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【短編】だから私は負けてない。 〜逃げ続ける少女の無敗録〜

作者: じゃんぷ
掲載日:2026/04/04

世界には二種類の人間がいる。勝つために戦う者と、負けないために逃げる者だ。


 そして私は、後者だった。


 ――いや、違う。選んだのではない。そうでしか、生きられなかった。


 「また逃げるのかよ、臆病者」


 背後から投げられる言葉は、もう聞き慣れていた。振り返る必要もない。振り返れば、きっと足が止まる。足が止まれば、捕まる。捕まれば、終わる。


 だから私は走る。


 街の路地を縫い、段差を飛び越え、息を切らしながらも、ただ前へ。逃げる。それだけを選び続けてきた。


 幼い頃からそうだった。喧嘩になれば逃げ、怒られそうになれば逃げ、期待されれば逃げた。逃げて、逃げて、逃げ続けた結果、私は気づいてしまったのだ。


 ――逃げれば、負けない。


 勝てなくてもいい。評価されなくてもいい。ただ、負けなければ、それでいい。


 その価値観は、ある日を境に決定的なものになった。


 「君、才能があるよ」


 突然現れた白衣の男は、そう言った。意味がわからなかった。何の才能だと聞き返す前に、視界が歪んだ。


 次に目を開けたとき、世界は変わっていた。


 そこは“競技場”だった。無数の観客、巨大なスクリーン、そして――殺し合い。


 「ここでは勝つか、死ぬかだ」


 アナウンスが響く。周囲には武装した参加者たち。誰もが殺意を隠そうともしない。


 その瞬間、私は理解した。


 ああ、これは無理だ。


 勝てるわけがない。


 だから――


 逃げる。


 私は即座に踵を返した。背後から怒号が飛ぶ。銃声が響く。弾丸が頬をかすめる。


 だが、止まらない。


 逃げる。逃げる。逃げる。


 そのとき、不思議な感覚があった。


 ――捕まらない。


 どれだけ追われても、どれだけ狙われても、決定的な一撃だけが、どうしても当たらない。


 まるで、世界が“私を見逃している”かのように。


 「なんで当たらねぇんだ!?」


 誰かの叫び声。知らない。関係ない。


 私はただ、出口を探す。


 競技場の裏手、閉ざされた扉。普通なら開かないはずのそれに手をかける。


 ――開いた。


 迷う理由はなかった。私はそのまま外へ飛び出した。


 気づけば、森の中だった。ざわめく木々、湿った空気。追手の気配は、もうない。


 私はその場に崩れ落ちた。


 「……はは」


 笑いがこみ上げる。


 勝ってはいない。何も倒していない。称賛もない。


 それでも――


 「生きてる」


 それだけで、十分だった。


 それから私は、“逃げる”ことを徹底的に極めた。


 足の運び、視線の切り方、気配の消し方、危険の察知。すべてを“逃げるため”に最適化する。


 やがて人は私をこう呼んだ。


 “捕まらない奴”。


 皮肉でも、蔑称でもない。ただの事実。


 戦場に放り込まれても、追われても、囲まれても、私は逃げ切る。決して捕まらない。


 あるとき、誰かが言った。


 「それって勝ってるのか?」


 私は少し考えてから、こう答えた。


 「負けてないよ」


 その言葉の意味を、誰も理解しなかった。


 でもいい。


 勝つことに意味を求める人間には、一生わからないだろう。


 私は立ち上がる。風が吹く。どこかでまた争いの気配がする。


 関係ない。


 関わらない。


 逃げる。


 それだけだ。


 そして私は、静かに呟く。


 「――逃げるが勝ち。だから、私は最初から負けない。」


 その言葉とともに、私はまた世界から姿を消した。

逃げることをテーマに書いてみました。

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