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5 類は友を呼ぶとはこのことか

 そんな風に終わった初接客も、家に帰って思い返したらいい感じに補正が入って幸せな気分になれた。夢見心地ってこのことを言うのかな。

 それは数日くらいでは消えずに余韻が残っていた。それが顔に出ていたのだろう。学校へと向かう道の途中、馴染みの声に指摘される。


「おはよー。って、どうしたの。そんなニヤニヤしちゃって」


 第一声で私の心理を見抜いたのは私の親友、久谷智香くたにともかだ。小学三年生の時に私の学校へ転校してきて以来、小中高と同じ学校に通い続けている。腐れ縁みたいなものだ。今では同じクラスで、よく一緒に遊んだり帰ったりしている。

 そんな智香は私の趣味を知り、同時に理解してくれている貴重な存在である。イレギュラーな趣味なのに、今までと変わらずにいてくれるのが嬉しい。


 だけど、残念ながら親友と恋人の境界線を越えることはない。智香もそんなことは考えていないみたいだし、私だってそうだ。妄想はするけど、行動にまで節操がないわけじゃない。

 まあ、智香は見た目がカッコイイから言い寄ってくる子は多いみたいだけど。そういう子は、智香の中身を知っても好意を曲げずにいられるのだろうか。


「え、顔に出てた?」

「そりゃもうバッチリと」

「いやー、まいったな……」


 苦笑してごまかそうとしてみるが、もう遅かった。智香の目が獲物を見付けたように光る。


「そんなにご機嫌なのは、やっぱりバイトのせいなわけ?」

「まあね。かわいい子、見つけちゃった」


 智香には私のバイトについても話していた。つまり、百合好きな私が百合の世界に飛び込んだことを知っていることになる。当然、そんなおいしいエサは一瞬で食いつかれてしまうわけで。


「へえ、どんな子なの? 詳しく教えてよ」


 高身長の智香が顔を寄せてくる。すらっとした手足に、ざっくりと切られたショートカットの髪。外見からは活発な運動少女みたいな印象を受けるだろうが、それは半分しか合っていない。智香は様々な趣味を持つオールラウンダーなのだ。


「あのね、瑠璃ちゃんっていうんだけど、その子が私に仕事を教えてくれて──」


 興味津々な様子で私の話を聞く智香。それもそのはず、智香も私と同じように一筋縄ではいかない趣味を持っているのだ。

 ……引きずり込んだのは私だけどね。反省はしていない。


 見た目通り智香は運動神経が抜群だ。どんなスポーツでもコツを掴むのが早く、あっさりとこなしてしまう。体育の成績はいつも最高ランクだった。

 ここで一つ補足を入れよう。私と智香が通っているのは女子校である。これだけで答えを言ってしまったようなものだけど、つまり女子校にそんな子がいたらアイドルみたいに扱われるのは必然だってことだ。


 智香がファインプレーをするたびに、キャーキャーと黄色い声援が飛んでくる。ラブレターや本命チョコを貰った回数は数知れず。本気の告白を受けたこともあるらしい。後輩や同級生だけではなく、先輩からも言い寄られたことがあるのだから驚きだ。

 その話を聞いた私は「せっかくの告白、なんで断っちゃうかなー」と不満を前面に押し出して言ったことがある。

 そう、あろうことかこの智香、勇気を出して想いを告げてくれた子を振りやがったのだ。それも、ことごとく全員を完膚なきまでに。私から見たら、規格外どころか反則にも等しいスペックを持っているというのに。なんという暴挙。

 しかし当の智香は、しれっとこんなことを言ってのけた。


「あたしはそういうの守備範囲外だから。それに、今あの子たちを思い出してもドキドキしないし、恋愛対象として考えられない。キスしてる姿とかも想像できないし。あたしはさ、こうやって友達とワイワイやってる方が気に入ってるんだ」


 ちなみに告白を断られた子たちは、懲りずに今でも智香のおっかけをしている。その様子は、まさに恋に恋する夢見る乙女って感じだった。


「──とまあ、そんな感じで接客初日を終えたってわけよ」


 私の話が終わる頃には、教室に到着していた。周囲の目を一応は気にして、気持ち小声になっている。今の内容を脳内で反芻するかのように、智香が何度も頷く。


「なるほどねえ。最近は色んなお店があるんだ……」


 呟きながら自分の席に着いた智香。私の席も隣なので色々と便利だ。


「今日も放課後にバイト行くんだ。夕方からだから、また違ったお店を見られるかも」


 もう今から楽しみで仕方ない。瑠璃ちゃんと会えるのもそうだけど、新しい店内カップルを見つけられるかも、という期待も大きい。


「瑠璃ちゃん、だっけ? またその子と一緒になるわけ?」

「もちろん。瑠璃ちゃん紗希ちゃんって呼び合う仲だもん」

「は? サキ? あんたそんな名前じゃないでしょ。どういうこと?」


 しまった。余計なことを言ってしまった。新たな餌を投げ入れてしまった私は、あっという間に捕まってしまう。


「なんか……さ、お店のシステムらしくて。私、紗希って名前になったんだよね」

「ふーん。サキ、ね。どんな字を書くの?」

「えーっと、紙とペンちょうだい」


 私はサラサラっと紙に「紗希」と書いた。そういえば口には何度も出しているのに、こうして文字として書くのは初めてだ。サインの練習がしたくなる。


「さき、サキ、紗希……」

「なんでそんな何回も呟くかなあ」

「よし、今日からあたしも紗希って呼ぶ」

「はあっ?」


 突拍子もない智香の言葉に、つい素っ頓狂な声を上げてしまった。当の智香は私のことなどお構いなしに「いや、さっきーって呼んだ方がかわいらしいか」なんて呟いている。


「だってほら。あんたの本名にも『さ』と『き』があるじゃない」

「あるけど、だからって……」

「よっ、さっきー。元気?」

「何よそれー!」


 かくして、私は学校でも「紗希」になったのだった。


「いいじゃん。変わったニックネームでさ」


 ……いやいやいや良くないし! なんで? どうして? 私にはちゃんとした本名があるのに! 両親が一生懸命考えて付けてくれた名前が!

 そう、私の名前は──。


「はーい、席着いて。ホームルーム始めるよ」


 先生、なんでこのタイミングで来るんですか。






 放課後になっても、教室が夕焼けに染められたりはしない。そんなのはもっと涼しい季節の風物詩だ。今は夏を目前とした五月末なのだから。


「──じゃ、私は帰るけど、智香は?」

「あたしは部活。三年だけど引退とかないし。ってかする気もない」

「エスカレーターだもんね。絵はどれくらい進んでるの?」

「まあ順調かな。部誌に載せるやつも、イベントに出すやつも」

「相変わらず熱中されてるご様子で」

「さっきーこそ、どっぷり瑠璃ちゃんにはまっているご様子で」

「……うぐぐ」

「ほらほら。早く行かないとバイト遅刻するよ?」

「くっ。それじゃ、また」

「はーい、またね」


 教室を後にした私は一目散に下駄箱へと向かった。去り際に向けられた智香の得意気な顔が脳内でちらつく。

 なんだよなんだよ。智香だってアウトローなジャンルが好きなくせに。

 智香はスポーツ以外に、インドアな趣味を持っている。私に影響された結果なのだが、どこでどう間違えたのか智香はBL萌え属性になっていた。いわゆる腐女子である。百合や他ジャンルを否定するつもりはないけど、一番はBLというスタンスらしい。


 そんな智香は運動系の部活から数多くの誘いを受けていたのだが、そのすべてを断って漫画研究部に所属している。類は友を呼ぶの言葉通り、そこには同じ趣味を持った仲間がゴロゴロいるらしい。

 今では仲間と同人サークルを結成し、オリジナルの絵や漫画を描いてイベントで発表している。その作中には、もちろん美形の男性しか存在しない。年齢制限があるものを描いているかどうかは知らないし、知りたくもない。


 どうやら、独学で絵の練習をしていたらしい。それも結構昔から。この前見せてもらった絵は、そっち方面が素人の私から見ても上手だった。百合系の絵を描いてほしいと頼んだことがあるが、決まって答えは「そのうちね」で未だ実現していない。

 さてと、智香も楽しんでるようだし私も続かないとね。

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