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空-ku_u-【前編 (第1部~第4部)】  作者: 葵れい
<第3部> 第19話
48/101

 『園原(Can you change your mind?)』-5-

 『園原』空軍航空祭、2日目の模擬空戦ショー。

 その舞台となるのが、『園原』基地の東、街道を抜けた先にある湖である。

 瑛己の中でそれはさほど大きなイメージの物ではなかったが、今日それはガラリと変わった。

 大きい。

 湾と言ってもいいほどだ。

 飛空艇をこちらの格納庫に移送がてら初めて上空を飛行したが。

(確かにこれは、空戦の1つや2つ)

 簡単にできそうな所だ。

 太陽の光が湖面に反射して、何ともいえない光を放っている。

 その湖をグルリと取り囲む木々。

 向こうに小高い丘があり、そこに一本杉もあった。

 その一本杉を目印にして、木々の向こうに確かに、滑走路はあった。

「オーライ、オーライ」

 出迎えてくれたのは数人の整備士と。

「いらっしゃいませ」

 ニコニコ顔の星井、そして斉藤 流。

 その周りに数人の飛行服姿の者がいる……彼らが『飛天』のメンバーなのだろう。

 磐木、ジン、小暮の3人が先に斉藤たちに挨拶を交わし、遅れて他のメンバーがそれに続いた。

「あれ? 『七ツ』なのに6人??」

 キョトンと呟いた星井に答えたのは、小暮だった。「1人は今回辞退だ」

「ああ、だからうちも6人でって連絡があったんですか」

「申し訳ないが」

「いえいえ。構いません。こちらこそ、うちの姫のワガママに付き合っていただいて」

 と頭を下げたのは斉藤の傍らにいた男。

 長身の斉藤と肩を並べるほどの体格。だが体格は斉藤に比べて細く、むしろ痩せすぎなくらいだった。

「副長の曽根です。よろしくお願いします」

「こちらこそ」

「姫……とは?」

「ああ、雨峰総監の事です。基地内では皆そう呼んでます」

 姫。

 確かに……〝自由奔放なお姫様〟と言った印象がよく似合う女性である。瑛己は内心「なるほど」と思った。

「では詳しい話をしますのでこちらへ」

 と、斉藤が滑走路の向こうの建物へ促した。

「それにしても……」

 歩きながら、不意に斉藤が、磐木に声を掛けた。

「『葛雲』ですよね? あれ、2人乗りの?? あれで模擬戦に??」

「そうですが」

「大丈夫ですか? 何ならこちらで1機お貸ししますが……」

 女性からの人気が高い端正な顔立ちで、心配そうに言ったが。

 対する磐木は人気とは縁遠い頑固そうな顔のまま「いえ結構」

「慣れた機体がいいので」

「ねぇ、ちょっとちょっと」

 それを聞いた星井が、ヒソヒソ声で瑛己と飛に聞いてきた。

「何で『葛雲』?? 慣れてるって、あの人、いつもあれに乗ってるの??」

「あの人にも、色々あるんや」

 しみじみと言った飛に、星井は「へぇ……」何とも微妙そうな顔をして磐木を見た。


  ◇ ◇ ◇


 『園原』での2日目は斉藤たちから模擬戦の詳しい概要、現地の視察で終わった。

 湖のある場所から街へは、地下に軍用の特別モノレールが引いてあったので、それで簡単に行き来ができるようだった。

 基地までもそれでつながっているらしいが、祭りの期間中は物資運搬などがメインとなり、それ以外の使用は基本的に制限がかかっているらしい。

 祭りまであと2日。

 とりあえず明日も上空飛行をしてみて最終的な打ち合わせ。

 前日は完全フリーという事で落ち着いた。


  ◇ ◇ ◇


「聖 瑛己様はお見えですか?」

 ホテルに戻り受付を通ろうとした時、ふと呼び止められた。

「自分ですが……」

「メモを預かっております」

「?」

 一緒にいた隊の面々が、「何だ何だ?」と興味津々の様子で、瑛己が渡されたメモに群がった。

「何や、誰からや」

「知り合いか??」

 勝手に覗き込もうとする彼らに、瑛己はあからさまに嫌そうな顔をした。

 しかし振り払うのも面倒だったので、そのまま開いた。

 小さく折りたたまれた紙にはこう書かれていた。



『ここで待つ。義一』



 たったこれだけ。

 その下に、大雑把な地図と店の名前が書かれていた。

「……??」

「誰だ、義一って」

「知り合いか?」

「女?」

「……」

 一瞬考え込んだが、10秒ほどかかって思い当たった。

 ―――フリーライターの、田中 義一。

(いや、【竜狩り士】山岡 篤……)

「聖?」

「……おじさんの知り合いの人です」

「原田副長か」

 磐木はまだ、兵庫の事を〝原田副長〟と呼ぶ癖が直っていない。

「ええ……昔からよくしてもらってる人で」

「そうか」

「……」

 ウソを、ついた。

 何となく。

 直感的に。




 無視しても別に構わない。

 知り合いというほどでもないし。昔からよくしてもらっているわけでもない。

 けれども。

「……」

 山岡は、あの時瑛己たちを助けてくれた。

(『白雀』……)

 捕まった磐木たちを助けるために潜り込んだ『白雀』で。

 【天賦】、そして無凱に囲まれて絶体絶命だったあの局面。

 助けてくれたのはあの、セピアの飛空艇。

(山岡 篤……)

 気持ちは乗らない。

 だが。

(……)

 命の恩がある。心情的に無視は、できなかった。

 だがこれはあくまで自分の中だけの事で納めておきたかった。

 だから結局誰にも真相を話さず、指定の場所へとやってきた。

 ホテルからは少し離れた、街の外れにあるような小さな店だった。

「……」

 いつも行く大衆食堂のような居酒屋ではない、静かなバーのような雰囲気だ。

 入ったものの、何となく気後れする。とても場違いな気がした。

 引き返そうか。まだ間に合う。

 そう思いかけた時。

「やあ! 来たね!」

 横から声がかかり、ハッとそちらを見た。

「こっちこっち」

 黒のサングラス。見覚えのある顔が手を振っていた。

「……」

 表情に出さず、瑛己は嘆息を吐いた。

 さっさとケリをつけよう。

 そう思いながら、テーブルの間を抜けた。

 街の中心から外れているという事もあってか、店内は、昨日行った食堂のような喧騒はない。

 しかし人が少ないわけではない。見渡す所、空席は見つけにくい。

「お姉さん。こちらに……えっと、何にする?」

「……」

「とりあえず麦酒と、適当に食べ物。晩飯まだだよな? ハラペコさんが一人ご来店。よろしく」

「はい。ちょっとお待ちになってね」

「……」

 山岡がサングラスを外した。

 そしてオーダーが終わるや否や。

 瑛己はとりあえず頭を下げた。

「この前は」

「? 何?」

「……助けてもらって」

 ありがとうございます。

 何となく苦虫を噛み潰すような気持ちで呟いた。

「……ああ、あの時か」

 山岡はハハハと笑った。「忘れてた」

「確かに、あの時は凄かったな……無凱むがいも、あの局面でまさか逃げられるとは思ってなかっただろうに」

「……」

「フン、俺の方が一枚上って事で」

「……」

「そこ、笑うトコだろ。そんな苦い顔しなくても」

「……」

「何にせよ、あれはライへの借りを返しただけだから。気にする事はない」

「……はい」

「ほら、飲み物きたよ。とりあえず乾杯」

 カンとグラスを交わし、一応口はつけた。

 何だかいつもより苦く感じる。

「君こそ……色々大変だったな」

「……」

「聞いたよ、『湊』の一件。『日嵩』が攻めてきたってやつ」

 先ほどのウエイトレスが次々と、テーブルに皿を並べて行く。「遠慮はいらない。毒も入ってないし」と山岡に勧められた。

 気乗りはしないが……確かに腹が減ったので、手を伸ばしてみる。

 美味しい。

 昨日の店も美味しかったが、ここも美味しい。

 だが値段は、ここの方が高そうな気がした。

 おごりだろうか? 瑛己は一瞬自分の財布の中身を脳裏にめぐらせた。

「怪我は?」

「……ほとんど治りました」

「そりゃよかった」

 山岡も料理に手を伸ばした。

「君にはもっと早くに会いに行きたかったんだけどね……こっちもバタバタしてて」

「……俺じゃなくて、海月さんじゃ」

「わかる? 当たり」

「……」

「だから睨むなって。ほんと、そういう時だけ顔に出るよな」

「……」

 それから、ポツポツと世間場話が続いた。

 『湊』の現状、社会情勢。【天賦】の事。無凱が最近なりを潜めている事。

「何で、俺が『園原』にきていると……」

 不意に、怪訝な顔で瑛己は聞いた。

 それに山岡はおかしそうに答えた。「俺を誰だと思ってんの?」

「ジャーナリストよ? それくらいの情報は楽だって」

「……」

 この男、〝竜狩り〟とフリーライター、どっちが本職なんだろうか?

「『園原』空軍は強いよー。特に『飛天』は面倒くさい」

「……った事が?」

「まだないけどさ」

 時に聖君。と何杯目かの麦酒を頼みながら彼を見た。

「最近、来には会った?」

「いや……」

 来にはあの時、『白雀』から『湊』まで送ってもらって以来、会ってはいない。

 昴も同様だ。あの襲撃から数日はいたが、ふらっと姿を消した。

「そうか……妙な事に首を突っ込んでなきゃいいけど。俺も最近、あいつを見かけてない」

「……」

「あいつああ見えて、結構頑固っていうか……図太い信念があるっていうか」

「……」

「いつか、身を滅ぼしそうで危うい」

「……」

 わかる気がした。

「昴は……」

「ああ、来の所のお嬢様か? あいつも見ないなぁ……あの兄妹、どっかでヘマしてなきゃいいけど」

「……」

「それと、彼女には最近会った?」

「?」

「空(ku_u)だよ」

「いや……」

 と、答えてから。

 次の瞬間、瑛己は自分が犯した失敗に気がついた。

 慌てて山岡を見たが、もう遅かった。

「やっぱりな」

 山岡から笑みが消えていた。「空(ku_u)は女か……」

「……」

 どう取り繕ってももう遅い。

 瑛己は自分の軽率さに切り裂かれる思いだった。

 こいつは空(ku_u)の事を探っていたじゃないか。

 助けてもらった恩はある。

 けれども。

 もっと慎重になるべきだった。

 こんな、食事にほだされて。

(…………)

 最悪だ。

 ガタン、と無言で席を立った。

「待て」

「……ご馳走様でした」

 そう言って、自分の財布からありったけの札を取り出すのでもう精一杯だった。

 これ以上ここにいて、また余計な事を言いたくない。

「待てって。座れ。わかってたから」

「……」

「俺は、空(ku_u)の正体に薄々気づいていた。ただ確認が取りたかった。それだけだ」

「……」

「座れ。聖 瑛己。大事な話は、これからだ」

「……」

「彼女の事だ」

「……」

 かろうじて。

 後悔に裂かれるこの胸に届いた言葉。

 ―――彼女の事。

 それだけに引かれるように、瑛己はもう一度腰を落とした。




「2ヶ月前に起きた『ビスタチオ』での事件は知ってるか?」

「……?」

「産業の中枢都市『ム・ル』が一晩で壊滅した事件だ」

「……」

 記憶の海をひっくり返す。だがその事件の事は、おぼろげにも浮かんでこなかった。

「知らなくても無理はない……国内ではそれほど大きく取り上げられていなかった。それに2ヶ月前だ。君たちが丁度『日嵩』に襲撃された時分の事だ」

「……それが、一体……」

「単刀直入に言おう。やったのは、空(ku_u)だ」

「―――!?」

「俺も現地で調べてきた。間違いない。生き残った連中の話を聞いたら皆一様に言ってたよ。夜中に突然爆弾が降ってきた。驚いて空を仰いだら、白い鳥がいた。あれは神の化身だ。我々の業をいさめるために現れたんだと」

「……」

「だから仕方がない。罰が当たったんだと。元々宗教色の濃い国でもある。皆がそう言ってたよ。面白いくらい口を揃えてな」

「……バカな……」

「本当にそうだ」

 瑛己は顔を上げた。「空(ku_u)は……彼女は、そんな事しない」

「どうして言い切れる? 何を根拠に?」

「……白い鳥って言ったって……空(ku_u)とは限らない……」

 実際に鳥だったのかもしれない。それが飛空艇だったという確証もないはずだ。

 夜ならなお更の事。

「確かにそうだな」

 でもな。と言葉を切り、山岡はマティーニを頼んだ。

「……俺もあの日、たまたまその付近にいてな」

「……」

「……見たよ。あれは空(ku_u)だ」

「……」

 深いため息をつきながら、山岡は話す。

「嫌な予感がした。だから、飛んできた方向へ慌てて行ったら案の定だ。街は壊滅。人が逃げ惑ってる。どうしようもできない状況さ」

「……」

 バカな……。

 彼女が、街を、消した……?

 何の罪もない人たちを……??

(……)

 いや、罪のあるなしは別としよう。何もわからないんだから。

 だがなぜ、あの子が……?

 先ほどの後悔よりももっともっと深い闇が、瑛己の心にズシリとし掛かった。

「聖君。君は考えた事があるか?」

「……?」

「彼女が、誰の命令を受けて飛んでいるのかを」

「……??」

 命令?

 彼女が??

「誰かの……???」

 考えてみれば。

 おかしい。

 瑛己が見た空(ku_u)の正体は、自分とそう歳の変わらない少女だった。

 だが世間で言われている空(ku_u)は違う。

 伝説的なパイロット。

 その姿に、誰もが魅入られれる。

 誰もかなわない。

 瑛己は見た。あの無凱でさえ貫くほどの実力を。【海蛇】何十機に絡まれても平然と渡り合っていた姿を。

 まして自分たち7人が総がかりでもかなわなかった。

 圧巻のパイロット。

 倒した者は歴史に名を残すとまで言われるほどに―――。

(けれど)

 彼女が名を知らしめる――ほどに。

 彼女の名前が知れる――ワケは。

 その腕を、空で、振るっているから。

 圧倒的なその腕前を。

 何かに立ち向かい。

 何かを倒している、だから。

 語られる、彼女の伝説。

(何のために?)

 彼女は飛んでいる?

 彼女は立ち向かっている?

 何を倒して。

 何を置き去りにして。

(それは)



 ―――たった一人、彼女自身の意志で?



「……」

 少女がたった1人で、たった1人の意志で、飛んでいるとは……思えない。

 大して話した事があるわけじゃない。瑛己と空は、すれ違った程度の仲だ。

 けれども。

「……気づいたか」

 誰かに命じられて。

 それならば、合点が行く。

 誰かの意志を背負って、飛んでいるというのなら―――。

 けれどもそうなれば。

「一体、誰に……」

「俺はそれを調べている」

「……」

 運ばれてきたマティーニには目もくれず、山岡は胸元からタバコを取り出した。

 そしてピンとジッポーを跳ねて。火を点した。

「……大体の推測はついてるがね」

「一体誰が」

 瑛己にしては珍しく、掴みかからんばかりの勢いで聞いた。

 山岡はここで初めて苦笑を浮かべた。

「推測だから。まだ言えないよ」

「……」

「ただな、瑛己君」

 これだけは言っておこう。

「変わらなきゃならないんだよ」

「……?」

「何か大事なものができたなら。それをどうしてもどうしても守りたいと思った時」

 人は。

「変わらなきゃならないんだ」

「……」

「君は変われるか?」

「……」

「彼女を守るために」




 変われるか?





  ◇ ◇ ◇


 なぜその都市が破壊されたのか。

 なぜそれを空が撃ったのか。

 誰がそれを仕向けたのか。

 そしてどうすれば、彼女を守る事ができるのか。

 自分はただの空軍のパイロットに過ぎない。

 彼女の正体、性別を言う言わない、そんな事で守った事にはならない。

 本当に守るという事が何なのか。

(変わる……)

 そしてもう一つ。

 なぜ山岡は、それを自分に、話したのか―――。

 ホテルへの帰り道。

 様々な疑問に駆られながら。

 瑛己は思う。

 自分は空を飛んでいる。飛空艇で。いつも。

 けれども今飛びたい。たった今飛びたい。

(翼が)

 生えたらいいのに。

 だが同時に思う。

 ダメだ。今はダメだ。

 たとえ翼があったとしても。

 足が地面にめり込んでいるような錯覚を覚えるのだから。



 今翼が生えても、せいぜい、地面へ吸い込まれるスピードを落とすだけだ。

 

2012.4.9.一部加筆・修正

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