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14 ルナさんと三者会談

 最近の私たちは、お店でもより良い仕事ぶりを発揮していた。以前よりも確かな手ごたえを感じている。

 莉那ちゃん(仕事中は瑠璃ちゃんって呼んでるけど)のこともわかってきたし、息が合ってきたって言うのかな。迷いを克服して次のステージへと進んだ感じ。私たちは更なる高みへ向かうのだ。


「紗希ちゃんの髪って、さらさらしててキレイだね」

「やっ、そんなに触ったらくすぐったいよー」

「だーめ。もう少し我慢して」


 そんなやり取りも自然体でこなせる。今までは手をいつも繋いでいたけど、最近はそれだけじゃない。代わりにこうしたスキンシップが増えた感じだ。ルナさんの境地が少し見えてきた気がする。

 そんなある日のこと。仕事が終わり、更衣室で着替えていた時だった。


「ねえ、椿ちゃん」


 莉那ちゃんが私を本名で呼んできた。周囲には誰もいない。二人だけだから問題ないと判断したのだろう。


「うん、なに?」

「ルナさんと一度お話をしてみない?」

「んえっ?」


 飲み物を含んでいたら、間違いなく吹き出していたであろう声だった。それほど唐突な提案だったのだ。


「ど、どうして?」

「え? なんとなく」


 なんとなくで私の心を揺さぶるのはやめてほしい。心臓の交換なんて簡単にできることじゃないんだから。

 でも、確かに一度くらいは話をしてみるのもいいかもしれない。きっと、ルナさんは私の知らない莉那ちゃんを知っているだろうから。

 わからないことを先輩に教えてもらいたい──というか教えられたい。それはもう色々なことを。いや、決して変な意味じゃなくてね。


「……じゃあ、話してみようかなー、なんて」

「ホント? ちょうどよかった。実は今日、もう少しでルナさんがお店に来るんだ。なんか書類を出すとかで。そこで声かけちゃおうよ」

「え、あ、うん」


 驚くほど速い展開だった。心の準備も何もあったものじゃない。

 たとえあっても無駄になりそうだけどね。






 そんなこんなで、私と莉那ちゃんとルナさんの三人は、今こうして駅近くのカフェで机を囲んでいるわけだ。四人掛けの席で、私と莉那ちゃんが並んで座り、向かい側にはルナさん一人。さすがに白衣は着ておらず、夏らしい爽やかなパンツルックだ。

 さっき運ばれてきたばかりの飲み物に口を付ける。私が飲んでいるこれは、多分それなりにおいしいコーヒーなんだろうけど、緊張のせいで味なんてわからない。


 えっと、何から話せばいいんだろう。趣味とか?

 いやいや、お見合いじゃないんだから。最近のお見合いは天気の話から始めるらしいってことをどこかで聞いたような……どうでもいいか。


「んーと、呼び方は紗希でいいかい? お店の外だけど」


 口火を切ったのはルナさんだった。よかった。これ以上おかしな考えを続けていたら変な方向に振り切って戻れなくなるところだった。


「あ、はい。構いません」

「そんじゃ、あたしもルナでいいよ。その方が呼びやすいだろう?」


 そういえば、ルナさんの本名ってどんなのだろう。莉那ちゃんともお店の名前で呼び合ってるみたいだし、もしかしたら教え合っていないのかもしれない。

 莉那ちゃんと本名を交換したのって、実は私だけだったりするかも。もしそうならとっても嬉しいんだけど、莉那ちゃんに訊いても多分はぐらかされるだろうから真相は闇の中。


「紗希のことは瑠璃から色々と聞かされてるよ。とっても面白い子がいる、ってね」

「そうなんですよ。紗希ちゃんって凛々しい見た目してるのに、中身がほんとに残念で」


 うぐぐ。人が気にしていることをズケズケと……。残念じゃなくて、ちょっと特殊なだけだもん。

 でも、二人が空気を破ってくれたおかげで話しやすくなった気がする。やっぱり二人は息が合ってるんだな。


「ところで、ルナさんはお店では白衣を着てますよね」


 前から気になっていたことを質問してみた。


「ああ。着やすくて便利だぞ。紗希も着るかい?」

「え、遠慮しておきます……」


 あいにくだが、私にそこまでの度胸はない。


「どうして白衣を着ようと思ったんですか?」


 私が訊ねると、ルナさんは「それはね」と遠い目になった。


「昔、高校の頃に白衣を着て授業をしていた先生がいたんだ。白衣をなびかせて校内を歩く姿に憧れてね。女子校だったもんだから変な人気が出てたりもしたっけ。あんな風にあたしもなりたいなって気持ちが今も残ってるから、ああいう場で着てしまったというわけさ」


 ルナさんの思い出を聞きながら、白衣を着こなす教師の姿を想像してみる。

 やっぱり、そういう理系なイメージには眼鏡がないとね。それも鋭い感じの。髪は実験の邪魔にならないようにまとめて、シニヨンっぽくしている。彼女にかかれば理系科目に苦手意識を持っている生徒も、たちまち理科が好きになってしまう。

 私が勝手に作りだした姿に、自分で憧れそうになる。ルナさんが見たのも、きっと美しい人だったんだろうなあ……。


「その先生って、何を教えてたんですか? やっぱり科学とか」

「と思うでしょ? 正解は国語」

「こく、ご?」


 私の耳はおかしくなってしまったのだろうか。妄想のし過ぎが原因? いやいや、そんな弊害があるなんて聞いてないよ。


「そうそう。現代文とか古文とか」

「……えっと、その先生は、なんで白衣を?」

「さあね。趣味だったんじゃないのかな」


 なんとも不思議な高校だったようだ。まあ、私の通う高校にもキャラが強い先生はいるけどさ。どこの高校にも特徴的な先生がいるものなのだろうか。


「で、紗希はこれからも瑠璃とパートナーでいるつもりなのかい?」

「え、えっと」


 正直どうするべきなのか迷ってる。その原因が目の前にいるあなたなんです──なんてことは言えるはずもない。


「あたしから言うのも変かもしれないけどさ。瑠璃とコンビ続けてほしいんだ。紗希と瑠璃って相性良さそうだし、あたしも出勤が多い方じゃないからさ」

「それは、まあ……」

「瑠璃のプライベート、見たらしいね。それでわかったと思うけど、この子は本性隠すタイプだから扱いが難しいんだ。でも、そんな瑠璃が紗希といる時は何も考えずに素の自分でいられるって言うんだから驚きだよ」

「あの、ちょっとルナさん」


 莉那ちゃんが焦ってる。そんなに照れなくたっていいのに。

 その隣で私は思う存分照れちゃうけどね。


「いいじゃないか別にバラしたって。瑠璃も本当の気持ちを隠してたらいつか後悔するよ?」

「むーっ……」


 莉那ちゃんは視線を逸らして膨れっ面をしている。その膨らんだ頬をツンツンしたいけど、今はぐっとこらえる。


「それにさ、あたしも紗希と瑠璃がいちゃついてるとこ、もっと見たいんだよね」


 白い歯をむき出して、ルナさんは陽気に微笑んだ。


「まあ、無理強いはできないけどさ、考えておいてよ」

「わかりました」


 もうちょっと、頑張ってみようかな。そう思えた一日だった。

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