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13 小悪魔に翻弄される満足気な私

「ふう。お腹いっぱい」

「かなり食べたよね……二人合わせて十皿くらい?」

「でも一皿の量が少ないし、そんなに山盛り食べたってわけじゃないよね」

「そうだけど……莉那ちゃんって意外と大食いだったんだ」

「大食いってなんか嫌な言葉だな。グルメって言ってよ」


 自称グルメの得意気な莉那ちゃんのお腹では、六皿分のお肉が消化されつつある。私は意気込んでいたくせに小食なのであった。少数精鋭だからいいんだもん。

 現実逃避をしつつ見れば、あやめさんと闇無さんも食べ終えたらしい。時間制限があるわけだし、そりゃ当然かな。仲良く食後のデザート、アイスクリームを二人で分け合っている。

 ああいうのって、見てるだけでくすんだ心が輝きを取り戻すよね。欲を言えば食べさせ合ってるとベストなんだけど。

 もちろんスプーンは一つ。交互に「あーん」ってして、なんだかこのアイスやけに甘いよねとか言って、それは愛という極上の調味料が入っているからだよとかキザなセリフ返したりして、そのまま二人だけの世界にワープしちゃったりして。

 そんなことを考えながら私はお茶をすする。おっ、このお茶いい味してるじゃない。和菓子が欲しくなるような味だ。無料みたいだし、もう一杯おかわりしようかな。


「椿ちゃんって、よく飲むよね」


 縁側で栗羊羹を食べながら濃い玉露茶を飲んで日向ぼっこ。そんな女子高生にあるまじき想像をしていた私を現実に引き戻す莉那ちゃんの声。


「そうかな? 普通だよ」

「食事中もお水いっぱい飲んでたし」

「だって食べると喉乾くじゃない」


 ごくり、と残りを飲み干した。いいね、この味。やっぱり日本人ならお茶を飲まないと。

 最近はマスターの影響もあって紅茶やコーヒーも飲んでるけど、私は元来緑茶好きなのだ。それはもう、飲み終えて湯呑み茶碗の底に残った茶葉を見て達成感を得るという趣味があるほどに。

 そんなどうでもいいことを心の中で自慢していたら、目的の二人が席を立った。会計を済ませて外に出るのだろう。


「私たちも行こうか」

「でも、もう一杯くらいお茶飲みたい」

「見失っちゃうよ? ほらほら」

「莉那ちゃんったら強引なんだから……」

「変なこと言わないの。さあ行くよ」


 そんなわけで、尾行はまだまだ続くのだった。






 今日一日あの二人を見てわかったのは、あやめさんも闇無さんも、中身は普通の女の子だってことだ。かわいいぬいぐるみやアクセサリーを手に取ったらはしゃぐし、出店のクレープを何味にするか真剣に悩むし、洋服をいくつも試着したりする。

 喋り方も立ち振る舞いも、何もかもがお店とは違う。気高い和の雰囲気もないし、高飛車なゴスロリお嬢様でもない。年上とはいえ、私たちと何も変わったところなんてどこにもない。


「なんか、ずっとこうやって見てるのが悪い気がしてきた」


 傾いて赤くなりかけた夕日へ投げかけるように私が言うと、莉那ちゃんはしれっと言い放つ。


「そう? 向こうが気付かなければいいじゃない。椿ちゃんも楽しんでたでしょ?」

「うぐっ」


 否定できないから困る。頭の中ではあの二人をテーマに色んな妄想が駆け巡って、百合の花が咲き誇るパラダイスができあがっている。

 時と場合がどうのと決めていたが、それは間違っていた。まさに今がその時だったのだ。


「でも、そろそろ私たちはおいとました方がいいかもね」

「そうだね。この辺にしとくべきだよ」


 同意する私に、なぜかニヤリとする莉那ちゃん。何を企んでるんだろう。


「それに、もうすぐ夜だし。ここからは大人の世界だもの」

「なっ? お、大人の……」


 こんな言葉で簡単に誘導されてしまう思考が憎い。でも妄想しちゃう。あの二人が一線を越えてしまうところを。どちらが攻めとか受けとか、強気なのかクールなのか、リバありなのかとか、様々な可能性を頭の中で計算する。


 外見から判断するなら、やっぱりあやめさんがリードするんだろうな。高身長だし、そんなイメージがある。でも、それってなんだかイケナイ香りもする。闇無さんって背が低いから、幼くも見えるんだよね。子供にイタズラする大人。

 あ、鼻血出そう。今ここで私の思考を誰かに読まれたら、然るべき機関から使者が来てお世話になってしまうかも。

 逆に、闇無さんが攻めってのもいいよね。あやめさんより年上らしいから、お姉さん風を吹かせて弄んじゃうとか。背が低いのをコンプレックスに感じてる部分があって、ここぞとばかりに年長者ぶってサディストになるとか──。


「確か明日は二人ともお店は休みだったはずだし……今夜は眠れなくても問題ないよね」

「そうだねー、うん」


 適当な返事をしてしまうのは考え事をしているせいであって、それはとても仕方ないことなのである。ほんわか百合もいいけど、たまにはその先もいいよね。


「ねえ……椿ちゃん」


 不意に莉那ちゃんに服の裾を掴まれた。

 え、なにこれ誘われてる? 妄想してる場合じゃないよこれ。

 置かれた状況を確認して、固まった口を強引に動かす。


「ど、どうしたの?」

「私たちはぁ……この後、どうする?」


 なんて甘い声を出すのだろう。桃色に染まった吐息が見えそうだ。

 今は仕事中じゃないよ莉那ちゃん。いや、仕事中でもこんな声で囁かれたら鼻血吹き出して漫画みたいにバタリと倒れかねない。


「どうって……どう?」

「私たちも明日はお休みでしょ? だ、か、ら──」

「そ、それはつまり」


 見慣れたはずの小悪魔っぽい微笑みが、今はこんなにも深く心を射抜く。釣り針みたいな仕掛けでもしてあるのか、それはどう頑張っても抜けそうにない。

 そんな、まさか私たちも禁断の扉を開いてしまうの?


 こ、心の準備が、まだ。


 そうやって私が動けずにいる間に、莉那ちゃんの顔はどんどん迫ってくる。いくら周囲に人がいないからって、こんなところでなんてことを!

 ああ、もう限界。私は大人しく目を閉じて、身も心も莉那ちゃんへ捧げ──。


「──ふふっ。なーんてね。うそうそ」

「ええっ?」


 思わず勢いよく目を見開いてしまう。最初に見たのは莉那ちゃんの笑顔。余裕たっぷりで、人をからかうのに慣れた目をしている。

 それを形容する言葉として、小悪魔なんて表現は生ぬるい。もっとランクが高くてかわいさも併せ持った言葉はないものか。


「さすがにそんなことしたら親に怒られちゃうって。私実家暮らしだし」

「あ、そ、そうだよね! そういえば私もそうだった。そんなことしないよね」

「んー? そんなこと、ってどんなことを想像したのかな?」

「あうう……」

「椿ちゃんってキレイなのに、からかうとかわいい反応してくれるよね」


 うぐ。そんなに一度に褒められるとまずい。顔が赤くなる。むしろ袖を掴まれた時点から頭の中は沸騰していたわけで。


「照れてるのー? ほんとかわいいんだから」


 何よりも一番まずいのは、こうして莉那ちゃんにいじられてることを楽しんでいる自分がいることだ。

 もしかして、これが私の本性なのかなあ。いやいや、判断を下すにはまだ早計。いつかは私が莉那ちゃんを翻弄してあげるんだから。


「この先は、また今度。ねっ?」


 まあ、今は私が翻弄されてるわけだけど。ほっぺをツンツンされるがままだ。


「椿ちゃん、期待しててもいいよ?」


 その囁き声は破壊力抜群だった。私は何も抵抗できない。ただ莉那ちゃんのおもちゃにされるだけ。


「う、うん……」


 莉那ちゃんって、もしかしたら女王様気質なところがあるのかも。本当の姿って、やっぱり想像の斜め上をいくものなんだね。

 後ろの方で私がヒイヒイ言わされていることに気付くこともなく、あやめさんと闇無さんは駅の中へと消えて行った。電車に乗ってどこかへ向かうのだろう。

 それは夜の街だったり、それともどちらかの部屋だったりするのだろうか。


「そろそろ、どこかで夕食にしようよ。歩きまわったからお腹減っちゃった」


 そんな妄想にぴったりの空気を一撃で跡形もなく壊すほどに、莉那ちゃんはどこまでも食いしん坊……いや、グルメだった。

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