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そして彼と彼女は――①

「魔王討伐ご苦労様でした、勇者様。それじゃあ死んでください」


タケルがその言葉の意味を理解する前に腹に強烈な熱さを感じた。


どうしたのかと首を下に向けると自分の腹から三本の剣が突き出ていた。


喉の奥に灼熱を感じると同時に血がこみ上げてくる。


タケルは自分を刺した相手を確かめるためにゆっくりと後ろに振り向く。


そこには先ほどまで一緒に魔王と戦っていた仲間達が、この世の誰よりも信頼できると思っていた三人の仲間が笑顔を浮かべていた。


「な……ぜ……?」


何故自分が仲間達に刺されなければいけないのか。


何故仲間達は自分を刺したのか。


タケルには今の状況が全く理解出来なかった。


「魔王という脅威が無くなった今、魔王と同等の力を持つあなたは存在してはいけないのです。(いにしえ)より魔王を倒した勇者は皆始末されています。こうなることは最初から決まっていました。あなたは世界平和のための生贄です。我々はこのために異世界から勇者を召喚するのですよ」




地球で高校生だったタケルは退屈ながらも平凡な人生を過ごしていた。


高校を卒業したら自分は大学にいっていずれはサラリーマンになるのだろう。それでブスでも美人でもない女と結婚して子供も出来て平凡に一生を過ごすんだろうな。


そんなことを漠然と思いながら日々を過ごしていた。


そんな時にいきなり異世界に召喚された。


そこからはあれよあれよとタケルが好きだったファンタジー小説のテンプレのオンパレード。


自分を召喚した人たちに勇者になって魔王を倒してくれと懇願され、タケルは地球への帰還といくつかの報酬を条件に魔王討伐の旅に出ることになった。


最初は召喚の儀式を実行した張本人であり、平和な世界にいたタケルを戦乱の世に連れてきてしまった責任を感じているお姫様との二人旅だった。


お姫様と各地の魔物を討伐しながら旅を続けていく内に、武者修行のために世界中を旅していた剣士と山奥の塔にいた大魔法使いの弟子が仲間になった。


それからはずっと四人で旅をしていた。


旅の途中でお金を無くしてしまったせいでゴミ拾いのアルバイトをしたことがあった。


生まれてこの方ゴミ拾いなどしたことがないお姫様が妙に張り切っていたのが印象に残っている。


敵の魔族が強くて九死に一生を得たこともあった。


タケルの油断からあやうく殺されるところに仲間たちが助けに入ってくれて何とか助かった。この時ほど仲間の存在が大切に思えたことはなかった。


弟や妹のような存在だって出来た。溶岩に囲まれた島を冒険した。ドラゴンと戦ったことだってあった。冒険者のライバルだって出来た。


どんな場所でも、どんな冒険でも思い返せば何時でも仲間達の姿があった。


仲間がいればどんなことでも平気だった。仲間がいればどんなことでも出来る気がした。


日本という平和な国に生まれたゆえに、戦闘のせの字もわからなかったタケルが魔王を討伐出来るまで強くなったのは間違いなく仲間達のおかげだった。


剣士も魔法使いもお姫様も自分の命よりも大切な仲間達。


その中でも特に大切なのは自分に恋を教えてくれたお姫様だった。


最初は正直にいえば恨みの気持ちを抱いていた。


それも当然だろう。勇者召喚といえば聞こえはいいがやっていることは誘拐と変わらない。しかも見知らぬ人たちのために命をかけろと半ば強制的な命令つきだ。


誘拐の被害者であるタケルは加害者であるお姫様のことが嫌いだった。


だけど旅をしていく内にその印象は変わっていった。


せめてもの償いをと旅についてきたお姫様。最初は邪険に扱っていた。苛立ちをぶつけてしまうこともあった。


だけど彼女は黙ってタケルの怒りを受け止めた。タケルが初めての命がけの戦闘に恐怖した時も、初めて命を奪ったことで泣いている時も彼女は黙ってタケルの傍にいて彼を支えた。


いつからか恨みの気持ちはなくなり、彼女が自分の横にいるのが当たり前になった。


自分の隣にいる彼女に、自分にごめんなさいと泣きながら詫びる彼女にいつまでも笑っていて欲しいと思うようになった。


そして人間領の戦力を全て結集した"人間と魔族による最終決戦ラストバトル"。


魔王城に乗り込む直前、タケルは彼女に告白をした。


自分と結婚してほしいと。ずっと自分の隣にいてほしいと拙い言葉ながら真剣に自分の想いを伝えた。


そしてお姫様もタケルの気持ちに応えてくれた。


だからタケルは魔王と戦うことが出来た。


今まで戦ってきた敵とは比較にならない強さを持つ魔王。


戦っている最中は正直に言えば逃げ出したかった。


圧倒的な実力を誇る魔王に負けそうになった。


魔王に傷を負わされる度に激痛のあまりくじけそうになった。


だけどそんな時は彼女のことが頭に浮かんだ。


彼女を思えば不思議と力が湧いてきてどんなことでも出来る気がした。


もうタケルにとって地球への帰還はどうでもいいことになっていた。もっと言えばこの世界に生きる人達のことだってどうでもいい。


ただ彼女のために。


その一心で魔王と戦い、ついには死闘を制した。


頭に浮かぶのは自分を支えてくれた仲間達のこと。そしてその中にいる最愛の女性。


その彼女は――





「ク、クリス……お、俺とけ……こんは?」


「あなたとの結婚?ああ、あのプロポーズですね。あの時は笑いをこらえるのに苦労しましたわ。いいですか?私は人間であなたは魔王討伐のための兵器にして生贄。異世界人と我々は似て非なるもの。あなたは魔王と対をなす存在。その本質は魔王と同種。物と人間が結婚できるわけないでしょう。常識で考えてくださいよ。ねえ?」


彼女は何を言っているのか。何故仲間達は笑っているのか。


タケルには今自分が見えている光景が現実だとは思えなかった。


「これで漸く国に帰ることが出来ます。今までご苦労様でした。死ねば魂は元の世界に戻れるらしいので安心して死んでください。まあ私は死んだことがないので本当かどうかわかりませんけどね」


タケルの体に刺さっていた三本の剣が抜ける。


穴という穴から血が吹き出し、あっという間に血だまりが出来る。


倒れ伏すタケルをクリスは一瞬だけ複雑そうに見詰めた。だけどそのすぐ後にはいつもの彼女の顔に戻っていた。


「行きましょう。城の外にいる兵士達にも魔王が倒されたことを伝えなければなりません」


血よりも固い絆で結ばれたはずだった勇者一行。主役を抜いた彼らは血だまりに伏せる勇者を置いてその場を去って行った。




その背中をタケルを見つめていた。否、正確にいえば睨み付けていた。


薄れゆく意識の中で頭に浮かぶのは仲間達のこと。ただし先ほどまでとはその意味合いは180度変わっていた。


冷たくなってゆく自分の体も、周囲に広がる血だまりもタケルにとってはどうでも良かった。


今タケルが抱いているのは仲間達に対する憎悪だけ。愛情や友情が深かった分、裏切られたタケルが抱く憎悪の念は彼に近づく死すらも忘れさせた。


「……てやる。絶対に……し……やる」


それは地獄の底から響くようなおぞましい声だった。


「ころ……る。てって……きに、ふく……やる」


この世のありとあらゆる憎悪が込められた、気の弱い者なら耳にするだけで気絶してしまいそうな怖ろしい声だった。


「殺してやるぞおおおおぉぉぉ!!!!!!クリス!!!カイル!!!!ルーベルトォォォォォォォ!!!!!お前達だけは絶対に殺してやるぅぅぅぅ!!!!俺をこんな目に合わせた奴らは皆殺しだぁぁぁぁぁぁ!!!!!こんな世界滅ぼしてやるぅぅぅぅ!!!」


その叫びはタケルの本音だったのかもしれない。彼が勇者として召喚されて以来、心の片隅にあった不満が、この世界に対する憎しみが仲間に裏切られたことによって表に出てきてしまった。


結局タケルはこの世界を憎んでいたのだ。自分をこんな世界に無理やり連れてきた連中も、勇者を召喚しなければ生きられないこの世界の人間も、自分をこのような目に合わせた原因の全てが憎かった。


せめて自分を殺した連中に一矢報いたい。


その一心でタケルは死にかけの体を無理やり起こすが、すぐに全身の力が抜けて再び血だまりの中に倒れてしまう。


このまま何も出来ずに死ぬことが、裏切り者達に何の報いも与えられずに死んでしまうことがタケルにはたまらなく悔しかった。


死が確実に近づく中、血だまりの中に沈むタケルの視界には自分が殺した魔王の死体が映っていた。


その時タケルの頭の中に彼女の言葉がよぎった。


『異世界人と我々は似て非なるもの。あなたは魔王と対をなす存在。その本質は魔王と同種』


何故そのようなことをしたのかはタケルにも理解できない。


復讐と憎悪に狂った彼は最後の力を振り絞り魔王の死体に近づいた。









そして勇者は――魔王を喰らう

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