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そして彼と彼女は――⑩

下位魔族に分類されるサキュバスの外見は、翼が生えている部分を除けば人間の女そのものである。


だから翼さえ隠してしまえば人間と区別することは非常に難しく、またサキュバスは若く美しい魅力的な女の姿をしているので、戦争の最中は情報を得るために人間に化けて権力者の傍に潜入していた者も多数いた。


サキュバスは他の下位魔族と違い、食物を食べるという形で食事をしない。


お茶を飲んだり果物を食べたりすることは出来るが、それらの食物を摂取してもエネルギーに変換されることはなく空腹感を満たすことは出来ない。


ではサキュバスはどうやって食事をするのか。


サキュバスは種族の特性として、吸精(ライフドレイン)――他種族に接触することでエネルギーを得ること――が出来る。それを持って彼女達は食事とするのだ。


生存するだけなら、よくサキュバスにイメージされる性行為による吸精(ライフドレイン)の必要はなく握手や抱き合うだけでも十分な食事をとることができる。もっとも、性行為による食事は吸収効率がよく、また食欲と性欲を同時に満たすことが出来るのでサキュバスの食事には性行為が用いられるのが常なのだが。


サキュバスの戦闘力は魔族の中でも低い部類に入る。


身体能力はその姿同様に人間と同程度しかなく、体が特に丈夫という訳でもない。


吸精(ライフドレイン)が出来る点と翼が生えている点を除けば人間と変わらないと言ってもいいだろう。


他の魔族に比べると人間と同程度の身体能力ではあまりにも弱すぎる。


ゴブリンみたいに膨大な数がいるという訳でもないので、サキュバスは正面から戦う戦闘員としては使えない部類に入ってしまう。


だが戦闘における補助要員としてはこれほど優秀な種族もいない。


何せ敵に触れるだけでこちらはエネルギーを得ることができ、逆に敵はエネルギーを吸われたことによって弱体化する。


戦闘能力の低いサキュバス単体ではあまり警戒の必要はないが、他の戦闘能力の高い魔族とコンビを組んでいる時のサキュバスは凶悪の一言に尽きる。


余談だがサキュバスと同様、吸精(ライフドレイン)の特性を持つ魔族にインキュバスという魔族がいる。


サキュバスは男性を狙う淫魔として、逆にインキュバスは女性を狙う淫魔として人間領に伝えられているが、実はこれは誤りである。


というのもサキュバスとインキュバスは同じ存在であり、サキュバスだから男を狙ったり逆にインキュバスだからといって女を狙うという訳ではない。


つまり彼ら淫魔族は男にもなれるし女にもなれる種族なのである。淫魔族が美しい女の姿をとっている時はサキュバスと呼ばれ、逞しい男の姿をとっている時はインキュバスと呼ばれているだけなのだ。





戦闘能力こそは低いが敵に接触するだけでエネルギーを吸い取ることが出来るサキュバスのまとめ役。


アレクトはそんな存在と決闘をするために武器を構えて対峙していた。




×××




「俺と決闘がしたいということだが……わかっているのか?お前達魔族の親玉を殺したのは俺だ。俺に勝てると本気で思っているのか?」


アレクトが笑みを浮かべながら聞いた挑発にもとれる質問に、長はその身に戦意を宿し答えを返す。


「ええ、勿論ですわ。確かにあなたはワタクシより強いのでしょうね。魔王様を殺したあなたは圧倒的な強さを誇る存在。魔王様亡き今、あなたより強い存在はおそらくいないのでしょう。ですが強者が必ずしも勝者になるとは限りませんわ。あなたのその傲慢をワタクシが打ち砕いてあげましょう」


その言葉にアレクトはニヤリと笑みを浮かべて、やれるものならやってみろと言わんばかりに余裕の態度をとる。


その余裕の態度に長は恨みの感情も相まって腸が煮えくり返るほどの怒りを覚えた。しかしその怒りを無理矢理飲み込み決闘前の最後の言葉をかける。


「自分を殺した相手の名前ぐらい知りたいでしょうから名乗っておきましょう。ワタクシは今は亡きサキュバスクイーン、イルフェリ様に代わりサキュバスの里を治めるルルと申します。短い付き合いになるでしょうがよろしくお願いしますわ」


サキュバス達の長――ルルはそう言ってニッコリと――ただし笑顔の裏は殺意で溢れていたが――笑いながらアレクトのことを睨み付ける。


「俺の名前はアレクト。ただの復讐者のアレクトだ。これから長い付き合いになるだろうからよく覚えておけよ」


アレクトはルルの殺気に勿論気づいていたが、不適に笑うだけで余裕の態度を崩さない。


二人は互いに向き合いそれぞれが戦闘態勢に入る。


アレクトはいつのまにか握っていた巨大な漆黒の剣を両手に中段に構えた。


ルルは両手に魔力を宿し、背中に生えている赤色の翼を大きくはためかせる。


互いに戦意を通り越して殺気をその目に宿し、自らの戦闘相手を鋭く睨み付ける。


決闘を見守るサキュバス達はその雰囲気に飲まれて身じろぎ一つできない。


場を支配した沈黙を壊すように、決闘の審判兼見届け人をかって出たイリーナが始まりの合図を告げる。


「はじめ!!」


その言葉と同時にアレクトは全力のスピードで一気にルルの前まで突っ走る。


その速さは風のごとく。


外から見ている観客達にとっても、そして実際に向きあっているルルにしてみても気が付いたらルルの前にアレクトがいたとしか言いようがないほどの速さだった。


そしてそのままアレクトは剣を振り上げて全力で目の前の敵目がけてその腕を振り下ろす。


真っ直ぐ振り上げてそのまま真っ直ぐ振り下ろす。


それはいわば剣術の中の基本中の基本。剣術の初心者が剣を持って一番最初に習う型であり、形式としては素振りと変わらない。


ただしその使用者が勇者だとその基本中の基本の技が必殺技にまで昇華される。


魔族最強である魔王を倒した勇者の一撃。


ただ振り上げてそのまま振り下ろす、そんな単純な動作でもそれをアレクトが行うと文字通りの必殺技となる。


その速度は閃光のごとく。その威力は全てを斬り裂く究極の剣。


人間と同程度の身体能力しかないサキュバスでは防ぐことはおろか、視認することすら出来ない一撃だった。


現に観客として勝負を見守っているサキュバス達は何が起こっているのかわからない様子だ。


その必殺の一撃を放ったアレクトは勝利を確信する。


この一撃はサキュバスでは防ぐことの出来ない一撃だ。まとめ役を担っているのだから他のサキュバスよりは強いのであろうが、それでもサキュバスという種族では自分の剣を防ぐことも避けることも出来ない。


狙いは右肩。このまま剣が当たればルルの右腕は完全に切断されるだろうが、それは自分に決闘を挑んだ代価として受け入れてもらうしかない。


剣がルルの右肩を切断せんと襲い掛かる。


剣の操りてであるアレクトはこれで決着が着くと確信していた。


しかし――その確信は外れてアレクトの一撃はあっさりとルルに受け止められる。


「な!?」


予想外のことが起こり体が驚愕で一瞬だけ硬直してしまったアレクト目がけて、ルルは空いている左手でアレクトの腹を殴りつける。


その勢いでアレクトは吹っ飛ばされてルルとの距離が開く。


咄嗟に態勢を立て直し何が起きたのかを確認する。


ダメージこそはなかったが酷い倦怠感と共に体力が一気に減ったのがアレクトにはわかった。


「……おまえ、ただのサキュバスじゃないな?俺を打撃でぶっ飛ばすことはただのサキュバスでは不可能だ。それにこの倦怠感。サキュバスでは殴打時の接触だけではここまで吸精(ライフドレイン)をすることは出来ないはず。それに何より、本気ではないとはいえサキュバスでは俺の一撃を防げるはずがない」


警戒して自分を睨み付けてくるアレクトにルルは妖艶な笑みを浮かべる。


「正解ですわ。ワタクシはサキュバスクイーンに剣として作られた眷属、サキュバスナイト。サキュバスの中では唯一の戦闘型の種であり中位魔族に分類されるものですわ。イルフェリ様がお亡くなりになった今はこの里のまとめ役におさまっていますが、その前は魔王軍に籍を置いていたんですよ。ワタクシは確かにあなたより弱いです。ですがあなたを殺せるだけの実力は持っているのですよ」


その言葉でアレクトは自分の傲慢を認める。


自分は魔族最強の存在である魔王を倒した。だから自分に勝てる存在はもういないと心のどこかで思っていたのかもしれない。


どんな魔族だろうと楽に殺せると、全力を出さなくても楽に勝てると思いあがっていた。


だがそれは違うことを思い出す。


確かに自分は最強かもしれないが他との圧倒的な実力差を持っているわけではない。


圧倒的でない強さなど状況や油断によってあっという間に埋まってしまう。


現に不意打ちでかつての仲間に殺されかけたのだ。


どんな相手でも決して楽観視をしていいわけがなかった。


「お前をなめていたことを謝罪しよう。これから本気を出す。死んでも文句は言うなよ」


「文句を言うはずがないでしょう。ワタクシがあなたを殺すのですから。そう言えば本気を出すとかいっておきながら聖剣はどうしたのですか?あなたの持っているその刀身が黒い剣が聖剣だとは到底思えませんが?」


「裏切り者達に奪われてしまってな。もっとも、奴らにしてみれば聖剣はあくまでも俺に貸し出していただけで所有権は自分達にあると主張するのだろうがな」


「うふふふふ!聖剣のない勇者など恐るるに足らず!魔王様の仇をワタクシが討ちましょう!!」


「お前ごときに聖剣など必要ない。俺がお前を屈服させてやろう」


再び二人の殺し合いが始まる。


最初に仕掛けたのはルルだった。


背中の翼で宙を飛んで魔法を放つ。


<電球>(サンダーボール)


雷の球がアレクト目がけて襲い掛かる。


しかしアレクトは自分目がけて上から襲い掛かってくる電球を漆黒の剣で真っ二つに切断した。


斬撃により二つになった電球が雷光を煌めかせてその場で爆発する。


ダメージはなかったが視界が光で埋まり一瞬だけ目が効かなくなった。


その隙をついてルルは接近してアレクト目がけて拳を浴びせる。


だがさすがは勇者か。アレクトは視界が効かない状態でもルルの殺気を感じ取り咄嗟に剣を構え、剣の腹で拳を受け止める。


ガキン!と金属同士がぶつかった音が響くと同時に剣と拳の衝突によって生じた衝撃波が観客たちの髪をゆらす。


「この音……拳の音じゃないな。お前の骨は金属ででも出来ているのか?」


拳と剣による鍔迫り合いの状態になった二人。


そのまま剣で押し切ろうとアレクトが力を込めて拳を押し切る。


「ふふふ。ワタクシの拳は鉄を容易く砕きますわ。あなたの命も砕いてあげましょう」


ルルもまたそのまま拳を当てようと力を持って剣を受け止める。


だが鍔迫り合いをしているのは剣と拳。武器の差か、それとも実力の差か徐々にルルの拳は押されてしまいアレクトの剣が目前まで迫る。


だがルルはそれでも笑み浮かべる。


「いいんですの?そんなにワタクシに近づいて」


「ちっ!」


ルルの放った蹴りをアレクトは間一髪で避けて再び距離を開ける。


それでも咄嗟の攻撃でかわしきれなかったため僅かだがルルの蹴りがアレクトの胴をかすっていた。


そして再びアレクトは倦怠感に襲われる。


「……吸精(ライフドレイン)は接触によって行われる。何も接触するのは拳である必要はないってことか。体に少しでも触れたら吸精(ライフドレイン)で体力がごっそりと持っていかれる。厄介だな。さすがは中位魔族といったところか」


「お褒めに与り光栄ですわ。あなたこそ人間の癖に中々やりますわね。あなたが聖剣を使っていたらワタクシは負けていたでしょうね。でも今あなたは聖剣を持っていない。この勝負、ワタクシの勝ちですわ!」


ルルの言う通り聖剣があればアレクトはあっさりとこの勝負に勝てただろう。


魔王を倒したのも聖剣があってこそ。勇者が最強の武器(聖剣)を振るったからこそ魔王に勝てたのだ。


聖剣が失われた今、アレクトの戦闘力は魔王との決戦時よりだいぶ落ちている。


だけどそれでも世界最強はアレクトなのだ。


「俺は言ったはずだぞ?お前ごときに聖剣など必要ないと。何故俺が勇者と呼ばれていたのか。何故俺が最強と言われるのか。その意味をお前に思い知らせてやろう」


「うおおおおぉぉぉ!!!!」


気合の叫びと共にアレクトは一気にルルに詰め寄る。


接触するだけで体力を吸うルル相手に長期戦は不利。


まだ体力が残っている今の内に全力で攻撃をしかけて決着を着ける。


上段からの一撃、水平で一撃、返す刀で一撃、袈裟切りで一撃。


一撃一撃が必殺の威力を誇るアレクトの剣が怒涛の勢いでルルに襲いかかる。


だがルルも負けていない。


烈火のごとく襲い掛かってくるアレクトの剣を正面から受け止めて、敵を殲滅せんと拳を放つ。


剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣・剣!!!!


拳・拳・拳・拳・拳・拳・拳・拳・拳・拳・拳・拳・拳・拳!!!!


互いが互いをぶち殺そうと全力で攻撃をぶつけ合う。


剣と拳によるぶつかり合い。


二人の実力は拮抗していた。どちらが勝ってもおかしくない状況だった。


しかしその状況もやがては終わりを告げる。


かたや地球から異世界に召喚されてからの二年間、ずっと魔族と戦闘をしていたアレクト。


かたや150年前に軍を離れたルル。


今までは人間と中位魔族という種族の違いでブランクを埋めていたが、勝利の天秤は徐々にだがアレクトに傾き始めていた。


「拳が痛そうだな。見ているこっちが痛くなるよ」


「こんな拳にしたのはあなたでしょうに」


既にルルの拳は血だらけだった。


サキュバスナイトとして作られたルルの拳は鉄の硬度を誇る。人間の一撃など無傷で受け止められるはずだった。


だけどその一撃の繰り出してが勇者だと話は違くなる。


アレクトの全力攻撃に拳が耐え切れなかったのだ。


「負けを認めるつもりはないか?お前の実力を知ってますます配下にほしくなった」


「何ですか?その既に勝利を確信したような口ぶりは。まだワタクシは負けていませんことよ」


こうは言ったがルルは既にギリギリの状態だ。


拳の他にも胴や腕にも斬り傷は無数にある。どれも致命傷ではないが、したり流れる血がルルの体力を徐々に奪っていく。


ルルの攻撃もアレクトに入っている。拳による殴打と共に吸精(ライフドレイン)で体力を吸い取っているのだ。アレクトもルルと同じようにギリギリの状態のはずだ。


しかしアレクトが倒れる様子は一向に見られない。ダメージはくらっているはずなのに、既に体力は尽きかけているはずなのにその闘志は一向に衰えない。それどころか益々闘志がみなぎっている気がする。


その姿にルルは恐怖を覚える。


人間という脆弱な存在が魔王に勝利する。


ありえないほどの幸運が重なっただけだと思った。魔王の油断をうまくついただけだと思った。


だけどそれは自分の思い違いだった。


聖剣を持っていない勇者など楽に勝てると思っていたのに、逆に自分が追いつめられている。


ルルは切り札を使うことを決めた。勇者に切り札を使わされた。


「あなたは強い。魔王様を倒したその実力、改めて思い知りました。あなたは聖剣がなくても間違いなく勇者だ。先ほどの発言は謝罪しましょう」


「なんだ急に?それは負けを認めるということでいいのか?」


急にしおらしい発言をしたルルを不審に思いながらもアレクトは警戒を緩めない。


「まさか。これから切り札を使います。つまりそれはワタクシの勝利が確定したということですわ!」


ルルはその言葉と同時に<収納>(ストレージ)を唱えて空間から指輪を取り出す。


その指輪を古ぼけた黒い指輪だった。光さえ感じられぬ漆黒でその身を染めた、装飾品などが一切ないただの指輪。


ただしその身から溢れ出る魔力がアレクトに鳥肌を立たせる。


「その濃密な魔力……もしかして魔導具か!?」


若干の焦りがこもったアレクトの問いにルルは勝利の笑みを浮かべる。


「ええその通りですわ。さあ、ワタクシのマリア。ワタクシに勝利をちょうだい」

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