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 『お前は阿呆や(itukano_kotoba)』

 過去の行動が、今を作り上げている。

 今する行動が、未来を作り上げて行く。

 その時はわからなかったその言葉の意味が。

 遠い未来、いつかわかる日がくる事もある。

 ならば。

 あの日の言葉の本当の意味は?

 まさか今日この日のために。

 見えない未来目掛けて。

 放たれた物だったとでもいうのか?




  34


 煙草の自動販売機はある。

 けれどもそこに、飛の愛飲・マルボロ赤はない。

 何秒何分、何回見つめてもそのラインナップは変わる事なく。

 仕方なく最終的に飛は大きくため息を吐いて銀貨を押し込んだ。『ビスタチオ』の通貨だ。

 そして並ぶ中から適当に選んだそれを取出口から引っ張り上げると、大雑把にセロファンを剥がした。

 そして火をつける。ライターの燃料は皮肉にも満タンである。

 一服。

 そして。

「………不味まず

 けれどもそのまま立て続けに2本、その場で潰した。

「あー、いーお天気で」

 口を尖らせ空に向かって煙を吐く。そこには、一点の曇りもない青い空が広がっていた。

 思うとすれば、少し『湊』で見るよりは色が濃いか。しかし透けるような透明感がある。

 吹いた煙で雲ができないかと飛はそれから何回かその動作を繰り返したが、もちろんできるはずがなかった。

 そんな折。

「こっちにきてこんな天気、初めて見るよね」

 耳慣れた声に、チラと視線をそちらに投げる。「おう」

「済んだんか」

「僕はもうとっくに。今部屋に戻ってたとこ」

「んー、ほーか」

 秀一である。

 彼は飛の煙草を見ると、「僕も何か買ってこよ」と自動販売機に向かった。

「あ、財布忘れちゃった。貸して」

「何や、お前も吸うんか? オススメできんぞここの煙草」

「煙草じゃないよ。オレンジジュース」

「お子ちゃまか、お前は」

「いいだろ、好きなんだから」

「へぇへぇ」

 ポケットから出した銀貨を放ってやって、再び飛は息を吐いた。

 そんな彼の隣にやってきた秀一は、グイとジュースをひと飲みする。

「わー、結構いい眺めじゃん」

 ――基地の裏手である。建物にもたれて目の前を見れば、そこには青い空と彼方に山々がよく見えた。

「何て山?」

「わかるわけないやろ」

「そりゃそうか」

 ハハと笑い、ジュースを飲む秀一を、飛はチラとだけ見てまた視線を戻した。このクソ寒いのに冷たいジュースなんぞ……とは思ったが、口にはしなかった。

美味おいし」

 飛の思考を知ってか知らずか秀一は満足げに呟く。「ほーか」とだけ答えておいた。

「お前、大丈夫やったか」

「何が?」

「尋問」

「……ハハ、僕は何もしてないもん。状況説明だけだよ。飛たちみたいに実際に黒いのと戦ったわけでもないし」

「んー」

 今朝早くから327飛空隊に待っていたのは、昨日の事情聴取であった。

「飛は? 飛こそ、相当突っ込まれたんじゃないの?」

「んー……まぁ、それこそ、俺かて成り行きやでなぁ……」

 ポリポリと頬を掻いて、3本目に火を点けた。

「まぁアレやわ、この間『蒼』で受けたのよりはナンボかマシやった。あん時はえらい目にうたからな」

 秀一が連れ去れた後、助けられた海軍基地で受けた聴取である。4日間もの拘束と質問攻めは、飛の脳裏にややトラウマ気味に残っている。

 しかしあの時の尋問は、飛より秀一の方が大変だった。連れ去れた本人であるという事で、飛や瑛己の倍時間を割かれ、まるで犯罪者のような扱いを受けた。思い出すだけで、飛は胸クソが悪くなる。

 それに比べれば……飛は思う。隣で秀一はのんびりとオレンジジュースを飲んでいる。尋問時間も自分より短かった様子。黒い機体と戦り合ってないなら、向こうも大して聞く事もないだろう。

(ほんならいい)

 安堵する。だがもちろんそんな事を口にする飛ではなかった。

「ごめん。あの時は、僕のせいで」

「は? お前は何も悪くないやろ。ああ……えっと、イヤそうやなくて」

 思わずかみ締めてしまった煙草がほろ苦い。

「えーと……せや、尋問や。黒黒言われてもなぁ。俺かて成り行きで倒したしなぁ? あいつらがどこからきたのかなんてわからへんし。誰が乗っとったかなんてなお更や」

「聞かれたの? それ」

「んー。どっち方面からきましたかー? 覚えてないですかー? 乗り手はどんなでしたかー? 逃げてった奴はどんなでしたかー? 顔の特徴はー? どっち方面に逃げて行きましたかー? そんな事聞かれてもわからんっちゅーに」

「ハハ、言えてる」

「まぁ敢えて言うなら、操縦はハンパやなかった。ほんだけや」

「……」

「まぁ、俺には敵わへんけど」

「そうだね」

「何やその苦笑」

「えー? 苦笑じゃないよ。微笑」

「どっちにしても同じや。馬鹿にしたような顔しおって」

「そういうわけじゃないけどなぁ」

 そう言って笑う秀一の顔を見て、飛は眉を上げてそれから顔をそらした。

 煙草が違うせいか、どうも今日は本調子じゃない。そう思った。

 胸がざわつく。これはきっとこの甘すぎる煙草のせいや。

「……上島総監は、今収容されてるんだよね?」

 その言葉に、飛はチラと視線を彼に戻した。

「会うの、かな」

「……」

「僕ら、そのためにきたんだよね? 本人確認のため」

「……」

 飛は明後日に目をやる。「ゾロゾロと」

「え?」

「……ゾロゾロ全員で収容所行くのも変やろ。俺らそう面識あらへんし。きっと総監と隊長とかが行くわ」

「白河総監はもう行ったって」

「ほんならもう、本人確認の作業は終了や。俺らが行って何する? ぶん殴っていいなら行くぞ」

「だめだよ。飛まで捕まったらどうすんの? 隊長たちはきっと、『永久に閉じ込めておいてくれ』って言って助けてくれないよ?」

「そりゃちとキツイな」

「ははは」

 ――会わせたくない。

 上島は、秀一が撃ち墜とされ意識不明になった原因を作った人物である。

(殴るで済むかどうか)

 殺すかもしれんな。そう思って飛は一人小さく笑った。

「そういや瑛己は?」

 笑いついでに何気なく発した言葉に。

 秀一の動きがピタリと止まった。

「? どした」

「……知らない」

「あん? 瑛己、まだ終わってないの?」

「さぁ」

 あからさまに顔色が変わった秀一に。

 飛は煙草を壁でもみ消して、下水の隙間に放り込んだ。「さぁ、て」

「見てへんのか?」

「うん」

「……ほーか。まぁあいつも黒いのと戦り合った仲やでなぁ……長引いとんのかな」

「……」

「先に食堂行くか? 腹減ったし」

「……見てない、けど」

「?」

「医務室の方、行った」

「……は? お前それ、見てるやないかしっかりちゃっかりと」

「知らない」

 それだけ言って秀一はプイと顔をそらして歩いて行った。

「何や、おい」

 飛は不思議そうな顔をして、首を傾げた。

 それから、もう一度空を仰いだ。

 やはり雲は一つもない。煙草の煙は雲になる事を望まず、風に吹かれて旅に出たらしい。



 食堂に行くと新が一人座っていた。

「おう、遅いねー」

「あれ? 新さん1人ですか? 他の皆は?」

 秀一の問いに新は持ってたフォークでパスタをクルクル巻きながら「小暮ちゃんとはすれ違い」

「事後処理で報告書出さなきゃならんのだと。隊長と副長はまだ取り調べ。何たってあの人ら、上島総監と直接戦りあってるから。簡単には離してもらえんみたいよ」

「新さんは? 色々聞かれんかったですか?」

 新はニンマリと笑って「別にぃー?」と答えた。

「何聞かれたって俺にはわかんねーもん。黒いのがどこから来たかとか、そんなもん俺に聞くなっちゅーの。上島さんに聞けばいいじゃん? 知りません、存じません、わかりませんを繰り返してたら、さっさと開放してくれた」

 そう言ってまたパスタに視線を戻す新に、2人は苦笑した。「さすが」

 それから3人で昼食を取る。

 時間は丁度昼時だが、食堂に人気はそれほど多くはなかった。昨日の戦闘で怪我人も多く出ているが、後処理に追われてているようだった。基地の体制はまだ立て直ってはいない。

 そしてその後遅れて磐木とジンが現れたが、彼らが食べ終わる頃になっても瑛己は姿を現さなかった。

「あいつ、どこ行っとんのや」

「取調べ自体は終わってんの?」

「医務室行くとこ見たんやろ? 秀」

「知らない」

「見た言うたやないか。どっちや」

「……」

「あいつ確か昨日、着地の時に足をひねったつってたよな? 診てもらってんじゃないの?」

 新が言う中、秀一は顔を背けて水を飲んでいた。その表情は明らかにムッとしている。

 一体なんや……飛がそう口を開きかけた時、それより早く「飛、ちょっと」と新に促された。

 2人席を立ち、一団から離れる。食堂の出入り口付近まで来て、新が飛に向き直った。

「お前さ、医務室、ちょい見てこい」

「えー、俺がっすか?」

「早く呼んで来ないと、秀一、切れるぞアレ」

「え」

 驚く飛に、新は目を細め、胸ポケットから爪楊枝を取り出しくわえた。

「お前、聞いてねーの?」

「何をすか?」

「聖さー、秀一の制止振り切って空(ku_u)ん所行ったんだと」

「……」

「それでご機嫌ナナメなんじゃね? あいつの機体、エルロン折れる寸前の状態だったらしいよ。なのに、空(ku_u)がいるって聞いて飛び出したと。想像つくだろ? やめろやめろ言ってる秀一と、お構いなしに突っ走る聖の姿」

「……」

「放っとくとこっちにも被害がくる。聖連れてきて、さっさと謝らせろ。いいな」

「何で俺が」

「他に誰がいるよ?」

「……」

「んじゃま、ヨロシク。これで貸し借りナシで」

「え、貸しって」

「お前が俺の顔ぶん殴った貸しだよ」

「……」

「よっ、適任者」

「……反則技ですわ、新さん、それ」

 ニヒヒヒと笑いながら去っていく新の後頭部に苦い顔して、最終的にため息を吐いて。

 飛は食堂を出た。 

「どこ行ったんや、あのボケ」


  ◇


「ありがとうございました」

 医師に丁寧に頭を下げ、瑛己は部屋を後にした。

 どこの国も医務室は似たようなもんだと思った。消毒のにおいと白いカーテン、簡単な寝台。

 ただここと『湊』の違いは、医師の風貌くらい。『湊』常駐の佐脇医師は細面の、どこか神経質そうな顔に対し、『ア・ジャスティ』の医師はでっぷりとよく太った大らかそうな人物であった。

 部屋を出ると寒さが身に染みる。上着の前を閉め、少し足を動かしてみる。昨日よりは随分痛みは引いた。早足は無理としても、普通に歩くのに難はなさそうだ。

 それに少し息を吐き、歩き出す。

「……」

 時計を見れば、聴取が終わってから随分時間が経っている。

 医務室に寄ったのもそうだが、その大半は一人で考え事をしていたからだった。

 珈琲が飲みたいと思ったが、食堂のあの豪華なティーセットを思うと気後れした。自動販売機には他に何があっただろうかと思いをめぐらせる。

 だが、その足はその真横をするりと通り抜けた。瑛己の目に、自動販売機は留まらなかった。

「……」

 また息を吐く。呆然とした様子で歩きながら、瑛己は虚空を見つめた。

 少し眠い。昨晩はよく眠れなかった。足の痛みと寒さも理由の一端ではあるが。

 最大の理由は1つである。

 顔を上げる彼の視界の先には廊下があり、横手には窓があった。その向こうには雲一つない真っ青の空があるはずなのだが。

 何も瑛己の目には入らなかった。

 ただ、彼の脳裏に浮かんでいる物は。

 彼女のあの小さな背中と。

 あの男の顔。

(……おじさん……)

 橋爪 誠。

 瑛己は首を振る。いや、あり得ない……。

 だが真実の一端を彼は見た。彼女のあの驚愕の表情を。

「……」

 昨晩からずっと考え続けている事。

(おじさんが、)

 関わっているのだろうか……。

 ずっとそれは考えていた。

 空(ku_u)の正体を知ったあの日。

 あの後、瑛己の口を封じるためにやってきた女性。

 その女性が橋爪と一緒にいる所を見たのは『園原』。

 そして山岡 篤はこう言った。誰かに操られているのだと。

 彼女が一人ですべてを行っているとは思えない。

 この空に存在するすべての空賊、空軍を押しのけて、〝絶対〟とまで言われるあの翼。

 誰をも凌駕し、事象をも超えて。

(『ム・ル』を)

 街を壊滅し。

 そして、【白虎】を――。

(なぜ)

 本当に、本当に橋爪 誠が彼女に命令しているのだとして。

 なぜ彼女にそんな事を?

 何のために?

 あの人は、『蒼国』軍部で最高の権力を持っている人。上層部の権力図を瑛己はよく知らない。だがその力が国をも掌握しているのは知っている。

(そんな人が)

 あんな小さな少女に。

(何のために)

 ――俺を憎め、瑛己。

 かつて彼は瑛己にそう言った。瑛己の父・晴高の葬儀の時である。

 だがそう言われても瑛己は、父の事で彼を恨んだ事はなかった。わからなかったとも言える。

 橋爪は晴高の友。そして瑛己にとって〝好きなおじさん〟の1人であった。

 あれから12年。あの言葉は覚えている、だが彼の胸にあったのは、なぜ橋爪がそんな事を言ったのだろうかという疑問だけだった。本当の意味で憎むような感情はわいてこなかった。

 ――だが、今は。

「……」

 瑛己はピタリと足を止めた。そして自分の手を見た。それをぎゅっと握り締め、目を閉じる。そこにあるのは完全な闇ではない。だが閉ざされたその世界に。

 この感情は何だろうかと、瑛己は思う。

 熱い。そして……苦しい。

 あえてそれを言葉として表現するならば、それは。

 ――怒り。

「……」

 12年。

(おじさん……)

 今初めて瑛己は、その心の内で、橋爪 誠という人物に対して。疑念ではなく、怒りを抱いている。

 唇をかみ締めている事に、気づかないほどに。

 今すぐにでも会いたいと。橋爪に会って話しがしたいと。瑛己は思った。

 だが、不意に吹いた冷たい風に彼は我に返った。ああ、ここは『ビスタチオ』。遠い北の大地、『蒼』ですらない。

「……」

 拳を緩める。吐いた息は、まるで黒い塊のようだった。

 そのまま空を見上げたが、晴れてるなとしか思わなかった。その空がこの国に入って初めてといえるほどの天気だという事にすら気がつかなかった。

 どれくらいそんなふうに空を眺めた後だろうか。

「こんにちは」

 不意に聞こえた声に、瑛己は驚いた様子でそちらを振り返った。

 見ればそこに人が立っていた。いつの間にそこに現れたのかすら気がつかなかった。そこにいたのは、カイ・アガツ大尉だった。

 瑛己はぎこちなく頭を下げた。「どうも」

 そのまま、その場を去ろうとした彼であったが。

「聖……さん、でしたか?」

 思いもかけず名を呼ばれ、瑛己は驚き振り返った。「はい」

「足を……負傷されたと聞きましたが? お加減は?」

 青い目が覗き込んでくる。少しドキリとし、瑛己は答えた。

「大丈夫です。……どうも」

「医務室には?」

「今、行ってきた所です」

「そうですか……今日は朝から色々聞かれたのでしょう? 失礼はなかったでしょうか? 他の方々にも、助けていただいたのに返ってご迷惑をおかけしたような気が」

「いえ、大丈夫です」

 何だか居心地が悪い。そう思った。

 相手が異国の女性という事もある。身なりも髪も男のようだが、やはり整った顔立ちは女性の物。鈴のような声にもまた、妙に心が揺すられた。

 瑛己はばつ悪そうに頬を掻き、「では、失礼します」とその場を去ろうとした。女性と接するのはどちらかと言えば慣れていない瑛己である。

 だが。

「あ、待って」

 なぜか呼び止められた。むしろいぶかしげに、瑛己は彼女を見た。

「あなたは、」

「……?」

「なぜ昨日、1人で飛んで行ったのですか?」

「……」

「あなたが向かったその空には……白い飛空艇がいたはず。1人で【白虎】を相手にする白い鳥、それを知ったから……?」

「それは、」

「それに」瑛己の言葉を制するように、アガツは続ける。

 その青い瞳は、複雑な色を灯していた。

「あなたは先日、『ム・ル』の事を聞いた」

「……」

「『ム・ル』壊滅のその場に、白い飛空艇がいたという情報もある。……それが『ム・ル』を焼いたとも」

 瑛己はじっと、彼女を見た。

「あなたとその白い飛空艇は一体」

 喉が鳴る。

 鳥の声は聞こえない。

 沈黙はまるで、雪の中のよう。今日は雲すらないのに。

 最終的に、沈黙を破ったのは瑛己の方だった。「何度か助けられたんです」

「危ない所をその飛空艇乗りに」

「……空(ku_u)」

「はい」

「噂には。物凄いパイロットだとか?」

「ええ」

「そうですか」

「……」

 アガツが視線を外した。そして彼女は少しだけ周りを確かめるように視線を動かし、張り付いていた前髪を横に払った。

「天罰だとも、言われてるんです」

「え……」

 不意に話し出したアガツに、瑛己は少し目を開く。

「『ム・ル』です。……あそこが元々、何て呼ばれてたかはご存知で?」

「いえ」

「聖域です」

「……」

「この前言いましたね。降り注いだ光の伝承……そして『ビスタチオ』が発芽する奇跡の場所……そこから一番近い町が『ム・ル』なのだと」

「はい」

「『ム・ル』は『ビスタチオ』随一の産業都市です。……何をもって栄えた場所なのかわかりますか?」

 彼女が何を言おうとしているのか、瑛己は脳を研ぎ澄ました。

「あそこは……あの土地には、貴重な資源が埋まっていた。『ナノ』と呼ばれる資源……それを用いて」

 ――『ナノ』。

 聞いた事あると、瑛己は思った。

 確かあれは、

(無凱の装甲)

 普通の弾では太刀打ちができなかったあの強板。

 ――それを貫いた物は?

「国内でも、それが取れたのはあの土地だけだった。その資源は鉄より軽く、そして強度が優れている。まだしっかり解明されているわけでないそれを、研究者たちはこぞって」

「……兵器として利用した……?」

 ポツリとこぼした瑛己の言葉に、アガツはただ彼を見つめるだけ。返事はしなかった。

 だが。

「なぜあの土地だけでそれが取れたと思いますか?」

「……」

 天からこぼれた光の伝承。それが降り注いだ土地。そこから芽吹く、南国の木の実。

 そして取れた、『ナノ』という鉱物。

 それは鉄を凌駕し、圧倒的な強度を持つ、

「まさか」

 その場所でしか、『ナノ』は、取れない。

 すなわち。

「天罰です」

「――」

「我々は、神より賜りし物を、兵器として利用している。公には発表されていません、ですが……それで利を得ている」

「……」

「『ム・ル』壊滅は、神のご意志でしょう。その白い飛空艇が何者かは知りませんが。その姿を見た者は皆言っている。神の化身であったと。神が滅びを望むのならば我らの道は」

「違う」

「――」

「〝彼〟は神じゃない、命令されて」

「え」

「…橋爪ま―――――」

 言いかけ、瑛己はハッと口をつぐんだ。

「え? ごめんなさい、今よく聞こえなくて」

「……いえ、何でもないです」

 視線を外し、瑛己は目を閉じた。「もうそろそろ戻らないと」

「呼び止めてごめんなさい。変な話をして」

「いえ」

「あなたは『ム・ル』を気にしてた。その上、彼の場所へと駆けつけて行った……ちょっと、気になって」

「……」

「その飛空艇乗りは……神ではないのですか?」

 そんなアガツの問いに。

 瑛己は深く瞬きをして、小さく笑った。「人です」

「僕らと同じ、人です」

 この世界においては小さな小さな存在。

 何かに悩み抗えない力に翼を翻弄されながらも。

 懸命に飛ぶ、その姿は自分たちと何一つ変わりない。

 人。

 だからこそ。

「俺は……守りたいんです」

 おこがましいとは、わかっているけれども。

 泣かせたあの背中が、脳裏を過ぎるから。





 懐にあるのは、甘すぎる煙草。

 火を点けずそれをくわえ、飛は心の中で小さく呟いた。

(お前は阿呆や)

 壁の向こうに、瑛己とアガツが話している。

 会話の行方をぼんやりと聞き、そして飛は天井を見上げた。

 ――『黒』との間にきな臭いもんが立ち込めるこの時分に。一介の飛空艇乗りでしかないお前が。

(自分の国にまで喧嘩売る気か?)

 今日は気分が苦い。

 これはひとえに、この煙草のせいだ。こんな事なら吸わない方が良かった。

 見上げた天井にはしみができていて。見続けているとどんどん大きくなっていくようだった。

 彼の心の、苦虫と同じように。




 

 ――数分後。

 食堂に着いた瑛己と、1分ほど遅れて現れた飛は。

「おー!! 瑛己、先に食堂に来とったんかー!! 探したぞド阿呆!! どこ行っとったんや!!」

「……ああ、今きた所で」

「何や入れ違いかー? おー、寒っ!! 無駄足踏ませやがって」

 わざとらしいほど大きな声を出し、バシバシと彼の背中を叩いた。

「聞いたぞ瑛己、お前昨日、秀一が止めるのも聞かずにこいつをぶん殴って、空(ku_u)んトコ向かったって!? 謝れ阿呆! 今すぐここで」

「飛、待って、僕殴られてないよ」

「似たようなもんや!! このド阿呆!! さぁ今すぐここで土下座せぃ!!」

「……すまん、秀一」

「ちょ、そんな、気にしてないから! 瑛己さんも謝らなくてもいいからっ。周り皆見てるし!! 恥ずかしいよ、やめて」

 飛の様子に新は違和感を覚えたが。

 特に何も言わず、ただ右目を少し下げ苦笑した。




 空に雲は未だ見つからない。

 淀みなく澄んだ蒼空に。

 だが人の心はそれぞれ。別の空を映している。



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