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12 尾行的ダブルデート

「今日はご機嫌だね」


 夏休みもあと少しとなり、暑さの厳しくなってきた通学路にて。今日も智香といつもの場所で合流した。


「んー? そう見えるー?」

「見える。なんか、お花畑に行ったみたいな顔してる」

「そうかな。えへへ、それほどでもないよー」

「はあ……よかったね」


 なぜか疲れた顔をしている智香だったが、私にはそれよりも大切なことがあるので気にしないことにする。どうせ、夜遅くまでイラストを描いていたんだろう。八月には大きなイベントがあるって意気込んでたし。

 そんなことより、今日の放課後は莉那ちゃんとお買い物デートをする約束なのだ。あのカラオケでの一件以来、私と莉那ちゃんは更に仲良くなっている。

 それは仕事にも影響を与え、お客さんからの視線も増えている……ような気がする。


 とにかく、今まで以上に仲が深まって、私にとっては大変よろしい展開となっているのである。特別な存在になるのも時間の問題だったりして。

 このままもっと仲良くなって、気付くと相手のことを考えていて、会うと喜びで一杯になるのに別れる時になるとなかなか離れられなくて、カラオケとかネットカフェとかに入って一晩中一緒にいるようになって、そこまで行ったらあとはお泊まりコース直行で、そうするとお互いの家に相手の私物があったりしちゃったりして──。



          *



 今日も莉那ちゃんの部屋にお泊まりだ。

 何度目かもわからないほどに回数をこなしているけれど、なんとなく一線を越えることができずにいる私たち。夜もただ一緒の布団にくるまって眠るだけ。普段は手を繋いで歩いたりもするのに、なぜかベッドの中では互いに触れることもできない。


 けれど、今日の私は一味違う。攻めの姿勢を貫くつもりだ。

 大丈夫。あんなに仲良くなっているんだ。フラグはどう考えたって立っている。私がその兆候を見逃すはずもない。自信を持ってぶつかるっきゃない。


 まずは積極的に体を寄せてみる。二人で作った料理を食べさせ合ったりとか。

 ほら莉那ちゃん、口開けて。あーん。どう、おいしい? それじゃ次は私にも食べさせて。え、恥ずかしいって? もう、莉那ちゃんは照れ屋さんだなあ。そんなところもかわいいんだけどね。


 楽しい食事の後は、お待ちかねのお風呂タイムがやって来る。当然のごとく一緒に入ろうと誘う私。今までそんなことをしてこなかったのに、いきなりそんなことを言われたものだから莉那ちゃんはドギマギしている。

 ふふっ。どんどん私のペースに巻き込んじゃうから覚悟しておいてね。

 満更でもない莉那ちゃんと共にお風呂場へ。陶器のように白く光る莉那ちゃんの肌を凝視しないように注意するけど、そんなことは最初から無理に決まっている。

 まるで自分の部屋であるかのようにボディーソープを探し当て、手に取って泡立てる。目的はもちろん洗いっこ。スポンジなんて野暮な物は使わない。頼れるのは己の体だけ。

 直に素肌へ触れるわけだから、力の加減は大切だ。乱暴にして莉那ちゃんを傷付けるなんてことは私も望んでいない。フェザータッチで莉那ちゃんの柔肌を弄ぶ……もとい、撫でていく。その頬が染まっているのはどうしてなのかなーと白々しいことを考えながら。


 湯船にだって二人で入る。やっぱり窮屈だけど、それがいい。

 肌が密着して吸いついて離れない。そんな漫画みたいなシチュエーションに悶える私。顔を上気させる莉那ちゃん。その様子を見て私も赤面。私の視線に気付いて更に色付く莉那ちゃん。素晴らしき永久機関を心ゆくまで堪能する。


 湯上がりで火照った体も冷めやらぬうちに、莉那ちゃんの手を引いてベッドへと向かう。この勢いを逃してはならない。鉄は熱いうちに打て。そのことわざを私なりにアレンジするなら、莉那ちゃんの手は熱いうちに握れ。

 電気を消して、莉那ちゃん共々ベッドへ潜り込む。もちろん手は繋いだまま。布団の中で握れないなら、入る前から繋いでいればいい。とても簡単な話だ。そんなことに今まで気付けなかった私ったらおバカさん。

 暗いから顔は見えないけど、莉那ちゃんが嫌がっている様子はない。むしろ体を寄せてきている。ふふっ。照れながらも求めるなんて、莉那ちゃんったらムッツリさんなんだから。


 求められたら応えるのが私。据え膳食わぬは女の恥。男だろとか言った人は空気読んでね。

 私は莉那ちゃんの方を向き、その体に手を回す。安心できる温もりを全身に浴びながら、暗闇にぼんやりと浮かぶ莉那ちゃんの顔に近付いてその唇を──。



         *



「あのさ、そろそろ学校だから妄想するのやめて顔を元に戻した方がいいよ」

「はっ! べ、別に妄想とかしてたわけじゃないし!」


 ダメダメ。今日は本気で最後まで妄想しそうな勢いだった。私と莉那ちゃんはもっとピュアでスローリーな関係なんだ。焦ることはない。

 でも、将来のためにシミュレーションしておくことは必要だよね。そうしないと、いざって時に対応できないから。まずは、今日のデートについて考えておこう。


「はあ……ダメだこりゃ」


 隣で智香の声がしたような気がしたが、とりあえず気にしないことにする。私は妄想という名の予行演習で忙しいのだ。






 さて、お楽しみの放課後デートなんだけど、ちょっとしたイベントが起こった。嬉しいようなそうでもないような、でも結果的には良かったとも言えなくもない。そんなサプライズ。

 今日もお店の近くで莉那ちゃんと会っている。なんだか他の場所に行っていないような気もするけど、慣れ親しんだ地域だし、莉那ちゃんと会うにはここが一番ぴったりに思えるのだ。


「うわ。このテレビ、画面広すぎない?」

「こんなの置ける部屋がまずないよね」


 駅のすぐ横にある大型家電量販店にて。

 私と莉那ちゃんは、並んだ薄型テレビが作る道を歩いていた。どう考えても若い女の子にとっては場違いだと言われかねないが、ちゃんとした理由があるので聞いてほしい。

 別に複雑な事情じゃない。最近出た新作の携帯電話を見てみたいと莉那ちゃんが言ったので、こうして大型店へと来たわけだ。しかし最初から買う気はなく、ただ見るだけだったのですぐに終わってしまった。それでせっかく来たわけだし、ついでに店内を巡ってみようということになったのだった。説明終わり。


「見てこれ。炊飯器がセールでこんな値段になってる」

「うっそ。これ安すぎない?」

「五名限定だけどまだ残ってるみたいだね。買ってみたら?」

「買わないよー」


 場所なんて関係ない。こうして莉那ちゃんと楽しく過ごせれば私は満足だ。

 それに、こういう物を見ていると妄想も弾む。電化製品を買うということは、すなわち新生活、一人暮らしを始めることを連想させる。


 一人暮らし──それは遥かなる夢。限りなく自由な時間と一人だけの空間。何をしても誰に見咎められることもない。たとえ女の子を連れ込んで欲望のままに蜜月の時を過ごしたとしても。

 現代社会にはびこる、都会特有の冷たさ。隣近所に住む人の顔も知らないのが当たり前の風潮。そんな他者との関係を拒絶する中で、少しくらいドタバタしても気にする人などいない。扉一枚隔てた先で、人間の常識を凌駕するようなことが繰り広げられていても──。


「ねえねえ、椿ちゃん。聞いてる?」

「はっ! な、なになにどうしたの?」


 またトリップしかけていたみたいだ。莉那ちゃんが隣にいるってのに。

 それにしても、今日はやけに過激な内容へ発展しそうになる。まだ太陽が元気に光っている時間だというのに。最近は時と場合を考えずに妄想する傾向があるから気を付けないと。

 さて、その莉那ちゃんは何かを見つけたらしい。


「あそこにいるのって……もしかして、さ」


 莉那ちゃんが示す先には、二人の女性がいた。背中を向けているが、時折見える横顔には見覚えがあった。あれは──。


「──あやめさんと闇無さん?」

「だよね。私もそう思う」


 頷く莉那ちゃん。それで私も確信が持てた。やっぱりあれはあやめさんと闇無さんだ。お店でのイメージが強いから一目見ただけではわからなかったけど、雰囲気は隠しきれていない。凛々しさとか、優雅さとか、そういうの。


「ウィンドウショッピングかなあ。私たちみたいに」


 そんな私の呟きを、莉那ちゃんがいたずらっぽい声で修正する。


「デートじゃない? 私たちみたいに」


 たったそれだけの言葉でアワアワしてしまう私を尻目に、さらに言葉が続く。


「ねえねえ、あの二人の後をつけてみない?」

「それって……いいのかな?」

「いいんだよー。バレなければ」


 興味津々な視線でソワソワしている。ああ、また私の知らない莉那ちゃんがここに。


「莉那ちゃんってこんなキャラだったんだ……」

「そうだよー。ほらほら見失っちゃうよ」


 グイグイと手を引かれる私。やれやれ、しょうがないな。押しに弱い私は莉那ちゃんに流されてしまう。こうやって振り回されるのも楽しいからね。

 ……ん? 手を引かれる?

 目をやれば、私の手は莉那ちゃんにしっかり繋がれていた。あったかくて柔らかい。緩みそうになる頬を必死に繋ぎとめる。

 なるほど。これは確かにデートっぽい。莉那ちゃんの言葉は本気だったのか。 


 ──っていやいやちょっと待ってよお店の外で手を繋ぐなんて初めてだよドキドキする周りの目とか気にしないのかな私は莉那ちゃんとなら手を繋ぐどころか抱き合ったっていいんだけどってか女の子同士で抱き合うと胸がくっつき合ってめっちゃエロティックだよねああそんなことより今は現実を見よう莉那ちゃんの手って小さくてかわいいんだよねこの際だからいっぱいにぎにぎしちゃおうっと柔らかいなえへへへへ。


 私があっさりと陥落する一方、莉那ちゃんは物陰に身を隠していた。私も連れられて莉那ちゃんの後ろに張り付く。その拍子に繋いだ手が離れちゃったけど、まあいいや。狭い物陰のおかげでこうして体を密着させられるし。こそこそするのも秘め事っぽくて、なんだか楽しい。

 吐息さえ感じられそうな近さにクラクラしそうになるけど、ここはグッと我慢。気を紛らわすためじゃないけれど、ふと浮かんだ疑問を口にしてみる。


「ところでさ」

「なーに?」

「あやめさんと闇無さんの本名って知ってる?」

「知らなーい。仕事だけの付き合いだとなかなかねー。本当に仲良くならないと本名って教え合わないみたいな風潮があるから」

「じゃ、じゃあ莉那ちゃんが私に名前を教えてくれたのは……」

「ふふっ。どうしてだろうね」


 ここで出ました莉那ちゃんの得意技、小悪魔的微笑み。キラキラしたオーラが半端ない。

 ちょっとそれに酔わされてトリップしたいところだけど今はそんな場合じゃない。私は学習する人間なのだ。時と場合を考えるって決めたばかりだもん。


 あやめさんと闇無さんは並んで歩きながら、洗濯機やら電子レンジやらを見ては何かを話している。心から楽しんでいるのがここからでもわかるし、やっぱりデートなのかな。

 ってことは、私と莉那ちゃんがさっきまでしていたのもデート? いや、今もこうして二人でいるわけだし、この瞬間もデートは続いてるのかな?

 物心つく前とかはノーカンで、人生初デートを莉那ちゃんに捧げられるなんて私は幸せ者だ。このまま二人で手を取り合って愛の逃避行とかしてみたいな──。


 いや待て。にやけている場合じゃないぞ。

 首を振って妄想を吹き飛ばす。自分の誓いをすぐに忘れるなんてダメダメじゃないか。ニワトリじゃないんだから。気持ちを切り替えて莉那ちゃんと尾行デートの続きだ。


 続いて服装を観察する。二人とも突飛な格好ではなく、いたってシンプルな夏服の普段着姿だ。適度に素肌が見えて、とても健康的で素晴らしいと思います。

 気になったのは、闇無さんがショートヘアだったことだ。そうすると、お店でのロングな黒髪はウィッグか何かだったのかな。はっきりと目を見たわけじゃないけど、多分カラーコンタクトも外しているだろう。

 あやめさんの方は特に奇抜な変化はない。髪型だってお店と同じポニーテールだし、服装は動きやすそうなブラウスとショートパンツ。背が高いから、プライベートのモデルさんみたいだ。視線が太腿に吸い寄せられるのは私だけではないはず。


 二人がエスカレーターで上の階に向かったので、私たちも後を追う。この上にあるのはレストランフロアだ。いい時間だし、お昼にでもするのだろうか。

 あ、そんなこと考えてたら私もお腹が減ってきた。ここだけの話、私の抱えているお腹の虫は元気一杯だ。莉那ちゃんに鳴き声を聞かれていないだろうか。


「ねえ、莉那ちゃん。そろそろお昼にしない?」


 私の提案に、莉那ちゃんは首をひねって今後の行動を考えている。私のお腹を見ている様子はないし、なんとか気付かれてはいないみたいだ。ほっと一安心。


「そしたら、あの二人が入るお店に行っちゃおうか」

「どこまでも追うつもりなんだね……」


 莉那ちゃんの目が輝いている。野次馬根性が強いんだなあ……。

 幻滅はしないけど、ちょっと意外だ。お店でのほわほわしたイメージが強かったからかな。今だって、この躍動的な雰囲気の莉那ちゃんが現実なのかどうか、たまにわからなくなる。

 前を行く二人に視線を戻す。お店ではあやめさんがリードしてるけど、今は闇無さんが引っ張ってる感じだ。やっぱり年上のお姉さんだからかなあ。いいなあ。私もお姉さんに導かれて楽園に連れてかれたいなあ。ああ──。


「ちょっと椿ちゃん? 二人がお店に入ったよ。私たちも行かないと」

「ふぇ? あ、うん。どこのお店?」

「あそこ」


 莉那ちゃんが示したのは、食べ放題をやっているしゃぶしゃぶ屋だった。ランチタイムは九十分二千円くらいで食べられたはずだ。看板くらいは見たことあるけど入ったことはない。


「昼からお肉か……」


 店内を軽く見てみると、結構女性客の数が多かった。勝手な想像だけど、ここは女子力とかそういうのを考えちゃいけない場所なんだろう。私たちが学校帰りで制服姿というのも、ここでは問題ないはずだ。多分。


「椿ちゃん、そういうのダメ?」

「ううん、大歓迎! よっしゃ、食べるぞー」


 うら若き乙女も食欲には勝てない。暑い時期だからこそスタミナをつけないとね。

 太るかもしれないって? 成長期だからいいんです。

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