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 『この男に、覚えはあるか?(Old_friend)』

「報告は聞いております。今回の件、あなた方のお陰で助かりました。本当に、ありがとうございました」

 小さいがしっかりした声で、キシワギ大佐はそう言った。

 その様子に白河は微笑み、2度ほど頷き。

「大佐のご無事が何よりです」とその手を握った。

 ――空賊連合との空戦からさらに2日後。

 白河と327飛空隊の面々は、キシワギを尋ね、病院に来ていた。



  35


「……私が倒れた後、基地の指揮は白河殿が取ってくださったと聞きました。混乱する中、あなたの的確な指示のお陰で冷静に動く事ができたと皆申しております。本当にありがとうございました」

「いえいえ、とんでもない」白河はパタパタと手を振り、照れ笑いを浮かべる。

「『ア・ジャスティ』の指揮系統もしっかりしていた。逆に私も勉強させられました」

 キシワギは小さく微笑んだ。その笑みは前に見た時よりもさすがに弱々しく見えた。

 無理もない。その身は寝台に横たわったまま、まだ起き上がる事はできない様子だった。

 ただ、部屋には点滴だけで他に目立った機材はない。窓から降り注ぐ木漏れ日は緩やかだ。それを見れば誰しもが安堵を覚える。

 ここに来るまで、瑛己の脳裏に浮かんでいたのは飛空艇から引っ張り出された時のキシワギの姿。血まみれで真っ白の顔をしたあの映像を見ていたので、どうしても緊迫した想像しかできなかったのである。

 だが声は弱いが目はしっかりしていた。それに安心したのは瑛己に限らず他の面々も同じ。白河は特にそれに満足し、何度も頷きそれを全身で表していた。

「いやはや。とにかくキシワギ大佐がご無事でよかった。肝を冷やしましたよ」

「……本当に申し訳ない。このような時に指揮官がこんな状態になってしまい」

「大佐、反省されているのなら、これからは行動を謹んでいただきたいです」

 ピシャリとそう言ったのは、アガツ大尉だった。彼女は白河が持ってきた花を花瓶に移し変えていた。

「危険を顧みず誰の制止も聞かず、一番に突っ走って行ってしまうんですから。ご自分の身分を自覚してください。残される者はたまったものじゃありません」

「……手厳しいな、アガツ」

「いえ。こういう時にしか申せませんので」

「『誰の制止も聞かず、一番に突っ走ってしまう』、『行動を謹んでいただきたい』」

 何を思ったか、新が小声で復唱した。飛がニヒヒと笑う。瑛己はすこぶる苦い顔をした。

 しかし……アガツにも思う所があったのだという事に瑛己は初めて気がついた。キシワギが出立した際、そ知らぬ顔をしていた彼女だったが、内心は違っていたらしい。

 端正な顔が鉄のように無表情を貫いている様に、キシワギは気まずそうに咳払いをした。

「それにしても、どうも、厳しい事になっているようで」

「『黒』ですか……」

 ため息交じりに白河は答える。キシワギも嘆息を漏らした。

「あなた方が追ってきた上島 昌平という男が乗っていた機体は、分析の結果『黒』の機体に間違いないとの事です。『黒』と繋がる上島、そして彼が接触していた【白虎】。捕らえた【白虎】の者を締め上げた所、彼らは『ビスタチオ』国内の空賊を連れ立って『黒』へ亡命をする計画であったようです」

「すべてが集まったとして、総数はどれほどに?」

「500は下らないですよ。どこまでが【白虎】に従うかはわかりませんがね。何と言ってもあそこは元々『蒼』を拠点にしていた。土着の空賊連中は皆、【白虎】はよそ者と毛嫌いしていましたから」

「それでも従う者はいたと」

「……そのために空軍をあおったのかもしれませんな。空軍が一気に空賊を壊滅しようとすれば、彼らも生き残るために、嫌な相手とでも手を組まざる得ない」

 喋りすぎたのか、キシワギが咳き込む。慌ててアガツが「大佐」と水を飲ませる。

「ん……すまん。ヤレヤレ。情けない」

「キシワギ大佐、無理は禁物です。まずはお体を」

「いや、じっともしていられません。さっさと復帰せねば」

 ――戦争になるかもしれない。

 キシワギの言外に含まれた言葉を、その場にいた全員が感じている。

 『黒国』と。

 亡命という言葉が出ている以上、上島一人の行動とは思えない。

 もっと大きな――それは国規模の。

 となれば、出る答えはたった1つ。

「奴らが国を持ってして、『ビスタチオ《この国》』を乱そうとするのなら。我らは受けて立たねばならない」

 『ビスタチオ』と『黒国』の間には、薄い海が一枚隔てているのみ。その北と南の地はほぼ隣接していると言っていい。そしてその2か国の間にかつて戦いがあったのも事実。

 キシワギの様子に白河は目を細める。『蒼』も人事ではない。

「しかし……考えてみれば、今回の件は上島 昌平の存在がわからなければ何もわからなかった。我らは当初、写真に写った【白虎】賊長・テギ、副長・ハヤセと共にいるもう1人の正体はわからなかった。『蒼』からの連絡がなければその男を捕らえるために動く事もなかったし、今回の件に『黒』が絡んでいる事すら知れなかったかもしれない」

 発端はあの写真。だがそれがどこからどういう経緯で『蒼』に送られたかは未だわからない。

「……」

 そこには誰かの、何らかの意志がある。だが誰が何のために?

 瑛己の脳裏には橋爪の顔が浮かぶ。

 最終的に、【白虎】を壊滅させたのは空(ku_u)だ。

 『黒』、そして橋爪。

(運命は)

 自分たちをどこへ導くのだろうか?

(父さん……)

 瑛己の胸のポケットには今日も、晴高の写真が入れてある。

 看護婦がやってきて、直に回診の医者がやってくる旨を告げた。

「ではそろそろおいとましますか」

 白河が周りの面々の顔を見る。

 そこに至り、ふとキシワギは手を伸ばし、アガツに言った。

「そうだアガツ、あれを取ってくれ、あそこに置いてある。この前の報告書に添えてあったやつだ」

 寝台の脇にある簡易のテーブルから、アガツは一枚の写真を取ってキシワギに渡した。

「【白虎】に潜入していた者が持ち帰った物です。その中の1枚」

 そして彼は横になったまま、その腕を差し出した。

 写真が握られたその手が向けられたのは、真横にいる白河でもなく、その一番傍にいた磐木でもなく。

 ――窓辺に、一団から少し距離を置いて立っていたジンへ向けて。

「この男に、覚えはあるか?」

 かすれた声で彼はそう言った。

 少しの間、視線を向けられたジンは動く事なくキシワギをじっと見ていたが。やや間を開けて、彼はその手の写真を取った。

 そして一目だけ見て。

「……」

 さっと磐木に渡した。

「……?」

 磐木は眉を寄せ、白河へ。その肩越しに他の者たちはそれぞれ、何だろうかと覗きこんだ。

「この男は……!」

 写真を見た白河の顔が変わった。「確か、」

「『黒国』黄泉こうせん騎士団・第一特別飛行隊隊長・フズ」

 白河が言うより早く、ジンが淡々と答えた。白河はジンを振り返った。

「そして――元【ケルベロス】のフズ」

「やはりか」

「……」

 沈黙が落ちる。ジンは明後日を見た。

 ――写真に写る、片眼鏡の男。

「【白虎】の基地内で偶然撮影した物だそうだが」

 その顔はまるで、カメラに気づいていたかのように。しっかりとこちらに視線を合わせ。

 笑っていた。

「奴は『黒』に下ったのか……」

 ジンは目を伏せた。

 そして彼もまた、少しだけおかしそうに、口の端を吊り上げた。




 それからすぐに医者がやってきて診察が始まったので、瑛己たちは引き上げる事にした。

 アガツ大尉は彼らを病院入り口まで送ると、また病室へと戻っていった。

 空は茜に染まりかけている。だが雲は多い。今夜は何日かぶりに吹雪きそうだ。

 白河を筆頭に、『ア・ジャスティ』の町の中を歩いていく。人通りは少なくない。黒髪の一団は目立つ。

 そして彼らはそれを知ってか知らずか、誰一人、口を開かなかった。

 烏が鳴いた。

 見上げるとその空に、その黒い翼が1枚離れ、落ちてくる所だった。



  ◇


「ふぃ……あー、久しぶりの麦酒うめぇー」

 帰路の道すがら、白河と『七ツ』の面々は先日キシワギに連れてきてもらった料理屋に入った。

 豪胆に新は2杯続けてジョッキを空にする。

 それを見た白河は嬉しそうに「ドンドン食べろよ。今日は俺のおごりだ」

 それを聞いて新が嬉しそうに注文を羅列し、慌てて秀一がそれを店員に伝えに走った。

 だが騒いでいるのはこの3人だけ。後の面々は麦酒を前に押し黙っていた。

 その神妙な空気の中、最初に口を開いたのは秀一だった。

「一応の……ひと段落、なんでしょうか?」

 全員が彼を見つめる。

「僕らがここにきた目的の上島総監も捕まったし……空賊も捕まったし、【白虎】もほぼ壊滅したんですよね? これで上島総監を『蒼』に連れて帰ればとりあえずは任務完了、ですよね」

「【白虎】を倒した空(ku_u)とその目的はわかんないけどな」

 ちなみに公には【白虎】は空賊間の争いで散れぢれになったという事になった。末端にはその経緯は知らされていない。誰が判断したものか、それが無難とされた。

「それに、上島は捕らえたが別の問題が発生している」

 眼鏡の奥にある瞳を光らせ、小暮が答える。

「『黒』」

「……」

 店内は今日も賑やかである。

 その中でも今日は、比較的人の少ない所に案内された。先日キシワギときていたのを覚えられていたのか異国の民だからか、店主が気を利かせてくれたのだろう。

「上島さん、何がしたかったんでっしょ?」

 3杯目はチビチビと飲みながら、新はヒョイとテーブルのソーセージを取った。

「国内の空賊を亡命、か……」

 磐木の隣でジンは、麦酒に口もつけず代わりに煙草に火を点けている。

「何のためにそんな事?」

 白河がチラと磐木を見た。

 磐木はムッとした様子で麦酒をあおった。

「単純に考えて、増兵か」

 小暮が言った。

「空賊を集めて兵の数を補強。素人に飛行技術を一から教育するよりは手っ取り早いしな。機体も同時に手に入るわけだし」

「んな、増やしてどうするのさ」

 聞いたが、新もその答えはわかってる。

 だからこそ皆沈む。

 その先にある一つの可能性に。

 ――戦争。

 そしてそれは今回の事に限らない。

「……半年前のあの〝零海域〟での実験。俺達の機体は異常をきたし墜落……そして最後には、奴らは仲間の口まで塞いで去って行った」

「それに『ナノ装甲』と、それを越える弾の開発か?」

「『ナノ』の原産地は『ビスタ《ここ》』だ。ここを基盤に、ザークフェレス社が主に動いてる。それに秀一の件もある。予知の力……なぜ今、あんな強引な手を使ってまでこいつを誘拐した?」

「……」

 一瞬漂いかけた微妙な空気を打ち破るように、秀一本人が声を上げる。

「キシワギ大佐が最後に見せてくれた写真の人も、『黒国』の人なんですよね? 何とか騎士団の……」

 白河は曖昧に頷いた。それを見て今度は小暮が彼に問うた。

「総監、俺の聞き違いでなければ、『黄泉騎士団』と聞こえましたが?」

「そうだよ」

「『黄泉騎士団』は……『黒国』第一公家・ドトウ直轄の飛行部隊ですよ」

 緊張した面持ちで言う小暮に対して、飛が間の抜けた声で聞いた。「何スかそれ」

 小暮は唖然とした。

「まさか、知らんのか」

「すんません」

「飛行新聞以外の新聞も読め。いいか、……『黒国』は80年前王政が廃止になった。以後は、先王の血族である12の分家によって政治が成されているんだ。中でも最も先王に近い血筋を持ち、一番の権力を有しているのが第一公家。その現在の当主がドトウ。事実上、『黒』の頂点にいる男だ」

「その男直属の部隊が、『黄泉』か」

「はい。『黒』空軍の中でもエリートクラスの者が集まっていると聞きます」

 秀一がハッと顔を上げた。「あの、」

「『鬼灯花きとうか』って……?」

 瑛己と飛が秀一を見る。

 眼鏡を持ち上げながら小暮は答えた。

「『鬼灯花騎士団』、第三公家・ウツツメの部隊だ。『黒』において『黄泉』と並び立つと言われる飛行部隊……確かお前が連れ去られた時に会った女将軍は、」

「……現夢ウツツメと名乗っていました……」

 沈黙が落ちる。

 窓から遠い席にいる彼らは、外では雪が散らつき始めている事に気づいていない。

 瑛己は話を無言で聞きながら、グイと一気に飲み干した。

 場に落ちた静寂に、白河が大きく息を吐く。そして少しためらいがちに、

「『黄泉騎士団』のフズ、あの男は……あの時きた使者だ」

「あの時?」

「……君達に空(ku_u)撃墜命令を出した、あの時だ」

「――」

 白河は、瑛己の表情を確認した。そして麦酒ではなく水をひと飲みした。

「んな……あん時、俺らに無茶振りした『黒』の使者!?」

「何でそんな人がまたここに?」

「おいおいおい……ちょっと、混み入ってきたんだけどー?」

「てかあん時ジンさん、そいつの事【ケルベロス】言いませんでした?」

 飛の言葉に、白河は顔を上げた。

 磐木の眉間にもしわが寄る。

 そしてジンは。

「【ケルベロス】て……生き残り、いたんスか?」

 その名は先日、キシワギの口からも出ている。

 かつて、この北の大地に存在した空賊。

「何でジンさんは、そいつの事」

「お前、その空賊を知ってるのか」

 ジンはふっと笑った。

 だが飛はなぜか笑わなかった。

「伊達に〝空戦マニア〟やっとりません」

「……」

「デカイ組織とはちゃう……でも『ビスタ』の空賊連中は一目置いとった組織……メンバー数は20人弱。他に大きい所はゴロゴロしとったちゅーのに。何でかこの国つったらその名が出る」

「……」

「地獄の番犬・ケルベロス。トレードマークはその機体に書かれた一文字。でも5年前、そこの連中は捕まって全員処刑されたはずや。銃殺やって聞きましたけど」

 ――5年前。

「なぁ、飛」

「ジンさん、俺の覚えが確かなら、そこの賊長の名は」

 ジンは目を伏せたまま笑っている。

 飛の喉がゴクリと鳴る。そしてその目はジンを見たまま動かない。

 他の面々も息を呑んでいる。

 この張り詰めたような空気の中で。

 白河が場の空気を変えるために不意に笑い、磐木のコップに無理矢理麦酒を注ぎ込もうとした刹那ジンは顔を上げた。そして。

「俺がそのカシラだったと言ったら、どうする?」





 雪は勢いを増している。

 根雪になるだろう。

 その白は、また、世界を染める。

 ――誰かが胸に掲げる懺悔の願いを、叶えるごとく。





「頃合だと思います」

 ポツリとジンは言った。

「風迫君」

 心配するように白河はその名を呼んだ。

「あいつは……フズは、俺を憎んでいる」

「……」

「空(ku_u)撃墜命令……いや、それ以前にあいつは『零』での一件にも関わっている。あの時俺はあいつともう1人、かつての仲間を見た」

 ――仲間。

「上島総監による『湊』襲撃も、俺はあいつから聞いた。絶望の朝がくると。だから俺は慌てて基地に戻った」

 ――かつて、袂を別ったあの日から。

「あいつの目的は、俺を殺す事」

 俺の失意。俺の絶望。

 そして死。

 ――いわんや復讐。

「風迫」

 磐木が口を開く。

「そして今回も最後の最後であいつは絡んできた……今ここで、話しておくべきなのかと思います」

 自分が何者で。

 かつて何を抱きどこを飛び。

 そしてそれがどのような最後を辿ったか。

 ――その道が、未だ途切れる事なく続くのならば。

「風迫」

 磐木が言った。「ならば、俺も話そう」

「隊長」

「お前の話は、俺の話でもある」

 そしてそれは、『七ツ』結成の物語。




「俺と風迫が出会ったのは、今から7年前」





 静けさが、言葉の間に通り抜けて行く。





 ――2人の男の出会い。

 そして顛末。

 繋がるのは、今。

 そして未来。

 絶望と。

 そして希望。

 

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