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 『動かぬ腕(ugokanu_kaina)』


「……行かれるか」

「はい。大佐、お世話になりました」

 ――2週間。

 『湊』327飛空隊・『七ツ』。その迎えは、来た時と同様の空母艇・『雄大雲』であった。

「今回は誠に申し訳ありませんでした」

 カイ・キシワギはそう言って頭を下げる。それに白河は首を横に振って手を差し出した。

 キシワギが基地に復帰したのはまだつい先日。

 だが完全に回復しているわけではない。移動は車椅子だし、常に誰かが必ず付き添う形を取っていた。

 絶対安静だったキシワギがこれほど早く基地に復帰しなければならなかったのには理由がある。

 『ゴルダ収容所』の襲撃。そして職員ほぼ全員惨殺。

 その果てに逃げられたのは上島 昌平。

「『七ツ』の尽力で捕らえる事ができたのに。取り逃がすような形になってしまい、本当に」

「いいえ。仕方がない」白河は目を伏せる。「それよりも、ただ1人の男のために受けた『ゴルダ』の被害が大きすぎます」

 白河はその様を、実際に見に行っている。

「むしろこちらこそ、どう詫びたらいいのか」

 白河の沈痛な声に、ジンは眉間にしわを寄せた。

 惨殺現場に残った監視カメラ。そのほとんどが打ち砕かれていたけれども。たった1つだけまるでわざと残されたように無傷だったそこに、犯人の姿は映っていた。

 黒い軍服に身を包んだ2人の男。

 ジンもそれを見た。そしてそれは紛れもなく、フズとザに他ならなかった。

 フズとザ。かつてのジンの仲間。その2人が『ゴルダ収容所』に襲撃をかけ、上島を連れて行った。

「……」

 ジンは拳を握り締めた。

「結局奴らのその後の足取りは不明。……あなた方には無駄足を運ばせる事になった」

「いいえ。そんな事はありません」

 キシワギに、白河は笑ってみせる。

「この国にこれてよかった」

「……」

「キシワギ大佐、我々を受け入れてくれた事、心から感謝します。お世話になりました。ありがとうございます」

 白河に習い、全員が頭を下げた。

 その様子にキシワギは少し驚き、傍らに立ったアガツを見た。アガツは無言で頷いて見せた。

「上島の件、我々も、今後も捜査を続けます。今回の空賊連合と『黒』との接点もほとんどわからぬまま……しかし、上島脱走でその捜査が緩む事はない。必ず真相を突き止めます」

「キシワギ大佐」

「国は違えど、あなたたちとは心を同じくする」

 空という架け橋がある。

「白河総監。我々はあなた方に会えてよかった。感謝するのはこちらの方。……またいつでもおいでください。その折は最高のもてなしをさせていただきます」

「は」

 白河の微笑みに、キシワギも溶かされたように笑う。

 これがこの人の力である。

 磐木はもちろん全員がそう思った。





 大佐の執務室を去る際、ジンが1人、キシワギに呼び止められた。

 全員が何かしら思ったが、黙って部屋を出た。

 アガツも察し、彼らに続いて部屋を後にした。

 キシワギとジン、2人だけがその場に残る。

 キシワギはためらった様子でジンから視線を外し、窓辺に立った。

 ジンは虚空を見つめ、キシワギの言葉を待った。煙草は取り出さなかった。

 そして。

「今回の件」

「……」

「感謝する」

 ジンに背を向け言ったその言葉に、ジンも明後日を見てふっと笑った。

「……どうも」

「お前たちがいなければ、この基地は今頃なかった」

「……」

「風迫 ジン。お前と、お前の仲間のお陰だ」

「……」

 感謝する、もう一度そう言って、キシワギはジンを振り返った。

 ジンは少し目を見開き、そっぽを向いた。

「らしくない」

「何?」

「いいんですか? 空賊崩れにそんな事言って」

 言ったジンに、キシワギは苦笑した。「そうだな」

「だがもうお前は、【ケルベロス】のジンではない」

「……」

「かつて俺は、多くの仲間を【ケルベロス】とその賊長に殺られた。その恨み、生涯消えんだろう」

 だが、

「同時に、風迫 ジンとその仲間によって受けた恩も、生涯消えん」

「……」

「また来い」

「……亡命時の規定は、」

「どうにかなるだろう」

「……ハハ」

「ありがとう、ジン」

 そう言ってジンに微笑むキシワギに。

 ジンは頭を下げた。

 じっと、ずっと。





 別れ際、キシワギはジンに、フズとの事をどうするのかと聞いた。

「なるようにしかなりません」

 そう言ってジンは笑った。

「けれどいつか決着はつけます」

「そうか」

 それが定め。

 ジンにとって、【ケルベロス】という過去との定めであった。

「何かわかったら連絡する」

「お体、気をつけて」

「……お前も。はは、まさか俺たちが互いの体を気遣うような日がこようとはな」



 だから人生は。

 面白い。






  ◇


「なーんかあっという間の2週間だったなぁ」

「せやけど、密度だけは目いっぱい濃すぎ」

「そりゃ、うちの隊のいつもの事でないの?」

 空母は2週間前と変わらない様相、空気でもって彼らを迎え入れた。

「隊長、何持ってんですか?」

 ふと、磐木の手に握られた封書を見て、新が声をかける。

「うむ。去り際、アガツ君にもらった」

「何それ!! まさかラブレター!?」

「むっ!」

「見せて見せて!! やだー!! 何、あんたいつの間に!? 国内の女じゃどうにもならんと思って異国の女に手ぇ出してたの!? うわー、おっさん中々やるねー!!」

「誰がお前に見せるか、離せ新!!」

「ちょっと皆!! 隊長がラブレ」

「叫ぶな馬鹿者!!!」

「~~ッッ!!」

「何? 何スか」

「なんでもない。新を部屋にぶち込んでおけ」

 頭を抱えてうずくまった新を、小暮が白い目をして見下ろした。

「それで今回も『リリ・フイ』経由で?」

「艇内をまた見学に行ってもいいですか? この前見切れなかった所いっぱいあるんで!」

「お前ら、あんまりバタバタすんなよ」

「はーい!!」

 一瞬瑛己は、何も起こらなかったのではないかという錯覚にとらわれた。

 だが違う。

 窓の外では見送りの『ア・ジャスティ』の面々が手を振っている。

 確かに瑛己たちはあそこにいた。そして様々な事を目にした。

 ジンの出生と【ケルベロス】、磐木との出会い。

 空賊連合軍との戦い、上島 昌平という男。

 この国が抱えている〝ナノ〟という物質と。

(そして)

 空。

 彼女との再会と、彼女の後ろにいるあの人の存在。

(橋爪のおじさん……)

 『ビスタ』にきた、それは何を意味するのだろう?

 そして『蒼』に戻る、それによって自分はまた。

(何を)

 見る事になるのだろう?

 この先待ち受けるのは、容易な事ではない気がする。

 それでも。

 ――単純には癒えない傷と、簡単に消えない過去を背負いながら。

 彼らは飛び立つ。

 その先に待ち受ける何かと、生きる事のすべてをかけて。

 立ち向かうために。






  ◇







 空母艇『雄大雲』。

 その通路脇にある休憩スペースに、白河が一人腰掛け窓の外を見ていた。

 そこには雲がまるで行進するように連なり、空に無限に広がっていた。

 それを見、そして窓ガラスに映った自分を見、白河は思う。

 ――あの時俺は、どんな気持ちで帰りのふねに乗っていたんだろう?

 磐木とジン、そしてゼンコーの3人。

 すべてを終えて『蒼』へと戻るその艇。眠ってしまった3人の傍らで。

(俺は、)

 何を思いこの空を、見つめただろうか。












 ………





 ――あの日。



 


「無理なのはもう、ご承知のはずでしょう」

 ――『蒼』から輸送されたジンを追いかけて、ようやく『ビスタチオ』にたどり着いた白河と磐木は。

 『ゴルダ収容所』にて、変わり果てたジンの姿を見た。

 お願いします、仲間を助けてください、お願いします……泣きながら何度も、彼はそう訴えた。

 もうそれより他に言葉は失ってしまったかのように。

 それを見た白河は、たまらない気持ちになった。

 ジンの姿に直面した磐木は、明らかに動揺していた。無理もなかった。それを見て一層、白河は辛い気持ちになった。

 だからこそ。その瞬間。一つの決断をしたとも言える。

「何とかなるさ」

 そう言って磐木を残し、首都・『ゴルテミ』までたどり着いた白河を待っていたのは。

 想像以上に、なんともならない状況だった。

「刑は確定している。来週にも処刑だ」

「再度の熟考を!」

「くどい。そもそもあなたは、本当に大使館の許可を受けて? 山瀬大使はご存知ないとおっしゃっておるが?」

 事実だった。

 その渡航、大使館の正式な許可は得ていなかった。すべては父の知り合いのあの男に内々で処理をしてもらった事だった。

「帰れ。問題になるぞ!!」

 親の威光とは言ったものの、実際に白河の家は並よりは上という程度。国際上のトラブルを解決できるほどの名家ではなかった。

 新しくなったという首相になんぞ、取り次いでもらえるわけもなかった。せいぜい下っ端の小役人に門前払いにされる程度。

 ――でも。

 打算がなく、ここに来たのではなかった。

「取り次いでもらいたい、国防長官・エガレム氏でもいい」

 何の当てもなく「何とかなる」と言ったのでもなかった。

 切り札があった。

「〝ナノ〟の事だと言ったらどうする? 最近貴国で発掘された〝ナノ〟と呼ばれる原石。その扱いにあなた方は随分と困ってると聞きましたが?」

 白河はニヤリと笑った。

「その製造と、用法がわかると言ったらどうされるか?」




 ………





「どういう事ですかね」

「〝ナノ〟鉱石。鉄よりは軽いが、その製造と使用に関しての研究が進まないと耳に致しましたが」

「……どこでその話」

「この際、そんな事はどうでもいい」

 白河は、博打を打った。

「私のこの腕、実は昔事故に遭いましてね。銃を受けて神経を切りまして……実はもう、動く事はないと医師には言われました」

 その手で、白河はギュッと拳を握り締めた。爪が食い込むほどギュッと。

「動くではないか」

「ええ」

 呆れた顔をする国防長官に、白河は笑いかけた。

「手術をしました」

「?」

「親が『蒼』で少々コネを持ってましてね。それと軍部の方の計らいで特別な手術を受けたんですよ。計3回。お陰で最近ようやく馴染んで。ちょっとずつ動かせるようになってきたんですよ。最初は拒否反応がひどくて中々馴染まなかったんですが。最近になってようやく」

「……何が言いたい?」

「ここに、何が埋まってると思いますか?」

「……それは、」

「わが国で開発中の、〝ナノ〟の結晶と言ったら?」

 ――磐木は、気づいているんだろうか?

 自分がジンという男に、何を見ているかという事に。

 磐木にとってジンは、〝晴高〟だ。

 嵐の中に消えていった、聖 晴高。

 磐木にとってその最後の様相は、光景は、今なお張り付いて消えないトラウマになっている事を白河は理解している。

 生涯磐木は晴高を忘れられないだろう。残した言葉も、そして魂も。

 だから動けない。だから飛び立てない。

 そんな中、嵐の中で出会った男に。

 磐木は、晴高の姿を見ている。

 助けられなかった彼の姿を。その男に重ねているから。

(いやそれは、)

 俺もそうなのかもしれないと、白河は思った。

 彼も磐木と同じトラウマを抱えている。

(晴高、すまん)

 果たせなかった約束。

 届かなかった思い。

 だからこそ、残された磐木を守りたいと思った。

 そして、ジンというあの男を。今度は俺の手で。

(助けたい)

 だから。

「〝ナノ〟という原石には不思議な力が秘められている。生成方法も特殊。兵器に使えば鉄より勝る無限の鋼。そしてその力を使えば、動かぬはずの腕すら動くようになる」

 死ぬはずの命をも、つなぎとめる事ができる。

「私の腕に埋まっている結晶があれば、その謎の解明に役に立つでしょう。ジンとその仲間の命、これと引き換えに私に譲ってはいただけませんか?」

「――ッ!!!」

 『ビスタチオ』の長官は目を見開いた。

 悪い話のわけがない。

 実際、『ビスタチオ』ではその生成は行き詰まり頓挫寸前。まして軍事・医療、各部門でもって『蒼』に周回遅れの状態だった。

 だがもしもここでその技術を手に入れる事ができたというのならば。

「……しかし白河殿、もしその結晶を我々に差し出したら、あなたの腕は」

「動かなくなる。ええ、そうです」

 だが白河は笑う。

「でもそれは、もう、俺に下されていた罰」

 当に受け入れていた事。

 だがそれよりも。白河にとっては自分の腕が動かなくなる事以上に。

 助けたいものがあった。守りたいものがあった。

 だから。

「私にとってそれは小さな小さな事。もっと大事な事がある。そういう事です」

「……」

「さぁどうなされる? 私は構いませんよ? この期を逃して世界から一歩また後退するか? それとも躍進を遂げるか?」

 選択は2つに1つ。

「さぁ決断は!? どうされる!? 時間も私もやすやすとは待ちませんぞ!!」

 いつだって運命の選択は。目の前にぶら下がっている。




 ………




 そして、

「総監、どうかされましたか?」

「ん? 何が」

「いや、さっき腕を押さえてみえましたが」

 帰り際、磐木に言われた白河は、笑顔でこう答えた。

「お前には言ってなかったか? 俺の腕は実は昔事故に遭って。こっちはほとんど動かないんだよ」

「……え」

「まぁリハビリすればいつかもしかしたらと昔医者に言われたからね。根気よく頑張るよ」

 それが本来の人の、あるべき姿。







  ◇




 磐木とジンは知らない。白河が自らの腕を引き換えにジンたちの命を助けた事を。

 白河も言わない。その事実、墓場まで持っていくつもりだった。

 ――だが奇しくも、白河の腕から取り出した結晶と、その解明により。『ビスタチオ』の軍事は発展を遂げ。

 そこを基盤としていたある組織がその技術を得、世に『ナノ装甲』と呼ばれる装備を取り付けた飛空艇を放つ事になろうとは。

 ザークフェレス社。

 そこから流れた飛空艇、さらのその技術が。

 『黒』に至り。

 【天賦】の無凱という男の手に渡り。

 ――世界を、混沌の中へと導くとは。

 誰も知らない、事実であった。





 いつも運命は、目の前に分かれ道を用意している。

 その選択の可否は? 正しさと過ちの判断は誰が下す? どこで下す?

 自分で下す? それとも。

 後世の、見えない誰か。

 ――どちらにせよ。

 誰もが必死に考え、迷い、出した選択。その本当の意味での答えが出るのは。

 その場ではなく、ずっとずっと先の話。






 



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