其の壱
「おじさん、これ何?」
がやがやと賑わう商店街で少女は尋ねた。桜の花びらが散りばめられた、真紅の着物から伸びる小さな手が指差したのは
「ああ、これかい。飴だよ、べっこ飴」
おじさんはにかっと歯をむいて少女に笑いかける。彼は少し日に焼けた手で額の汗をぬぐった。
「ふーん、おいしいの?」
少女はおじさんが頷くのを確認すると、にやりと口元に怪しい笑みをたたえた。即座に飴に手を伸ばす。すばやく数本を手に取るとひらりと身を翻して少女は人ごみの中に姿を隠す。
「おい、譲ちゃん。ちょいと、待ちなっ! 勘定がまだ……」
そんな彼の声に戸惑いながら、少女はたくさんの人を掻き分けてゆく。なんとか人気の無い路地にたどり着いたときにはもう、彼女は疲れきっていた。
肩で息をしながら目を凝らす。警備員が「盗人だ!」だの「探し出せ!」だのと声を張り上げているのが見えた。たくさんの屋台を照らし出す色とりどりの提灯が風で小さく揺れている。
「おい、もし見つかったら……」
「わかってる!」
低い大人びた声に少女は何の戸惑いも無く言葉を返す。この薄暗い路地に彼女以外に人影なんて見当たらないというのに。
「金が無いならよ、自分で稼ぐくらいしろってんだ」
居るといえば、少女の肩にしがみつく小さな動物くらいだ。潰れた鼻にちょこんと並ぶ二つの耳、そして鳶色の毛皮……
――猪。
「サングリエ、あたしだってこんな泥棒みたいなことしたくないわよ」
しゅんと肩を落として少女が話しかけるのは、やっぱりその猪――サングリエだった。
「お、おい。後ろ……」
サングリエの怯えた視線の先には、『新江戸警察』なんて文字が印字された着物の男がものすごい剣幕で立っていた。
「その飴、勘定は済ませたんだろうね」
少女はとっさに髪にさしていた簪を抜いた。長い黒髪がはらりと肩にかかる。
「何する気だい?」
勝ち誇ったような笑みを浮かべる男の懐に、少女は力いっぱい簪を突き刺した。とたんに男は力なく地面に倒れこむ。
「大丈夫よ、死にはしないわ」
少女はそういい残して、その場を去ろうとする。しかし、
「もう逃げられないぜ」
目の前にはさっきの男と同じ着物の男。さっきの男よりもがっしりとした体つきだ。無腰の女がどうにかできるはずがない。
反対側から逃げようにも、そちらもいつの間にか別の男によって道がふさがれていた。
そんな状況にもかかわらず、少女は笑う。
「ごめんなさい。この子が勝手に盗ってきちゃったみたいで」
そう言って彼女が差し出したのは――サングリエ。
(おい、俺を売るような真似すんなっ)
(ごめんね、サングリエ。あなたには世話になったわ)
二人にしか聞こえないような声で言葉を交わす。
「嘘はいけないぜ」
「嘘なんてついてないわ。この子がやったのよ」
少女は男にサングリエを押し付けると、走り去っていく。が、彼女はもう袋のねずみ同然だった。