10 デートの約束をしちゃったんだけど
お店では、いつものほんわかした瑠璃ちゃんが待っていた。
「もう、紗希ちゃん遅いよー」
「あ……ゴメン。すぐ着替えるから」
ルナさんとの仕事ぶりを見てから、今日が初めての出勤日。瑠璃ちゃんとどんな風に接すればいいのか今もわからない。それに、さっきあんな光景を見てしまったから余計に混乱しているのが現状だ。
時間稼ぎをしようにも、仕事に遅れるわけにはいかないからゆっくり着替えることもできない。もちろん、瑠璃ちゃんの着替えを見てあれこれ考える余裕もない。
「今日もよろしくね」
そう言って微笑む瑠璃ちゃんは、以前と何も変わっていない。私と仲良くしてくれる、いつもの瑠璃ちゃんだ。
それはそれで嬉しいけど、どうして私に何も訊かないのだろう。「ルナさんと一緒にいるのを見てどうだった?」とか「何も言わずに帰ったのはなんで?」とか。
「うん。よろしく」
手を差し出すと、優しく握られた。手を繋いでお店に向かう。すべてがいつも通り。だからこそ、ぎこちなさが出てしまいそうになる。
今ここにいる姿、電車で見た姿、ルナさんといる時の姿。本当の瑠璃ちゃんはどこにいるんだろう。
お店に出ても、瑠璃ちゃんに変わったところはない。私が悩んでいることなんてお構いなしだ。もしかしたら、本当は気付いているのかもしれない。あえて触れないようにしているのかも。小さなことで深く考え込んでしまう私の方が異常なのか。
──どうして?
とても短いその言葉が私の中で暴れまわっていた。
こうして瑠璃ちゃんは普段通り接してくれる。それだけではいけないのか。私は満足しないのか。自分のことなのに、明確な答えが出せない。
瑠璃ちゃんにぴったりのパートナーは私ではない。ルナさんだ。そんなことがずっと頭に引っかかっている。ならば何が望みなのか。私が瑠璃ちゃんの一番になること?
どうしよう。全然わからないよ……。
「紗希ちゃん、ぼーっとしてどうしたの?」
隣には柔らかく微笑む瑠璃ちゃんがいる。どうしてそんな顔ができるのだろう。
「ん? なんでもないよ」
私はうまく笑い返せただろうか。自信はない。
「お疲れ様でしたー」
ようやく仕事が終わった。いつもなら楽しくて、あっという間だったという気がするのに、今日はそれがない。ちらちらと時計を見ては、まだ数分しか経過していないことに気付いての繰り返し。
なんだか、今日はもの凄く疲れた。変に神経を張り詰めさせていたせいだろうか。控え室に戻りながら、小さく溜息をつく。
「ねえ、紗希ちゃん。もしかして体調悪いの?」
その道すがら、瑠璃ちゃんが心配そうな声をかけてくれた。その気遣いが嬉しいのに、どうして私は胸が絞られるような苦しさを感じてしまうのかな。
「ううん。そういうわけじゃないんだけど」
だけど、なんなのか。自分ですら答えが出ていないのだから、誰かに伝えることもできない。
「そう……?」
また空気を悪くしてしまった。悪循環が止まらない。
着替えて、お店を出てからもそれは同じこと。こんな気持ちのままアクアリリィでやっていけるのだろうか。身の振り方とか見つめ直した方が──。
「──よし、決めた」
危険な領域にまで思いつめようとした寸前、そんな呟きが聞こえた。
見れば、瑠璃ちゃんが真剣な顔をしている。人通りがそれほどなく暗い裏路地。そんな道のど真ん中でする表情ではない。
「瑠璃、ちゃん?」
「明日だけど、バイトお休みだよね? よかったら、どこか行って遊ばない?」
「えっ、それって」
もしかしてデートのお誘い?
いやいや。私は何を考えてるんだ。そもそもデートというものは恋愛関係にある、もしくはそうなりつつある二人がするものであるからして、私たちのような無垢で清廉で純粋な関係を築こうとしている身には無縁の長物であって──。
「もしかして……何か予定ある?」
「いやいや! なんにもまったくこれっぽちも! 明日でしょ? もういつだっていいよ!」
瑠璃ちゃんに悲しそうな顔をされると、即席の論理は簡単に崩れてしまうのだった。




