公爵令嬢の完璧すぎる婚約破棄
「お前との婚約を破棄する! 私は真実の愛を見つけたのだ!」
きらびやかな夜会の中央。金髪を逆立てた第二王子・エリオットが、声を大にして叫んだ。その腕には、怯えたように震える男爵令嬢ミリアがしがみついている。
周囲の貴族たちが息を呑み、憐みの視線を一人の少女に注いだ。
公爵令嬢、エレノア・フォン・グランツ。
絶世の美女であり、王子の婚約者として厳しく育てられた、完璧なる令嬢——。
「……婚約破棄ですか……」
エレノアはガタガタと震え出した。扇で顔を覆い、肩を激しく上下させている。
誰もが、彼女が絶望のあまり泣き崩れたのだと思った。
だが、扇の裏側で、エレノアの顔は満面の笑み(限界オタクスマイル)で歪んでいた。
(キ、キ、キ、キタァァァーーーー!! 婚約破棄!! 定型文キタコレ!! 計画通り! すべては私の筋書き通りぃぃぃ!!)
そう、この状況はすべて、エレノアが裏で糸を引いて作り上げた「最高傑作のコメディ」だったのだ。
完璧すぎる令嬢の、完璧すぎる裏工作
事の始まりは半年前。エレノアは王子エリオットの「あまりの無能さと傲慢さ」に、将来の国母になるビジョンが完全に霧散した。
「あのアホの尻拭いをしながら一生を終えるなんて、私の人生、コスパが悪すぎる。……よし、婚約破棄されよう!」
しかし、公爵家の名誉を傷つけず、円満に、むしろ被害者として婚約を破棄するには、王子側から「理不尽に」破棄してもらう必要がある。そこからのエレノアの行動は迅速だった。
ステップ1:ヒロインの育成
お誂え向きに王子に一目惚れしていた男爵令嬢ミリアに接触。「あらミリア様、そのハンカチの落とし方では王子は気づきませんわ。もっとこう、角度をつけて、王子のローファーの3センチ手前にスライディングさせるのです」と、高度な恋愛テクニック(物理)を伝授。
ステップ2:王子の誘導
王子が「エレノアは冷たい、ミリアは守ってあげたくなる」と思い込むよう、徹底的に私室の警備をザルにし、二人の密会をあえて「見て見ぬふり」でスルー。さらに、王子の側近たちには「最近、王子が男爵令嬢と仲が良いようで心配です(=もっと煽ってこい)」と、涙目で相談。
ステップ3:証拠の偽造
「エレノアがミリアをいじめている」という偽の証拠を、エレノア自身が夜な夜な自作自演で手配。ミリアの教科書に落書きをし(めちゃくちゃ達筆)、ミリアのドレスに泥をかけ(洗濯で一発で落ちる最高級の泥)、完璧な「悪役令嬢」を演出した。
すべては、この「今日、この瞬間」のために。
計算通りの大爆笑!
「エレノア! 申し開きはありゅか!?」
噛みまくっている王子を前に、エレノアは扇をバッと開いた。その目には、目薬によって偽造された完璧な涙が浮かんでいる。
「……そんな、エリオット殿下。ミリア様をいじめたなど、身に覚えがございませんわ……!」
「白々しい! これを見ろ!」
王子が突きつけたのは、エレノアがミリアに送ったとされる「脅迫状」だった。
そこには『明日、裏庭に来い。来なければ、お前の実家の男爵領の特産品である【激ウマ高級トマト】をすべて買い占めて市場を独占し、お前の家を大富豪にしてやるからな』と書かれていた。裏工作の詰めが甘すぎて、ただの超絶パトロンの文章になっている。
しかし、頭の悪い王子は気づかない。
「フン、脅迫の証拠は揃っているのだ! 慰謝料として、お前のグランツ公爵家から我が王家に、金貨5万枚を支払ってもらう!」
(ハイ乗ったーーー! 5万枚ね! 録音魔導具、スイッチON!!)
エレノアは悲劇のヒロインよろしく、よろめきながら言った。
「まぁ……! 殿下がそこまで仰るのなら、私、身を引きますわ! ですが殿下、これは『殿下からの強いご要望による、王家側の一方的な婚約破棄』、そして『私の有罪が確定しない場合、虚偽の罪状による名誉毀損』にあたりますが……よろしいのですわね?」
「あ、当たり前だ! 異議など認めん!」
「……わかりましたわ。では、これにて婚約破棄は完全成立すわね!」
エレノアがパチン、と指を鳴らす。
すると、会場の扉が勢いよく開いた。
「そこまでだ、エリオット!!!」
現れたのは、現国王と、エレノアの父であるグランツ公爵。そして、エレノアが事前に『王子の浮気現場(録画つき)』と『王子の横領の証拠(別件)』を提出しておいた、近衛騎士団の面々だった。
「な、父上!? なぜここに!?」
「黙れ、この愚か者が! エレノア嬢を無実の罪で貶め、あまつさえ公爵家に不当な要求をするとは! お前を廃嫡とし、辺境の鉱山へ送る!」
「ええっ!? ミ、ミリア、助けてくれ!」
王子が振り返ると、男爵令嬢ミリアはすっとステップを踏んで王子から距離を取り、エレノアの後ろに回り込んで深々と頭を下げた。
「エレノア様! ご指示通り、王子の『婚約破棄宣言』および『不当要求』の言質、バッチリ録音いたしました!」
「よくやったわ、ミリア。あなたへの成功報酬(男爵家のトマト国家買い占め権利)は、明日振り込ませるわね」
「ありがとうございます、ボス!!」
「え……? ミリア……? え?」
呆然とする王子。
勝ち組令嬢の、ハッピーエンド
こうして、すべてがエレノアの筋書き通りに運んだ。
王子は廃嫡・即連行。ミリアの実家は大富豪になり、エレノアは「理不尽に婚約破棄された、可哀想で美しすぎる悲劇の公爵令嬢」として、莫大な慰謝料(王家の秘密口座から直通)を手に入れた。
夜会からの帰り道、馬車の中でエレノアは、持参した最高級のシャンパンを開けた。
「あはははは! 傑作ですわ!これで明日から、王妃教育からも解放されて、毎日朝寝坊して、好きなだけ趣味に生きられますわ!! 自由万歳!トマト最高ーーー!!」
公爵令嬢の、完璧すぎる婚約破棄、完全勝利の夜は、こうして大爆笑と共に更けていくのだった。




