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 『写真(record)』

 ―――雨峰総監。

 それでも俺は、飛びたいんです。

 もう何もかも遅くて。もう間に合わないとしても。

 俺は、2度とあんな後悔をしたくないんです。

 たとえ、この先。

 2度と飛べなくなったとしても。

 この一瞬、もうこの一度だけでも構わない。

 飛びたいんです。



 2度と生涯、俺は。

 飛べなくなっても、構わないから。






 


 雨峰は窓の外を眺めた。

 アクロバット隊が空を行く。

 祭りの最終日。昼。最後の部隊だ。

 昨日の一件から、多くの中止の意見があった。

 それを全部跳ね除けて、今日を続行した。

 楽しみにしている人がいる。

 集ってくれた人がいる。

(それに)

 想いがあった。

 これが終わればあとは閉会式。

 そして夜の花火大会。

 最後までやり通したい。

 30回目の記念大会という事もあるけれども。それ以上に。

「……」

 雨峰は、デスクの脇に置いてあった写真立てを手にした。

 それはもう20年も前の写真。

 セピアに色を染めたその写真に写るのは、2人の青年。

 この写真を見るたびに。雨峰はこの日の事と。

 ―――あの日の事を思い出す。

 それはコインの裏表のような記憶。

 もう一度彼女は空を眺めた。

 空は青い。

 雲は白い。

 セピアの記憶にその色は。

 鮮やか過ぎて、雨峰の心に少し、灰色の影を落とす。




 

  21



 『園原』空軍基地航空祭の3日目は、何事もなく終了した。

 開会式と同じ場所で行われた閉会式には、開会式よりも多くの人が集まり。

 瑛己たち327飛空隊もこれに出席した。

 瑛己は空戦の際に軽い全身打撲を負っていたが。

「動けます」という理由で出た。

 そしてそこに、橋爪の姿はなかった。

 怪我の治療と、影響を考えての欠席らしかった。

 怪我の程度は大した事ないとは聞くものの、少し気にかかった。

 そして。

(時島さん……)

 閉会式、注意して周りを見ていたが、結局それらしい人物を見つける事はできなかった。

 夜の花火大会は、ホテルの窓から眺めた。

 降るような巨大な花火に終始、秀一が歓声を上げていた。



 祭りが終われば街は静けさを取り戻して行く。

 翌日の街は、昨日までの賑わいが一転。穏やかな空気となっていた。

 あれだけいた人間はどこへ行ったのだろうか。

 客は引き、代わりに、住民たちがバタバタと片付けを始めていた。

 それはそれで慌しい様相だったが、祭りの時とは違う。

 テントや出店は片付けられ、チラシがはがされ、道は磨かれ。

 起こる笑い声は日常の物。

 瑛己はそんな様子を見て、少しほっとした。

 こっちの方が落ち着く。

 人混みは、どちらかと言えば苦手だった。

 瑛己は病院へと向かっていた。

 診察の予約があったからだが、この2日で痛みはかなり引いた。

 しかし完全に飛行に支障がないとまでは言えない。どちらにしても、彼の機体は海に突っ込んだ。

 『湊』への出立は明日。結局他の者たちも飛空艇は輸送船に頼り、列車で戻る事になった。

 列車ならば飛空艇よりも時間はかからず戻れるだろう。

 病院の待合室は、祭りの時よりずっと混雑していた。

 むしろ祭り会場がここにきたのではないかというくらいの混みようだった。

 その隅に空いた所を見つけ、瑛己は腰を下ろした。

「……」

 そして何となく手持ち無沙汰になり、胸元から写真を取り出した。

 『白雀』から持ってきたあれである。

 それを、何気なく見ていた時。

「聖君?」

 声を掛けられ、瑛己はハッと顔を上げた。

 そこにいたのは。

「総監……?」

 『園原』基地総監・雨峰 かんろだった。


  ◇ ◇ ◇


「隣いいかしら?」

 少し困ったように苦笑して、瑛己は「はい」と頷いた。

「怪我は大丈夫?」

 顔を覗き込まれ、少しドキリとした。

「はい」

「うちの子たちとの戦闘であんな事に。本当に申し訳ない事をしました」

「いえ」

 高藤と同期だと聞いたが、本当なんだろうか? いよいよ瑛己はいぶかしんだ。とても瑛己のイメージにある50半ばの女性ではなかった。

「けれどそれにしてもあなた、凄い事するのね」

 クスリと笑って、けれど瑛己を見た雨峰の相貌は、真面目な色を灯していた。

「勇気と無謀は別物」

「……」

「理解している、そういう顔ね。そう。あなたはそういうタイプの人間じゃない。咄嗟の想いが勝ったのでしょう」

「……」

「けれども、咄嗟の瞬間だからこそ、冷静に考えなければいけない。覚えておきなさい」

「……はい」

「ただ、何が本当に正しい選択だったかは、それが遠い過去になっても、わかる事はないんだけれども。でもすべてにおいて絶対なのは、己の意志」

「……」

「自分が正しいと思う道ならば、誰が何と言おうとそれが絶対。それだけは絶対。後で選択に後悔しても、取り戻す事はできない。ならばその瞬間かけた〝絶対〟だけは、己の真実だと。……未来において、過去から言い聞かせてあげられる慰めは、それだけかしらね」

「……」

「あらちょっと私、変な話をしてしまったわ。ごめんなさい。うふふふ」

「いえ」

 瑛己は雨峰を見た。

 その精悍な瞳に、雨峰は微笑んだ。

「ところであなた、それ」

 ふと彼女は瑛己が手にしている写真に視線を落とした。

 瑛己が写真に目を向けるより先に、彼女はそれを覗き込んだ。「あらまぁ」

「やっぱりあなたも持っているのね」

「え?」

「それ、あの時のでしょ」

「?」

 首を傾げた瑛己に、雨峰はキョトンと目を丸くしたが、すぐに微笑んだ。

「それ、聖 晴高君と橋爪君……20年前の航空祭の時の物でしょう」

「え」

 瑛己は雨峰を見た。

「今から20年前の『園原』航空祭、10回目の記念大会。その時、模擬空戦の相手として招待したのが、聖 晴高君率いる隊だったのよ」

「父さんの……」

 瑛己は写真を見た。

「そしてその時相手をしたのが、橋爪君率いる隊だった」

「え」

「そこで2人は出会ったのよ」

 20年前の航空祭で―――。

「その頃はまだ聖君は部隊を任されたばかりで。『湊』でも駆け出しの部隊。でも当時『湊』の総監をしていた高藤が凄く推しててね。『湊』の1番はこいつらが取る。いやこいつらはこの国で1番の隊になる!って。だったら勝負しましょうよって話になったのよ。うちで1番の隊と高藤の1番の隊」

 雨峰はクスクスと笑った。

「私も高藤も若くて。お互い、総監になって基地を持ったばかりだったから。同期だし、いつも彼とは競い合ってきたわ」

「……試合の、結果は……?」

 瑛己は恐る恐る聞いた。それに雨峰が嬉しそうに笑った。「勝ったのはうちの斉藤君の隊」

「……と言いたい所だけれどもね。勝敗は結局つかなかったの」

「?」

「被弾数も同じくらい。どっちがって判別はつけられなかった。しかもどちらも、誰も落ちそうにない被弾跡ばかり」

「……」

「悔しいけれどもね。同点って事になったのよ。本当にあの時は悔しかったわ。でも同時に、仕方ないかとも思った。それだけ凄い空戦だった」

「……」

「長年色々な飛空艇と空戦を見てきたけれども。いまだ私にとっての1番は、あの時の模擬空戦よ。命を懸けた実戦よりも……ね」

 実戦に勝る、模擬空戦。

 そんなものが存在するのか?

 瑛己は目を見張った

「その写真はその時の物よ。あの時聖君には生まれたばかりの子供がいるって言ってたけれども……あの時の子がこんなに大きくなったのねぇ」

 年を取るわけだわね、雨峰はホホホと笑った。

 瑛己はもう一度写真に目を落とした。

(父さんと、おじさん……)

 微笑む2人の姿。

 こんな顔、もう橋爪は見せないのだろう。

「あなたは晴高君に似てる」

 雨峰は優しく微笑みそう言った。

「きれいな瞳。お父さんにそっくりだわね」

「……」

「まっすぐ生きなさい。聖 瑛己君」

 己の信じる道を。

「怪我をしない程度にね」

 またホホホと笑った雨峰に、瑛己は苦笑した。




 出立はいつ? 明日です。

 それから少しの間、診察室から呼ばれるまでの間、何気ない会話をした。

 先に呼ばれたのは雨峰だった。

「また会いましょうね」

 微笑む彼女に、瑛己は大きく頷いて見せた。

 診察室に消えて行くまで、瑛己はその姿を見送った。

 その笑顔は夏の匂いと共に彼の記憶に鮮明に残った。

 未来永劫に。





  ◇ ◇ ◇


 



 翌日。

 空は晴天の名の元に、遥か彼方まで続いている。

 それを見ながら、瑛己たち327飛空隊は『園原』基地を後にする。

 そして基地を去ろうとする彼らを基地の出入り口で見送ったのは。

 あの『飛天』の面々であった。

「また是非翼を交えてみたいものです」

 斉藤が笑って言った。

「磐木隊長。あなたとはもう一度。決着をつけたいですね」

 それに磐木はフンと鼻を鳴らした。

「俺ももう一度戦いたいな」

 斉藤につられるように言ったのは、星井だった。

 こうして並ぶと長身揃いの『飛天』の中では唯一、一際小さく見える。

 彼は愛嬌のある顔で瑛己を見た。瑛己はその視線をあからさまに避けた。

「あいつとったんか?」と、小声で飛が肘をつついて聞く。

「……ん」

 これまた小声で、瑛己は答えた。「二度とごめんだ」

 あんな、視界の死角死角を縫うように飛ぶ飛行など。

 しかしあれこそが、斉藤が星井を引き抜いた所以ゆえんなのだろうとも思う。

「ならば我々もですね」

 と、副隊長の曽根がジンに左手を出したが。

 ジンはそれを一瞥だけして、咥えていたタバコの先端をその手に押し付けた。

 悲鳴が起こったが、彼は知った事じゃないという様子で背中を向け。

「行くぞ」




「お邪魔しました」

「またなー!!」

 彼らが見えなくなるまで、秀一は振り返って手を振り続けた。

 新もその隣で面白そうにブンブン振っている。

 ジンは新しいタバコに火を点けた。

 磐木は相変わらず難しい顔をしている。

 小暮は汗でずり落ちる眼鏡を手の甲で持ち直し。

 飛は少しうつむき加減でポケットに手を突っ込む。

 そして、瑛己は歌を口ずさんだ。




 滑走路から、飛空艇が滑り出し。空へ駆け上がっていく。

 入道雲の隙間から光がこぼれた。

 その光を浴びながら。

 彼らは『園原』を後にした。



  ◇ ◇ ◇






 ―――その頃。

 どことも知れぬ土地、とある建物、とある一室にて。

「我を呼び出したのは、お前か」

 昼間にも関わらず、ランプの小さな明かりしかない暗い暗い部屋。

 目の前に座る相手の顔も、明確には見えないような視界の中で。

 男は腕を組み、座っていた。

 その貫禄は、設けられていたその椅子では役不足。

 闇の中でもその巨体がうかがい知れる。

 【天賦】総統・無凱。

 彼が身にまとう黒い甲冑が、ランプの明かりに鉛色に光った。

「お待たせいたしました」

まことに」

 苛立ちを帯びた無凱の声と眼光に、常人ならば震え上がる所だが。

 しかしその視線を受けた人物は、平然とそれを流した。

 無凱はそれに、内心感嘆した。

 だが表情に浮かぶほどではない。

「申し遅れました。わたくし、『黒国』黄泉こうせん騎士団所属・第1特別飛空隊隊長、埠頭フズと申します」

 片眼鏡を引っ掛けたその男は、無凱を前にありえないほど静かな微笑みを浮かべた。




 

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