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 『北天乱舞(Confused fight)』-3-


「報告します! 『リスビア第13地区』上空にて空賊連合軍と『ア・ジャスティ』空軍が衝突、連合軍が空軍を撃破! ならびに『イリア湖』上空にて【白虎】の前線部隊と『ア・ジャスティ』空軍が衝突。【白虎】の勝利です! 他、現在交戦範囲拡大中。そして撃破した中に『ア・ジャスティ』統括担当カイ・キシワギも含まれている模様」

「――上々。作戦の成功と無事を祈るとハヤセ殿に伝えよ」

「ハッ」

 伝令が勢いよく部屋を去っていく。

 それを見届け、上島は小さく口の端を吊り上げた。

 【白虎】のアジト、地下一室にて。

 時刻は、そろそろ夜明け。窓一つないこの部屋では陽光は拝めないものの、上島は頭上から光が煌々と差すような心もちであった。

 テーブルに置いてあった極上のワインを、グイとひと飲みにする。

「思ったより容易たやすかったな」

 積み上げられた書類の山を一瞥いちべつし、思わず鼻で笑ったその時。

「へぇー、うまくいってるようですね」

 ノックもせず、いきなり戸が開いた。

 そこに現れた人物を見、上島は明らかに嫌悪の表情を浮かべた。

「……フズ殿」

「任務遂行、ご苦労様です」

 片輪眼鏡のその男はニヤリと笑った。皮肉げに見えるその表情に、上島の顔はますます険しくなる。

「来るなら来ると、連絡くらい」

「つけようがなかったんですよ。あんた、どこにいるんだかわからないし」

「……何用で?」

「たまたま通りがかったもので。どのような感じかなと思いまして」

 独り言のように言い、フズは室内を眺め見た。

 その様子に上島は内心舌打ちをする。

「たまたま? たまたまで貴公がこんな内陸おくまでくるはずがなかろう」

「いえ、本当に。こちらも別件で色々忙しくて」

「ならばとっととお帰りを」

「……せっかく立ち寄ったんだから、どんな感じか聞かせてくださいよ」

 垂れ目の青年は、嘘っぽいほど懐っこい笑顔を上島に向ける。上島は眉を寄せ、「フン」と鼻を鳴らした。

「現在、【白虎】と周辺の空賊連合軍が『ア・ジャスティ』空軍と交戦中。いかに空軍とて、数が数だ。【白虎】と空賊の連合が現状で総計200。生半可には撃ち砕けまいて」

「へぇ」

「『ア・ジャスティ』は時間の問題で墜ちる。その後そのまま『ビスタチオ』を東へ。『ア・ジャスティ』が墜ちれば他の基地も黙っていまい。戦争になるかもしれんな。その中で、各地の空賊を取り込みながらさらに規模を拡大し、最後には国内の空賊全部を取り込んで『黒』に至る手はずだ」

「なるほど。『ビスタチオ』の空賊連中が簡単になびくとは思っていませんでしたが。まさか空軍を使うとは」

「……【白虎】の名の下に『黒』に従うか、今ここで『ビスタチオ』によって滅ぼされるか。選択せよと迫られれば1つしかあるまい」

 もう一度鼻を鳴らし、上島は明後日を見た。「【白虎】副長・ハヤテ。中々使える男だ」

「命の恩がある、そういう事ですか」

「……」

「賊長は確か、テギ――ご容態は?」

「フン……一命は取り留めたよ。直に全快するだろう。奇跡の御技だと喝采を浴びたよ」

「それはそれは。いい事をされましたね。人助けは気持ちがいいでしょ?」

 遠慮なく笑うフズを睨みつけ、それから上島は少し口の端を吊り上げた。その顔は自嘲げにも見えた。

「だから俺だったんだろうな」

「?」

「この作戦だ……ハヤテは元は『蒼国』出身、加えて妹テギは不治の病。だから俺が選ばれた、そう言う事か」

「さあ?」

「俺は最初は、お前がこちらの任にふさわしいと思ってたよ。元【ケルベロス】のフズ」

「――」

 その名に。

 フズの相貌がふっと厳しく細められた。

 言葉を選ぶように間を開け、フズは右目だけに引っかかった片輪眼鏡をスイと持ち上げた。

「俺はこの国に、二度と表立って入れない決まりがあるんで。それに……ハハ、まとめる前に俺だったら、全員ぶっ殺してますよ」

「――」

「『黒』の手前……いや、あえて言うならドトウ閣下の手前があるんで野暮は打ちませんがね。拾ってもらった恩義がありますので。……あんただってそうでしょう?」

「……」

「元『蒼国』・『日嵩』空軍基地総監まで勤めた男が、いまや亡命して『黒国』第一公家ドトウ配下……世の中、何が起こるかわかりませんね本当に。あ、いや、元【サミダレ】幹部・富樫何とかと言った方がよろしいでしょうか?」

「それを言うな、フズ」

 軽く睨んだ上島に対して。フズは少し笑って。

「俺も、二度と、【ケルベロス】の名は出さないでいただけますか」と言った。

 口元は笑っていたが、目はまるで氷のようだった。

 その瞳に圧倒され、上島は知らず後ろへ一歩たじろいだ。身を引いてから、自分がした行動に激しく舌打ちをした。

「……失敬」

 ――空賊上がりの下賎民がッ

 このような輩と対等で口を利かねばならんとは。

 名折れだ。吐き気がする。虫唾が走る。

 ――だが今は、仕方がない。

 何とか心を静める。笑顔を取り繕う。

(すべては)

 あの方のため。

 すべては大義。

 すなわちそこにあるのは、正義。

「そうそう、そう言えば。一つ耳寄りなお知らせが」

 眼光に潜む鋭利なものを瞬き一つで消し、何食わぬ顔でフズは言った。

「来ているそうですよ?」

「何が」

「『湊』空軍基地、327飛空隊。通称・『七ツ』」

「――」

「あれ? 何だ、やっぱり知らなかったのか。国命であなたを追ってこの地までやってきたんだとか。『ア・ジャスティ』にいますよ」

「……」

 上島は舌を打った。

「なぜ、私がここにいると」

「さあ? どっかで嗅ぎ付けたんでしょう。それとも、あなたがここにいると密告した者でもいるとか?」

 そう言ってニンヤリと笑うフズを、上島はじっと睨んだ。

「……用を思い出した。失礼」

「お気をつけて」

 足早に出て行く上島の背中に向けて、フズは十字を切った。

「ああ、そうだもう一つ言い忘れてた」

 室内にはすでに、上島の姿はなかったけれど。

 誰にとも無く微笑みかけながら、歌うように言葉を口ずさむ。

「あの人も出ますよ。……〝絶対の飛空艇乗り〟そんな通り名でしたね」

 後はただ、クスクスというフズの笑い声だけが、密室に小さな花を開かせていた。

 ただしその花は、毒があれども。



  ◇


 軍手をする。2枚。

 他の装備の多くはここの空軍に勧められた物へ変えた。自前の物より格段に防寒性が優れていたからだ。

 だがしかし、手袋だけはそうはいかない。もらった物は飛空艇に置いたまま。瑛己はいつもの軍手をはめる。

 どうしても感覚が違う。これじゃないと、違うと思ってしまう自分がいる。

 その違和感が飛行に繋がる。操縦に繋がる。そしてそれはそのまま命へと繋がる。

 2枚重ねでは動かし辛いが、それでもまだ、この方がしっくりくる。

 ――足早に、磐木を先頭にして。それぞれが何かしらの思いを内に秘め、格納庫へと向かっていた。

 その間にも基地は慌しく動いていた。

「3機帰還!! 3機帰還!!」

 滑走路には数機の機体が、文字通り〝転がって〟いた。

「あれは」

 秀一が息を呑む。

 転がる機体の3機のうち、2つは炎を上げていた。消火班が必死に火を消していた。

 残る1つは辛うじて炎上は間逃れているものの、機体が斜めになっている。地面に叩きつけられたエルロンが半分ほど吹っ飛び、胴体が付くスレスレの状態だ。

 辛うじて持ちこたえた、そんな印象の機体から、乗り手が引っ張りあげられている。

 数人掛りでどうにか引き上げられたその人物は、遠目にも、血まみれだった。

「キシワギ大佐ッ……!!」

 アガツ大尉が周りの静止を振り切り、叫んでいる。

 磐木は何も言わず、そのままそこへと足を進めた。それに全員が続いた。

 『湊』第327飛空隊・通称『七ツ』。

 ジンがくわえる煙草から出る煙など、炎を上げる機体のそれに比べれば何と小さな物であろう。

 そして近寄れば近寄るほど、機体の損傷と、パイロットの様子は明確になって行く。

 パイロットが救い出された直後、機体は怒りを覚えたのかたちまち炎を上げ始めた。途端消火器が向けられ、押さえ込もうと懸命に人が群がる。

 煙が上がる。何ともいえないにおいが立ち込めたが、風によってそれは吹きさらわれた。

 すべては白み始めた空へと。

 夜明けまで間はない。

「あ」

 アガツが磐木たちに気づいたのは、キシワギが担架に乗せられている最中であった。

「大佐」

 磐木は重々しい声で呟いた。

「……」

 全員が、変わり果てたキシワギの姿に言葉を失った。

「大佐」

 もう一度磐木が言う。だがキシワギの目は開かなかった。

 被弾によるものか、着陸時に受けたものなのか。血に汚れたその体に、白い布がかけられていく。

「行って。早く処置を!」

「はいッ!」

 アガツに言われ、救護班はキシワギを抱えて駆けて行った。

 瑛己たちはその背中を、ただ無言で見送った。

 残ったアガツも、呆然とした様子でじっとそれを見ていた。

「何て事でしょう……」

「アガツ大尉」

「いえ、大丈夫。大丈夫です……私は平気。大佐が助かってくれれば……」

「一体何が」

 磐木に問われ、アガツはただ首を振った。「……誤算」

「詳しい戦況は私にも。ただ……現場に駆けつけた時、【白虎】と空賊は戦闘どころか、まるで結託していたかのように空軍目掛けて襲ってきたと。なにぶんにも数が悪い。大佐が率いた部隊は、せいぜい20」

「向こうは?」

「……わかりません。各所に分けた部隊が全部同じように、連合部隊に苦戦を強いられてる。うちは全軍で100ほど出しましたが……分散させたのが悪かったのか。もし【白虎】と空賊が本当に結託していたとしたら……もう、数の上では我らを遥かに」

「申し上げますッ!! 西方より飛空物体あり!! 恐らく、大佐たちを追ってきた空賊の様子!!」

 掛けてきた伝令に、アガツは顔を歪めて怒鳴るように聞いた。「数は!?」

「およそ15!!」

「くっ……今この基地は手薄なのにッ……」

 ジンが、くわえていた煙草をペッと放り出した。

 弧を描き地面にたどり着いたそれを、思い切り、軍靴のかかとで踏み潰す。

「……行こうか」

 そして一番に歩き出した。

 その背中に、新と飛が続く。

「行くって」

 そんな彼らに目を見張るアガツに。

 磐木は大きく頷いた。そして彼にしては珍しく、口の端を吊り上げて見せた。

「アガツ大尉。ここをお願いします」

「――」

「行くぞ」

「はい」

 磐木の後ろには、瑛己と秀一、そして小暮が続く。

 極寒なれど雪はない。

 瑛己は空を見上げ、それだけは、その瞬間ただ純粋によかったと思った。




「滑走路を開けろ!! 『七ツ』出るぞ!! 人を引かせろ!! 手の開いている者は警戒態勢を!! 残った飛行部隊はどれだけだッ!?」

 白河が、慌てふためく『ア・ジャスティ』空軍の幹部を捕まえ指示を出す。

「総員戦闘態勢だッ!! 残った部隊は離陸準備をッ!!」

 ――気をつけろよ、磐木

 基地は俺が守る。

 空を飛べない者には、飛べないなりの戦い方がある。

 そう教えてくれたのは、

 ――頼むぞ、聖

「急げッ!! 時間との勝負だぞッ!!」




 離陸体勢に入る。

 無線、計器、操縦桿を確かめる。

 バックミラーを微調整する。

 右の機体には飛がいて、目が合うとニッと笑って、親指を立てて見せた。

 左の機体には秀一が。こちらは真剣な表情で、コクリと頷いた。

 瑛己は1度深く瞬きをして、胸元から写真を取り出す。

「……」

 一瞥だけして、元に戻す。

 ドッドッドッドッというエンジン音が小刻みに流れ。

 先頭にいた磐木の機体がジワリと動き出した。

 開け放たれた格納庫の扉が、ガタガタと鳴る。

 だがそれ以上に音を立てるプロペラ音が。そして体を駆け抜ける心臓の音が。

 世界のすべての音を打ち消し、飲み込んで。

 ――最終的に、無音へと導く。

 瑛己が格納庫を出た時、空から光が差した。

 夜明けだ。

 その光に視線を移したその時に、機体が陸と離れた。



 またここに戻るのか、そう思った自分に瑛己は苦笑した。

 戻るべき場所は、空である。

 そう思う事は、自分が飛空艇乗りの証であるという事。

 魂をここに燃やしているという事。

 飛ぶ事に、命を懸けているという事。

 吹く風は、陸とは確実に違う。

 独特のその感触、におい、温度は。

 精神をたかめて行く。

 だから瑛己は歌を口ずさむ。

 胸の昂りに気持ちを持っていかれないように。

 冷静に。

 一人の人間として空に、操縦桿に、飛ぶ事に。

 自分自身に。

 向き合いたいがために。




「総員、戦闘態勢に入れ」

 レーダーに点滅する白い点。

 すぐにそれは肉眼でもはっきりと確認できた。

 西の空。点在するのは出立前の情報を頼りにするならば15か。

 磐木はバックミラーではなく肉眼で、後ろに控える者たちを見た。

 彼が操るのは『葛雲』。

 一回り大きいそれは、必然、他の者たちの道しるべにもなる。

 彼は一つ息を吸い込み、無線に向かってゆっくりと言葉を紡いだ。傍受される恐れは周知。だが躊躇ためらいいはなかった。

「いいか、よく聞け。今回はここに留まらない。これはただの前哨戦だ。ここを突破したらそのまま『ア・ジャスティ』空軍の援護に向かう。繰り返す。これは前哨戦だ。いいな」

《了解》

 短い返事が無線越しに返るのを聞き遂げ、最後に磐木はもう一度無線に語りかける。

「風迫」

《……は》

「頼むぞ」

 ジンの機体は一番後ろにいる。肉眼ではパイロットの表情はとても捉えきれない。

 磐木はゆっくりと、返事を待った。

 彼が何を思ってその言葉を口にしたのか。

《……了解》

 磐木とジン。

 2人には、それだけで通じるものがある。

「行くぞ」

 吹く風は追い風。

 背中を押され、導かれる場所は果たして天国か、地獄か?

 それとも、それすらも及ばぬ世界なのか。

 ――風があるだけさ。

 その時ふと、磐木の脳裏にその言葉が浮かんだ。

 ――他には何もない。ただ俺は。




 風と共に生きて、それと共に消えるだけ




「行くぞ!!」

 もう一度磐木は、無線ではなく自分に向かって叫んだ。



  ◇ ◇ ◇


 ドドドドドド

 開戦の狼煙のろしは、空賊側が上げた。

 射程距離ギリギリからの乱発。

 327飛空隊はそこで、四方に散った。それを見た彼らも空に弾けるように散る。

 総数は、正確に言うのならば7対16。

 数の上では『七ツ』は不利である。

 だが接触間もなく、その数は7対14に変化する。

 上へと舵を切った新が、そのまま翼を斜めに空を割り、空賊連合の一番中心を切り裂いた。

 空気の違いか、新も驚くほどのスピードが出る。自分でもまるで、空を断ち割ったような気分だった。

 そのままマゴついていた1機を捉え、撃った。

 新に撃たれた機体は即時爆破し、別の機体もそれに巻き込まれた。

 その映像を見、新は少しギョッとした面持ちで墜落するふねを見やった。

「うわー、もろ、ビンゴー」

 今の射撃、新としては狙いが少し遅れた。羽根を弾く程度かなと思っていた。

 だが反応速度の違いか、それはまともにいい場所へ入った。

 それこそ、パイロットが逃げるいとまも与えぬほどの。ど真ん中へ。

「こりゃ、感覚修正必要かにゃー?」

 そうこうするうちに、新の後ろに1機付く。

 『蒼』では見た事がない配色に、口笛を吹く。

「どこのどなたさんですかー?」

 記憶の中にない空賊。それはある意味、新鮮で面白い。

 予備知識がない分、ただ純粋に向き合える。例えるなら【天賦】という名を聞いて同時に抱く重圧のような物は何ももない。

 思わず新は笑ってしまった。

「その翼の角度、見た目はカッコいいけどさー」

 操縦桿を押し倒す。

 アクセルを踏み込む。操縦桿を抱えるように、少しその背中が曲がる。

 ためて、ためて、ためて。

 向こうが射撃するギリギリで上へと逃げる。そのまま一ひねりし、エルロンを傾ける。

 ドドドド

 この射撃はただの威嚇だけ。

 弾丸と同様のスピードから立て直す。追ってくる乗り手も上手く、きちんとついてくる。

 新はニヤリと笑った。

 ギアを切り替える。

「その羽根、横が見難くねえ?」

 呟いたその刹那。

 斜め横から現れた青い機体が、空賊のどてっ腹を打ち抜いた。

 3番艇、小暮だ。

 新はその爆破から逃げ、小暮に向かって手を振った。

「やっぱ、他所の国は新鮮だねー」

 命のやり取りをしているとはとても思えない清々しいほどの笑顔で、新は次なる一機に狙いをつける。



 秀一の集中は、ギリギリの状態だった。

 彼が目で追うのは、空賊ではなく飛の機体。

 飛はいつも以上のスピードで空を駆け回っていた。

(心配は無用だったかな)

 やはり気になるのは彼の心の事であった。

 だが今のところその飛行に変わった様子はない。

 それに安堵のため息をついている時、バックミラーにちらつくその影に気がついた。

(後ろつかれた?)

 気づくと同時に左へ機体を切る。

 間髪、その翼をすり抜けるように弾丸が走って行った。

 ゴクリと唾を飲み込む。

 操縦桿を握る手に力を込める。

 ――僕の夢は、飛に凄い飛空艇乗りになったなって認められる事だから

「嫌な事言っちゃった」

 あんな事言った以上は、下手な所で墜ちるわけにはいかない。

 斜めに逃げる。逃げた傍から撃ち込まれる。

 弾の走りが早い。これが昨日飛達がしきりと言っていた「スピード感の違い」だろうか?

 エルロンの一端を砕かれたが、操縦に支障が出るほどのものではなかった。けれども普段ならそれは、避けられた間合いだった。

(やっぱり違う)

 弾の滑りが早い。同様に機体の滑りもだ。

(国が違うだけでこんな違うなんて)

 ダダダダダ

 そうこうしているうちに、今度は上から射掛けられる。歯を食いしばって、懸命に逃げる。

 高度を落とせばそこには平野部だが、向こうに民家が見えた。

(巻き込むわけには)

 しかし追い立てられて次第に、そちらに翼が向いてしまう。

 右に避ければ今度は別の一機が襲い掛かってくる。

 秀一についた機体は、気がつけば3機。

 背後につかれた時振り払う技術は、隊内でもうまい方である秀一ですら、3機の機体につかれては思うように羽根が動かせない。

 まして思考の邪魔をするのはここが異国の地という事。予想外の動きをする機体と弾が、彼の飛行の邪魔をした。

 くわえて言うならば、秀一にとってまともな空戦は随分久しぶりであった。

(勘が)

 注意すべきだったのは、飛より自分の方だった。初めてそれに気づいたその時。

 ドドドドドド

 銃撃音と共に、後ろの機体が一つ弾けとんだ。

 何事かと思っている刹那、青い機体がクルリと彼の目の前をすり抜けて上へと飛んだ。

 秀一はそれに続き、操縦桿を引き起こす。

 そうしている間にも、前にいたその機体はすぐにエルロンを斜めにし、同じくついてきた残りの2機を簡単に撃ち落とした。

 あまりにも早い仕事に、思わずポカンとしてしまっていた秀一の耳に。

《余所見するな》

 淡々とした低い、ジンの声が聞こえてきた。

「ありがとうございます、副長」

 答えたが、返事はない。

 秀一は笑った。

 飛は大丈夫。それよりも。

 ――自分が自分に誇れるように。

 操縦桿を握りなおす。

 飛は随分高く飛んでいる。

 だがもう、それを秀一は見ない。

 信じるならば、今は見てはいけない。

 次に会う時のために、精一杯今目の前にある事と戦う。

 秀一の目に、凛とした光が灯った。

 翼を翻し、もう一度、戦場に向かって翔けていく。




 

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