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 『北天乱舞(Confused fight)』-2-

 電報が届く。

 文面はただ一言。

 一読だけする。

 あとはやるだけ。



 あとは、戦るだけ。



  ◇


 ゴーグルを外す。飛行帽を取って、瑛己は適当に頭を振った。髪を乱雑に掻きあげる。

「ふーっ、これでも陸地の方がまだマシやな」

 飛空艇から降りマフラーを少し緩めていると、横から飛がきて彼に笑いかけた。

 その顔に、瑛己は少し苦笑した。

「空で死ねたら本望、じゃなかったか?」

「……せやな。でも寒いのは敵わん」

 うーんと背伸びをするその頭を軽く小突く。

「痛いやないか」

「そりゃよかった」

 パタパタ手を振り、歩き出す。

 『ア・ジャスティ』空軍基地。彼らが戻った頃にはもう日が傾きかけていた。

 東の空からは暗雲が押し寄せている。

「今夜もまた降りますかね」

 いつの間にか傍にいた秀一に問われ、瑛己は何とも言えず無言で空を見た。

 確かに風は、冷気を含んでいる。雪を思わせるようなにおいが鼻腔に入り込んでくる。

「あーさぶっ。はよ基地戻ろ」

「あ、飛ー! ちょっと言いたいんだけど! お前、上で騒ぎすぎ!!」

「あん?」

「無線に向かって喚きすぎ! もうちょっと静かに飛べないの!? 山があったー、風が冷たいー、寒いー、腹減ったーっていちいち叫んで! 黙って運転できないのかよ」

 秀一に説教され、飛は少したじろいだが。

「……ええやろ。見慣れん空で、コーフンしとったんやから」

「でもっ」

 さらに詰めかかる秀一の肩を、瑛己はそっと持った。「行こう」

「瑛己さん、この馬鹿には言わないとわかんないですよ!」

「……」

「あー腹減った」

 瑛己は静かに、目だけで秀一を制する。

 そんな中に新が加わる。

「飛ー、お前としてはどうだった? 『蒼』との空の感触差」

「やっぱ昨日ジンさんの言った通りですわ。風の滑りが違うっちゅーか空気の重さが違うっちゅーか。スピードが乗りますねこりゃ」

「だよな……スロットル最大まで上げたら、どこまで速度出るかな」

「旋回角度がちょいきつなりません?」

「逆におっかないか?」

「でもやってみたいですわ。どこまで速度残して曲がれるか。速度の落ちがどの程度か」

 盛り上がる2人の姿に秀一は頬を膨らませ、最終的に呆れたように息を吐いた。「……もう」

「秀一」

「皆甘すぎ」

「……不安だったんだろ」

「え?」

 二度は言わない。

 雲は鬩ぐように唸り声を上げ、空を覆おうとしている。

 その音を聞きながら、瑛己は目を伏せた。

「隊長、一度空戦視野に上がってみる必要あるんじゃないですか?」

「……そうだな」

「吹雪の中も飛んでみるか?」

「いやそれジンさん、ヤバイですわ」

「うん。俺も。雪の日は休業日なんで」

「馬鹿共が。この国で上天気の日なんぞ滅多にないぞ」

「そこは俺ら、ねぇ? 空の神様に愛されてるから」

「そうそう。せや! ほら、うちには運命の女神に愛されてる奴もおるし」

「だいじょーぶだいじょーぶ」

「隊長、この馬鹿どもだけでも吹雪に上へ行かせましょう」

「そうだな」

「そらアカンわ、新さん、はよ逃げましょ」

「せやせや」

「逃げるな馬鹿ども」

 笑いながら一足先に走っていく飛と新の姿を見ながら、秀一がもう一度「もう」とため息を吐いた。

 彼らがそんな調子で笑い合っている最中、先に降りていたアガツが軍服姿の者と話していた。

 独特の白い陶器のような肌に赤みが差している。男のように短い金の髪が風に揺れるともなく揺れ、その眉間に深いしわが寄った。

 だが改め『七ツ』の面々を振り返った彼女の顔からは、そうしたものは一切拭い去られていた。

「お疲れ様です。今日はこれで。またご案内します」

「今日はありがとうございました」と磐木が深く頭を下げた。それにアガツは少し困ったように笑った。

「いえ。次は地上絵が見えるといいですね」

「……何かあったので?」

 白河の問いにアガツは目を伏せた。

「大した事では。……それでは。お先に失礼します」

 最後にもう一度ニコリと笑い、アガツは飛行服のままキシワギがいる本部塔の方へと駆けて行った。

「何か妙な空気ですね」

 その背を見送り、小暮が呟く。

 瑛己は格納庫の方を振り返った。確かに整備士の動きが少し慌しい。

 空気に混じる、妙な緊迫感。

「とりあえず飯にしますか」

「うむ」

 瑛己は空を振り返った。

 雲の切れ間から太陽が覗いたが、一瞬後には飲み込まれ雲の奥へと消えて行った。

 この地にいるすべての者が知っている――もう今日はその姿、拝む事できないのだろうと。




「やはり……妙だな」

 基地内の食堂は、瑛己たちが行くといつもそれなりに人で賑わっていた。

 金髪・碧眼の面々の中に、黒髪の一団は明らかに浮いていて。最初は居心地悪い思いをしたものの、皆彼らを笑顔で受け入れてくれた。

 だからそんな中でも少しずつ場所を見つけ始めた彼らであったが。

 今日は明らかにいつもと違い、食堂に人が少ない。

 時間としては、もう混雑していてもおかしくないはずなのに。

「何かあったんですか?」

 と通りがかった最近見知った顔に小暮が問いかけた。問われた男は少しばつ悪そうに言葉を濁し、そそくさと去って行った。

「……」

 用意してもらった料理を、周りの異変を感じながら瑛己たちは無言で食べた。

「後でキシワギ大佐の所へ向かおう」

「うす」

「着替えて再び集合。いいな」

 まだ飛行服姿の彼らは、手短にそう打ち合わせして目を合わせた。

 その間にも耳に飛び込んでくる誰かが走る音に。瑛己は嫌な予感を覚えずにはいられなかった。



 そして食事を終えた彼ら、着替えに部屋に戻る最中。

「聖」

 その声に瑛己は振り返る。

 小暮であった。

「ちょっと来い」

 促され、瑛己は無言で彼を見た。

「何や」

 傍にいた飛が明らかに態度を変えたが。

「いい。先に行っててくれ」

「せやけど」

「……」

「……わかった」

 宿舎へと続く渡り廊下の向こうへと消えて行った小暮を、瑛己は一人で追いかけた。

 角を曲がるとすぐの所に、小暮は背をもたれさせていた。

 飛行からそのまま、小暮はまだ眼鏡を取ったままである。胸のポケットに引っかかっていた。

「何ですか」

 瑛己の問いに一呼吸置き、さらに大きく息を吐いた。白くよどむ。

「お前、」

 言葉を切った上でもう一度瞬きをし、最終的にそれから30秒ほど間を置いた上で、その続きを口にした。

「何を知ってる?」

「……何の話ですか」

「『ム・ル』だ」

「……」

「何を知ってる? 聖」

 瑛己はその横顔を見つめた。瞬きはしなかった。

「別に」

「『ビスタチオ』随一の産業都市『ム・ル』。この夏、工場内の暴発事故が原因で壊滅した。『蒼』ではそう報道された」

「……」

「お前がそんな事気にしてるとは思わなかったよ」

 瑛己は少し笑った。

「政治経済に興味があるんで」

「お前が言うと嘘には聞こえんがな」

 ようやくここで小暮は瑛己を見た。「でも実際には違うんだろ?」

「言い換えよう。どこでそのネタ、掴んだ?」

「……」

 瑛己は小暮を見据える。目はそらさない。瞬きもしない。

 ――知ってる。

 『ム・ル』壊滅の原因。それが本当は何だったのか。小暮は知っている。

 手がかじかんでいる。汗が浮いてくる。瑛己は内心小さく笑った。

「小暮さんはどこで?」

「質問で返すな」

「……」

「答えろ。お前……何を探ってる?」

 質問の上乗せはいいのかと、瑛己は眉を寄せた。

「別に何も」

「『湊』でも図書館に入り浸ってただろ。『園原』から帰った直後からだな」

「……」

「あの時お前、誰かに呼び出されてたな……確かあれは、」

「――小暮」

 その時不意に。この場にあるはずない低い声が響いた。

 思わず振り返ってしまうほど、瑛己も本音は焦っていた。

「隊長」

「そのくらいにしてやれ」

 彼が磐木の姿を見てこれほど安堵の表情を浮かべた事は今までない。瑛己のその様子に、磐木もやや呆れ顔で2人の間に立った。

「集合時間まで間が無いぞ」

「しかし」

「切羽詰った話でもあるまい」

「……」

 目をそらす小暮と、それをじっと見据える磐木。

 その姿にようやく、瑛己は自分の中のさざなみが静まるのを感じた。

 だから。

「山岡です」

「……?」

「山岡 篤に聞きました」

 以前磐木に話したのと同じように小暮にもそう言った。

「それは、」

 その名に小暮は明らかに顔色を変えた。「【竜狩り】の……?」

「はい。『園原』で呼び出されました」

「なぜお前を」

「小暮、俺達が『白雀』で奴に助けられた話はしたな?」

「……確か、無凱の手から逃れる際に援護してくれたと……」

「その件で聖は礼を言おうと思ったらしい。何でも奴は〝田中 義一〟の名を語って『湊』に現れ、聖に近づいてきたらしい」

「その時聞きました。『ム・ル』は【空(ku_u)】が壊滅させたのだと」

「――何やて!?」

 突然したその素っ頓狂な叫びに、瑛己はたちまち嫌そうな顔をした。

「瑛己、今なんちゅった!? どこの誰が何したって!?」

「……掴むな、苦しい」

 現れたのは当然飛で、彼がいるならばそこには秀一もいる。

「お前ら何やってんのー?」

 そうなれば新も顔を出す。

 瑛己はため息を吐いた。ここまでこれば恐らく、ジンもどこかにいるのだろう。

 全員集合の様相に、小暮も珍しく小さく舌を打った。

「【空(ku_u)】が『ム・ル』を壊滅した、けれどもそれがなぜなのかはわからない……だから気になって、少し調べていただけです」

 胸倉を掴む飛を払い、改め瑛己は小暮に言った。

「それを知ってどうする?」

 小暮も瑛己だけを見て言う。「お前に何かできるのか?」

「……」

 瑛己は目をそらす。

 2人の間に再び流れた険悪な空気に、磐木が変わって答えようとした刹那。

「それでも知りたい」

「……」

「俺は、知りたい。あの子が何のために飛んでいるのか」

 ――何を背負って飛んでいるのか。

 あの子の正体を見なければ、言葉を交わす事なければ、こんなふうに思う事はなかったかもしれない。ただの〝無類の飛空艇乗り〟としてもっと違った感情を抱いていたかもしれない。

 だが、瑛己は知ってしまった。

 絶対の飛空艇乗り【空-ku_u-】。その正体が自分と同じ年頃の、穏やかで優しい目をしたそらという名の少女である事を。

 握った手は、暖かかった。

 それは畏怖か、憧れか。はたまた別の感情なのか。瑛己にはいまいちわからない。

 ただ、

「知りたい」もう一度強く言葉にする。「……ただそれだけです」

 小暮はじっとその目を見つめ、やがて胸から眼鏡を取り出しはめた。「そうか」

「……邪推しました。隊長、すいません」

 改め、小暮は磐木に頭を下げた。

 その様子に磐木は「うむ」と低く呻いた。

「集合時間に変更はない。いいな」

「はい」

「行け」

 言葉と同時に小暮が最初にその場から離れた。その背を慌てて新が追いかける。

「なぁなぁ瑛己! さっきの話もっと詳しく聞かせろ」

「……それ以上も以下もないよ」

 腕に絡み付いてくる飛にあからさまに迷惑そうな顔を見せ、瑛己は小暮の背中を見送った。「……隊長」そして磐木を向いた。

「よかったでしょうか……」

 らしくなくそう問う瑛己に、磐木はただ無言でその肩をポンと叩いた。「気にするな」

「お前らしい」

「……」

「お前らも準備急げ。遅れた奴は置いていく」

「えーっ、そっちかて気になるしっ!」

 慌てて駆け出す飛を見て、瑛己と磐木は顔を見合わせた。

「お前も急げよ」

「はい」

 そんな2人の様子を見て、何となく微笑んでしまう秀一だった。


  ◇


 再集合後間もなく白河とも合流し、8人でキシワギの執務室へ向かった。

「一体……」

 その間、明らかに基地内は異変を呈していた。

 すでに20時にさしかかろうとしているが、誰もいない。

 だが空気は明らかに張り詰めている。

 管制塔からはサーチライトが飛び交い、

「あれ! 滑走路見てください!」

 秀一の叫びに全員が窓から覗き込むと、向こうに見える滑走路には飛空艇が大量に並んでいた。

 『ビスタチオ』空軍特有の金色の機体、横に緑のラインが1本入っている。

「あれは……『セフィロト』。『ビスタチオ』空軍戦闘艇です。戦闘配備か……?」

 小暮の呟きに一同、いよいよ息を呑む。

「とにかく急ごう。何かが起きているのは間違いなさそうだ」

 白河を筆頭にキシワギの部屋へ急ぐ。

 そして着いた先に待っていたのは。

「アガツ大尉、一体何が」

「皆さん……」

 部屋の前に立ちすくむ女性将校の姿であった。

 集まった彼らの姿に一瞬彼女は目を見開いたが、すぐに表情を正し彼らに向き直った。

「おいでになると思っていました。中にキシワギがおります。そちらで説明を」

 磐木は頷いた。

 そしてアガツに促され執務室に入ると。

 長椅子にて考え込むように座るその男が、青い目で彼らを見た。

 8人の目に同時に見つめられても、その視線に動揺は見えない。

「キシワギ大佐、一体何が」

「……やれやれ。何とか静かに事を終わらせたかったのに」

 キシワギは苦い苦い笑みを浮かべ、首をグルリと回した。

「ご説明しましょう、とりあえずお掛けください」

 そう言われて座ったのは、唯一、白河だけであった。




「今回の騒動は、【白虎】と周辺空賊の連合部隊の、いわば小競り合によるものです」

「空賊連合?」

 おうむ返しに尋ねたのは白河である。

 それにキシワギは神妙な面持ちで頷いた。

「元々この国の空賊事情は、有象無象と言っていい。大小様々な組織が軒を連ねています。小さい所では数人、家族・部族単位、人種、宗教など集合形態もバラバラです。日夜勝手に増え、勝手に消えて行く。我々も完全にすべてを掌握できているわけではありません。広い国土が皮肉にも、そうした者たちを勝手気ままにのさばらせている。本音を言えば、手をこまねいているのも確かです」

 キシワギの眉間に深いしわが刻まれる。にじみ出た感情の欠片に、それを目にした327飛空隊の面々にも自然と苦い感情が広がった。

「空賊間での抗争も、無秩序です。その争いは陸にも飛び火して、関係のない民間人にも被害が出ている。長年我々『ビスタチオ』空軍はそれをなくすため、1つでも多くの空賊を取り締まり壊滅させる事に躍起になってきました。それこそがすべての勤め。こんな形で空を戦場にし、命を奪い合うために、我々は空を目指したのではない」

「……」

「我ら民族が絶対無二として尊ぶは、空より命を恵みたもうた神。その地を守るのが飛空艇乗りの勤め。それを汚すなどあってはならない事です」

 『ビスタチオ』は宗教色の強い国である。地上絵としても〝神〟が具現化されて祭られている地だ。

 〝空を守る〟。キシワギの言葉に瑛己は背中に芯が通る気持ちだった。国、民族は違えどそこには、自分と同じくする〝意志〟がある。

「だが……数年前『蒼国』よりやってきた【白虎】という存在により、それはさらに激化しました。【白虎】は『蒼』にいた時分より巨大組織としてこの地にも名前が聞こえるほど。そんなものがいきなりやってきて大きな顔をされては、元々ここにいる空賊連中は面白いわけがない。……抗争は【白虎】を中心として大きく、そしてさらにひっ迫したものになっていきました」

「今回もそれが原因で?」

 磐木の問いにキシワギは彼を見、少し息を吐いた。

「きな臭い感じはいつだってしてた……しかし今回はいつもと違う。我が国で空賊同士が手を組む事はほとんどない。1つ2つならまだしも、周辺の10以上もの組織が意志を同じくするなど。そうまでして【白虎】を叩く、そこまでせねばならんのか。現在【白虎】には上島 昌平捜索のために特殊部隊が潜り込んでいます。なのでできれば、大事にならないようにと願っておりましたが。……最悪の結果になりそうです」

「……」

「空賊連合が【白虎】に襲撃をかけ次第、我々も出ます。双方を叩きます。ですが規模が規模だ……こちらもただでは済みますまい」

 そこで重い沈黙が落ちた。

 窓から飛び込んでくるサーチライトが、互いの顔を照らして行く。

 その苦しいようなその空気を破ったのは、『湊』総監・白河 元康であった。

「……『蒼国わがくに』も空賊事情は安定しているとは言えない」

 キシワギの様子に、白河も声に情を含ませ続ける。

「だがあえて言うならば……我が国には【天賦】がいる」

 その名に、327飛空隊の面々が一斉に顔を上げた。

「その名は『ビスタチオ』にも知れ渡っています」

「【天賦】は厄介な組織です……だが同時にその絶大な支配力により、『蒼』では彼らによって他の空賊は牽制されている。詳しい事はわかりませんがね、互いの領地を侵さないなどの取り決めがあるようです。皮肉な話ですがね」

 あの連中に守られている所もあるんですよ、そう言ってハハハと笑う白河を見て。

 キシワギの顔が、複雑な色を灯して少し歪んだ。

 それを見た上で、白河は苦笑交じりにこう言った。「そう言えば」

「この国にもいたのではなかったですかな? そういう連中が」

 他の空賊をまとめ、その上に君臨する空に賊する者達。

 白河の問いに、キシワギは初めて彼を訝しげに見た。しばらく、その意図を探るように白河をじっと見ていたキシワギであったが。

 最終的に諦めたかのように、深いため息交じりのような声でこう答えた。

「……確かに5年前、【白虎】がやってくる以前……この地には他の空賊に一目を置かれる連中がいました。【天賦】ほどの巨大組織でもなければ、それほどの力があるわけでもなかった。それでも……そいつらのその腕前から、他の組織連中は奴らにだけは従っていた。それは上下関係というよりは……友好関係に近かったのかもしれませんが」

 その名こそ。

「【ケルベロス】――地獄の門番の名を語る、神をも恐れぬ連中です」




「――大佐ッ!!」



 その時部屋の扉を派手に開け散らし、軍服姿が飛び込んできた。

「わかった、今行く」

 その姿を見ただけで何かを悟った彼は、音も立てずに立ち上がった。

「大佐」

「時が来たようです。後は頼むぞ、アガツ」

「大佐、我らも」

 と一歩前に出た磐木に。

 キシワギは少し笑って彼を手で制した。

「あなた方を巻き込む気はない。すぐに収めますので、どうかご心配なく」

 その目がここで初めてジンに向けられた。2つの視線が交差する。

 だがそれも一瞬の事。

 もう一度キシワギは微笑み、部屋を出て行った。

「キシワギ大佐は……」

「現場指揮のために空に出られます」

「自らがですか!?」

「あの方はそういう方です」

「……」

「何かありましたらご連絡いたします。お部屋にてお待ちください」

 瑛己たちは顔を見合わせる事なく、ただ窓の外を見やる。

 暗闇、サーチライト。否応無くあの日の事を思い出す。『湊』が『日高』に襲われたあの日だ。



 そのまま一応部屋に戻り横になったが、眠ることなどできようもなかった。

 目を閉じれば脳裏を過ぎるのは、上島の顔と声。

「……」

 これほど夜明けを熱望するのは初めてかもしれないと、瑛己は思った。



 眠れぬまま過ごす夜は、永遠に開けぬ闇の世界のようだった。

 寒さが一層、その世界を深くするかのようだった。

 寝台に横にはなったものの、眠気が訪れる事もなく。瑛己は天井を見て過ごした。

 闇の中には様々な映像が横切っていった。

 その中に、一瞬、空を見た。

 青い空、高い雲。

 そして白い飛空艇。

 その乗り手の顔が脳裏に浮かんだその時。

 部屋の外からバタバタという何人かの足音が聞こえてき、瑛己は跳ね起きた。

 慌てて部屋から顔を覗かせると、

「どうした!?」

 すでにそこにいた小暮とジンが彼らを呼び止める。

 寒い廊下、静まり返ったそこに、彼らの荒い息の音がイヤにリアルで。

「……ハァハァ……大佐が、キシワギ大佐が」

「大佐がどうした!?」

「事故を……【白虎】部隊に、撃墜されて」

「風迫! 小暮! 全員を叩き起こせ!!」

 いつの間にかそこにいた磐木が叫んだ。

「出るぞ!!」

 ――誰が叩き起こさずとも、誰も眠る事なく一晩過ごし。

 その一声にてそこに集まる。

 『湊』327飛空隊『七ツ』とは、そういう連中である。



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