぎます!!」


長はイリーナをアレクトの傍から引き離して後ろに庇う。


敵意と戦意を宿した長の目に苦笑しながらアレクトは自分達の事情を説明する。


「確かに俺は勇者だったのは間違いない。けど俺に彼女を害する気はないよ。勿論命だって狙ってなんかいない。なあ?」


「ええ、彼の言う通りよ。アレクトの話を聞いてあげてちょうだい」


アレクトはサキュバスの長に事情を話した。


魔王を倒した後に仲間に裏切られたこと。


魔王の死体を食べたこと。


イリーナとの出会い。


復讐の最終目標。


そしてゴブリンを配下に加えたこと。


魔王の死体を食べたことを話したあたりで長が激昂してアレクトに襲いかかるというハプニングも起きたが、それでもアレクトは長に自らの事情と復讐の決意を伝えた。


「……その戯言をワタクシに信じろと?我ら魔族の宿敵にして怨敵、魔族全てが敬愛する魔王陛下を殺したあげくその死体を辱めた勇者に従えとそう言っているのですか?」


「さっきも言った通り俺は既に勇者じゃないし、魔王の死体を辱めたつもりもない。だがその二つを除けば大体お前の言った通りだ。俺と彼女、それと生き残った僅かなゴブリンだけじゃ戦力的にも数的にも圧倒的に足りない。是非ともお前らサキュバスを配下に加えたい」


長はアレクトのことを殺意に満ちた目で睨み付たが、アレクトはその視線に無反応を貫く。


反応しないアレクトに焦れて長は彼から視線を外し、今度は困惑した様子でイリーナに話しかける。


「姫様は本当に勇者に従うつもりなのですか!?この人間は魔王陛下の、姫様のお父上の仇なんですよ!?よりによってそんな奴に姫様が従うなんて……。本当にそれで良いんですか!?」


「だから俺はもう勇者じゃないって言っているだろ」


アレクトは長の勇者発言にしっかりと訂正を入れるが、長もイリーナも彼のことを無視して話を進める。


「良くはないわね。でも私は人間に復讐がしたい。その為にはこの人間の力が必要だわ。例えそれが父の仇だろうとね。そしてそれはあなた達の力も一緒。勇者に協力するのではなく、私に協力するつもりで力を貸してもらえないかしら?」


「…………っ」


それでも渋る長にイリーナは言葉を重ねる。


「それにね、私達魔族は人間に負けたのよ。あなたも知っているだろうけど、今も続々と人間の軍隊がこの魔王領に侵入してきている。ゴブリンの巣と同じように、いずれはこの場所も人間に発見されて襲われるでしょうね。そうなった時にあなたはともかく、戦闘能力で劣る他のサキュバス達では手も足も出ない。だったら父様を倒すほどの力を持つ人間を利用した方が得だと思わない?」


イリーナの言葉を受けて長は複雑そうに顔を歪める。


結界で周囲を隠されているとはいえ、いつまでも人間達からこの場所を隠し通せるとは思っていない。


この隠れ里を発見され人間の軍隊に襲われるのはそう遠い未来ではないだろう。


もしそうなってしまったら戦闘があまり得意ではないサキュバス達では手も足も出ず皆殺しの憂き目にあう。


遠からずサキュバス達が全滅するのは他ならぬ彼ら自身が一番理解していた。


それを防ぐためにも強力な戦闘能力を持つ存在の庇護下に入るのは歓迎すべきことだ。


しかし、その強力な戦闘能力を持つ存在というのがよりにもよって勇者だというのが長に躊躇を覚えさせる。


いくら人間に復讐するつもりだと言っても、目の前の人間が多くの同胞達を殺してきたのは間違いない。


長にしてみればアレクトは敵でしかなく、人間の中でも一番憎むべき存在だ。


そんな存在の配下になるというのはどうしても躊躇いを覚えてしまう。


だがイリーナに協力したいという気持ちも間違いなくある。


同胞達の未来と姫君への忠誠心、そして憎き仇への憎悪を天秤にかけ長は一つの決心をした。


「……いいでしょう。我らサキュバスもあなた達の配下に加わりましょう。ですがそれはある条件を達成できたらのことです」


「条件?それは何?」


そこで長は初めてアレクトと視線を合わせて真っ直ぐに彼のことを見た。


「勇者……今はアレクトと名乗っているんでしたね。あなた、ワタクシと戦いなさい。我ら魔族は強い者に従う。ワタクシを力で屈服させてみてください。ワタクシに勝つことが出来たら我らサキュバスは憎悪を押し殺しあなたの(しもべ)となりましょう」


その言葉にアレクトはニヤリと不適に笑って返事をする。


「望むところだ」

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