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 『激突(crossroads)』-3-

   ◇ ◇ ◇


 斉藤は磐木が相手をしていた。

(さすがにエースと呼ばれるだけある)

 磐木もその飛行には舌を巻いた。

 とにかく早い。

 機体は自分たちも使っている、同じ『翼竜』のはずなのに。

(何が違う?)

 そう思って、一瞬自分が乗っているのが『葛雲』で。その性能の差かとも思ったが。

「違う」

 それだけじゃない。

 最短を縫っている。

 彼の飛行には、余計な〝溜め〟が存在しない。

 だがそれは、磐木にも言える事であった。

 『翼竜』よりも若干大きく、スピードが劣るはずの『葛雲』で。

 しかし、その腕前はむしろ『翼竜』をしのぐほどだった。

 磐木と対峙した『飛天』の隊員は、それこそ目を疑う思いだった。

 ―――なぜあれで、敵わない?

 一瞬一瞬、磐木に撃ちかける者はいた。だが誰一人、その機体を真に捕らえられた者はいなかった。

 機体を貸しましょうか? 本当に大丈夫ですか? と、実は何度も打診された。最初の1度だけではない。

 けれども磐木はそれをその都度、「慣れてますから」で断った。

 それに対して『飛天』の内々では、不思議がる者が多かった。笑う者さえいた。

 その真実が、ここにあった。

「なるほど」

 操縦席で、斉藤も感嘆した。「確かに慣れている」

(何度これで飛ばされたか)

 斉藤の後ろを追いながら、磐木は思った。

 まだ自分が軍に入りたての頃。飛行技術などないに等しかった頃。

 放り込まれたのは、『湊』でも1番と言われる隊。

 なぜ自分がここに? と何度も思った。

 学生時代、飛行の成績は中の下。

 そんな彼をここまでの男にしたのは。

 2人乗りの『葛雲』。今は空っぽのその席に。

「―――隊長」

 聖 晴高。

 これに乗ればいつも、あの日に返る。

 そして後ろには、晴高が乗っている。

 乗った回数、叩き込まれた飛行技術、言われた言葉。受けた教え。

「ついてこい」

 斉藤 流。

 磐木にとって本当の真骨頂は、この『葛雲』こそなのかもしれない。

 タタタタタ

 撃っても入らない。

 『葛雲』の艇尾が例え少し長くても、機体の後ろまできちんと避けきる。

 『葛雲』には『翼竜』にはない操縦桿がもう一つ点いている。

 両手で、それぞれを同時に押し倒す。

 いつもより、切り替えしが早くなる。

 そこから左の翼を縦にに、上へと旋回する。

 斉藤がついてくる。

 だが、出たのは磐木の方が早い。

 丁度正面。斉藤の機体のど真ん中。

 そこに描かれた、〝天空の騎士〟の剣の切っ先に。

 タタタタタ

 磐木が撃った。

 慌てて逃げるが、真正面だ。逃げ切れるものではない。

 初めて、斉藤の機体に塗料の花が咲いた。

 操縦桿を引き起こし、8の字を描いて立て直す。

 磐木はもう一度、斉藤の姿を探した。

「―――」

 だがしかし、そこに斉藤は見つからなかった。

 ミラー、目視、すべてで探す。

 聖についた3機は、1機まで減っている。新がどうにか引き離してくれたらしい。

 小暮も、1機追いかけている。小暮が追い立てている機体は色が染まって、何番艇かわからない。

 斉藤は?

 その瞬間。

 磐木が捕らえた斉藤の1番艇。

 その向こうにいるのは。

「飛」

 正面。

 タタタタタ

 ここまで銃撃音は届かない。

 ただでさえ、軽い弾だ。聞こえるはずがない。

 けれども。

「逃げろ飛!!!!!!」

 叫んでも、届かない。

 声は、光よりは、早くない。




「―――!!!!」

 避けられたのは、奇跡。

 手が勝手に動いた。

 しかし全弾ではない。

 むしろ避けたせいで、操縦席にも塗料の欠片が飛び散ってきた。

 下へ、下へ、下へ、下へ。

 逃げろ、逃げろ逃げろ―――。

 眼前、望むのは湖。

 救い上げるように、操縦桿を手前に引き上げる。

 目一杯。

 歯を食いしばる。

 建て直したのはギリギリ。

 湖面にさざなみが起こるほど。

 そこから水面ギリギリを飛行。

 飛は振り返った。

 後ろ、斜め上から1機きた。

 湖面ギリギリなら、撃ちにくい。

 タタタタ

 でも撃ってくる。

 当たらなくても撃ってくる。そしてそれは、飛の周りの湖に弾けて飛び込んで行く。

 普段の彼なら、自分の事を棚上げにして「湖を汚すなアホんだらァァァ!!!」とでも叫ぶかもしれない。

 だが今日の飛は違う。

 その顔は苦渋。

「あ」

 手が。

 震えてる。

(何だ)

 両手が。小刻みに。

 ―――舌を打って、空へ舞い戻る。

 その上昇の機を狙って撃ってきた。

 ここは、飛の方が早い。翼を斜めにして避ける。

 だが。

 ――ドクン 

 手の震えが止まらない。

 何だ?

 心臓が波立つ。

 唾を飲み込む。

 ―――逃げられない

 突然、そんな思いに駆られた。

 背中があわ立つ。

 バックミラーを見る。白の機体がついてきている。

「……ハァ、ハァ、ハァ……」

 なんでこんな。

 呼吸が乱れる。

 アカン。そう思う意識はある。

 カツンカツンカツンカツン!!!

 後ろからの銃撃に、機体のど真ん中が被弾する。

 揺れる。

 けれどももうそれさえ、飛はどうでもよくなった。

「ハァ、ハァ、ハァハァハァ―――」

 アカン。

 アカン。

 アカン。

 手が震える。

 いやもう、それ以上。

 首が震える。

 胸から下の意識が。

 心臓が、激しく連呼する。

 ドクドクドクドクドクドク

「ハァハァハァハァハァハァ―――」

 息が。

 操縦桿さえもう、握ってられない。

 でも手を離したら。

(墜ちる)

 死んでしまう。

 でも、震えて感覚が。

 カツカツカツカツ、カンカンカンカン!!

 銃撃は、もはや、嵐。

 避ける事もできない飛は、それに撃たれ続ける。

 そしてついに。

 飛は操縦席に顔を埋めた。

「ハァハァハァ―――」

 息苦しさに。

 もう、何も、見る事などできない。





「飛ッッッ!!!!」

 彼の異変をすぐに、秀一は気づいた。

 最初から、飛の飛行はおかしかった。

(いつもの切れがない)

「誰か!! 飛空艇を貸してください!!!」

 知らず、秀一は叫んでいた。

「誰か!!! 誰か―――!!!!!!」






「飛!!!!」

 ゴーグルを上げ、磐木は怒鳴った。

 即座、機体に取り付けてあった救難信号のボタンを押す。小さく花火が飛び出した。

 斜めに。飛の機体が空を滑っていく。

 落下。

「飛!!! 操縦桿を引き戻せッッッ!!!!!!」

 届かないか!?

 機体の軌跡は変わらない。

 斜め、斜め。

 湖を抜けて、その機体は湖の向こうの小高い丘、一本杉を抜けて。

 海へ、向かって。

「飛―――ッッ!!!!!!!!!!!!!」

 エンジン全開でその後を追う。

 その操縦席には、彼の姿が。

(いや)

 顔を、埋めている。

「顔を上げろ!!!!!! 立て直せ!!!!!」

 飛――――――ッッッ!!!!

 その声は、陸上で見ていた観客の悲鳴と重なる。




 磐木の叫び声。

 それで瑛己は気づいた。

 瑛己だけではない、他の隊員も。

 ジンは曽根に向かって撃つ手を止めて、慌てて上へと旋回した。

「どうした!?」

 無線のスイッチを入れて怒鳴る。

『飛が海に突っ込みますッッ』

 小暮の言葉に、一同がギョッとした。

「んだとッッ!!??」

 曽根を捨て、ジンは走り出した。

「どこだッ!!!」

『1本杉の向こう!!!』

 アクセルを最大に。

 タタタタタ

 ジンは振り返った。

 今撃ちかけてきたバカはどこのどいつだ!!??

 後ろにいたのは、曽根。

 舌打ちをして、それを無視して突っ走る。




「飛!!!! 機体を捨てろ!!! 海に飛び込め!!!!!!」

 磐木は叫んだ。

 総員、パラシュートは背負っている。

 落下する飛の機体を追いかけながら。磐木は喉が張り裂けんばかりの声を振り絞った。

(速度が足りん)

 ここにきて、『葛雲』の出力を呪った。

 空戦では、渡り合える。磐木の飛行には無駄がない。『葛雲』で走れる最短距離で渡り合えば、どうにか、『翼竜』を上回る事もできた。

 しかし直線では違う。

 アクセルは全開。鉄板の床まで突き抜けそうなくらいに踏み込んでいる。

 それでも追いつかない。

 とうにギアは切り替えてある。

 それでも。

(『葛雲』の壁)

 雲では、竜に敵わないか。

 落下に、スピードが増して行く。離されて行く。

(このままでは)

 ギリと、歯軋りをした瞬間。

「飛――――ッッ!!!!!」

 彼の上を抜けた、一陣の風。

 振り仰ぐとそこには。

「聖!!!」

 青の、6番艇。

 グォォォォオオォオオオオと、エンジンが火を点けている。

 瑛己の機体は磐木を抜け、飛の機体へ。

 その上空へ―――並んだ。その刹那。

 操縦席から、瑛己が飛び出した。

「聖ッッッ!!!!!!!!」

 そして彼は飛を引っ張り出し、そのまま海へ飛んだ。

 乗り手を失った2機は、空を滑り墜ちて行く。

 高度は足りない。パラシュートは、間に合うか!?

 開いたのは、ギリギリ。

 それでも、落下の衝撃は緩んだ。

「救護!!! 急いでくれ!!!!」

 磐木は無線にがなりつけた。

 それから間もなく、東の海で爆破音がして。

 2つの機体が、海へと墜ちていった。



  ◇ ◇ ◇


「飛ッッ!!!! 瑛己さんッッ!!!!」

 担架に運ばれる飛と瑛己を。

 秀一は滅茶苦茶になって追いかけた。

「相楽君!!」

「総監!! 離してッッ!!」

「落ち着け!!」

 場は、騒然となっている。

 緊急車両がけたたましくサイレンを鳴らし。

 空戦終了の合図は、皮肉にもそれでもって告げられる事となった。





 ―――そしてそんな最中であった。

 低いうなり声を上げて、一機の飛空艇が基地の上空に現れた。

 グーンと基地のスレスレまで下降したその機体は。

 セピアの飛空艇。

 その中央に描かれた、

「山岡だ―――ッッッ!!!!!」

 キスマーク。

 【竜狩り士】・山岡 篤。

 誰が叫んだか知れず。

 ダダダダダダ

 それにかぶさるようにしてその銃撃は。

 来賓席。

 そこに座る。

 橋爪 誠に向けて。

「司令―――ッッ!!!!!!」




  ◇ ◇ ◇


 運命の分岐点クロスロード

 激突するのは、果たして、神の意志か。

+注意+


この回には、パニック障害の症状に関する記述がされています。

ご気分を悪くされないようにご注意ください。

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