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そして彼と彼女は――⑫

あれから決着はすぐに着いた。


倒れ伏すルル。そして彼女に向けて魔剣を突きつけるアレクト。


勝敗は最早明らかだった。


痛む体を何とか動かして起き上がり、ルルは悔しそうにアレクトを睨みつける。


「よりにもよって勇者が魔剣を使うとは……。想定外の出来事ですわ」


アレクトはボロボロの体で淡々と返事をする。


「既に言ったはずだぞ?俺はもう勇者じゃなくてただの復讐者だとな」


アレクトの返事を聞いたルルは皮肉気な笑みを浮かべた。


「そういえばそうでしたわね。勝負の敗因はあなたが魔剣を使うことを想定してなかったワタクシのミスということですか。でもいいんですの?今のイビルハートの使用であなたは代償を支払った。我々魔族にとっては大したものではないですが、短命の人間にはイビルハートの代償は大きすぎるんじゃなくて?」


確かに今回のイビルハートの使用でアレクトが失った物は彼にとって大きな代償だった。


一番大切な物は何とか失わずにいられたが、今後もイビルハートを使い続けたらアレクトが最も大切にしているものも失う可能性がある。


だけれどもアレクトは今回の決闘で自らの弱体化を思い知った。


中位魔族の上に魔道具持ちのルルは確かに強かった。だけど聖剣を使っていた頃のアレクトだったらこんなにも苦戦することはなかっただろう。


聖剣を使っていればダメージこそは負っただろうが、こんなにもギリギリの勝利にはならなかったことをアレクトは確信できる。


おまけに聖剣と対極にある魔剣を今回初めて使ったが、その性能をアレクトはせいぜい50%も引き出すことは出来なかった。


復讐を果たすためには聖剣を取り戻すか魔剣の力を100%引き出す必要がある。


前者はかつての仲間達が持っていった以上取り戻すのは難しい。それに聖剣は何も自分専用の魔道具というわけではない。もしかしたら新たな聖剣の使用者が既に見つかっていて、その人物が自分達の前に立ちふさがるかもしれない。


『最強』の名を冠する聖剣に対抗するには、同じく『最強』を冠する魔剣を使うしか方法がないことを元聖剣の持ち主であるアレクトは誰よりも知っていた。


「確かに魔剣の代償は大きなものだった。だけど復讐のためには魔剣は必要なものだ。例えどんな大きな代償だろうと、復讐のためなら失っても後悔はない。お前に心配されるまでもないよ」


そう言い切るアレクトをルルは憎々し気に睨みつけた後、今まで黙って二人のやり取りを見守っていたイリーナに視線を向けた。


「姫様はよろしいのですか?イビルハートは元々魔王陛下の魔道具。いわばお父上の形見のようなものではないですか。それをよりにもよって陛下を殺した張本人であるこの男が使うなんて……」


ルルの期待するような目にもイリーナは反応を示さず、アレクトと同じように淡々と返事をする。


「彼は父様と戦って勝利した。勝者が敗者の持ち物を奪うのは当然のことだわ。そのことについて私は何も言うつもりはないわ」


「姫様は本気でこの人間の下に着いたということですか?陛下を殺した張本人ですよ?この人間さえいなければ我ら魔族は……」


「彼に思うところは何もないとは言わない。でも人間への復讐という点で私と彼の利害は一致するわ。目的が一緒なら父様を倒すほどの強力な力を持つ存在を利用しない手はないんじゃない?」


イリーナの言葉を聞いてルルは大きなため息を吐いた。そして何かを諦めるかのように首を横に振る。


「……ワタクシが敗者である以上勝者の命令には従いましょう。いいですわ、我らサキュバスはあなた方の復讐に協力させて頂きます。ですが」


そこでルルは言葉切ってギロリとアレクトのことを睨みつける。


「ワタクシはあくまでも姫様のお力になるために協力するのです。姫様があなたと協力関係にある限り我らもあなたの命に従いましょう。ですが姫様とあなたが袂を分かつその時は、今度こそ命を賭けてでもあなたを必ず殺しましょう」


アレクトはニヤリと笑みを浮かべる。それは『やれるものならやってみろ』と言わんばかりの笑みだった。


「ああ、それで構わない。改めてよろしくな、ルル」


それに対してルルもまたニヤリと笑う。その笑みの裏には『いつか必ず殺してやるからな』と殺意があふれていたが。


「ええ、こちらこそよろしくお願いしたしますわ。勇者……いえ、アレクトさん」




×××




決闘の後、アレクト達は傷の治療の為に改めてルルの家にやってきた。


観客だった一般的なサキュバス達はルルが戻れと命じると各々の家に戻っていった。


アレクトとしては、例えルルが従うと言ってもサキュバス達の何人かは反対するものだと思っていたが特に反対意見は出なかった。


どうやらルルの言うとおりサキュバス達はルルの命令には逆らわないらしい。


ルルが門番のインキュバス達にも近づかないように命じたから今近くにいるのはアレクト、イリーナ、ルルの三人だけだ。


魔王の肉体を食べたせいか治癒魔法の効きが異常に良く、アレクトの傷はすっかり治ってしまっていた。


「さて、これで予定通りゴブリンとサキュバスは仲間に出来た。だけどまだまだ戦力は足りない。お前らは他に生き残っていて尚且つ俺たちに協力してくれそうな魔族は知らないか?」


「前にもいったけど私の心当たりはゴブリンとこのサキュバスの里だけよ」


「ワタクシはこの100年程この里を出ていませんから……。ワタクシ達と同じように隠れ里に住んでいる魔族を知らない訳ではありませんけど具体的な場所まではちょっと。まだ発見されていないかもわかりませんし」


「そうか……」


人間領でも仲間集めはする予定だがやはり魔族の協力も欲しい。少ない戦力で復讐を達成するための計画を幾つかは考えているが、中位魔族のルルがいるとはいえやはり戦闘能力が低いゴブリンやサキュバスではあまりにも心もとない。


さて次の一手はどうするかとアレクトが考えていたところでルルが質問をした。


「勝負に負けた以上あなたに従いましょう。ですがどうやってあなたは人間に勝つつもりですか?聞けばワタクシ達以外にはわずかなゴブリンを仲間にしただけとか。強力な戦力と言えるのはワタクシ、姫様、そしてアレクトさんの三人だけ。この程度の戦力で人間全体を敵に回すのは自殺するようなものですわ。第一、この程度で倒せるとしたらワタクシがとっくに人間領に攻め込んでいます」


「ルルの言う通り今の戦力で戦いを挑んだら死ぬだけだ。というより、どれだけ仲間を集めても正面から戦いを挑んだら負けるだろうな。だってそうだろう?魔族領・人間領両方で仲間を集めたとしても集まるのはせいぜい千人がいいところだ。その中でも俺たちクラスの戦闘力を持っているのはまあ五十人もいれば上出来かな。対して敵は兵士だけでも十万単位。俺たちの場合人間全体を敵に回すつもりだから、兵士じゃない奴らもいれれば百万人はいるかもしれない。仮に俺が千人いたとしても百万を敵に回せば必ず負ける」


いかにアレクトが強いとはいえ所詮は個人の力。個の力では集団の力に敵わない。それは自明の理だ。


例外として個の力で集団を圧倒できる存在もいるにはいるが、それは魔王や龍や神族など人間とは桁どころか次元が違う存在だけだ。


いかにアレクトといえどその肉体は所詮は人間の体。個の力で千は蹂躙出来るかもしれないが万の集団には勝てるはずもなかった。


「じゃあどうすんのよ?あんたに計画があるっていうから私は協力したのよ。まさか仲良く特攻して自殺するとか言わないわよね?」


イリーナの言葉にアレクトは苦笑しながらそれを否定する。


「それこそまさかだ。安心しろよ。計画はきちんと考えている」


そこでアレクトは言葉を切り若干不安そうな顔をした。


「ただし言っておくが俺は参謀や策士ではなく唯の戦闘者。小細工を弄するより力で解決するタイプ、いわゆる脳筋だ。だから俺が考えた計画にも無数の穴があると思う」


自らの計画に欠陥があると告白したアレクトはイリーナとルルの方を伺うが二人は特に何の反応も示さなかった。


「まあ計画があるなら良いわ。とりあえず話してみなさいよ」


「ええ、姫様の言うとおりですわ。聞いてみなければ何も始まりません」


二人に促されてアレクトは自分の考えた復讐計画の一端を話すことにする。


「まず最初にやることは人間領に拠点を作ることだ。今の魔族領には人間がどんどん侵入してきている。この里もいずれは見つかるだろう。はっきり言えば魔族領にいたらそう遠くない内に俺達は軍隊に見つかり殺される。少なくとも俺とイリーナはな。魔王の娘と殺したはずの元勇者。もし生きているのが人間の上層部に発覚したらこぞって俺達を殺しに来るはずだぜ」


「人間領に拠点って……どこに作るつもりなのよ?どっかに心当たりでもあるの?」


そこでアレクトは<収納>(ストレージ)の呪文を唱えて一枚の地図を宙から取り出した。


「イリーナ、君は俺達を襲った盗賊達を覚えているか?」


イリーナは首を捻って考えていたが、少しの時間が経って漸く思い出す。思い出すのに苦労するほど彼女にとって盗賊達はどうでもいい存在だったのだろうことがこの態度だけでもよくわかった。


「あいつらはどうも田舎や辺境専門の盗賊団だったらしい。あいつらの持ち物の中にあった地図に襲撃予定地が書いてあった。どうせならそこを利用させて貰おう。あいつらが襲う予定だった田舎町に俺達は拠点を作ることにする」


「……別にあんたの計画に文句をつけるわけじゃないけどさ。どうせ拠点を作るなら田舎なんかじゃなくて大きな町にした方がいいんじゃないの?大きな町の方が情報も入りやすいし色々便利でしょ。今の私達でも一つの町ぐらいなら楽に落とせると思うわよ?」


イリーナの提案をアレクトは首を振って否定する。


「それじゃあダメだよ。いいか?俺達の存在は気づかれたら終わりなんだ。気づかれた時点で俺達の復讐は終わってしまう。イリーナの言うとおり俺達三人がいればそこそこ大きな町でも楽に落とせるだろう。だけどそれで終わりだ。あっという間に軍隊が来て俺達は殺されるだろうな。もう一度言うぞ?俺達の存在は気付かれたら終わりなんだ。いずれは俺達の存在も七王の連中にばれるだろうが、今の段階で気付かれたら終わりだ。だから大都市はあえて無視する。俺達が狙うのは田舎だ」


侵略する場合、侵略者はその存在を気付かれてしまったら侵略される側に何らかの対策を立てられてしまうだろう。


だから侵略者にとって一番大事なことは侵略に気付かれないこと。大都市はせめず、田舎などのは情報や人の行き来が少ない場所を静かに攻めることこそが重要なのだ。


今の少ない戦力では気付かれたら終わりだ。ならば戦力がある程度整うまで本丸を攻めずに周りから篭絡する。存在を気づかれないように静かに侵略を開始するしか今のアレクト達に取れる手はなかった。


「なるほどね。私はそれでいいと思うけど長はどう思う?」


「姫様、もうワタクシは長ではありませんわ。ですからルルとお呼びください。それとその一手にワタクシも異論はありませんわ」


二人の同意を得たアレクトは行動指針を示す。


「まずはこの地図にある田舎を俺達全員で攻め落とす。途中でゴブリンの里にもよってゴブイチ達と合流しよう。何匹ゴブリンが生き残っているかわからんが、五匹もいれば儲け物だ。質を揃えられない今、せめて数だけでも揃えないとな」


そこでアレクトは言葉を一端切る。


「いいか?これは俺達の復讐計画の一歩目だ。この一歩を踏み出したらもう後戻りは出来ない。後は死ぬか復讐を成功させるか、それだけしか選べる道はなくなる。止めるなら今の内だぜ?」


アレクトはじっとイリーナとルルの瞳を見つめる。そして彼女達も彼の瞳を見つめ返す。


その瞳が無言で語っていた。もう覚悟は出来ていると。


「オッケー、反対意見はないようだ。さあ、一歩目を踏み出そう。俺達が憎むべき人間達は俺達の存在なんかに気づいていない。奴らが気づかない内に進めるだけ歩みを進めよう。奴らが勝利に溺れている間に足掻けるだけ足掻いてやろう。俺達の進むべき一歩目はここ、年中雪で覆われた極寒の国である雪の国だ」

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