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 『白い残痕(Snowy_footprint)』 -3-

 2度と。

 生きてこの地に戻る事はないのだと。ジンは思っていた。




 出立前、ジンは磐木に何度も聞いた。

 本当にいいのかと。

 自分は基地に残っているべきではないのかと。

 そのたびに磐木は言った。

「何を言ってる。胸を張っていればいい」

 空母艇『雄大雲』、それに乗り込む直前、白河にも聞いた。

 だが彼もまたいつもの優しい笑みを浮かべ、

「もう君は、『七ツ』副隊長・風迫 ジンだろう?」

 そう言われるたびに、ジンは心の奥底で戸惑いを覚えた。

 そして、この地に立ち、思う事は。



「……」

 相変わらずの風だなと、ジンは目を細める。

 だがこの風はよく知っている。

 この地方では特有だ。冬場は北から流れ込む冷気があって、地表の空気とぶつかって揺らぐ隙間が生まれる。

 そこを飛ぶのがジンは好きだった。

 ――昔から。

 風の感覚は、ある種、においを感じるのと同じだ。

 この風の吹き加減、そして感じるにおい。

 ツンと鼻を刺すような、それでいて最後には独特の甘みがあるこの感触。

 『湊』のどこを何度飛んでも決して、感じる事はできなかった。

 ああ、戻ったんだここに……そう思った。

 ゴーグルの向こうに風の航跡が見えた。

 雲に白む空の、その向こうを見て。

 ジンはそっと瞼を伏せる。




「聖、ジンさん見なかった?」

 新に問われ、瑛己は小首を傾げた。

「いえ、さっき会議室を出てからは」

「おかしいなー。ちょっと聞きたい事あんだけど。どこ行ったんだろ?」

 宿舎に隣接する食堂である。会議室を出た瑛己たちは、一時ここでくつろいでいた。

 腕を組んで考え込む新に、そばにいた飛が笑いながら言う。

「あれじゃないっすか? 煙草。自販機にヴァージニアスリム売ってへんかったから、探しに歩いてるとか」

「あー、そゆこと?」

「ジンさん、煙草にはこだわってそうですもん。そら、ないとなったら一大事ですよ」

 飛は、マルボロがなかったために買ったのであろう見慣れない煙草を吹かし、神妙な顔をした。「……あかん、不味っ」

 瑛己は食堂でいれてもらった珈琲に口を付けた。

 普段缶に慣れている瑛己としては、カップで飲むのは何となくだが気後れする。

 しかもカップの細工が、空軍基地内の食堂にしてはできすぎたほどの、凝った銀と金で花をあしらったものときたので。何だか妙な感じがする。

 だがそういうのは一切顔に出さず、丁寧に飲む姿は、

「瑛己……様になりすぎ」

「……何が」

「ほんとお前って、そうやって黙って珈琲飲んでると……見た目、いいとこのお坊ちゃんというか。無駄に紳士面というか」

「……」

「まさかこいつが、ピーとかピーを平気でピーしてる奴には見えんな」

「……何ですかその、ピーって」

「放送禁止用語」

「……」

 瑛己はかなり嫌そうな顔をした。別に人様にやましい事をした覚えはない。

 ムッとしながらまた珈琲を飲む彼を見て、秀一がクスクスと笑った。

「瑛己さんて、ストイックに見えるのに」

「……のに、何だ」

「案外かわいいですよね」

「………………」

 深々とため息を吐く。

 前にもいつか思ったな。そう思いながらも、今日も改めて思う。

 こいつに「かわいい」と言われたら終わりだ。

「鏡見てから言え」

「え?」

「……何でもない」

 聞こえないくらいの声で呟いたのに、かなり恐ろしい顔で飛に睨まれた。

 それに気づかない振りをして瑛己はそっぽを向いた。

 いれたての珈琲は違う。やはり、美味しいと思った。


  ◇


 だだっ広い雪原に飛空艇を下ろし。ジンはその小高い丘に座った。

 切り立った崖の向こうに見えるのは湖。

 それをぼんやり見て、胸元から煙草を一本取り出す。

 そのままくわえたが、火はつけなかった。

 そこは海のように広く、ここからでは向こう岸は見えない。

 そしてそここそが……と、ジンの脳裏を色々な思い出が過ぎり。そして吹く冷たい風にすべてそれは奪い去られていく。

 ジンはほのかに笑った。

 この土地の寒さには慣れてると思っていた。

 しかし肌を刺す冷気に、明らかに体は拒否反応を起こしている。

 そう思ってジンはようやく思い至る。

 ……自分はいつの間にか慣れていたんだ。あの土地と、あの空気、あの世界。

「……」

 体は勝手に、土地に適応する。

 ならば心は?

 ジンは笑う。

 彼は知っている。己の中にある氷解を。

(あの日から俺の時間は)

 結局で、止まったままなのかもしれない。

 ――湖のきらめきは淡い。

 だが海と違って揺れはない。

 空をそのまま水面に反射させて。

 あの日から変わらずに、今日もここにある。




「ジンを1人で行かせた、だと……!?」

 磐木がその報告をするのと、管制塔より無断での離陸の警報がキシワギの元に届いたのは、ほぼ同時の事であった。

「なぜだ!!」

 先ほどまでの冷静な表情は一転、キシワギ大佐は磐木に掴みかからんばかりの勢いで詰め寄った。「なぜ止めなかった!!」

 しかし磐木は石のように表情を崩さぬまま、

「私が行けと命じました」

「なぜだ!!」

 今度こそその胸倉に掴みかかったキシワギの瞳を、磐木はまっすぐに受け止める。

「何かあったらどう責任を取る!!」

「……」

「すぐに追撃部隊をッ!!」

 執務室の扉付近いに控えていたアガツに向かって吼えるが。

「お待ちください」

 それをサッと止めたのは白河だった。

「追撃などと……!」

「奴の経歴を思えばッ!!」

「しかし彼はもう、昔の彼ではありません」

 磐木の胸倉を掴む手を、白河は強く握った。

「荒立てれば、国際問題になりますよ」

「……ッ」

 白河と磐木の双方に睨まれ、キシワギの表情が歪む。

「もし彼が何か事を起こしたらどうされる」

「その時は、」磐木が深い声でそれに答えた。

「私がこの身をもって、責任を取ります」

「――」

「夕方には戻ります。あいつはただ飛んでくる、それだけです」

「……」

「空でしか感じられない事がある、それが飛空艇乗りのサガというもの。処罰は受けます。しかし今は目を瞑っていただきたい――風迫は、あなたが思うような人間ではない」

 磐木の言葉にキシワギは目を細め、白河は少し苦笑した。

「とにかく、戻り次第出頭はさせます。お待ちいただけませんか?」

「……」

 キシワギは端正な顔にしわを浮かべたが、放る様に磐木を突き放し背を向けた。

 その目の先には窓がある。空がある。

 白河と磐木の2人はその背に一礼をして、部屋を出た。

「やれやれ」

 執務室を出るなり大きくため息を吐いた白河に、磐木はすぐに頭を下げた。

「総監、申し訳ありません」

 あまりの勢いに、そのまま地面に突き刺さるのではないかと白河も思ったほどであった。

 それに苦笑して、パタパタと手を振って見せた。「いや」

「気にするな」

「……到着早々に問題を」

「問題か、この程度なら大した事ないよ。それに私は、そのためについてきたんだから」

「……」

「問題が起こる事は予想している。何せ『ビスタ』だ。君らだけでは対処しようもない事態が起こる事も覚悟しているよ。だからついてきたんだ。君らを守り、不必要な災いの粉を振り払うためにね」

「総監」

「……磐木、俺はお前の選択、間違ってると思ってないよ」

 そう言って微笑む白河の姿に、磐木は目じりを苦くした。

「総監の判断を仰げばよかったです」

「気にするな」

「……ご迷惑をおかけします」

「何度も言わせるな。それが俺の仕事だ」

 ハハハと笑う白河の姿は、『湊』で見慣れてきたはずなのに、いつもよりずっと頼もしく見えた。

 それは、彼がいつも以上の責任感を胸に抱いているからかもしれない。

 ――自分が守らなければならないという、使命感。

「あれから5年か」

「はい」

「早いものだな」

 そして白河は目を伏せ、虚空に向かって優しく微笑んだ。

「5年振りの故郷の空は、どうなのかな?」

 ――俺に故郷はありません

 3ヶ月ほど前、2週間の休暇の際。ジンは磐木にそう言った。

 だが磐木は思う。

 ここはお前の故郷だ。

 何が起き、追われ、この先に何が待ち受けようとも。

 ここがお前の故郷だ。

「……」

 窓の外には空がある。

 『湊』よりもう少し透明感のある空だ。

 それを見て磐木も思った。

 ああ俺も早く、この空を飛んでみたいと。

 異国の空は、どんな風が吹いているのか。どんなにおいがするのかと。

 早く俺もこの空を飛びたい。

 ――そんな目をして空を見上げた磐木を、白河は、くすぐったそうに小さく笑みを浮かべた。


  ◇


 空が闇に溶けかかっている。

 向こうの山間に太陽が、かすむように消えようとしている。

 風に感じる冷気が一層増してきた。それを感じ、ジンは首にしていたマフラーに心なし顔を埋める。

 もうじき降る。今夜もまた冷えるだろう。

 空を眺め、彼はふっと短く息を吐いた。

 いつもならばそろそろ煙草が吸いたいと思ってもいい頃合いだが、今日は不思議とそういう気が起きない。

 息が寒さに絶え間なく、煙になっているからか? などと思ってクックと笑った。

「馬鹿げてる」

 そして基地は今頃どうなっているのだろうかと思った。

 時計を見れば、時刻はもう夕方。

 確かキシワギが全員を食事に連れて行くような事を言っていたなと、ここでようやくジンは思い出した。

 集合時間は……と思って腕時計を見れば、もうとっくに過ぎていた。

 プロペラが寒さに、いつもはしないような軋みを奏でる。

 それを聞きながら、口の端を歪めた。今頃隊の連中は街に繰り出してるか。

 追いかける気も起こらなかったので、戻ったら食堂で酒をもらって部屋で一人酒と洒落込もう。ただし、何も懲罰がなければの話だが。

 滑走路が見えてきた。着陸態勢に入る。

 管制塔から無線が飛んでくる。それを適当に返し、減速する。

 その中でジンは陸に戻るのが惜しいと感じた。スピードを緩めて行くと、いつも思う事である。

 空を離れたくない。戻りたくない。

 ――鳥に生まれられたらよかったのに。

 だがその哀愁も、機体が完全に止まれば楽になる。

 そして機体から降り、地面に足をつければ。その瞬間から。

 彼の心は地を走る定めを持つ、陸の生き物へと変わる。

 それでも名残惜しくて空を見上げるのは、そこに残したものを思ってか。

 手を伸ばしても空は遠く遠く彼方で。また、掴む事などできようにもない――まるで、置いてきた過去のように。

「ジンさーん!!」

 その瞬間その名を呼ばれ、ジンにしては珍しく表情を変えた。

 振り向けば滑走路を横切って、よく知る顔がこちらに向かって歩いてくる。

「ひどいですわ、ジンさん!!」

「お前ら、大佐の食事……」

 口ごもるジンを、飛がどついた。

「そんならそうと、言うてくださいって!!」

「……?」

「隊長から聞きましたって。待ち合わせの時間にジンさんがちーっとも来ぉへんから、どこ行ったんやろ? って皆で心配してたら。隊長が、ジンさんは一人でこの辺の空の具合を偵察に行ったって!! 言うてくださいよ、ほんなら全然お供したのに」

「……」

 ジンは少し困った様子で、軍団の最後尾にいた男を見た。

 目が合うと磐木はニヤリと笑った。

「らしくないなぁー。1人で偵察に行くなんて。まさかジンさんもあれです? どっかの〝空戦マニア〟の病気が感染したとか? そんなに慌てなくても、そのうち飛べるってのに」

「寒かったでしょう。その装備で大丈夫だったんですか?」

「それで、どうやったんですか!? 風とか色々。聞きたいわー。ジンさん、教えてくださいよ」

「……」

 言葉を失うジンの手に、瑛己がサッと渡したのは、カイロだった。

 そのぬくもりに少し驚き、改めジンは深く瞬きをした。

「……待たせて、すまんな」

「おーい風迫君!」

 さらに遅れて、白河が手を振りながらジンの元へと駆け寄った。

「まずはキシワギ大佐の所へ行くぞ! カンカンになって待ってる」

「……了解」

「んー、そいじゃ俺たちも行きますか? ちゃんとご機嫌とらなきゃ、いい店連れてってもらえねー」

「ジンさん、偵察なら食事が終わってからにすればよかったじゃないですかー」

「すまん」

「それよか風の具合ですって。どないでした? 北寄りやって話は聞いてましたけど。あとさっきから雲の動き見てましたけど、『蒼』と違うと思いません? どうも変化の具合が予想より早い気がするんすけど」

「それはな」

 周りを取り囲む一団。

 それぞれが思い思いにジンに笑いかけ、肩を叩いている。

 飛の質問に答えながらジンは思った。

 ――これが、俺の。

 今の居場所。

 戸惑いながらも。少し、苦笑を浮かべた。

 ポケットに押し込んだカイロは、熱いほどだった。


  ◇


 その夜磐木たちはキシワギに連れられて、初めて街へと繰り出した。

 『ビスタチオ』東の街、『ア・ジャスティ』。東部有数の街である。

 雪が、昨日ほどではないにしろ多く降っていた。だが街は賑やかに、中心街は昼間のように灯りが煌々と炊かれていた。

 震えながら入った店は熱気で溢れており、また、キシワギが「オススメだよ」と言って頼んだ鍋料理がまた、冷えきった彼らの体を温めるには充分な代物となっていた。

 ちなみに、帰還したジンの姿を見るなりキシワギは激怒の表情を浮かべたが、そこにゾロゾロと隊の面々が全員ついてきたのを見、そして白河が心底申し訳なさそうに苦笑をして頭をペコペコ下げ、そしてジンにも下げさせる様を見て、その表情はすぐに消えた。

「次はないと思っていただきたい」

「申し訳ありません」

 ただそれだけで済んだものの、キシワギとジンはそれから1度も目を合わせていない。

「大佐はよく街へ?」

 食事の最中キシワギの相手は専ら白河が勤めた。

「ええ。こういう騒がしい所が存外嫌いじゃありませんので。憂さ晴らしを兼ねて足を運んでいます」

 それを間近で聞きながら、瑛己も少し意外な思いだった。

 見るからに上品な印象のこのカイ・キシワギという男。彼が勧めるような店だ。どんな場違いな高級料理店に連れて行かれるのかと思いきや……一般人で賑わうような、大衆食堂だった。

 鍋料理の他にも出てくる料理すべて、少し濃い目の味付けだが悪くない。口に合う。

 国が違うという事で瑛己は食事を少し心配していた。これならば大丈夫だ。

 無礼講を許された場であったが、喫煙だけは禁じられた。だが飛は煙草の事など忘れたように、ジンに絡んでいた。

 ひたすら飛んだ感触を聞いてくる飛の様子にジンは少しウンザリしたような気配もあるが、はねつけるほど不快そうでもなかった。いつになく、丁寧に返答をしていた。

「あー、俺も早く飛んでみてー」

 傍らで3杯目のジョッキを空にした新が叫んだ。

「何だ、お前も感染したか」

 小暮が笑う。それに新は「うるせー」とどついた。

「新さん、もう酔ってんですか?」

 クスクス笑う秀一に、新は口を尖らせた。「新さんはまだまだいけますよー」

「明日はどうするんですか? 隊長」

 一人静かに食事を進めていた磐木は、新に問われ、白河を見た。

「総監、確かに1度、我々も周辺の地形など確認してみたいのですが」

「だ、そうです。いかがですかな、キシワギ大佐」

 ニコリと笑って言われたキシワギは、腕を組んだ。

「許可があればよろしいのでしょう?」

 白河はジンを見たが、ジンはそっぽを向いた。

「……そうですね。全員でならば」

「天候次第で、明日は一度試験飛行とするか」

 ハハハと笑いながら白河は今度は磐木を見た。

「楽しみだな、磐木」

「はぁ」

 瑛己は思った。そう言えば磐木は2人乗りの『葛雲』できている。

 これは恐らく、総監もついてくるなと、その場にいた誰もが思った。

「さあ、飲め飲め磐木!! お前さっきからまったく飲んでないだろう!!」

「……いや、総監、明日のフライトに影響しますので……」

 先日の飲み会同様、またしても酒攻めを始める白河を見て、これもまたその場にいるキシワギ以外の全員が思った。あまり飲ますと、あなたの命にも影響が出ますよ、と。

「飛は大丈夫?」

 小暮と新をまたいだ向こうにいた飛に、秀一が声を掛けた。「体調とか」

 秀一の心配は、飛のパニック症の事である。

 担架で運ばれた姿を見ているだけに、秀一は心配しているのだが。

 飛はそれにシッシと面倒くさそうに手を払った。

「……何だよ、心配してんのに」

 ふくれる秀一に瑛己は苦笑した。

「気にするな」

「だって」

「……あいつの〝中〟の問題だ」

「……」

「心配しても、気遣っても、結果は同じだ」

「……」

 心の問題は自分で乗り越えて行くしかない。

 そして飛はちゃんと乗り越えた。

 まだ不安はあるだろうが、それも、乗り越えていくのだろう。

 彼が飛ぶ事を選択した以上は。

「瑛己さんって、大人」

「……そうか」

「見習わなきゃ」

 大人なんかじゃないさ。頭の片隅で瑛己は思った。

 一瞬瑛己は今思っている事を言おうかと思ったが、結局口を閉ざした。

 自分の感情は自分で解決するしかない。つい今しがた口にした言葉が、すべての答えだと思ったからだった。


  ◇


 しばらくして、キシワギが席を立った。

 店に基地から連絡が入り、至急戻らなければならなくなったからである。

「途中ですまない。払いは私に回してもらうように頼んであるから、存分に楽しんでほしい」

 足早に去って行く姿に、何か緊急性を感じたが。それからもう半時ほどそこで時間を過ごした。

「飲みすぎだ、新」

 最終的に、いよいよ突っ伏した新の姿を見て基地に戻る事となった。

「いやだって、ひっさしぶりの酒ですもん」

 小暮の肩を借りヘロヘロと歩く新を見、ため息を吐きながら飛も肩を貸す。

 磐木も辛そうな顔をしていたが、一人で歩けないほどではなかった。

「雪が止んでてよかったですね」

 だが積もった雪はすでに10センチを越えている。

「雪だるま作れそうですね」

「明日は早起きして雪合戦でもする?」

「マジで行ってます? 新さん」

「ケケケ、大マジ。朝5時集合な」

「1人でやってろ」

「あはは。元義君。じゃあ私も起きるから、よろしく頼むよ」

「え! 総監と雪合戦っすか!?」

「ああ! 磐木、お前も遅れるなよ」

「……勘弁してください、白河総監……」

 空を見上げても雲に隠れて星は見えない。

 ザクザクと、降り積もったばかりの雪の中に8人の足跡が刻まれていく。

 それを一番後ろから眺め、ジンは胸元から煙草を取り出した。

 ライターで火を点け、まず一服。

「……」

 長く長く息を吐き、ジンは一瞬だけ後ろを振り返った。

 クッと笑って、また歩き出す。




 生きている限り。

 足跡は残り続ける。

 これからも。

 ――この先も。

 過去を全部連れて。今を生きて行く。



 

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