15 一体なんの呼び出しだろう?
アクアリリィには定休日がある。毎週水曜がそうだ。
そうしないとマスターや翔子さんが無休になってしまうから、という理由があるらしい。確かに、二人とも毎日開店から閉店までお店で働いているから無理もないだろう。
ちょっと二人の労働時間を計算してみよう。
えっと、オープンが朝の十時で、お店が閉まるのが夜の十時だから……一日の半分も働いてる! 実際は仕込みとか事務作業とかもあるだろうから、もっと長い時間だろう。
凄い! 労働基準法とか大丈夫なの?
今まで気付かなかった私もアレだけど、マスターも翔子さんも大変なんだなあ……。尊敬しちゃう。
あ、でも私も百合が見られるなら半日どころか一日中でも働いちゃうかな。休みとか返上して、むしろそういう場面を眺めている方が癒されて安らげますからとか言ってそう。
そんな七月末のある日。オープン前で店内がザワザワしており、もうすぐお店を開けるという頃。
「紗希はここに来て、そろそろ三か月だよね?」
翔子さんが声をかけてきた。今日もスーツ姿が似合っている。
「あ、はい。そうなります」
私が五月の真ん中に入店してから、もうそんなに過ぎたのか。早いなあ。
「そうか。今度の水曜、空いてる?」
「えーっと……特に予定はないです」
「よし。それじゃ決まりだね。ちょっと私たちと付き合ってよ」
「つ、付き合うんですか?」
「あ、そういう意味じゃないから。ごめんね」
「はあ……」
なんで私は戦う前に負けた気分にされてるんだろう。
「ちょっと紗希と話してみたくてさ。いいでしょ?」
「ええ、それは構いませんが……あれっ。私たち、ってことは翔子さん以外にも誰か来るんですか?」
「それはさ、あいつだよ」
翔子さんの視線の先には、カップのチェックをするマスターがいる。
「マスター……ですか?」
「その通り。紗希、あまり話したことないでしょ?」
「そう、ですね」
「いい機会だね。じゃあ、そういうことで。詳しくはメールするからさ」
「わかりました」
「よし。決まりだ。今日も仕事、頑張ってね。──はい、みんな! お店開けるよ!」
なんだか押し切られた感じだなあ。莉那ちゃんの時もそうだったけど、私って流されやすいタイプなのかも。
ダメダメ。もっと自我を持たないと。
「紗希ちゃん。今日はどうする?」
いつものかわいい声で莉那ちゃんが両手を差し出してきた。
どっちの手を繋ぐか、というとても重要な選択肢である。これによって、今日はどちらがハンディを持って注文を打ち込むかが決まってしまうのだから。
「えーっと、こっち!」
そう言って、私は右手を取った。これで右利きの莉那ちゃんは、残った左手でハンディを持つことになるわけだ。
つまり、私がハンディのボタンを押すから、それを大義名分にして莉那ちゃんにいっぱい体を寄せられる。莉那ちゃんの体ってふわふわしててあったかいからなあ……。
あれ? 私また流されてるんじゃない?




